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巨神の壁と剣の壁 第50話

副庭の修行に新しいメンバーが加わった。


朝露の残る砂地に、木剣の音が乾いて響く。


「ルーナは動迅流なんだな」

クルツが、その足運びを見て言った。


「ああ――そうだ」

短く答えるルーナの動きは、止まらない。

踏み込みも、引きも、刃の軌道も――常に流れている。


「……動迅流……」

ニコが小さく呟く。


「ニコは知らないだろうが、この国には三大流派がある」

クルツは木剣を肩に担ぎながら言った。


「動迅流。剛砕流。静閃流。この三つだ。

俺は静閃流。ルーナが動迅流。園長が剛砕流だ」


ニコの耳がぴくりと動く。

「どんな特徴があるんですか?」


「珍しいな、ニコが武術に興味を示すのは」


「そんな事ないですよ。知ってた方が戦いに有利じゃないですか」


その言葉に、クルツはわずかに笑った。

「……理屈だな。いい傾向だ」


木剣を構え直す。


「まず動迅流――」

ルーナが一歩踏み込む。


瞬間、姿がぶれた。


速い。


一撃ではない。

二撃でもない。

連続する斬撃が、まるで風のように空間を削る。


「動きを止めない。間を与えない。

 攻撃そのものが防御になる流派だ。

 軽さと速さで圧す」


ルーナが軽く息を吐く。

汗はほとんどない。


「次に剛砕流――」

クルツは地面に置いてあった太い丸太を指す。


「園長の流派だ。一撃必倒。受けも攻めも“重さ”で潰す。

 受け止めるのではない。叩き割る」


ニコは思い出す。


――漆黒の盾。


園長の戦いは、常に真正面だった。

避けない。

逃げない。

圧し潰す。


「最後に静閃流」

クルツは構える。


動かない。


静止。


だが、次の瞬間――


『パァンッ』


乾いた音。


切っ先が、ぴたりと止まる。


砂がわずかに舞い、すぐに落ちる。


「動かないのではない。

 “必要な瞬間だけ動く”」


クルツの目が細くなる。


「無駄を削ぎ落とす。

 止める技術。

 一太刀で流れを奪う流派だ」


ニコは三人を思い浮かべた。


風のようなルーナ。

岩のような園長。

水面のようなクルツ。


「……三すくみみたいですね」


「まあな」


クルツが肩をすくめる。


「動迅は静閃に強い。動き続ければ“止め”を作らせない。

 静閃は剛砕に強い。重さの前に“隙”を作る。

 剛砕は動迅に強い。一撃で流れを断つ」


ルーナがニヤリと笑う。

「だが、最終的に勝つのは“人”だ」


「流派は道具だ。振るう者の“心”で変わる」

クルツがニコを見る。

「で、ニコはどれが向いてると思う?」


ニコは少し考える。


尻尾が揺れる。

「……全部欲しいですね」


一瞬の沈黙。

ルーナが吹き出す。


クルツも笑った。

「欲張りだな」


「でも」

ニコは真顔で続ける。

「生き残るなら、全部知ってた方がいいじゃないですか」


その言葉に、クルツの目が少しだけ真剣になる。

「……いい目だ」


朝日が、副庭に差し込む。


三つの流派。三つの思想。


ニコの進むべき道は、まだ見えてはいない。

だがその一歩は、確かに踏み出されていた。


副庭の砂が、二人の足音で細かく跳ねる。


ルーナが低く構え、地を滑るように間合いを詰める。

速い。迷いがない。


ニコの視界が、わずかに揺れる。

――来る。


瞬間、身体が勝手に反応した。

半歩。いや、半歩よりも短い移動。


風の刃の軌道から、紙一重で外れる。

砂が裂ける。ルーナの木剣が空を切る。


「……やっぱり」

ルーナが小さく息を吐いた。


「ニコさんの動きは、私の師匠に似ています。

速さをいかした攻撃が私の持ち味です。

師匠には全く通用しませんでしたが……」


再び踏み込む。連撃。

一閃、二閃、三閃。


だが、当たらない。ニコはただ、かわしている。

跳ねるのでも、飛ぶのでもない。滑るように、ずれる。


「ニコさんは、攻撃にその動きを使えないんですか?」

ルーナが問う。


その瞬間、両者の動きが止まる。

砂が落ちる音だけが残る。


ニコは木剣を下ろし、視線を落とした。

「……ダメなんですよ」


少し困ったように笑う。

「どうやれば攻撃に使えるか、わからないんです」


ルーナは首を傾げる。

「避ける瞬間、相手の動きは見えているんですよね?」


「はい。……見えてます。

