ドワーフの決断と最強の部隊 第52話
まだ夜の冷気が残る鍛冶階層。
火床の赤が弱く揺れている頃――
「親父、起きろ!」
荒い足音と共に、弟が寝所へ駆け込む。
「なんだ、騒がしいなぁ……」
頭領は重い毛布を払いのけ、不機嫌そうに目を開けた。
「兄貴がいないんだ!」
その一言で、寝所の空気が一変する。
「……本当か、それは……」
頭領は完全に目を覚まし、周囲を見渡す。
確かに、部屋の隅にあるはずの寝台は空だ。
使い込まれた鍛冶槌もない。防具も一部消えている。
「ああ……朝起きたらもういなかった」
弟の声に焦りが滲む。
「馬鹿野郎が……あれだけ言ったのに……」
頭領の顔に、怒りよりも深い不安が浮かぶ。
己の最高傑作を取り戻すため
無茶をすることは分かっていたはずだった。
「親父、どうする?」
「わしらじゃ、どうにもならん……」
絞り出すような、低い声。
「兄貴を見捨てるのか!?」
弟が詰め寄る。
「……わかってくれ……」
頭領は息子から視線を逸らし、固く拳を握りしめた。
「息子のために、一族の仲間を危険な目に合わせる訳にはいかん」
重い沈黙が下りる。
頭領としての責任と、父親としての情が激しくせめぎ合う。
やがて、頭領がゆっくりと立ち上がった。
「わしが一人で行って、連れて帰って来る。……それでいいな」
その瞬間――
「おーい、誰かいるか?」
甲高い声が、静まり返った通路の奥から響いた。
弟が弾かれたように振り向く。
「誰だ! 入って来るな。そこで待っていろ!」
洞窟の入口の暗がりで、何かがぱちぱちと小さく弾けた。
青白い火花を散らしながら、ふわりと宙に浮く影。
スパーク・インプが姿を見せる。
「騒がしいな。朝から」
態度は軽い調子だが、その小さな目は真剣そのものだ。
「伝言だ。ヴォルンからだ」
その名が出た瞬間、鍛冶場の空気が凍りついた。
「……兄貴は生きてるのか?」
弟が一歩、前へ出る。
「生きてる。だが、最下層に向かった」
頭領の眉が深く寄る。
「北の残党のところか……」
インプは頷く。
「剣を取り戻すつもりだ」
洞窟の奥で、様子を窺っていた他の
ドワーフが息を呑む音がした。
「それと」
インプが言葉を続ける。
「隠し扉の外に“人間”の部隊がいる。
取引が終わったら、中へ連れて来いと言っていた」
「人間だと……?」
ざわめきが波のように広がる。
この階層に人間を入れることなどあり得ない。
頭領はゆっくりと目を閉じ、深く、重い息を吐いた。
「……あやつ、己の剣のために
このダンジョンを人間に売ったのか……」
「違う! 俺らのボスを救い出すつもりだ。
そういう作戦だと聞いている」
インプが空中で火花を散らし、慌てて訂正する。
その言葉に、頭領が目を見開く。
「ドラコニクスは……生きているのか?」
「ああ。北の連中に捕まってはいるが、生きている」
インプがきっぱりと言い切った。
「……なら、勝算はあるな」
頭領の目に、戦士としての鋭い灯りが戻る。
パチリ、と火床の残り火が弾けた。
最下層へ。
ヴォルンはすでに命を懸けて動いている。
そして今――ドワーフたちもまた、重い決断を迫られていた。
頭領は弟の方へ向き直り、力強く言う。
「お前は予定通り、ギルド長との取引場所へ行ってこい」
「外には人間の部隊がいるんだぞ?
そいつらに見つからないように行くなんて
できやしないだろ!」
弟が困惑した顔で反論する。
「そいつらを、中に入れてやれ」
頭領が、すべてを腹にくくった顔で言った。
「いいのか!? 信用して」
弟が戸惑う。
「いいも何も、今はそれしか手はないだろう」
頭領は諭すようにゆっくりと言い
壁に立てかけてあった自分の槌を手に取った。
「ヴォルンが選んだ連中だ。賭けてみる価値はある」
ーーーー
「ヴォルン遅いな……」
園長がしびれを切らしたように、小さくため息をつく。
「そうですね。何もなければいいですが……」
アカネも壁を見つめ、心配そうに言った。
その時――
『ギギギ……』
砂を噛むような嫌な摩擦音が鳴る。
石の継ぎ目に二人の視線が向けられた。
壁がわずかにずれ、暗い隙間ができる。
「……ヴォルンか……?」
園長の低い声が落ちた。
だが、暗がりから姿を見せたのは、見知らぬドワーフだった。
「誰だ、お前は!」
園長の手が剣の柄にかかる。
空気が一瞬で張り詰める。
「待て、待て! 俺は、お前らの仲間のドワーフの
弟だ。兄貴からの伝言でお前たちを中に
入れるように言われている」
ドワーフの弟が慌てて両手を挙げる。
「ヴォルンは無事なのか?」
園長が警戒を解かずに、鋭く聞く。
「ああ、大丈夫だ。……今はな……」
弟が少し歯切れ悪く言った。
「今はとは、どういうことだ」
園長が一歩、詰め寄る。
「そう慌てなさんな。中で親父が待っているから
詳しい話はそっちで聞いてくれ」
弟はそう言って、外の様子を窺うように周りを見渡した。
「中に入ってもいいのか?」
園長が聞く。
「ああ、大丈夫だ。親父の許可が出ている。
……ところで、他の連中は何処に隠れているんだ?」
弟が首をひねりながら疑問を口にした。
「……他の連中……?」
園長が戸惑い、聞き返す。
「お前たちの『部隊』は何処だと聞いているんだ」
姿が見当たらないことに、弟が少し不機嫌そうに言う。
「そんな者はいない。ここにいる3名だ」
園長がきっぱりと言った。
「えっ、嘘だろ。兄貴は部隊で来たような事を
言ってたらしいぞ!?」
弟が目を丸くして確認する。
園長は無言で後ろを指差した。
アカネの横。
そして、その後ろに巨大な影が静かに現れた。
アンズーが『ギュァ』と低く鳴き、大きな翼をわずかに揺らした。
「いや、ちょっと待て! 3名って、それ魔獣じゃないか!
