名を呼ぶということ 第6話
その日の作業が終わり、
檻の前に配膳されているトレイを持ち
ニコは檻に戻る。
食事の時間だ。
ニコは、いつもの煮込みを前に
匂いを嗅ぎ、恐る恐るゆっくりと味見をする。
「今日は大丈夫そうだ。塩辛くもない」
味は相変わらずだったが、少し安心する。
食べ終わったニコは
ふと向かいの檻に座る二体の魔獣を見た。
ゴブリンとオーガは
食べ終わると何やら話をしているようだった。
ゴリムが言う。
「今日は、けっこう美味しかったな」
「おおっ、昨日は最悪だったからな……」
「温かくなったのは良いんだが、味は相変わらずだからなぁ〜」
ニコは、二人のやり取りを見ながら
少し安心したようにほっと息をついた。
「そういえば……」
ニコが、ふと思い出したように口を開く。
「あの、ちょっと聞きたいんですが……」
ゴブリンが、こちらを向く。
「お二人、名前はあるんですか?」
「……は?」
オーガも、不思議そうに眉を動かす。
「名前?」
「はい。名前です」
当然のように言うと、
二体は顔を見合わせた。
「ねぇよ」
ゴブリンが、あっさり答える。
「俺もない」
オーガも頷いた。
「そんなもの、必要ないだろ」
ニコは、目を瞬いた。
「……ないのが、普通なんですか?」
「普通だ」
オーガが言う。
「俺たちは、種族で呼ばれる。
ゴブリンはゴブリン。
オーガはオーガだ」
「名前を持つのは、人間か、
よほどの立場の魔獣くらいだ」
ゴブリンが付け足す。
ニコは、しばらく考え込んだ。
尻尾が、ゆっくり揺れる。
「それなら」
顔を上げて、にっこり言った。
「私が付けます」
「……は?」
「やめとけ」
二体は、ほぼ同時に言った。
「俺らに名前なんか必要ない」
「面倒なだけだ」
だが、ニコは引かない。
「まぁまぁ。遠慮せずに」
半ば強引に、二体を見比べる。
まずは、ゴブリン。
小柄だが、動きが早い。
目がよく、周囲をよく見ている。
「あなたは……ゴリム」
「短くて、呼びやすいです」
次に、オーガ。
大柄で、無口。
だが、無駄な力を使わない。
「あなたは……ガルド」
「壁みたいに、どっしりしてるので」
二体は、ぽかんとした顔で黙った。
「……終わりか?」
ゴブリン――ゴリムが聞く。
「はい。終わりです」
ニコは満足そうに頷いた。
そして、二体の姿を、
じっと見つめる。
頭から足先まで。
「……あれ?」
首を傾げる。
「何も変わらないなぁ」
オーガ――ガルドが、低く唸る。
「変わるて何が?」
ニコは、少しだけ考えてから言った。
「何か、力が湧いてきたりしませんか?」
沈黙。
次の瞬間。
「……湧くわけねぇだろ」
ゴリムが呆れたように言い、
ガルドも小さく鼻を鳴らした。
「ですよねぇ〜」
ガルドが
腕をぐるぐる回しながら言う
「おっ?なんだか疲れは取れたみたいだぞ。」
ニコ
「効果出てきた!」
しばらくして
ニコは自分の胸に手を当て、考え込む。
たしか名付けしたら魔力が減るんだったな…..
おやっ?力が……力が……
湧いてくる??
何事も無かったように
ニコは笑い、
ふと思う
あれ〜名持ちの魔獣が強いのって
多くの人が名前を呼ぶからでは?
名前つけたらダメなんじゃないのか…..
とんでもない数の人に呼ばれるって
化け物級の魔獣だな。
納得するニコ。
その姿を、
無言で見ていた二体は
お互い相手の名前を呼んでみた。
「ゴリム!」
「なんだガルド!」
まだうなり声ではあるが
確かに名前でよんでいる。
ニコはニヤッと笑う。
——名を持たないのが当たり前の世界で。
——初めて、名を与えられた。
その意味を、
まだ誰も理解していなかった。
第6話では、ニコがゴブリンとオーガに名前を与える場面を描きました。
この世界では、魔獣に名前を持たせることはあまり一般的ではありません。種族名で呼ばれるのが普通で、名前を持つのは特別な立場の者だけです。そんな中で、ニコは異世界での記憶を頼りに、名付けには魔力が必要だと勝手に思い込んでいました。
しかし、実際に名前を付けてみると――不思議なことに、ニコの中で逆に力が湧いてきたのです。自分の魔力が減るのではと心配していたのに、むしろ小さな満足感と充実感が、胸の奥で広がるようでした。
名を持たないのが当たり前の世界で、名を与えるという行為が、こんなにも意味を持つとは思わなかったでしょう。名前を受け取ったゴリムとガルドも、名を呼ぶ合うことの重みを理解していません。しかし、これから彼らとの関わりの中で、少しずつ変化が現れるはずです。
読者の皆さんも、ニコと一緒に“名を持つこと”の特別さを感じ、魔獣たちの成長や絆を楽しんでいただけたら嬉しいです。
——名前を付けることは、ただのラベルではありません。
——小さな命を認め、世界に一歩踏み出す行為なのです。




