表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

グラウバ山の事故 第5話

グラウバ山は、朝から騒がしかった。


山肌を削る音。

つるはしが岩に当たる乾いた衝撃。

土埃が舞い、空気がざらつく。


鉱脈が見つかったのは、つい先日のことだ。


「ルミナイト鉱だ。硬度はオリハルコンに劣るが

魔法的価値を付与できる、希少性の高い鉱石だ」


そう判断されるや否や、

作業は一気に本格化した。


魔獣と人間が混じり合い、

掘って、運んで、支える。


その現場に、ニコもいた。


「こっちはまだ硬いぞ」

「そっちは脆い、支柱を入れろ」


ゴブリンたちの声を、人間側へ。

監督の指示を、魔獣たちへ。


通訳として、駆り出されていた。


——その時だった。


鈍い音が、腹に響いた。


「……っ!」


一瞬の静寂。


次の瞬間。


ガガガッ!


岩盤が、崩れた。


土砂と岩が流れ落ち、

一人のゴブリンを飲み込む。


「うわぁぁぁっ!」


悲鳴が、途中で途切れた。


「崩落だ!」

「下がれ!」


現場は一気に混乱した。


ニコはすぐに状況を見る。


埋まっている。

完全ではないが、胸元まで。


「生きてる!?」


声を張り上げる。


ゴブリンの目が、かすかに動いた。


「意識はある! でも……苦しい!」


胸が圧迫されている。


このままでは、呼吸がもたない。


「支柱を!」

「岩をどかせ!」


地面が、低く唸った。


グラベルリザードが、一歩前に出る。


重い尾が地面を打ち、

岩盤に走る亀裂が、はっきりと見えた。


「――下がれ」


その低い声に、

周囲の人間も魔獣も、思わず足を止める。


次の瞬間。


太い前脚が岩に突き立てられ、

支柱代わりに踏み込まれた。


岩が、持ち上がる。


悲鳴の代わりに、

軋む音だけが響いた。


「……今だ」


わずかな隙間。


人と魔獣が一斉に動き、

必死の救出作業。


崩れた岩の下から、ゴブリンの身体が引きずり出される。


限界だった。


——間に合った。


……はずだった。


ゴブリンは、地面に横たわったまま、

荒い呼吸を繰り返している。


顔色が悪い。


「……内臓、やられてる」


ニコは悟った。


圧迫時間が長すぎた。


ニコの胸が、ぎゅっと締め付けられた。


——間に合わない。


その感覚が、はっきりとあった。


このままでは危ない。


「ポーション……」


思わず、口をついて出た。


「ポーションはないんですか?」


採掘監督に詰め寄る。


「え?」


監督は、きょとんとした顔をした。


「ポーションです。

治癒の……」


「あるわけないだろ」


即答だった。


「……は?」


「高価なんだぞ、あれは」


監督は吐き捨てるように言う。


「こんな現場で使えるか。

命がかかってるって?

それは皆同じだ」


ニコの尻尾が、強く揺れた。


「そんな……!」


「俺たちだって怪我すりゃ終わりだ」


監督は視線を逸らす。


「ポーションなんて使えるのは、

貴族か、冒険者くらいだ」


その言葉が、

ニコの胸に突き刺さった。


——異世界なんだから、何でもある。


そんな幻想は、ここにはない。


命に値段がある世界。


助かる命と、見捨てられる命。


目の前で、ゴブリンが苦しんでいる。


「……分かりました」


ニコは、静かに言った。


怒鳴らなかった。


代わりに、前に出る。


「私が、できることをします」


監督が眉をひそめる。


「何を——」


ニコは、ゴブリンのそばに座り込む。


「聞いてください。

今から言う通りに、呼吸してください」


声を落ち着かせ、

ゆっくりと、言葉を選ぶ。


「吸って……止めて……吐く」


通訳ではない。


命を繋ぐための、指示だ。


——まだ、諦めない。


ニコは、そう決めていた。


「吸って……止めて……吐く」


ニコの指示に従い、

ゴブリンの胸が、かすかに上下する。


だが、それも長くは続かなかった。


呼吸が、浅く、速くなる。


「……限界だ」


誰かが、そう呟いた。


その時だった。


重い足音が、現場に響いた。


土埃の向こうから、

一人の男が姿を現す。


背が高い。

いや——大きい。


身長二メートルはあろうかという巨漢。


岩場に立つだけで、

周囲の視線を一気に集める存在感。


フェルナ園の園長だ。


「何をしている」


低く、通る声。


採掘監督が、はっとして背筋を伸ばす。


「え、園長……!

