温かい食事 第9話
仕事を終えた魔獣たちが、腹をすかせて次々と戻っ
てくる。
土と汗、血匂いをまとったまま、
足取りは重い……
以前までは、
食事は檻の前に無言で置かれるだけだった。
だが今は違う。
ニコのおかげで、
魔獣たちは食堂の一角で食事を取れるようになった。
飼育員たちにとっても悪くない。
檻ごとに配膳して回る手間が省け、
管理はむしろ楽になった。
文句を言う理由はなかった。
この食堂は、
ここの職員数からすれば、やけに広い。
元々は、もっと多くの人間が使う予定だったのか、
それとも見栄なのか。
理由は分からないが、
今はその広さが功を奏している。
座席には、まだ余裕があった。
魔獣たちは、
それだけで大喜びだった。
同じ場所で、
同じ時間に、
温かいものを食べられる。
ただ、それだけのことなのに。
だが――
喜んでいるのは、魔獣だけではない。
調理場の奥。
大きな鍋の前に立つ女性がいた。
料理長のサンだ。
「ほら、あんたたち! ちゃんと並びなさい!」
張りのある声が、食堂に響く。
「押さない! 順番よ、順番!」
西牢と東牢の間で、
早速いざこざが起きていた。
「俺が先だ!」
「いや、俺だろ!」
口々に叫び、睨み合う。
西牢と東牢の対立は、
いつものことだ。
ゴリムが助けられた一件で、
少しは落ち着いたかに見えたが――
食べ物は、別らしい。
「……まったく」
サンは腰に手を当て、
一歩前に出る。
それだけで、騒ぎは嘘のように静まった。
やがて魔獣たちは席に着き、
無言で食べ始める。
スプーンが皿に当たる音。
咀嚼する音。
食堂に、穏やかな空気が戻った。
ニコも、自分の席に腰を下ろす。
そのとき。
「おーい、ニコ」
声をかけてきたのは、アレンだった。
「そこ、座っていいか?」
「いいですよ」
最近、
アレンはニコの隣で食べることが多い。
特に理由があるわけでもなさそうだが、
いつの間にか、そうなっていた。
アレンはトレイを置き、
ちらりとニコの皿を見る。
「……なぁ」
「はい?」
「お前の料理、
多くないか?」
さらに目を細める。
「なんか、俺と違う物も乗ってる気がするんだが」
ニコは一瞬、視線を泳がせた。
「気のせいでは?」
サンが、
ニコにだけ、少しサービスしているのだ。
ほんの一品。
だが、それは確かに違っていた。
少し間を置いて、
ニコはふと、アレンに視線を向けた。
気を逸らすつもりだったのか、
それとも純粋な疑問だったのか。
「アレンさん」
「ん?」
「この食堂って、
どうしてこんなに広いんですか?」
アレンは一瞬、きょとんとした顔をした。
「えっ」
「ここの職員って、
そんなに多くないですよね」
アレンは小さく鼻を鳴らす。
「あぁ、そんなことか」
皿に視線を落としたまま、答えた。
「ここはな、
元々は宿泊施設だったんだよ」
「宿泊施設……?」
「ああ。
この食堂も、客用だった」
少しだけ、間が空く。
「料理長のサンの旦那さんが、
やってたんだ」
ニコは箸を止めた。
「……やってた、って?」
アレンは、肩をすくめる。
「亡くなったんだよ」
「……そうなんですか」
それ以上、言葉は続かなかった。
ニコも、それ以上は聞かなかった。
食堂には、
再び食器の触れ合う音だけが戻る。
やがて、
魔獣たちは次々と食べ終え、
食器を返しに立ち上がっていく。
調理場の前で、
サンは皿を受け取りながら、
本当に嬉しそうな顔をしていた。
その表情には、
計算も、打算もない。
――根っからの料理人だ。
ニコも食べ終わり、
トレイを持って調理場へ向かう。
「サンさん」
声をかけると、
サンは顔を上げた。
「ごちそうさまでした。
とても美味しかったです」
一瞬、驚いたように目を瞬かせ、
それから、柔らかく笑う。
「……こちらこそ」
「ニコ、ありがとうね」
その笑顔は、
食堂のどこよりも温かかった。
片付けも、ひと段落した。
調理場では、
残った料理を囲んで、まかないを取っている。
鍋の湯気が、ゆっくりと天井へ昇っていく。
「料理長……」
調理場の隅で椅子に腰かけた男性が、
ぽつりと口を開いた。
「なんだか、
昔を思い出しますね」
サンは、椀を手にしたまま、少しだけ笑う。
「あぁ……そうだね」
男性は、湯気の向こうを眺めるように続けた。
「昔は、
いつもこんな感じで賑やかだったなぁ」
その言葉に、
もう一人の女性が頷く。
配膳を手伝っていた、
女性だ。
「旦那さんがいたら、
喜んだでしょうね」
一瞬、
空気が止まった。
サンは、何も答えない。
ただ、
椀の中を見つめたまま、黙っていた。
あとがき
第9話「温かい食事」は、
料理そのものだけでなく、
そこにある人の温かさを描きたい回でした。
同じ場所で、同じ時間に、
温かいものを口にする。
それだけのことが、
どれほど心を満たすのか。
サンの料理、
調理場の空気、
何気ない会話。
それらすべてが、
少しずつニコや魔獣たちの世界を変えています。
派手な出来事はありませんが、
こうした日常の積み重ねが、
やがて「進化」へとつながっていく――
そんな位置づけの一話でした。
ここまで読んでくださり、
ありがとうございます。
次回も、
少しずつ変わっていく世界をお届けします。