どこに重心があって、どこが空くかも」


「なら、そこを斬ればいいだけでは?」


ニコは小さく首を振る。

「避けるは無意識なんです。見えてはいるんですが

攻撃が見えた瞬間、体が勝手に……」


沈黙。


その様子を、少し離れた場所でクルツが見ていた。

「……なるほどな」

低く呟く。


ルーナが振り向く。

「何か分かるんですか?」


「ニコは“逃げるための速度”しか持っていない。

まだ“奪うための速度”になっていない」


ニコの耳がぴくりと動く。


クルツはゆっくり歩み寄る。

「避ける時、お前は何を考えている?」


「……生きることです」


即答だった。


クルツの目が細くなる。

「それだ」


木剣で地面に線を引く。


「動迅流は、相手を崩すために動く。

静閃流は、止めるために動く。

剛砕流は、潰すために動く。


お前は“生き残るため”にしか動いていない」


ニコは黙る。

確かにそうだった。


攻撃を当てようと思ったことがない。

ただ、当たらないようにしているだけ。


ルーナが静かに言う。

「でも、それは凄い事です。

私の師匠も、まず避けきれと言っていました」


クルツが続ける。

「攻撃は、余裕から生まれる。

避けた“次”を考えろ」


ニコは顔を上げる。

「次……?」


「避けた瞬間、相手はどこにいる?隙はあるか?」


「……空いています」


「そこに、置いてみろ」


「置く?」


「斬るな。振るな。置け」

静閃流の言葉だった。


ニコはもう一度構える。


ルーナが踏み込む。速い。


いつも通り、かわす。

だが――今度は、その流れの延長に。


木剣を、そっと置いた。

コン、と軽い音。


ルーナの胴に、触れていた。

止まる。風も、砂も、時間も。


ルーナの目が見開かれる。

「……今の」


ニコ自身が、一番驚いていた。

「攻撃……?」


クルツが小さく笑う。

「違うな」


静かに言う。

「それは“逃げの延長”だ」


ニコの胸の奥で、何かがわずかに動いた。

進むべき道は、まだ見えていない。


だが。

逃げるための速度が、誰かを制する速度に変わる兆しが、

確かに――生まれ始めていた。


ーーーー


「バキッ。」

乾いた破裂音が、副庭に響いた。


木剣の半ばから先が、くるくると宙を舞い、砂に突き刺さる。


「お前らまた折ったのか! 何本折れば気が済むんだ!」

クルツの怒号が飛ぶ。


「すいません」


「……すまん」

クレイグとガルドが同時に頭を下げた。


だが、その直前まで――

二人の模擬戦は、まさに重量級同士の真っ向勝負だった。


ガルドが地を踏み抜くように踏み込む。

ズンッ、と砂が沈む。


上段から振り下ろされる一撃は、

もはや“斬る”というより“叩き潰す”に近い。


クレイグは横から迎え撃つ。

正面から、受ける。

ドンッ!!


木と木が激突する鈍い衝撃。

衝撃波のように砂が弾ける。


普通なら、ここで刃を滑らせ、力を流す。


だが二人は違う。

押す。さらに押す。


力と力のせめぎ合い。

筋肉が軋み、足が地面にめり込む。

「ぐっ……!」


クレイグが踏み込み直す。ガルドが吠える。


次の瞬間――

バキッ。

耐えきれず、木剣が折れた。


「止めるを意識して闘え!」

クルツが間に割って入る。


「実戦では、剣がぶつかった直後――

次の動作にいかに速く移行できるかが

重要だといつも言っているだろう!」


ガルドは頭をかく。

「ぶつかったら、つい押し切ってしまって……」


「それは剛砕流の“悪い癖”だ」


クルツが即座に返す。

「潰せる相手ならそれでいい。

だが、潰せなかった場合はどうする?」


クレイグが視線を落とす。

「……止まってしまいます」


「そうだ。お前たちは“ぶつかる瞬間”に全てを込めすぎる。

その後が空白だ」


ニコは少し離れた場所で、そのやり取りを見ていた。

さきほど自分が学んだ“止める”という言葉。

ここでも同じだった。


ルーナが小さく呟く。

「動迅流なら、ぶつかる前にずらします」


「静閃流なら、ぶつかった瞬間に相手の軌道を奪う」

クルツが続ける。


「だが、お前たちはぶつかった“後”に止まっている。

止めるのではない。止まっているんだ」


ガルドとクレイグが顔を見合わせる。


「もう一度だ」

クルツが新しい木剣を投げる。


「今度は、ぶつかった瞬間を“始まり”にしろ」


二人が構える。再び踏み込む。

ドンッ!!

