王国の危機と最高の手土産 第48話
園長室。
ゴリムが羽織ったローブを何度も見下ろしている。
灰白色の羽が、動くたびに音を吸う。
「……すごい……」
思わず漏れた声に、ニコがにやりとする。
「似合ってますよ、ゴリムさん」
ゴリムは照れたように俯く。
園長は腕を組み、満足そうに頷いた。
「森で学んだものを、今度は園のために使え」
そこへニコが、はっとする。
「あっ……」
「それでニコは何のようだ」
園長が聞く。
ニコは一瞬ぽかんとし、それから慌てる。
「そうだ、用事があったんだ」
完全に忘れていた顔だ。
「カイチさんが言ってました。アンズーに乗って
行けば速く行って来れるって」
園長の表情が止まる。
「……空を飛んで行くのか……」
声がわずかに低くなる。
「それが一番速いと言ってました。アルヒッポスでは
ギリギリ間に合うかどうか怪しいとも」
園長の口元が引きつる。アルヒッポス。
信頼している愛馬。
だが、往復で十日を切るかどうかは確かに怪しい。
「アンズーは嫌がるだろう」
少し間を置いて言う。
ニコは首を傾げる。
「アンズーさんは、カイチさんには逆らいませんよ」
「……おお、そうか」
園長は咳払いを一つ。
「それでもだ。アルケオスの見張りはどうする?」
ニコは即答する。
「ゴリムさんにお願いしてもいいんじゃないですか?」
ゴリムがびくっとする。
「え?」
「すぐ近くまで行かなくても、今のゴリムさんなら双眼鏡で
見える位置までは気づかれずに行けるんじゃないですか?」
園長の顔が固まる。自分で与えた装備。
自分で認めた能力。完璧な理屈だ。
墓穴を掘った顔になる。
ニコが不思議そうに首を傾げる。
「あれ? 園長、他に何かアンズーさんではダメな理由あるんですか?」
一瞬の沈黙。
「な、ない。ない。そんなものはないぞ……」
やや早口、視線が泳ぐ。
ニコがにやにやする。
「なんか怪しいですね〜」
ゴリムは二人を交互に見ている。
園長は咳払いをして、無理やり話を締める。
「……検討する」
窓の外、遠い空を一度見る。
高い。とても、高い。
小さく呟く。
「……空か……」
しばらくして、廊下の向こうから重い足音が近づいてきた。
ニコとゴリムが園長室を出ようとしたところで
ヴォルンと鉢合わせる。
「もう話は終わったのか?」
低い声。
「はい、終わりました」
ニコが答える。
「ああ、そうか」
短く頷き、ヴォルンは入れ替わりで園長室へ入った。
扉が閉まる。
「園長、お願いがある」
いきなり本題だった。
園長は椅子に腰を戻しながら眉を上げる。
「なんだ」
「酒を三本、分けて欲しい」
「……酒?」
「そうだ。今ある酒を三本だ」
園長の目が細くなる。
「どうするつもりだ」
ヴォルンは当然の顔で答える。
「故郷に帰るのに手ぶらでは行けんだろう」
園長が一瞬固まる。
ダンジョンへ向かう。
ヴォルンの“故郷”だ。
「……それはそうだが、待て」
額に手を当てる。
「三本もいるのか?」
「いる。少ないくらいだ」
即答。
園長が渋い顔をする。
「二本にしてくれ」
ヴォルンが腕を組む。
沈黙。
「足らずは、わしの実家で必ず調達する。
それで手を打とう」
園長はじっと見つめる。
やがて小さく息を吐いた。
「……わかった」
立ち上がり、棚の奥へ向かう。
ヴォルンの口元がわずかに緩む。
園長は瓶を二本取り出し、重みを確かめてから手渡した。
ヴォルンはそれを慎重に受け取る。
「借りだ。必ず返す」
「返さんでもいい。その代わり――」
園長の目が鋭くなる。
「最高の剣を頼む」
ヴォルンは一瞬だけ真顔になり、深く頷いた。
「当然だ」
瓶が静かに鳴った。
出発の気配が、少しずつ形になっていく。
ーーーー
出発の準備が整う。
革袋が締められ、縄が引かれ、道具が所定の位置に収まる。
アンズーは静かに伏せている。
最後に園長が荷の確認を一つ、二つ。
「忘れ物はないな」
庭に全員が集まっている。
園長が視線を巡らせる。
「クルツ」
「はい」
「園の指揮を頼む。職員の配置はお前が決めろ。混乱させるな」
「承知しました」
「ゴリムは北の見張りだ。無理はさせるな」
「はい」
