ソルイグニス 第45話
まだ夜の名残が残る、薄暗い朝。
鍛治工房の中は静まり返っている。
炉は冷え、炭の灰が白く沈んでいた。
中央に置かれた剣。
仕上げ研ぎを終え、あとは銘を待つだけの一本。
ヴォルンは茎を万力に固定し、鑿を手に取る。
「決めたか」
ニコは小さく頷いた。
クルツは息を呑んでいる。
工房の空気が張り詰める。
ニコは剣を見つめた。
刃はまだ朝の光を浴びていない。
それでも、芯の奥に青い光が潜んでいる。
ゆっくりと、言葉が落ち、
ニコが名を口にする。
「――ソルイグニス」
その瞬間。
茎が、淡く赤金に光る。
炉に火は入っていないのに、
まるで朝日を内側から浴びたように。
ヴォルンが鑿を当てようとした瞬間
……光が走る……
一時が過ぎ……収まった時。
そこには、刻まれている。
『 Solignis 』
削られた痕ではない。
金属そのものが、その形を成している。
ヴォルンが低く言う
「なんだこの文字は」
ニコがゆっくりと答えた。
「……「太陽の火」です」
クルツは静かに呟く。
「ソルイグニス……」
薄暗い朝の工房に、名だけが確かに残る。
ニコはただ一言。
「気に入ってくれましたね」
剣は、もう光らない。
だが、工房の空気は変わっていた。
夜と朝の境目。
その時間に生まれた名は、
もう消えない。
外から、鳥の声が聞こえる。
試し斬りの朝が始まる。
ーーーー
クルツたちは
まだ薄い朝靄が残っている、副庭に移動した。
ここはもともと森だった。
開拓の際、すべてを伐り払わず
太い切り株だけを残した場所がある。
中には三尺を優に超える古い切り株。
その年輪は、数十年分を刻んでいる。
この場所には、その大木から切り出されたと
思われる丸太を、茶卓として使用した
テーブルがある。
根は落とされ、数年乾かされた硬木。
年輪は締まり、腐りは無い。
ヴォルンはその上に手を置く。
「これで十分だ」
余計な台は要らない。
衝撃を逃がすのにこれで十分だ。
クルツたちは鉱石保管小屋へ向かった。
そこでは、すでにフェルドとゴリムが集めた鉱石の中から
オリハルコンの鉱石を探していた。
粗く仕分けはされているが、まだ本格的な選鉱は済んでいない。
棚には鉄鉱、銅鉱、黒く重い石、
そして袋詰めにされた細かな鉱砂。
ヴォルンが腕を組み、眉をひそめる。
「オリハルコンはな……ここの鉱山でも採れるが、量は少ない」
山積みの鉱石を一つずつどけていく。
重い、硬い、だが違う。
オリハルコンは、見た目は地味だ。
鈍い灰色の中に、わずかに金を含んだような光を持つ。
割ると内部に硬質な層が走る。
ゴリムがようやく見つけ出した塊を持ち上げ言った。
「探すのに苦労したんだぞ、これ」
拳二つ分ほどの大きさ。
ずしりとした重み。
クルツが横から覗き込む。
「おおーそれか?」
フェルドが頷く。
そこへヴォルンがゆっくり歩いてきた。
鉱石を手に取り、軽く叩く。
カン、と澄んだ硬い音が返る。
「……間違いないな」
一拍置き、低く言う。
「暇になったら、ちゃんと選別せんといかんな」
まだ混ざり物が多い、このままでは無駄も出る。
ヴォルンは鉱石を受け取り、
副庭へ視線を向け言った。
「よし!試し斬りだ」
朝日が、ようやく建物の縁を越える。
クルツの手に握られたソルイグニスが
光を待っている。
副庭に戻ると、空気が張り詰めていた。
貴族の笑い声が響いたであろう場所に
大勢の人と魔獣が勢揃いしていた。
「なんで、こんなに人がいるんだ……」
クルツが情け無い声を出す。
ヴォルンが低く言う。
