火が生まれる 第43話
炉づくり ― 初日
翌朝。
まだ空気が冷たい時間に、六人は作業場へ集まった。
「今日から炉の製作にかかる、みんなよろしく頼む」
クルツが開始を告げた。
「はい」
「ヴォルンさん、どの辺りが良いですか?」
クルツが聞いた。
「湿気が少なく、水はけもいい所だ」
ヴォルンが答えた。
アレンがふと思い出したように言った。
「ローデリックさんが言ってましたよ。
根菜は、湿気が少なくて、水はけが大事だって」
クルツが頷く。
「そうか……じゃあ行ってみるか?」
三人は畑の方へ足を向け歩き出す。
農場詰所へ着くと、木の扉が半開きになっていた。
中からは、乾いた紙をめくる音と、
誰かが湯呑を置く小さな音が聞こえる。
クルツが軽く声をかけた。
「ローデリックさん、いらっしゃいますか?」
「おるぞ」
低く落ち着いた声が返ってくる。
中へ入ると
ローデリックは簡素な机に広げた帳面を睨みながら、
片手で茶を飲んでいた。
日焼けした腕。
土の匂いの染みついた服。
だが姿勢はまっすぐだ。
アレンが一歩前に出る。
「ローデリックさん、根菜の区画を見させてもらってもいいですか?」
ローデリックは顔を上げる。
「良いぞ。何をするんだ?」
クルツが答えた。
「炉の建設地を探しているんです。
湿気が少なく、水はけのいい場所が必要なんです」
「ああー、そういうことか」
ローデリックはゆっくり立ち上がる。
「根菜は湿気を嫌う。
水が溜まる所では育たん。
その条件なら……心当たりはある」
外の光を一度見てから、顎で示す。
「わしもついて行ってやる」
クルツとアレンが同時に頭を下げた。
「お願いします」
ローデリックは帳面を閉じ、杖代わりの長い木棒を手に取る。
「行こうか」
炉を生むための、最初の一歩だった。
四人が農場詰所を出ると、春先の風がゆるやかに吹き抜けた。
その後ろを、無言のままヴォルンがついてくる。
腕を組み、地面だけを見て歩いている。
ローデリックは耕地の中央ではなく、根菜区画の“端”へ向かった。
「ここだ」
耕されていない、わずかに盛り上がった一角。
アレンが足元を確かめる。
踏み込むと、沈みはするが、ぬかるみはない。
水が滞留した跡もない。
ローデリックが杖で地面を突く。
コン、と乾いた音。
「この下は砂混じりだ。水は溜まらん。
雨が降っても翌日には抜ける」
クルツが土を掴み、指で擦る。
粒が立っている。
「軽いな……」
その時、ヴォルンがしゃがみ込んだ。
何も言わずに土をすくい、掌で握り、崩し、匂いを嗅ぐ。
さらに爪で浅く掘り、層の色を見る。
沈黙。
全員がその様子を見守る。
やがてヴォルンが低く言った。
「……悪くない」
ローデリックが腕を組む。
「根菜用に水は逃がすよう作っとる。湿気は溜まらん」
ヴォルンはさらに少し横へ移動し、地面を叩く。
コン、コン。
「ここなら基礎石を敷ける。
地熱も逃げすぎん」
クルツが顔を上げる。
「いけますか?」
ヴォルンはゆっくり立ち上がった。
「炉は地面で決まる。湿れば死ぬ。だが――」
足で軽く地面を踏む。
「ここは生きておる」
短い評価。
ローデリックが満足げに頷く。
「耕してない隣地も同じ性質だ。作物も植えとらん。
好きに使え」
アレンが周囲を見渡す。
水路からは距離があり、風も通る。
クルツが決める。
「……ここにしよう」
ヴォルンはそれ以上何も言わない。
だが一度だけ、地面を見下ろし――
「決まりだな」
それだけ告げた。
まだ炉はない。
だが場所は決まった。
火が生まれる土台が、ようやく定まったのだった。
ボルムが前に出た。
小さな体だが、土を掘る速度は異様に速い。爪が地面を裂く。
湿った層を避け、固い層だけを選びながら掘り進める。
ゴリムとガルドは掘り出した土を外へ運ぶ。
アレンは深さを測る。
「三十……もう少しだな」
「四十五まで掘れ」
ヴォルンが言う。
ボルムがさらに掘る。