園長はアレンを見る。
「アレン」
「はい」
「リム村へ行け。避難準備を始めさせろ」
アレンの背筋が伸びる。
「村長には、わしの名で伝えろ」
ハロルド・リムウェルの顔が一瞬浮かぶ。
「あくまで“準備”だ。騒ぎにするな」
「はい」
「年寄りと子供からまとめろ。荷は最小限だ」
「わかりました」
「南へ動く場合の集合地点も決めておけ」
アレンは深く頷く。
園長は最後に言う。
「判断に迷ったらクルツと相談しろ」
「はい」
クルツが一歩前に出る。
「園の動きは私がまとめます」
それだけ言った。
園長は短く頷く。
ヴォルンが近づく。
「行こうか」
アンズーの背に、園長とヴォルンが乗る。
アンズーが翼を広げ、庭の空気が張り詰める。
その前に、サンが近づく。
「園長」
封書を差し出す。
「娘への手紙です」
園長が受け取る。
「討伐のことを書きました」
短い言葉。
それだけで十分だった。
「向こうで話をする時に、渡してください」
園長は封を確かめ、懐へ入れる。
再び翼が開く。風が庭を押し流す。
次の瞬間、地面が遠ざかる。
アンズーは海側へ向きを変えた。
地上では、すでに静かに準備が動き始めていた。
園の屋根が小さくなり、森が広がる。
海側へ向けて旋回。
低く、速い。
空気が頬を打つ。
やがてフェルナ領の領主邸が見えてくる。
白い外壁。広い庭。訓練場の旗。
その上空を巨大な影が横切った。
庭が一瞬で騒然となる。
「なんだあれは!」
「上だ!」
鐘が鳴る。兵が駆け出す。
槍が持ち出され、弓が構えられる。隊列が組まれる。
アンズーは減速し、低く旋回。
庭の中央へ降下する。
着地の衝撃が土を跳ね上げる。
強風で外套が翻る。
兵が半円を描いて取り囲む。槍先が一斉に向けられる。
「止まれ!」
緊張が張り詰める。
その兵の間を割るように、一人の男が前へ出た。
領主。
園長の弟だ。
アンズーを見上げ、顔が強張る。
「……兄さん?」
次の瞬間、声を荒げる。
「兄さん!驚かせないでください!」
胸を押さえ、大きく息を吐く。
「寿命が縮まりましたよ……!」
園長はアンズーの背から降りる。
砂煙の中、ゆっくりと歩く。
「大げさだ」
弟は兵に手を振る。
「下がれ。槍を下ろせ」
兵が戸惑いながらも従う。
だが誰も完全には力を抜いていない。
アンズーは動かない。
ただ、じっと庭を見下ろしている。
弟が低く問う。
「何があったんです」
園長は視線を合わせる。
短く言う。
「白極の巨神が目覚める」
その一言で、弟の顔色が変わった。
冗談ではないと理解する。
庭のざわめきが消える。
風だけが、まだ揺れている。
「兄さん。中で話しましょう」
領主リオネルが言った。
庭はまだざわついている。
兵は完全には緊張を解いていない。
園長は首を振る。
「すまん、リオネル。時間がないんだ。必要なことだけ伝える」
リオネルの表情がすぐに切り替わる。
「はい。分かりました」
「王都に知らせを飛ばしてくれ。距離的に援軍は
期待できんが一応知らせてくれ」
「はい。早急に手配します」
「次は、近隣の住民を避難させたい」
一拍。
「近隣となると三つの村ですね」
リオネルは即座に数を出す。
「流石に全員となると難しいです」
迷いではなく、現実だ。
園長は短く息を吐く。
「そうか……なら子供と年寄りだけでも
避難できるようにしてくれ」
リオネルはすぐに頷く。
「それなら大丈夫だと思います」
「それと食料支援も頼む」
「分かりました」
即答。
「他にありますか?」
一瞬の沈黙。
園長が視線を逸らす。
「……酒を……」
リオネルが瞬きをする。
「えっ、何ですか?」
園長は咳払いを一つ。
「いや、ダンジョンにドワーフに会いに行く。
土産に酒くらい持って行かんと面目がな……」
リオネルの口元がわずかに上がる。
「兄さんの面目ですか?」
「……」
言い返せない。
背後でヴォルンが園長の背を軽く叩く。
「剣を貰いに行くんだ。ドワーフの剣だぞ。
それなりの手土産はいるだろう」
リオネルが笑う。
「冗談ですよ、兄さん」
園長はむすっとしたまま視線を戻す。
「何本いるんですか?」
ヴォルンが小声で言う。
