消えた剣と闇夜の密約 第51話
「兄貴じゃないか! どこに行ってたんだ」
扉の奥から声が響く。
ヴォルンの弟が現れた。
「ああ、すまん……ヘマして捕まってしまってな……」
ヴォルンは視線を逸らす。
「お前は何処へ行くんだ。親父のとこまで案内してくれないか」
(今出て行かれたら鉢合わせになりかねん……)
「自分で行けないのか?」
弟が腕を組む。
「いやぁ、親父に会うのが……」
気まずい沈黙。
「情けない兄貴だなぁ。仕方ない、連れて行ってやるよ」
二人は階層の奥へ進む。
鍛造音が遠くから響く。
「兄貴はここで待ってな。俺が親父に知らせて来る」
「おお、すまんな……」
ーーーー
「親父ー! 兄貴が戻って来てたぞ!」
弟の声が鍛冶場に響く。
槌の音が止まる。
ぞろぞろと他のドワーフが集まって来る。
「本当か?」
「戻って来たのか?」
口々に問いかける。
「少し待ってくれ。先に親父に話すから」
奥の炉の前。
巨大な影が振り向く。
「のこのこと、よくも戻って来れたな」
頭領――親父が吐き捨てるように言う。
弟がすぐに口を挟む。
「親父、そんな事言うなよ。今は剣が不足してるだろ。
兄貴がいれば助かるじゃないか」
炉の火が揺れる。
親父はしばらく無言で槌を握ったまま立っている。
やがて、低く言う。
「……腕は鈍っていないんだろうな」
その言葉だけで、周囲の空気が変わった。
火が、わずかに強く燃え上がる。
「兄貴、話して来たぜ」
弟が胸を張って言う。
「おお、すまんな」
ヴォルンはほっと息を吐く。
「土産があるからな。用事は明日にして、飲もうじゃないか」
弟の目が光る。
「土産……酒か?」
「そうだ。酒だ。一級品だ!」
ヴォルンが袋を軽く叩く。
「お前が行くなら残念だが
みんなで飲むことにするけど、いいか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ〜!」
弟が慌てて手を振る。
「誰が飲まないって言った。兄貴が帰って来たんだから
用事なんて後回しだよ」
周囲のドワーフたちがどっと笑う。
「おお、そうか。ありがとうな」
ヴォルンが肩の力を抜く。
やがて、ゆっくりと頭領の前へ進む。
「親父……長い間留守にしてすまん」
炉の火が赤く揺れる。
頭領はしばらく何も言わない。
やがて低く答える。
「話はギルド長から聞いている。大体は知っている」
槌を炉脇に置く。
「お前の酒好きにも困ったもんだな……」
ヴォルンは小さくなって黙る。
「……」
一瞬の静寂。
ヴォルンが袋を開く。
「親父、これお土産だ。みんなで飲んでくれ」
一本、取り出す。
続けてもう一本。
さらに――三本、四本、五本。
炉の火を反射して、琥珀色が揺れる。
頭領の目が変わった。
瓶を手に取り、重さを確かめる。
鼻を近づけ、栓越しに香りを確かめる。
「……ほう」
周囲のざわめきが止まる。
頭領はゆっくりと言う。
「まぁ、済んだことだ。許してやるから
しっかり働いて親孝行でもしてくれ」
その一言で、鍛冶場の空気が緩む。
弟が笑う。
「よかったな、兄貴」
ヴォルンは小さく息を吐き、頭を下げる。
炉の火が、強く燃え上がった。
酒と鉄の匂いが混じる。
帰って来たのだと、誰もが理解していた。
ーーーー
しばらくして。
酒が回り、鍛冶場の空気が和らぐ。
笑い声が増え、槌の代わりに杯が鳴る。
ヴォルンはそれを見回し、静かに口を開く。
「親父。聞きたいことがあるんだが」
頭領は杯を置く。
「なんだ。言ってみろ」
「俺が作って、保管していた剣があると思うんだが
……まだあるのか?」
一瞬の間。
「ない」
きっぱりだった。
ヴォルンの顔が強張る。
「なんでないんだよ! あれは売り物じゃない。
俺の最高傑作だ。親父も言ってたじゃないか
売るにはもったいないって……」
声が荒くなる。
頭領は動じない。
「わしも売るつもりなどない」
低く続ける。
「北の魔獣に持って行かれたんだ」
鍛冶場の空気が一段下がる。
「北の魔獣……?」
ヴォルンが問い返す。
「魔獣王が倒されて、逃げて来た奴らだ。
偉そうに武器が壊れただの言いやがってな。
ある武器全部出せと。片っ端から持って行きやがった」
(……園長が言ってた残党のことか……)
胸の奥が、わずかに冷える。
(あの剣が、奴らの手にある……?)
