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白極の巨神 第47話

裏庭へ移動する頃には、空の重さはわずかに薄れていたが

誰の胸からも緊張は抜けていなかった。


石畳を抜け、低木に囲まれたお茶会用の場所へ出る。

丸い木卓と椅子が並ぶ、普段は穏やかな時間が流れる場所だ。


今日は違う。


アンズーは庭の外縁に控え、カイチは中央にどっしりと

角馬場にいた面々が、自然と円を作る。


園長は一度園長室へ戻り、両腕に数冊の古びた本を

抱えて戻ってきた。革表紙は擦り切れ、角が丸くなっている。


机の上に置く。


重い声。

「神話だ」


サンとルーナも呼ばれ、席に着いている。

サンは静かに本を見つめ

ルーナはどこか落ち着かない様子で空を見上げた。


園長がゆっくりと頁を開く。

「白極の巨神――アルケオス」


指が古い挿絵をなぞる。

氷嶺に立つ巨影。角を戴き、地を踏みしめる姿。


「この存在はな、“壊れた秩序を正すもの”として記されている」


低い声が続く。

「世界の力が偏った時に現れ、均衡を戻すとある」


ページをめくる。

「人はあらがい、王を失い多大な被害を受けたとある」

「――討伐された記録はないが

消えたと記されている」


沈黙が落ちる。


その時、ルーナが小さく手を上げた。

「……似ています」


皆が視線を向ける。

「私が子供の頃、両親から聞いたお伽話に」


園長が目を細める。

「どんな話だ」


ルーナは少し迷い、ゆっくりと語り始めた。

「人間側の話です」


「白い巨神が現れ、魔獣王率いる軍団を

蹴散らし、追い払ったと」


その場の空気が変わる。

ルーナの瞳は遠くを見るようだった。


「氷の王が人の味方となり、魔獣の軍勢を南へ押し戻した」


「そして世界は救われた――そういう話でした」


「私の住んでいた所から見れば、ここの山は

南に位置するので、同じ神だと思います」


サンが息を呑む。


クレイグが腕を組み直す。


園長は本を閉じないまま、ゆっくりと言う。

「魔獣の力が大きくなり過ぎたせいで

均衡が崩れたということか……」


「だが今回は魔獣王が倒され、人が魔獣を滅ぼそうと

している。全く逆だ、秩序を正すなら今回は

我々人間が正される側だ。」


ルーナの話では、アルケオスは“救済”。


園長の本では、“是正”。


カイチが静かに口を開く。

「立場が違えば、神話は変わる」


アンズーが低く唸る。

「巨神は味方ではない、と言ってます」

ニコが通訳を始める。


風が止まる。

「ただ、偏りを削るだけだ」


ニコが本とルーナを交互に見る。

同じ存在。


だが、語り継がれ方は真逆。園長が言う。

「どちらが正しいかではない。どちらも“記録”だ」


裏庭の空気が張り詰める。


白極の巨神――アルケオス。


それは敵か、救いか。


それとも――


ただの“調整者”か。


静かな庭に、緊張だけが残った。


裏庭に重い沈黙が落ちたまま、誰もすぐには口を開かなかった。


やがて園長が、静かに息を吐く。

「……今回は敵と見るのが正しいだろう」


本を閉じる音が小さく響く。

「大事なのは、これからどうするかだ」


現実へ引き戻す声だった。


ベルモットが腕を組み、周囲を見渡す。

「近辺の村の人は避難しないといけませんね」


迷いのない言葉。


園長が頷く。

「そうだな。仕方ないが、避難はお願いしないといけないな」


庭の空気がさらに引き締まる。


アレンが一歩前へ出る。

「……私の村も避難しないといけませんよね」


声は落ち着いているが、その奥に焦りがある。

「どこに避難する事になりますか?」


園長は少し考え、視線を南へ向ける。

「おそらく南の街だろう」


間を置く。


「だが、領主と打ち合わせして決める事にする」


勝手には動けない。だが時間もない。


サンが拳を握り、言う。

「間に合うか……」


園長はその言葉を拾わず、代わりに続ける。

「フェルナの冒険者ギルドにも応援を要請する」


庭にいる者たちの目が上がる。


「倒せなくてもいい。足止めをして

追い払うことが出来ればいいんだがな」

希望というより、現実的な目標だった。


