鉱山作業と春の味覚 第42話
昼休みが終わる頃。
空を旋回していた影が一度だけ高度を変え、
再び静かな円を描き始める。
「空の監視があるから、ほんと助かりますね」
アレンがぼそりと言った。
「そうだな、早めに危険がわかれば対処も容易だからな」
クルツが同意して言う。
「よし、午後もやるぞ」
アレンの声で、空気が切り替わった。
弁当箱が片付けられ、
水筒の栓が閉められる。
ヴォルンは、食後すぐに立ち上がった。
「まずは集まった鉱石を見せろ」
ゴリムとガルドが、午前中に掘り出した鉱石の山を
大きな岩の上に並べる。
灰色の塊。
赤みのある筋を持つ石。
鈍く光る混鉱石。
ヴォルンはしゃがみ込み、一つずつ手に取った。
叩き、重さを確かめ、断面を指でなぞる。
その横で、フィグが鼻先を近づける。
石の匂いを嗅ぎ、短く鳴いた。
「……ふむ」
しばらく無言が続く。
やがて、クルツが短く頷いた。
「結構集まったな」
アレンがほっと息を吐き、ヴォルンを見た。
「これだけあれば――」
ヴォルンは鉱石をまとめ、岩に整然と置き直し言った。
「ああ、作業道具は修復できるぞ」
クルツが小さく拳を握る。
「本当ですか?」
「炉ができればの話だがな」
ヴォルンが淡々と告げた。
だが、その声には確信があった。
「今のままでは叩けん。焼けん。鍛えられん」
ヴォルンは立ち上がる。
「午後は掘るぞ。補修しながら奥へ進む。
良い混鉱石は、まだ奥だ」
アレンが即座に指示を出す。
「フェルド、壁の確認を頼む。
亀裂のある場所から補強だ。
ガルド、支柱の搬入。ゴリムは崩れた岩の除去。
ボルムは坑道入口側の排土整理。コボルトは搬出補助だ」
フィグがすぐに動き、
他のコボルトたちへ短く声を飛ばす。
小さな体がすばやく鉱石の周囲に散る。
「おう!」
それぞれが動き出す。
坑道の奥。
フェルドが壁に耳を当て、小さく叩く。
コツ、コツ、コツ。
「……ここ、空洞」
ニコが耳を澄ます。
「中が軽いって言ってる」
アレンが頷く。
「支柱を立てるぞ」
ガルドが丸太を運び、ゴリムが位置を固定する。
その後方で、モルダが低く声を出す。
「止めろ」
短い号令。全員の動きが一瞬止まる。
岩の軋みが収まるのを待つ。揺れが落ち着く。
モルダは顎を引く。
「今だ」
作業が再開される。支柱が打ち込まれ、固定される。
「崩れぬ」
モルダはそれだけ言う。
ヴォルンは横から岩肌を観察し、チョークで印をつけた。
「ここを削れ。この筋は混ざっている」
クルツがツルハシを振るう。
ガンッ。火花が散る。
岩が割れ、内側から鈍い光を持つ鉱石が顔を出す。
フィグが素早く駆け寄り、
転がりかけた石を押し止める。
「……出た」
ヴォルンがすぐに拾い上げる。
断面を見て、小さく笑った。
「悪くない」
さらに数打、岩が崩れ、複数の塊が転がる。
コボルトたちが連携して運び出す。
ゴリムが大きな塊を抱え、後方へ。
坑道は少しずつ広がり、補強された壁が並び始める。
崩さず、壊さず、進める。
ヴォルンは岩を触っては首を振り、別の場所を指す。
「そっちは脆い。こっちだ」
クルツが息を整え、再び振り下ろす。
汗が額を伝う。だが、動きは鈍らない。
外ではアンズーの影が一度だけ横切り、
内部ではカイチが入口付近に静かに立つ。
掘る音。
支柱を打つ音。
石を運ぶ音。
鉱石は増え、坑道は整い、準備は確実に進んでいる。
ヴォルンが最後に、集まった鉱石の山を見て言った。
「悪くない。これなら……打てる」
その一言に、坑道の空気がわずかに熱を帯びた。
炉はまだ無い。
だが、火を迎える準備は、確実に整いつつあった。
ーーーー
夕刻の厨房。
まな板が二枚、並ぶ。
片方ではロルフが鶏もも肉を手にしている。
もう片方では、サンが下処理を終えた筍を前に構えていた。
ロルフは、筍ごはんの筍を切り分ける。
「穂先は薄くな。縦だ」
サンの包丁が、すっと落ちる。
薄く繊維を断ちすぎない角度で、静かに刃を滑らせる。
「中央は歯ごたえを残せ。厚みは五分だ」
今度は向きを変え、いちょうに。
根元は少しだけ厚めに拍子木に。
「ここは旨味が強い。噛ませる」
トン、トン、トン。
規則正しい音が、厨房に心地よく響く。
その隣でロルフが鶏を焼き始める。
ジュワッ――。
