人間の休日、魔獣の仕事 第7話
人間の休日。
それは――
フェルナ園にとっての、開園日だった。
普段は労働に駆り出されている魔獣たちも、
この日だけは「展示用区画」へ移動させられる。
柵。
檻。
観覧用の通路。
整えられた部屋で、客が来るまで待機。
本来なら休息日――だが魔獣にとっては違った
日頃の重労働で疲れ切った魔獣たちは、
床に伏し、壁にもたれ、思い思いに体を休めている。
⸻
そこへ。
「おい! 動け! サボるな!」
アレンの怒鳴り声が飛んだ。
「今日は展示日だぞ!
客が来るんだ、ちゃんと“仕事”しろ!」
渋々、立ち上がる影。
オーガ――ガルドだ。
腕を組み、低く唸り声を上げる。
形だけの威嚇。
柵の向こうで、客が歓声を上げた。
「でかい!」
「怖っ!」
次は、ゴブリン――ゴリム。
地面を掴み、客席に向かって土を投げつける。
「きゃっ!」
悲鳴と笑い声が混じる。
「こら、ゴリム!」
アレンが怒鳴るが、ゴリムは悪びれもしない。
一方、展示区画の端。
地面がもぞもぞと動いていた。
「……おい、出てこい!」
アレンが地面を蹴る。
「ブラッドモール!」
ごんっ。
巨大なモグラの頭が飛び出した。
赤黒い毛。鋭い前歯。
キョロキョロと周囲を見回す。
「……昼か?」
「開園日だ!」
アレンが怒鳴る。
ブラッドモールは不満そうに鼻を鳴らし、渋々、土の中から這い出した。
観覧席から、どよめきが起こる。
「すげえ……」
「本当に掘って出てきた……」
⸻
高い止まり木の上。
シルクフェザーが、羽をすぼめて俯いていた。
光沢のある美しい羽。
だが、動かない。
「飛べよ!」
「ほら、羽あるだろ!」
客の野次が飛ぶ。
飛ばない。怖いのだ。
視線、音、すべてが怖い。
(……)
その様子を、木の下からニコが見ていた。
⸻
展示区画の隅で、ホーンラビットが小さな体でぴょんぴょん跳ねていた。
丸い耳。ふさふさの尻尾。
小ぶりで、愛らしい。
「かわいい〜!」
「連れて帰りたい!」
その瞬間、コルナはすっくと立ち上がり、手を振ってお辞儀をした!
「コルナ〜コルナ〜!」
観客は大歓声である。
観客は顔を見合わせ、口々に言う。
「おい、立ったぞ」
「手を振ってる!」
歓声に合わせるように、コルナは立ったまま
小さくジャンプをして、もう一度手を振った。
丸い目がキラキラと輝く。
「かわいい!」
「ぴょんぴょん跳ねてる!」
子どもたちは笑顔を弾けさせ、客席が湧く。
「コルナ〜コルナ〜!」
ゴリムやガルドの威圧感とは対照的に、
癒し担当として圧倒的な人気を集めていた。
魔獣園のアイドルの誕生である。
⸻
一方、木の上。
ニコは、丸くなって昼寝中。
すぅ、と寝息を立てている。
「……おい」
アレンが近づき、持っていた棒で突いた。
つん。
「っ!?」
バランスを崩し――
どさっ。
ニコは見事に落下。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「はははは!」
「落ちた!」
客席が大爆笑に包まれる。
「ニコ–大丈夫かぁ~?」
お客が心配そうに叫ぶ
ニコはしばらく動かなかったが
声に気づき
仰向けのまま、手を振る。
(……恥ずかしい)
だが、心の中でニヤリと笑う。
——仕込みは完璧だ。
⸻
しばらくして、お客から声が響いた。
「ゴリムー! ガルドー!」
ゴリムとガルドは、互いにきょとんとした顔を見合わせる。
「……誰が呼んだ?」
ガルドが低く唸る。
「わ、わからん……」
ゴリムも首をかしげる。
一方、木の上のニコは、尻尾をぴくりと揺らし、にやりと笑った。