完全討伐は望まない。押し返す。時間を稼ぐ。


アンズーが低く言う。

「まだ幼い、10日ほどは時間はあるはずだ」


クルツが言った。

「今のうちに倒すのは無理でしょうか?」


アンズーの表情が変わる。

「それは無理だ!やめろ。神が神でなくなる」


クルツがニコに頼む。

「ニコ、どういう意味か聞いてくれ」


「はい」

「アンズーさん、それはどういう意味ですか?」


「白極の巨神は秩序を正す存在だ。

ただの殺戮者ではない」


「お前たちは神を殺戮者にするつもりか!」

ニコが通訳すると、庭の空気が揺れた。


カイチは何も言わない。ただ空を見上げている。


遠い北の空。まだ見えない。

だが、確実に近づいている。


園長が視線を戻し、静かに言う。

「ニコ、通訳頼む」


「はい」

ニコがカイチの前に立つ。


園長が古書を開き、頁を示した。

「カイチ。この古書には、魔獣は凍りつくとある。

これはどういう意味だ」


ニコがそのまま伝える。


カイチはしばらく黙り、ゆっくりと答えた。

「それは実際に凍りつくわけではない」


ニコが通訳する。

「おそらく、動けなくなるということだ、と言っています」


庭の空気がさらに重くなる。

カイチは続ける。


「人も含め、魂の脆弱な者は、息をすることさえ難しくなる」

ニコが言葉を選びながら伝える。


ベルモットが息を呑む。


園長が問う。

「対処法はあるのか?」


ニコがそのまま投げる。


カイチの目が細くなる。

「憶測だが……『名』だと思う」


その言葉が落ちる。


ニコが繰り返す。

「……『名』……だそうです」


裏庭に小さなざわめきが走る。


園長の目がニコを見る。


カイチはさらに言う。

「名のある者は動けていたからな。間違いない」


ニコが通訳する。

「名を持つ者は動けていた、と言っています」


その瞬間、視線がいくつもニコへ向けられる。


「……『名』……」


名付けの加護。


白極の巨神の圧に抗えるのは――


名を持つ者。


風がわずかに動く。


遠い北の空は、まだ静かだった。


「わかった。カイチ、ありがとう」

園長が礼を言う。


ーーーー



裏庭に集まった面々を見渡し、園長がゆっくりと口を開いた。

「これからみんなに、やって欲しい事を決めた。聞いてくれ」


誰も言葉を挟まない。


「まず、ヴォルンはニコたちの剣を作って欲しい」


ヴォルンが静かに頷く。


「クルツとアレンは、村に避難の準備をするように伝えてくれ」


二人が同時に「はい」と返す。


「ルーナは、ニコたちに剣を教えてくれ」


ルーナは一瞬目を見開き、それから真剣な顔で頷いた。


「サンとロルフは、調理の合間に

長期戦になった時の為の保存食を作ってくれ」


サンが腕を組みながら答える。

「任せてください」


「ニコは、名のない魔獣に出来る限り名を頼む」


その言葉に、ニコの胸が重くなる。


そして――


「アンズーにも名を頼む」

カイチが低く言った。


ニコが首を傾げる。

「アンズーさんは、名前はあるのでは?」


カイチは首を横に振る。

「アンズーは正式な名ではない。上書きでかまわん。名を頼む」


アンズーは黙っている。

拒まない。


「意見があれば言ってくれ」


沈黙を破ったのはヴォルンだった。

「十日では時間が足らん」


皆がそちらを見る。


「ダンジョンに、わしの作った剣がある。取りに行かせてくれ」

重い一言。


続けてサンが前へ出る。

「ダンジョンに行くなら、私の娘を連れて来て欲しい」


庭の空気がわずかに動く。


「私の娘は、この国ではおそらく一番の火魔法使いだ。

相手が氷の神なら、きっと助けになる」


ニコが小声で問う。

「一番の火魔法使いなんですか?」


サンがわずかに笑う。

「ああ〜そうだ。カイが子供の頃から、いろいろ情報を与えてたからな」


ニコが眉を上げる。


「ニコならわかると思うが

とんでもない爆弾の話も熱心に教えていたからな」


ニコの目が見開く。

「とんでもない爆弾? ……あっ、あれのことか」


記憶が繋がる。

「確かに、それを魔法に出来れば敵無しだな」


サンは続ける。

「魔法はイメージだ。加護が無くとも

イメージをしっかり頭に描けるものが最強の魔法使いだ」