しかも、なんだそのデカさは!」
弟の顔が引きつる。
「コイツはわしの従魔だ。心配するな」
園長が平然と答える。
「心配するわ! 人間の部隊じゃなくて
人間二人と巨大なバケモノじゃないか!
兄貴のやつ、一体どんな伝言を……」
弟が頭を抱える。
「入れると言ったのはそっちだぞ。案内してもらおうか」
園長が剣から手を離し、静かに促した。
「……わ、わかったよ。俺はこれから取引だ。
ここから入って真っ直ぐいけば俺たちの
住処だ。迷うことはない」
「ここの入口はこの小さな扉だけか?」
園長が、背後のアンズーを見上げて聞く。
「ああ、魔獣のことか? それなら今から
大扉を開けてやる。ちょっと待ってな」
『ゴゴゴゴ……』
巨大で重い扉が開く地鳴りのような音が響く。
隠されていた広い通路が姿を現した。
「おお、ありがとうな」
園長が礼を言った。
「今ならまだ、残党の見回りがいないから
気を付けて行きな」
「親父が腰を抜かさなきゃいいがな……」
弟はため息をつきながら、背を向けて暗がりへと歩き出した。
ーーーー
無事、ドワーフの住処にたどり着いた。
広い洞窟の奥、炉の火が揺れる前に立つ影。
頭領が目を見開く。
「……漆黒の盾……」
頭領の顔が、一瞬青ざめる。
園長も相手の顔を見て、思い出したように言う。
「……何処かで見た顔だと思ったら、ギルド長と取引してた
ドワーフじゃないか……」
頭領はゆっくりと息を吐く。
「息子の仲間がお前だとはな。戦力としては申し分ないが……」
園長が眉を寄せる。
「戦力……?」
頭領の視線が、隣のアカネへと移る。
「もう一人は、最近暴れまわっている
炎の魔術師とは、恐れ入った……」
頭領が深く感心したように言う。
「暴れまわっている炎の魔術師とは、私のことか」
アカネが少し不満げに睨みを効かせる。
その背後で、巨大なアンズーが翼を揺らした。
だが、頭領はそれを見ても顔色を変えない。
「爺さん、アンズーには驚かないんだな」
園長が笑いながら言った。
「わしにはドラコニクスの知り合いがいるからな。
少々の魔獣じゃ驚かんよ」
頭領が鼻を鳴らす。
「ドラコニクス?」
アカネが不思議そうに言った。
「ドラゴンの方がわかりやすいか」
頭領が言った。
「余談はこの位にして、本題に入らしてもらうぞ」
頭領が告げた。
第52話
ドワーフの決断と最強の部隊
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、姿を消したヴォルンを巡るドワーフたちの決断から
園長たち「最強の部隊」との合流、そして頭領(親父さん)
との対面までをまとめたエピソードをお届けしました。
前半は、一族の長としての責任と父親としての
愛情に揺れる親父さんが熱かったですね。
スパーク・インプの伝言で「ドラコニクスの救出」
という勝機を見出し、息子の選んだ人間たちを信じて
「中に入れてやれ」と即断する姿は、
まさにドワーフの長といった風格でした。
そして中盤は、すっかり苦労人体質になっている弟君と
「人間の部隊」の対面です。インプから「人間の部隊がいる」と聞いていたのに
いざ扉を開けてみたら「高所恐怖症の園長」「炎の魔術師アカネ」
そして「巨大な怪鳥アンズー(※園長カウントで1名)」という
想定外すぎるラインナップ。
弟君による「部隊ってバケモノじゃないか!」というお約束のツッコミには
頭を抱えるのも無理はありません(笑)。
弟の親切で大扉を開けてもらい、いよいよドワーフの居住区へ進んだ
異色パーティー。親父さんがアンズーを見て腰を抜かすかと思いきや
まさかの「ドラゴンの知り合いがいるから驚かない」という大物っぷり!
さらに、頭領と園長が実は顔見知りだったという思わぬ繋がりや
アカネの「最近暴れまわっている」という不本意(?)な二つ名が発覚するなど
シリアスとコメディが入り交じる濃い展開になりました。
キャラクターたちの新たな一面を楽しんでいただけたなら嬉しいです。
「余談はこのくらいにして――」と頭領が告げた通り
いよいよ次話からは「本題」へと入っていきます。
単身最下層へ向かったヴォルンは無事なのか。そして北の残党との決戦に向けて
この異色パーティーはどう動くのか……!
ますます加速していく物語を、引き続き応援よろしくお願いいたします!