「さぁー始めろ!刃筋を通せ。力むなよ」
乾燥させた茶卓用丸太の試し斬り台
その上に、ゴリムがオリハルコン鉱石を置いた。
鈍い灰色の塊。
重く、冷たい。
周囲の空気が、すっと張り詰める。
風に揺れた一枚の葉が、丸太の天面をかすめた。
その瞬間。
鞘と鍔が触れ合う、
「カッ」
乾いた音が、副庭に響く。
視認できない速さで放たれた一閃。
青白い銀光が円弧を描き、
空気を裂く風切り音が、遅れて耳に届く。
――シュン。
抜刀から納刀まで、わずか一呼吸。
ソルイグニスは、すでに鞘へ戻っている。
「パチン」
小さく響く音。目釘が締まる。
静寂。
誰も動かない。
やがて――
オリハルコンの上部が、
音もなく、滑るように横へずれ落ちた。
ゴトリ、と遅れてテーブルに落ちる。
断面が、朝日を受けて光る。鏡のように滑らか。
削られた跡はない。砕けも、欠けもない。
まるで最初から二つだったかのような面。
丸太の天面には、
年輪の模様が鮮やかに浮かび上がっている。
そこに残されたのは、
完璧な水平。
「うおおぉぉーーーっ!!」
「パチパチパチパチ!!(拍手喝采)」
「な、なんだ今の……!? 見えなかったぞ!」
「すげぇ……切り口が鏡みたいだ……!」
歓声が収まると
ヴォルンが低く息を吐く。
「……問題ない……」
クルツの喉が、ようやく鳴る。
「……ゴクリ……」
ソルイグニスは、静かにそこにある。
太陽の火は、確かに応えた。
やがて、張り詰めていた空気がゆるむ。
「腹減ったな」
ゴリムが大きく伸びをする。
「朝から騒ぎすぎだ」
クレイグが苦笑する。
ヴォルンは剣を一瞥し、短く言う。
「片付けてから飯だ」
副庭に残ったオリハルコンの断面は、まだ静かに光っている。
ーーーー
ぞろぞろと、皆が食堂へ向かう。
石敷きの小径を、剣を抱えたクルツが歩く。
その横をニコが並ぶ。
「良かったですね」
「……ああ」
それだけで十分だった。
ーーーー
少し前、厨房ではサンとルーナが
朝食の用意をしていた。
サンは、さつまいもを2〜3mmの薄切りにする。
水に軽くくぐらせ、水気を拭く。
そのまま小さな鉄皿に並べ、
炉横のオーブンへ入れる。
強く焼かない。
表面がほんのり色づき、
縁が少し乾く程度。
軽く火を通し、甘みを引き出す。
ルーナが頷く。
「焼き目が少しついた方が香りが出る」
「ルーナ、リンゴを薄切りにしてくれるか」
サンはパンを一口大にちぎり、
バターを塗った耐熱皿に敷き詰める。
リンゴを切り終えたルーナが、サンを手伝いに来る。
「サンさん何かしましょうか?」
「さすが速いな、じゃあー卵割ってくれるか」
ルーナがボウルに卵を割り、シャッ、シャッと混ぜる。
そこへサンが牛乳と砂糖を加える。
「ここは丁寧に」プリン液を回しかける。
パンがゆっくり吸い込む。
パンに液が染みるよう、軽く押さえて5分ほど置く。
その間に、焼いたさつまいもとリンゴを交互に並べる。
円を描くように。
上から砂糖と、たっぷりのシナモン。
小さくちぎったバターを点々と置く。
並び終わるとちょうど5分が過ぎた頃になり
しっかりと液が染み渡った。
すぐに小型窯へ。
炭火を均し、上火も少し入れる。
パチ……パチ……
砂糖が溶ける音。
リンゴの水分が弾ける。
シナモンの香りが一気に立ち上る。
表面がきつね色になるまで焼く。
中心がふるりと揺れる。
ルーナが嬉しそうに言った。
「いいにおいですねー」
食堂に賑わいが訪れる。
「おお、帰って来たか!」
サンがロルフに言った。
「ありがとうございます」
ロルフは試し切りが見たくてサンに頼んで