そして、淡々と言った。

「子供の頃に、山一つ吹き飛ばしたからな」


静寂。


「……山一つ……」

ニコの呟きが、庭に落ちた。


風が止まる。


白極の巨神に対抗するための布石が

静かに打たれ始めていた。


「では、みんなそれぞれやれる事をやってくれ。解散だ」


椅子が引かれ、足音が散る。


園長は最後に付け加えた。

「ゴリムは後からわしの部屋に来い」


ゴリムの肩が跳ねる。

「はっ、はい」

その声は明らかに裏返っていた。


ニコが横から覗き込む。

「何やらかしたんですか?」


「なっ、なにもやってないぞ……やってないよな?……」


「知りませんよ」

即答だった。


――――


園長室の前。


ゴリムは廊下を行ったり来たりしていた。

歩いては止まり、止まっては扉を見る。


ノックする勇気が出ない。

しばらくして、足音が近づく。


「ゴリムさん、まだこんなとこにいたんですか?」

ニコだった。


ゴリムは視線を泳がせる。

「……」


「一緒に入りますか?」


少しの間。


それから、小さく頷く。

「おお、頼む……」


ニコが扉をノックする。

「おお〜来たか。入れ」

ニコが先に入る。


「ああっ、ニコか。ゴリムはいなかったか?」

園長が顔を上げる。


その後ろから、ゆっくりとゴリムが姿を現す。

「おお〜いるじゃないか。こっちに来い」


ゴリムは恐る恐る前に出る。


「ゴリム。条件達成だ。修行に参加していいぞ」


一瞬、言葉の意味が理解できない。


「はっ、はい?」

目が丸くなる。


「サイレント・ウィスパーに触れずに近づいた。十分だ」

園長が静かに言う。


「お前にこれをやる」

机の横に置かれていた布包みを持ち上げる。


ゆっくりと解く。


灰白色のローブが現れる。


光をほとんど反射しない。

羽が幾重にも重なり、布とも革とも違う質感をしている。

触れれば、音が吸い込まれるような静けさ。


あの、か弱い鳥たちの羽。

自然に抜け落ちたものを、長い時間をかけて集めた外套。

羽が幾重にも重なり、光を吸うような質感。


「貴重なサイレント・ウィスパーの羽根で出来たローブだ」


ゴリムの喉が鳴る。


「お前の隠密に役立つはずだ」


園長の目が真っ直ぐに向けられる。

「使いこなせ」


ゴリムはそっと両手を伸ばす。


受け取る。


軽い。


だが、ただ軽いだけではない。


羽織った瞬間、輪郭が曖昧になる。


そこにいる。


だが、気配が薄い。


ニコが小さく呟く。

「……似合ってますよ」


ゴリムは言葉を失ったまま、深く頭を下げた。


園長が低く言う。

「森で学んだものを、今度は園のために使え」


静かな部屋に、決意だけが残った。


第47話 白極の巨神

お読みいただきありがとうございます!


ついにその姿の片鱗を見せ始めた「白極の巨神」。

ただの強大な魔獣ではなく「世界の秩序を正す神」

という規格外の存在であることが判明しました。

完全討伐ではなく「足止めして押し返す」という

現実的な目標が事態の深刻さを物語っていますね。


そんな絶望的な状況でも、園長を中心に各々が

すぐさま自分の役割を見つけて動き出す姿には

これまでの物語で培ってきた絆や頼もしさを

感じていただけたのではないでしょうか。

そして今回、サンの口から飛び出した

「山一つ吹き飛ばす最強の火魔法使い」である娘の存在!

ニコの知る「とんでもない爆弾」の知識がどう魔法に

活かされているのか、今後のダンジョン組の動向から

目が離せません。


また、後半は怒られると思ってビクビクしていたゴリムが

見事修行の成果を認められる胸熱(?)展開でした。

貴重な「サイレント・ウィスパーのローブ」をゲットして

ゴリムの隠密スキルがさらにどう活きていくのかも

ご期待ください。ゴリム、本当に良かったね……!


迫り来る「10日」というタイムリミット。

そしてニコに託された「名付け」という重役。

果たして彼らは、巨神に対抗する準備を

間に合わせることができるのか。


次回もぜひお楽しみに! 引き続き、応援よろしくお願いいたします!

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