やがて基礎穴が完成した。
底に砕石を敷き詰め、
ゴリムとガルドが大きな石を運び込む。
「ここは湿気を遮る」
ヴォルンが言う。
「炉は水に弱い」
石を並べ、叩いて締める。
その日はそこで終わった。
二日目 ― 基礎石組み
昨日締め固めた地面の上に、いよいよ石を立ち上げる。
ヴォルンが足裏で踏み、沈みがないことを確かめた。
「今日で形を作る。だが急ぐな」
まずは四隅。
ゴリムが大岩を抱え上げ、ガルドと息を合わせて静かに据える。
ドン、と置かず、そっと“座らせる”。
「右が高い。削るな、下を均せ」
アレンが砕石を薄く敷き直し、
ボルムが細石を隙間に流し込む。
クルツが木槌で軽く叩く。
コン、コン、と乾いた音が響く。
石が動かなくなるまで、何度もやり直す。
一段目を囲い、二段目は継ぎ目をずらして重ねる。
「目地を揃えるな。火は上に抜ける」
ヴォルンが配置を直すたび、
ゴリムとガルドが持ち上げ、ボルムが詰め、アレンが均す。
クルツは内寸を測り、炉床の形が歪まないよう確認し続けた。
夕方。
最後の一段が収まり、石組みはひとまず組み終わった。
まだ土は使わない。石が落ち着くのを待つ。
ヴォルンが内側を一度だけ見渡し、短く言う。
「……これでいい。明日は土だ」
冷たい石の器が、夕陽を受けて沈黙していた。
二日目はそこで終わった。
しばらくして、クルツがふと思い出したように言った。
「……ヴォルンさん、藁灰はどれくらい要るんですか?」
ヴォルンは腕を組んだまま答える。
「炉を作るなら、質の良い灰が欲しい。
乾いていて、よく焼けた白灰だ。
半端に燃え残った黒灰は使えん」
「量は?」
「最低でも籠に一杯。
できれば二つだな」
クルツは腕を組み、ヴォルンの言葉を反芻した。
「後は藁灰だな……」
アレンが首を傾げる。
「園にそんな都合よく灰、ありましたっけ?」
「乾いていて、よく焼けた白灰だとよ」
クルツは少し考え、ぽんと手を打った。
「……サンさんだな」
「厨房ですか?」
「藁を大量に焼く料理なんて
サンさんぐらいしか思いつかんだろ」
――――
厨房は、夕仕込みの最中だった。
湯気と包丁の音。
ロルフが野菜を刻み、サンが鍋を見ている。
「サンさん」
クルツが声をかける。
「ん? なんだ、早いな。もう腹減ったのか?」
「違う。頼みがある」
サンは火加減を落とし、振り向いた。
「物騒な顔だな。言ってみろ」
クルツは単刀直入に言う。
「藁灰が欲しい」
ロルフの手が止まる。
「……はい?」
サンは目を細めた。
「藁灰? 料理じゃなくて?」
「鍛冶用だ。ヴォルンが言ってる。
乾いてよく焼けた灰が必要らしい」
サンは一瞬だけ黙り、にやりと笑った。
「……いるんなら、作るぞ」
「何を?」
「アルクトス・ベアのたたきだ」
ロルフがぱっと顔を上げる。
「藁焼きですか!」
「ああ。藁を一気に燃やせば、灰も取れる。
腹も満たせる。一石二鳥だろ」
クルツが頷く。
「助かる」
サンは腕まくりをして言った。
「ロルフ、肉に下味して、常温に戻してくれ
冷えたまま焼くと芯が締まる」
ロルフが分厚く切り出したアルクトス・ベアの塊に
塩と胡椒をしっかり擦り込み、ほんの少しだけ茸醤を
手で馴染ませる。強い獣の香りを抑えるためだ。
ーー肉はしばらく外気に置かれる。
「アレンは、乾いた藁を持って来てくれ。
湿ってるのはダメだよ」
「はい!」
アレンが答えて外に出て行く。
「ここじゃ煤だらけだ。外で焼こう。
カイが好きだった炉がある」
レンガ組みのバーベキュー炉。
風の抜けがよく、灰も回収しやすい。
アレンが乾いた藁を山のように積む。
小枝は使わない。炭も使わない。
クルツが言う。
「枝は無しで。藁だけでいきましょう。
火は俺が魔法でつけます」
アレンが警戒気味に一歩下がる。
「……穏やかにお願いしますよ……」
「行くぞ」
指先に宿した火が――落ちる。
次の瞬間――ボォッ!!