皮目から脂が溢れ、黄金色が鍋底に広がる。
「皮はしっかり焼け。火は通しきるなよ。表面だけだ」
「はいっ」
焼き締めた鶏を取り出し、まな板へ。
サンは視線だけで確認しながら、手は止めない。
穂先の山。
中央の山。
根元の山。
三つに分けられた筍が、美しく整う。
ロルフが焼いた鶏を食べやすい大きさに切り、
さらに一センチ角ほどに刻む。
断面から、焼き目の香りが立つ。
ロルフが鍋を傾けようとした瞬間――
「おい、油捨てるなよ」
サンの声が飛ぶ。
「えっ?」
「それが肝だ。少し米に入れろ」
ロルフは慌てて頷き、
鍋底に残った黄金色の脂を丁寧に掬う。
洗った米の上に、刻んだ鶏。
その上に、サンが刻んだ筍を散らす。
穂先が白く。
中央が艶やかに。
根元がしっかりと。
最後に、その脂をほんの少し。
米が光を帯びた。
「よし、炊くぞ」
蓋が落ちる。火が入る。
厨房に、春の匂いが静かに満ちていった。
「ロルフ、次は山菜の天ぷらだ」
「はい」
調理台の上に、春が並んでいた。
ふきのとう、たらの芽、こごみ。
まだ土の匂いをまとったままの、山の芽吹きだ。
サンはまず、ふきのとうを手に取った。
閉じたつぼみを、指先でそっと開く。
外側の葉を少しずつ広げ、花が咲く形に整える。
「そのまま揚げない。開いて揚げる」
洗ったあと、布で丁寧に水気を拭き取る。
「水が残れば油が跳ね、衣が乱れる」
「はい」
隣ではロルフが、たらの芽を包丁の先でくるりと整えていた。
根元の茶色いはかまを薄く削り落とす。
太いものには、根元へ十字に隠し包丁を入れる。
「中だけ硬いのは失敗だぞ」
形を崩さぬよう、下だけを整える。
こごみはボウルの水で優しく振り洗いされた。
巻いた頭の奥に入り込んだ砂を落とすためだ。
布で水を拭き、根元の茶色くなった先端を数ミリ落とす。
「触りすぎるな。こいつは素直だ」
三種が並ぶ。
サンは目の細かい篩を取り、小麦粉をふわりと振った。
打ち粉は薄く、均一に。山菜の形を隠さぬ程度。
「衣を受け止める下地だ。つけすぎるな」
サンは衣を鍋に落とした。真ん中あたりまで沈み、
すぐにシュッと浮き上がってくる。
さらに鍋肌から立つわずかな揺らぎを確認し、温度を読む。
「油は温まっている。さぁ、揚げるぞ」
サンが開始を告げた。
まず、ふきのとう。
開いた葉の側ではなく、根元から油へ入れる。
ジュッ、と音が弾ける。
一分足らず。
緑が鮮やかに立った瞬間、引き上げる。
「長くやると香りが死ぬ」
次に、たらの芽。
ゆるめの衣をさっとまとわせる。
形を崩さぬよう、静かに油へ。
浮いてきたところで箸先を当てる。
カリッ。その音で十分だった。
最後はこごみ。
衣は薄く。
渦巻く形を隠さない。
三十秒。
色が一段明るくなった瞬間、迷わず上げる。
揚げ台の上に、三種が並ぶ。
ふきのとうのほろ苦い香り。
たらの芽の青い力強さ。
こごみのやわらかな春の匂い。
サンは小皿に塩を盛った。
「余計な味はいらん」
山の芽吹きは、揚げたてで食わせる。
油の音が止み、
厨房には春の熱だけが残った。
ーーーー
食堂には温かな灯りがともり、
土と汗の匂いに、筍ごはんの香りが混ざっていた。
ヴォルン、クルツ、アレン、そしてオスロは、
少し端の席に腰を下ろしている。
クルツが椀を置き、口を開く。
「明日から炉の基礎に入る。
同時に鉱山の採掘と整備も進めたい」
アレンが頷く。
「人手は分けます。
問題は鉱山側の引率ですね……」
視線が、自然とオスロへ向く。
オスロはまだ新人だが仕事は正確で、しっかりこなす。
アンズーとカイチがいれば危険は回避できる。
箸を持ったまま、目を瞬かせ、
クルツがはっきりと言った。
「オスロ。
鉱山採掘と整備の引率を頼みたい」
一瞬、時が止まる。
「えっ! 僕がですか?」
素っ頓狂な声が食堂の空気を揺らした。
ゴリムが振り向き、ガルドが笑いをこらえる。
オスロは慌てて姿勢を正した。
「い、いや……その……まだ僕は――」
アレンが穏やかに言う。
「いつも一番落ち着いてるし、指示も的確だ。
鉱山は統率が大事だから適任だと思うぞ」
ヴォルンが短く言った。
「掘るのは技だ。
止めるのは判断だ」
クルツが続ける。
「フェルドは壁を見る。
だが全体を見る目が必要だ。