い、いや、事故が——」


「見れば分かる」


園長は短く遮り、

倒れているゴブリンを見る。


呼吸。

顔色。

胸の動き。


一瞬で状況を把握した。


「……圧迫障害か」


園長は、懐に手を入れた。


次の瞬間、

小さな硝子瓶が、ニコの前に差し出される。


赤い液体。


「使え」


ニコの目が、大きく見開かれる。


「……ポーション?」


「そうだ」


「い、いいんですか?」


思わず、聞き返した。


園長は、ふんと鼻を鳴らす。


「いいも悪いもあるか」


ゴブリンを一瞥し、続ける。


「こいつが掘る鉱石を考えりゃ、

その程度、安いものだ」


監督が、息を呑んだ。


「で、ですが……!」


「死なせたら、もっと高くつく」


それだけだった。


ニコは、迷わなかった。


瓶の栓を抜き、

ゴブリンの口元へ運ぶ。


「少しずつ、です」


喉を刺激しないよう、

慎重に流し込む。


赤い液体が、体内に入った瞬間。


ゴブリンの体が、びくりと跳ねた。


荒かった呼吸が、次第に落ち着いていく。


胸が、しっかりと上下し始めた。


「……戻ってきてる」


誰かが、震える声で言った。


数分後。


ゴブリンは、ゆっくりと目を開けた。


焦点が合い、

周囲を見る。


「……生きてる」


その言葉に、

現場から、安堵の息が漏れた。


ニコは、ようやく肩の力を抜く。


——助かった。


園長は、その様子を黙って見ていた。


「通訳」


呼ばれて、ニコが振り向く。


「よく判断した」


それだけ言うと、

園長は踵を返した。


特別な賞賛はない。


だが。


その背中は、

確かにニコを“評価した者”のものだった。


ニコは、空になった硝子瓶を見つめる。

瓶越しにグラベルリザードが見えた。


(長い名前だなぁ……)


怪我をしているようだ。

「グラベルリザードさん、大丈夫ですか?」

「このくらい、大丈夫だ。気にするな」


ニコは少し躊躇しながら口を開いた。

「グラベルリザードさん……言い難いんですが、名前を……」


ボソボソと言う。

「何だ、言ってみろ」

少し大きな声で答えが返ってくる。


「な、名前をつけても良いですか?」

「おお、いいぞ」


(やっぱりダメですか……)

いや、良いんですか?


あっけなく了承されたことに、ニコは少し戸惑う。

「じゃあ、考えますね」


OKされると思っていなかったニコは、何も考えていなかった。


少し沈黙した後、ふと思い浮かんだ名前を口に出す。

「……クレイグ、でどうですか?」


グラベルリザードは低く唸り、ゆっくりと首を傾げた。

「……ふん。悪くない」


ニコは思わず、ほっと息をついた。

名前を呼べるだけで、なんだか距離が縮まった気がした。


そっと、ニコは手を伸ばす。

グラベルリザードの大きな手に触れると、温かく、硬さの中にわずかな柔らかさがあるのを感じた。


クレイグは目を細め、低く唸るだけだったが、その反応にニコは安心した。


——命には、値段がつく。


——それでも、救えるなら、救う。


その想いは、ここでも変わらなかった。

第5話、読んでくださりありがとうございます。

今回のグラベルリザード、クレイグとのやり取りは、ニコが命や存在に対してどれだけ真剣に向き合っているかを描きたかった場面です。

名前を付けるということは尊重の証であり、心の距離を縮める大切な瞬間です。ニコがそれを通して得る成長や、魔獣との絆の描写を楽しんでもらえたなら嬉しいです。


また、採掘現場の事故やゴブリン救出の場面では、命に値段がつく世界の現実や、異世界での厳しさも描きました。物語の中でニコが葛藤し、行動する姿を通して、少しでも読者の皆さんに「小さな力が誰かを救う」ということを感じてもらえれば幸いです。


物語はまだまだ続きます。ニコや仲間たちの成長、そして魔獣たちとの交流も深まっていきますので、次回以降もどうぞお付き合いください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