一瞬で炎が立ち上がる。
藁はもくもくと白煙を上げ、次の瞬間、一気に燃え上がる。
藁が一気に爆ぜ、火柱が立ち上がる。
熱風が横へ跳ね、火の舌がアレンの袖をかすめた。
「うわっ!」
ロルフが即座に水桶をひっくり返す。
バシャッ!
煙が上がり、火は消える。
「クルツさん、勘弁してください……」
「悪い悪い、ちょっと強かったな」
笑いが起こる。
ヴォルンは火床を覗き込み、
「焼け方は悪くない」と短く言った。
その炎の中へ。
アルクトス・ベアの肉を、十本まとめて差し込む。
ジュワァァァッ!!
脂が弾け、炎がさらに高く跳ねる。
「近づけすぎるな!」
藁は勢いよく燃え上がるが、長くは続かない。
炎が最大になった瞬間を逃さず、肉を回す。
煙が巻き付く。
藁特有の甘い燻煙が、肉の表面に絡みつく。
脂が溶け、炎に落ちる。
再び火柱が上がる。
ロルフが藁を足す。
炎は二度目、三度目と立ち上がる。
表面が狐色から黒に近づく。
「まだだ。焦げ目を均一に」
十本の肉を、何度も返しながら、約一分強。
表面全体がしっかり焼き締まり、香ばしい焦げ目がついた瞬間――
「上げろ!」
サンが指示する。
一斉に引き上げる。
焼けた肉はすぐに並べられ、冷水をさっとかける。
ジュッ、と音を立て、表面の熱を止める。
水気を拭き取り、風に当てる。
脂が落ち着き、煙の香りがなじんでいく。
外は焼き締まり、中はまだ赤い。
藁の香りをまとった、十本のたたきが並んだ。
炎はあっという間に落ち、
藁は白く燃え尽きる。
残ったのは――
軽く、乾いた白灰。
そこへヴォルンが静かに歩み寄る。
しゃがみ込み、灰をすくう。
指で擦り合わせる。
「……よく焼けている」
白灰を集める。
「水気もない。これなら使える」
サンが笑う。
「足りるか?」
ヴォルンは灰の量を見て、短く言った。
「もう一度焼け。炉一基分には足りん」
ロルフが目を輝かせる。
「じゃあ、もう一回ですね!」
サンが豪快に笑う。
「腹も満たせて、炉も作れる。悪くないな」
再び藁が積まれる。再び火が上がる。
料理と鍛冶の準備が、同時に進んでいく。
やがてヴォルンが立ち上がった。
「……これで足りる。明日、土を練る」
火を生むための灰が、
確かに揃った。
ーーーー
食堂の扉が開いた瞬間、
藁の焦げた甘い香りが、ふわりと広がった。
「料理できたぞ、並んでくれ」
サンの声が響く。
魔獣たちは素直に列を作る。
焼き場から運ばれてきた大皿の上には、黒く焼き締まった肉の塊。
藁焼きは一瞬で八百度を超える。
九百度近い高温で表面だけを焼き固め、内部はほぼ生
――旨味を閉じ込めた状態だ。
ロルフがまな板に肉を置く。刃が入る。
すーっと引くだけで断面が現れる。
外側は香ばしい焦げ目。中は艶やかな深紅。
「……いい色だ」
サンが言った。
五ミリから七ミリほどに均一に切り分けていく。
厚すぎず、薄すぎず。
噛んだ瞬間に中心の熱と脂が広がる厚み。
皿に扇状に並べられる。薬味が添えられた。
すりおろし生姜。
刻みニンニク。
塩の小皿。
柑橘を効かせたポン酢。
「好きなように食べてくれ」
サンが言う。
席についたニコが、そっと一枚つまむ。
まずは塩だけ。
口に入れた瞬間、藁の燻煙が鼻へ抜ける。
次いで、赤身の濃い旨味。
「……すごい」
園長はポン酢にくぐらせる。
香りが立ち、脂の甘みが際立つ。