それを任せたい」
オスロはしばらく黙り込み、
ゆっくりと息を吐いた。
「……わかりました。
未熟ですが、やります」
その声は、さっきより少しだけ強い。
アレンが頷く。
「昨日もしっかりやれてたからな、大丈夫だ。
危険を感じたら止めろ。無理はさせないようにな」
「はい」
オスロがしっかりと返事をして頭を下げた。
クルツが湯呑を置き、改めて口を開いた。
「それと――炉の製作メンバーを決めておく」
食堂のざわめきが、わずかに静まる。
「基礎から組む。
穴掘り、石積み、耐火土の成形……人は必要だ」
ヴォルンが言った。
アレンが頷く。
「六人ですね」
クルツが順に名を挙げる。
「ヴォルンさんが設計と最終判断。
俺とアレンは補助と全体管理だ。
ガルドとゴリムは石材運搬と据え付け。
ボルムは基礎穴掘りと土の調整。
でいいですか?」
ヴォルンが答えた。
「それでいい。多すぎると遅くなる」
クルツがヴォルンに確認し、決定する。
「この六人で炉を立ち上げる」
アレンが補足する。
「完成までは数日かかります。並行して行う鉱山の作業
はオスロに任せましょう」
視線が再びオスロへ向く。
オスロはまだ少し緊張しているが、今度は目を逸らさず言う。
「はい! がんばります」
クルツが言った。
「炉が出来れば、道具も剣も変わる。
だから最初は確実にいく」
ヴォルンが静かに椀を置く。
「中途半端な炉は、ただの土の塊だ」
その一言で、覚悟が決まる。
――打ち合わせはまとまった。
「料理できたから並んでくれ」
サンの声が食堂に響いた。
「はい!」
魔獣たちはきちんと一列に並び、
順番に皿を受け取って席へ向かう。
そのとき、扉が開いた。
「……」
なぜか園長がちょうど入ってきた。
空気が一瞬だけ張る。
椅子を引く音が止まり、
数体が立ち上がりかける。
「そのままでいいぞ」
園長が静かに言った。
「気にせず、しっかり食べろ」
その声で緊張がほどける。
「はい!」
湯気が立つ大きな器。
鶏とたけのこの炊き込みご飯。
表面には、黄金色の艶。
穂先は縦に薄く、
中央はやや厚めに刻まれ、
白米の中に春が散っている。
鶏肉は小さめに切られ、
どこをすくっても必ず一緒に口へ入る。
ニコがそっと一口。
「……おいしい」
鶏の脂の香ばしさ。
たけのこの歯ごたえ。
酒と醤油で下味を入れた鶏の旨味が、
米一粒一粒にまとっている。
隣でゴリムが大きな口で頬張った。
「うまいっ!!」
がっつり掻き込み、
噛むたびに嬉しそうに目を細める。
「このコリコリがいいなぁ!」
たけのこの根元を噛みしめ、
さらにもう一口。
その横で園長はゆっくりと箸を運ぶ。
噛む、目を閉じる。
「……春だな」
短い言葉だが、確かな満足が滲んでいた。
続いて天ぷら。
ふきのとうは、塩だけで。
サクッ。
噛んだ瞬間、ほろ苦さが広がる。
ニコが目を丸くする。
「苦い……けど……さっきのご飯と合う」
たけのこの甘みを、
ふきのとうが引き締める。
たらの芽は青い力強さを残し、
こごみは軽やかな食感で油を感じさせない。
ゴリムが天ぷらを豪快に持ち上げる。
「これ、もう一個ないのか!」
サンが即座に返す。
「順番だ!」
笑いが起こる。
園長は静かにもう一口
筍ごはんを口に運ぶ。
「……旨い……」
食堂に響くように言った。
食堂の空気は柔らかくなった
春の香りと、
油の余韻と、
湯気の中の笑い声。
魔獣も人も、
同じ卓を囲み、
同じ釜の飯を食う。
それだけで、
十分だった。
第42話 鉱山作業と春の味覚
お読みいただきありがとうございます!
今回は鉱山の採掘作業から始まり、ついに本格的な「炉」の製作へと
動き出すお話でした。オスロもついに引率という大役を任され
少しずつですが着実に成長してくれています。
どんな風にチームをまとめていくのか、見守っていただけると嬉しいです。
そして後半は春の味覚! 鶏の脂を効かせた筍ごはんに
サクッと揚がった山菜の天ぷら……書いていて自分でもお腹が空いてしまいました(笑)。
種族関係なく、美味しいご飯を一緒に食べる時間はやはりいいものですね。
ここで出て来る単位の分は、1分が3ミリほどです。
次回は炉の基礎作りが始まります。どんな道具が生まれるのか
引き続きお楽しみに!