行かせてもらっていた。
サンとルーナは全く興味はないようである。
今では魔獣たちも、一日三食が当たり前になっている。
朝、昼、夜。
規則正しく食べ、働き、鍛える。
以前のように、余り物を分け合うだけの生活ではない。
魔獣たちは整然と席につく、騒がしいが、秩序はある。
「出来たよー!みんな並んでちょうだい」
食堂にサンの声が響いた。
従業員も魔獣たちも、ぞろぞろと並び始める。
サンは満面の笑みで並ぶクルツに聞いた。
「試し斬りどうだった?」
クルツは、ほんの少しだけ胸を張る。
「ヴォルンさんに問題ないと言われました」
「おおぉぉー」
その一言で、また小さな歓声が上がる。
各々がトレイを受け取り席に着く。
従業員たちはすぐ分かる。
「今日の朝食はパンプディングか」
「これ美味しいよなぁ〜」
アレンが言う。
魔獣たちは戸惑う。
コルナが鼻を近づけ、
フィグがじっと見つめる。
ゴリムが一口。
「……うまっ!」
ニコは静かにスプーンを入れる。
柔らかいパン、卵の甘さ。
焼いたさつまいものほくほく。
リンゴの酸味、シナモンの香り。
喉の奥が、じんわり熱くなる。
「……懐かしい……」
地球の味。
ソルイグニスは、壁に静かに立て掛けられた。
クルツは食事しながらソルを確認しては
ニヤニヤしている。
そんなクルツを見てニコが言った。
「クルツさん変な顔になってますよ……」
「おおーそうか、すまん」
悪びれずクルツが答える。
食堂の甘い朝の香りの中、
壁際にはソルイグニスが静かに立っている。
火で生まれた剣の朝に、
火で焼いた甘い料理。
太陽の火は、
今日も穏やかに灯っていた。
確かに“生まれた”空気をまとっていた。
第45話 ソルイグニス
お読みいただきありがとうございます。
ついにクルツの新たな相棒「ソルイグニス」が完成しました!
オリハルコンを鏡面のように一刀両断するその切れ味
いかがでしたでしょうか。これからの二人の活躍が楽しみですね。
そして後半は、ニコにとって懐かしい「地球の味」の朝食風景でした。
新しい剣にニヤニヤが止まらないクルツもなんだか微笑ましかったですね。
今回は、物語に登場した
「リンゴとさつまいものシナモンパンプディング」のレシピをご紹介します。
とても簡単なので、ぜひソルイグニスの熱気と物語の余韻に浸りながら
作ってみてくださいね!
リンゴとさつまいものシナモンパンプディング
【材料】(グラタン皿1枚分)
* 食パン:1枚(バゲットでもOK)
* リンゴ:1/4個
* さつまいも:50g
* [A] 卵:1個、牛乳:120ml、砂糖:大さじ1.5
* 仕上げ:砂糖、シナモンパウダー、バター(各適量)
【作り方】
1. さつまいもとリンゴは薄切りにする。さつまいもはサッと水にくぐらせ
レンジ(600W)で1分〜1分半加熱しておく。
2. 一口大に切ったパンを耐熱皿に敷き詰め、よく混ぜた[A]を回しかける。
軽く押さえて5分ほど置き、液を染み込ませる。
3. パンの上にさつまいもとリンゴを交互に並べ
仕上げの砂糖・シナモン・小さく切ったバターを散らす。
4. トースターで10〜12分(または180℃のオーブンで20分)
こんがり焼き色がつくまで焼いたら完成!
おいしさのコツ
焼き上がりにメープルシロップやはちみつをかけたり
砕いたくるみを散らしたりすると、さらに美味しくなります。
(※手軽に済ませたい方は、工程4をレンジ600Wで3〜4分の加熱に
代えてもOK!焼き色はつきませんが、ふわとろ食感になります)