——そうです。
ニコの仕業です。
檻の外に、アレンに頼んで名前を書いてもらったのだ。
客の目には、ただの呼び声にしか聞こえない。
しかし、これが――
園内に、ほんの小さな異変の兆しを生むことになる。
(……面白くなってきた)
小さなレッサーパンダは、静かに枝にしがみつき、
次に起こる“何か”を胸の奥で予感して開園日は
無事終了した。
魔獣たちは疲れてはいたが、
どこか嬉しそうでもあった。
「おーい、後片付け頼むぞー!」
アレンの声が展示場に響く。
各々が片付けを終え、獣舎へと戻っていく。
ニコも作業を終え、
一人で獣舎へ向かって歩いていると――
後ろから声がかかった。
「ニコさーん!」
振り向くと、
シルクフェザーが小走りで追いかけて来ていた。
声に気づいたニコは、足を止める。
「ふー……ふー……」
息を整えながら立ち止まるシルクフェザー。
どうやら、走るのはあまり得意ではないようだ。
「シルクフェザーさん、どうしました?」
ニコは、いつものようにやさしく声をかける。
「あの……お願いがあるのですが、
よろしいですか?」
「えっ? 何ですか?」
問い返すニコ。
シルクフェザーは、少しもじもじしながら、
意を決したように口を開いた。
「私……私!
名前が欲しいんです」
突然の言葉に、ニコは目を見開く。
――本当は、飛び上がって喜びたい気持ちだった。
だが、それを必死に抑え、
なるべく平静を装って答える。
「……僕が、付けていいんですか?」
心にもないことを言ってしまった、と
自分でも思う。
すると、シルクフェザーは即座に答えた。
「ニコさんに、付けてほしいんです」
その言葉に、ニコの表情が一瞬だけ緩む。
「……わかりました。付けましょう」
少しだけ考え、ニコは口にする。
「――シルヴァ、はどうですか?」
「シ……ル……ヴァ……」
シルクフェザーは、
確かめるように、ぎこちなく復唱した。
そして、ぱっと表情を輝かせる。
「ありがとうございます、ニコさん。
とても、気に入りました」
そう言って、手を振り――
いや、翼を大きく振りながら、
獣舎の奥へと帰っていく。
その背中を見送るニコは、
満面の笑みだった。
胸の奥が、じんわりと温かい。
ウキウキとした足取りで、
ニコも獣舎へ向かう。
すると、その様子を見つけたアレンが、
不思議そうに近づいてきた。
「ニコ、どうしたんだ?」
「えっ? 何ですか?」
立ち止まるニコ。
「いや……なんだか、
ずいぶん嬉しそうじゃないか」
「なんでもないですよ。
気のせいじゃないですか」
そう言って、視線を逸らす。
アレンは首を傾げながら、
そのまま立ち去っていった。
「……変なヤツだなぁ」
ぽつりと呟く声が、
ニコの背後に残った。
第7話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、“人間の休日”、つまり魔獣園の開園日の様子を描きました。普段は力強く、時には恐ろしい存在である魔獣たちも、展示区画では思い思いの姿を見せてくれます。大きなガルドやゴリムの迫力、そしてコルナの愛らしさ――その対比が、魔獣園の魅力をより鮮やかにしてくれました。
特にニコの小さな悪戯は、物語にほんのりした笑いと、次への伏線を残す重要な場面です。静かな枝の上で胸に秘めた予感は、これからの展開でどのように花開くのか……楽しみにして下さいね。
魔獣たちの“仕事と休日”を通して、少しでも彼らの個性や日常を感じていただけたなら幸いです。次回も、名を呼ばれた彼らがどんな冒険を見せてくれるのか、どうぞお楽しみに。