激突。


だが、今度は違った。ぶつかった瞬間――

クレイグが刃を滑らせ、体を半身に開く。

ガルドの力がわずかに空を切る。


その隙に、クレイグが胴へ回り込む。

ガルドも即座に足を引き、回転。

巨体に似合わぬ速さで、肘を打ち込む。


衝撃。

だが、折れない。止まらない。


二人の動きが、連続し始める。


「……よし」

クルツが小さく頷いた。


ニコはそれを見て、静かに思う。

避ける者。

潰す者。

流れる者。


そして――ぶつかった後を生む……

それぞれの“止め”がある。


副庭の砂は、今日も削られていく。

だが、その削れた分だけ、

確実に、彼らは前に進んでいた。


ーーーー


「そろそろ昼食にするか」

クルツが木剣を肩に担ぎながら言った。


「はい」


副庭の砂を軽く払って、一同は食堂へ戻る。

扉を開けると、温かな湯気と香りが迎えた。


サンが忙しそうに鍋を動かしている。

配膳を受け取り、席につく。


「いただきます」

ニコが手を合わせる。


「いただきます」

クレイグとガルドも、少しぎこちなく真似をした。


ルーナは配膳を受け取りながら、申し訳なさそうに言う。

「サンさん、忙しくさせてごめんなさい」


「いいよ、仕方ないじゃないか。気にするな」

サンは笑って首を振る。

「ルーナもお腹すいただろ。しっかり食べな」


「ありがとうございます」

その空気は、穏やかだった。


だが――


「クルツさんー!」

食堂の扉が勢いよく開く。


振り向くと、息を荒くしたゴリムが立っていた。

「ゴリム、どうした」


クルツが椅子から半ば立ち上がる。


「今、戻りました」


「おお、おかえり。ご苦労だったな。

アレンはまだ向こうか?」


「はい。アレンさんは避難準備と調整がまだ終わらないらしく、

自分だけ近況報告に戻って来ました」


食堂の空気が、わずかに張り詰める。


「それで状況はどうだ」

クルツの声が低くなる。


ゴリムは一瞬、息を整えた。

「巨神は……すでに人の数倍の大きさに成長しています」


スプーンの音が、誰かの手から小さく鳴った。

「そうか。他に気づいたことはあるか?」


「一定の距離まで近づくと……」

ゴリムの声がわずかに震える。


「体が重くなります。

動くことが、辛くなるんです。

動けないわけではないんですが……」


その場にいた者たちが、無意識に顔を見合わせる。


「……圧か」

クレイグが低く呟く。


ガルドは腕を組んだまま、眉を寄せる。

ニコは、じっとゴリムを見ていた。


「カイチの言っていた事と一致するな」

クルツが静かに言う。


食堂の空気が、さらに重くなる。


“近づけば動きが鈍る”

それは、単純な巨体よりも厄介だった。


サンが不安を押し隠すように言う。

「……それって、呪いとかじゃないのかい?」


「わからん」

クルツは短く答える。

「だが、物理的な威圧だけではない。

魔力干渉の可能性が高い」


ニコがぽつりと聞く。

「どのくらい近づくと、ですか?」


ゴリムは目を閉じ、思い出すように言う。

「……木が一本、丸ごと倒れている場所があるんだ。

そこを越えたあたりからだ」


ルーナが小さく息を飲む。

「結界みたいなもの……」


クルツはゆっくりと立ち上がった。

「昼食後、全員で作戦を組み直す。いいな。

園長が間に合うかどうかも分からんからな」

その言葉に、食堂の空気が完全に変わる。


穏やかな昼の匂いの中に、

戦の気配が混じる。


ニコは皿を見つめたまま、静かに考えていた。

――近づくと、体が重くなる。

それは巨体の問題ではない。

“場”そのものが変わっている。


進むべき道は、まだ見えてはいない。

だが――

巨神という存在が、

その道を無理やり示そうとしているようにも感じられた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


今回は『巨神の壁と剣の壁』と題してお届けしました。

前半は副庭での修行シーン。この国に伝わる三大流派

(動迅流、剛砕流、静閃流)の特徴と、ニコたちの成長を描きました。

ただ生き残るために避けていたニコが「次(攻撃)」を意識し始め


力任せだったガルドとクレイグが「衝突の後の動き」を意識し始める。

それぞれが自身の限界という「剣の壁」を乗り越えようと奮闘する

姿を楽しんでいただけたなら嬉しいです。


そして後半は、ゴリムがもたらした絶望的な報告。

巨神はただ巨大なだけでなく、近づく者の動きを奪う

領域(魔力干渉)を展開していました。これが文字通り

彼らの前に立ちはだかる理不尽な「巨神の壁」となります。


園長という最大の盾が不在の中、残されたクルツたちは

この圧倒的な壁にどう立ち向かうための作戦を立てるのか。

ニコが掴みかけた「一歩」は実戦でどう活きるのか。

いよいよ本格的な総力戦の足音が近づいてきました。


次回もぜひお楽しみに! 引き続き

応援よろしくお願いいたします。

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