炉の火を見つめる。
自分の最高傑作。
(取り戻す。必ずだ)
ヴォルンはゆっくり息を吐いた。
「そうか……今、奴らは何処にいるんだ」
頭領が睨む。
「聞いてどうする。お前がどうこう出来る相手じゃないぞ」
「どうもしないから、教えてくれ」
はぐらかすように言う。
頭領はしばらく黙る。
やがて、低く答える。
「多分、最下層だ」
周囲が静まる。
「そこに北のダンジョンにつながる大きな扉がある。
その扉が開かないように守っているはずだ」
「北のダンジョンの扉!」
ヴォルンの声が響く。
ただの移住ではない。
北とここが、繋がっている。
(……嫌な予感がするな……)
「そうだ。奴らはそこから逃げて来たはずだ。
北の追っ手が来ることを恐れている」
杯の音が止まる。
「だから、そこからは絶対離れないはずだ」
ヴォルンはゆっくりと頷く。
「わかった。親父、ありがとう」
頭領は何も言わない。
ただ、炉の火が静かに揺れていた。
ーーーー
みんなが寝静まった頃。
鍛冶場の火は落とされ、酒の匂いだけが残る。
いびきをかく弟と親父を一瞥し
ひとつの影が静かに動いた。
身内を危険に巻き込むわけにはいかない。
誰も起こさない。誰にも告げない。
階層を、下へ。
石の階段を踏むたび、温度が下がる。
灯りの数が減る。
やがて、闇の気配が濃くなる。
岩陰から影が動く。
赤黒い鱗の魔獣。
「おい! 久しぶりだな〜」
ブレイズ・リザードが、牙を見せた。
ヴォルンは足を止める。
「おお、久しぶりだ」
気負いはない。
「ボスの座を北の魔獣に明け渡したらしいな」
ヴォルンが言う。
ブレイズは肩をすくめる。
「あいつは次の魔獣王候補だぜ。俺たちじゃ太刀打ちできん」
空気が重くなる。
「そうか……」
ヴォルンは視線を落とす。
「武器のありかはわかるか?」
ブレイズは目を細める。
「わかるが、そこの警備は北側の魔獣だ」
一歩、近づく。
「お前、何をするつもりだ」
ヴォルンは淡々と答える。
「わしのの武器を返してもらうだけだ」
ブレイズが低く笑う。
「命も持って行かれるぞ」
ヴォルンは背を向ける。
「それは向こう次第だ」
そして、さらに下へと歩き出す。
最下層へ。北の扉の方角へ。
闇が、静かに口を開けた――その時だった。
「待て、俺もついていく。俺たちのボスが
牢に投獄されてる。剣も同じ階層だ」
ブレイズ・リザードが尾を揺らす。
ヴォルンは足を止める。
「お前、持ち場離れて大丈夫なのか?」
「そんなことか。俺に決まった持ち場はない」
鼻を鳴らす。
「階層を巡回して、冒険者の居場所を知らせる係だからな。
北の奴らは冒険者の通るルートを知らん」
ヴォルンが頷く。
「そうだな。冒険者は決まったルートで探索するからな。
狙ってくれと言っているようなもんだ」
ブレイズが目を細める。
「お前、仲間はいないのか?」
「いるぞ。たくさんな。外で待機してる」
わざと間を置く。
「わしが剣を持って帰らんと、攻め込む手はずだ」
ブレイズの喉がひくりと鳴る。
「ほ、本当か?」
「だから、よからぬことは考えるなよ」
ヴォルンが低く言う。
ブレイズは少し黙り、声を落とす。
「頼みがある。そいつらを使って
北の奴らを追い払ってくれないか」
尾が床を叩く。
(こいつらを利用して残党を排除すれば
扉が使えるかもしれないな……)
ヴォルンは一瞬考え、視線を向ける。
「もし残党を排除したら、北への扉を使わせてくれるのか?」
ブレイズは肩をすくめる。
「俺に決定権はない。だが、ボスに聞いてみてくれ」
最下層へ続く通路の奥から、冷たい気配が流れてくる。
二体は顔を見合わせ、静かに歩き出した。
ブレイズは移動中、仲間に出会うたびに足を止める。
短く、低く、耳打ちする。
鱗の擦れる音が闇に消える。
「お前、何を企んでいる」