「……旨い……」
「高温で一気に焼いたな。中はほぼ生だが……締まっている」
ゴリムはニンニクを豪快に乗せ、かぶりつく。
「うまっ!!」
魔獣たちの声が食堂に響く。
外は香ばしく、
中はしっとりと柔らかい。
八百度以上の炎で閉じ込めた旨味が、噛むたびに溢れる。
フェルドは静かに食べ、
アレンは「服が燃えた分取り返します」と苦笑しながら箸を進める。
ロルフは焼き加減を確認するように一枚を口へ。
サンが腕を組み、満足そうに頷く。
藁の香り、
肉の旨味、
薬味の刺激。
静かだった食堂に、
小さな「うまい」がいくつも生まれた。
火は、もう次の準備へと進んでいる。
ーーーー
三日目 ― 土を練る
赤土と砂を混ぜる、水は少しずつ。
ヴォルンが手で握る。
「まだ多い」
さらに砂を足す、再び握る。
「よし」
土を踏んで練る。
アレンとクルツも加わる。
ガルドが豪快に踏み、ゴリムが均す。
粘りが出る。
その土を、石基礎の上へ貼り付けていく。
一度に高くしない。
層を作り、叩いて締める。
羽口の穴を残し、
空気の通り道を確保する。
夕方、ようやく“炉の形”が見えた。
だがまだ生土。
ヴォルンが短く言う。
「触るな。乾かす」
⸻
四日目〜六日目 ― 乾燥
誰も火を入れない。
表面の細かなひびを、
湿らせた土で補修する。
ヴォルンは毎日叩いて音を聞く。
「まだ湿っている」
待つ。
ガルドが退屈そうにするが、
ヴォルンは一言。
「待てぬ者は鍛冶をするな」
後はヴォルンに任せ、他の者は
元の仕事に戻って行った……
七日目 ― 慣らし焚き
ようやく小枝を入れる。火は小さい。
パチ、パチ、と乾いた音。
煙がゆっくり抜ける。
いきなり強火にしない。
数時間かけて温度を上げる。
炉の内壁が徐々に焼け、
色が変わる、ひびは出ない。
ヴォルンが炉口を覗き込む。
「……死んでない」
それは成功の合図だった。
⸻
炉は完成した。
まだ刃は打たれていない。
藁灰も使われていない。
だが――
火を生む器が、ここにある。
ヴォルンが炉に手を置く。
「これで、直せるぞ」
クルツは静かに頷いた。
次は――
道具の修復だ。
第42話 火が生まれる
お読みいただき、ありがとうございます!
今回はついに「炉づくり」がスタートしました。
ただ石や土を積むだけでなく、農業の知識(水はけの良さ)が
場所決めに活きたり、まさかの「料理(藁焼き)」が
鍛冶の重要な素材(白灰)作りに繋がったりと
この園ならではの連携プレイを描くことができました。
クルツの豪快すぎる着火魔法でアレンが危うく燃えかけましたが……
無事に極上の「アルクトス・ベアのたたき」も完成し
思わぬ飯テロ回になったのではないでしょうか(笑)。
高温の藁の炎で一気に焼き上げたお肉
ポン酢やニンニクで食べると絶品ですよね。
そして何より、ヴォルンの職人としての顔。
「待てぬ者は鍛冶をするな」という言葉通り
時間をかけてじっくりと土台から築き上げ
最後に「死んでない」と呟く姿には
物作りの真髄や静かな情熱を込めました。
七日間の工程を経て、ようやく火を生む器が完成しました。
次回はいよいよ、この炉に本格的な火が入り
農具たちの修復が始まります!
赤く熱された鉄と、打ち鳴らされる槌の音をどうぞお楽しみに。
引き続き、応援よろしくお願いいたします!