「……三本だ……」
園長が間を置き、言い直す。
「三本……三本欲しい」
ヴォルンがさらに小さく背中から押す。
「……旨い酒だ……」
園長は真顔で言う。
「美味しい酒だ。一番美味しい酒を頼む」
リオネルは肩をすくめた。
「分かりました。用意させます」
兵に合図が出る。
庭の緊張が、わずかに和らいだ。
だが空の重さは、まだ消えていない。
「それじゃあ、行ってくる。後は頼んだぞ」
園長が言う。
リオネルは即座に応じた。
「はい。分かりました。我が領の防衛騎士団
――盾の精鋭も含め、二十名ほど向かわせます」
「それは助かる。できれば回復役も入れてくれ」
「はい。もちろんです」
短い確認。
それで十分だった。
園長とヴォルンが再びアンズーの背に乗る。
翼が広がる。庭が遠ざかる。
風が一気に巻き上がる。
アンズーが空へ跳ね上がり、高度を取る。
その瞬間、わずかに体が揺れた。
アンズーが少しふらつく。
園長が思わず前に寄る。
しばらくしてヴォルンが言う。
「あまりくっ付かないでくれ。バランスが悪くなるから」
「……」
園長は無言で、ほんの少しだけ距離を取る。
続けてヴォルンが言う。
「このくらいなら落ちても死にはしないぞ」
園長が低く返す。
「ドワーフと人を一緒にするんじゃない。
ここから落ちれば確実に死ぬ……」
風が耳を打つ。高度はまだ上がる。
森が絨毯のように広がり、川が細い線になる。
その向こう。
やがて遠くに石造りの街が見えてくる。
塔が並び、外壁が陽を反射する。
街の中心部にひときわ高い建物。
巨大な封印の扉の紋章を掲げた塔。
ラビリオスの冒険者ギルド。
アンズーは速度を落とさない。
風を切り裂きながら、まっすぐそこへ向かっていた。
第48話
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、世界の危機が迫る緊迫した状況……のはずなのですが
なぜか園長のポンコツ具合が際立つ回になってしまいました(笑)。
ゴリムに双眼鏡とローブを与えて隠密能力を完成させた結果
自分の「空を飛びたくない」という言い訳を見事に潰されてしまう園長。
ニコの悪気のない正論ほど怖いものはありませんね。
そして弟のリオネル領主も不憫です。
「白極の巨神が目覚めた」という絶望的な報告で
震え上がった直後に、兄とその背後にいるドワーフから
「一番美味しい酒を三本くれ」とねだられる理不尽。
シリアスとコメディの温度差を楽しんでいただけていれば幸いです。
高所恐怖症の園長を乗せ、一行はいよいよラビリオスの
冒険者ギルドへ向かいます。
次回、巨大な魔獣アンズーが街に降り立ったら
一体どんな大騒ぎになるのか。
そして、ヴォルンの故郷で待つ「最高の剣」とは……。
次回も引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします!
第48 王国の危機と最高の手土産
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、世界の危機が迫る緊迫した状況……のはずなのですが
なぜか園長のポンコツ具合が際立つ回になってしまいました(笑)。
ゴリムに双眼鏡とローブを与えて隠密能力を完成させた結果
自分の「空を飛びたくない」という言い訳を見事に潰されてしまう園長。
ニコの悪気のない正論ほど怖いものはありませんね。
そして弟のリオネル領主も不憫です。
「白極の巨神が目覚めた」という絶望的な報告で
震え上がった直後に、兄とその背後にいるドワーフから
「一番美味しい酒を三本くれ」とねだられる理不尽。
シリアスとコメディの温度差を楽しんでいただけていれば幸いです。
高所恐怖症の園長を乗せ、一行はいよいよラビリオスの
冒険者ギルドへ向かいます。
次回、巨大な魔獣アンズーが街に降り立ったら
一体どんな大騒ぎになるのか。
そして、ヴォルンの故郷で待つ「最高の剣」とは……。
次回も引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします!