ヴォルンが疑いの目を向ける。
ブレイズは振り返らない。
「お前が協力してくれたら
すぐに動けるように伝達しているだけだ」
尾が床を叩く。
「お前の邪魔をするつもりはない」
ヴォルンはしばらく様子を見てから言う。
「そうか。まあいい。信用してやる」
少し歩き、ヴォルンが続ける。
「わしの弟に伝言をしてくれないか。
聞いてくれたら、お前の誘いに乗ってやる」
ブレイズが牙を見せる。
「いいぜ、聞いてやる。言ってみろ」
「今日、あいつは人間との取り引きに行くはずだ。
その前に伝えてくれ。隠し扉の外に、わしの仲間がいる」
一拍。
「取り引きが終わったら、連れて来るように言ってくれ」
ブレイズは即答する。
「わかった。すぐに行かせる」
ヴォルンは足を止め、低く言う。
「一つ、言っておく事がある」
「なんだ?」
ヴォルンは振り返る。
「わしの仲間は“人間”だ!」
ブレイズの瞳が大きく開く。
「……人間だと……」
喉の奥の火が一瞬、強く灯る。
通路の空気がわずかに揺れた。
第51話
消えた剣と闇夜の密約
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ヴォルンの帰郷と、ダンジョン内部の複雑な状況が
明らかになるエピソードでした。
前半は、ドワーフならではの温かさと豪快さが詰まったシーンでしたね
怒っていた親父さん(頭領)が、園長にねだって持ってきた
一級品の酒五本であっさりと機嫌を直すあたり
彼らの種族らしさがよく表れていて微笑ましいです。
しかし、そんな穏やかな宴の裏で、ヴォルンの最高傑作である剣が
なんと北の魔獣の残党に奪われているという衝撃の事実が発覚します。
後半では、皆が寝静まった後に単独で行動を起こすヴォルンと
かつての顔見知りである魔獣ブレイズ・リザードとの交渉が描かれました。
魔獣王候補である残党の脅威、牢に囚われた元ボス
そして北のダンジョンへ繋がる巨大な扉。事態は単なる剣の奪還にとどまらず
ダンジョンの勢力図を揺るがす大きな問題へと発展していきます。
ヴォルンがブレイズに明かした「仲間は人間だ」という事実。
魔獣にとって本来敵であるはずの人間と共闘することになるのか。
そして、隠し扉の外で待つヴァルド園長たちは
いつ合流することになるのでしょうか。
次回の展開もどうぞお楽しみに!
引き続き、応援よろしくお願いいたします。
第51話
消えた剣と闇夜の密約
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ヴォルンの帰郷と、ダンジョン内部の複雑な状況が
明らかになるエピソードでした。
前半は、ドワーフならではの温かさと豪快さが詰まったシーンでしたね
怒っていた親父さん(頭領)が、園長にねだって持ってきた
一級品の酒五本であっさりと機嫌を直すあたり
彼らの種族らしさがよく表れていて微笑ましいです。
しかし、そんな穏やかな宴の裏で、ヴォルンの最高傑作である剣が
なんと北の魔獣の残党に奪われているという衝撃の事実が発覚します。
後半では、皆が寝静まった後に単独で行動を起こすヴォルンと
かつての顔見知りである魔獣ブレイズ・リザードとの交渉が描かれました。
魔獣王候補である残党の脅威、牢に囚われた元ボス
そして北のダンジョンへ繋がる巨大な扉。事態は単なる剣の奪還にとどまらず
ダンジョンの勢力図を揺るがす大きな問題へと発展していきます。
ヴォルンがブレイズに明かした「仲間は人間だ」という事実。
魔獣にとって本来敵であるはずの人間と共闘することになるのか。
そして、隠し扉の外で待つヴァルド園長たちは
いつ合流することになるのでしょうか。
次回の展開もどうぞお楽しみに!
引き続き、応援よろしくお願いいたします。




