報告と生きた炉 第40話
第40話
報告と生きた炉
夕暮れが、園を包み始めていた。
門の前には三つの影が立っている。
園長――ヴァルド・フェルナ。
その隣にベルモット。
少し後ろで不安そうに遠くを見つめるサン。
いつもならとっくに戻っている時間だ。
「……遅いな」
園長が低く呟く。
「……」
ベルモットは空を見上げた。
「サンさん、私がが見ているから君は
厨房に戻って夕食の準備をしてくれ」
「…私も…」
サンが言いかける。
「気持ちはわかるが、おそらくお腹をすかして
帰って来るぞ。美味しいものを作ってやってくれ」
サンが返事をするのも待たず園長が続けた。
「サンさん、帰ってきたらすぐ知らせに
行きますので料理をお願いします」
ベルモットが言った。
サンは何度も振り返りながら、
ようやく厨房へ戻っていった。
「……嫌な予感がします」
ベルモットが呟く。
その時。
遠くの影が揺れた。
土煙が、夕陽を背に浮かび上がる。
「来た」
園長の声。
その声を聞きベルモットは目を凝らした。
「帰って来た!」
白銀の影が微かに見えた瞬間、
ベルモットは踵を返す。
そのまま厨房へ走る。
「サンさん! 戻りました!」
鍋をかき混ぜていたサンの手が止まる。
「……っ!」
返事もせず、前掛けを外しながら駆け出した。
ベルモットはその後を追う。
門に着くと――
サンは園長の横へ駆け寄った。
その直後にベルモットも着いた。
白銀の影が真っ先に視界に入る。
カイチだ。
その横にクルツ。
後ろから、ルーナとフェルド、
さらにガルドとクレイグと
徐々に魔獣たちの姿が見えてきた。
だが、様子が違う。
空気が張り詰めている。
門の前に着くや否や、園長が問う。
「何があった」
クルツは地面に降り、短く報告する。
「鉱山調査中に、翼の猛獣に襲われました」
「翼の猛獣?」
園長とベルモットが同時に声を上げる。
ベルモットの顔色が変わる。
「怪我は?」
「軽傷もなし。
カイチが制圧しました」
園長の視線がカイチへ向く。
カイチは黙っている。
隣に立つルーナが、静かに前へ出る。
「……名はアンズー。
知性があります」
カイチが低く唸る。
ルーナが訳す。
「……『この地で悪を裁けと命じた。従え』と」
門前の空気がさらに重くなる。
園長が静かに問う。
「それで、言う事を聞くのか?」
カイチが鼻を鳴らす。
ルーナが続ける。
「……『従わぬなら裁く』と言った、と」
園長はしばらく無言だった。
やがて、短く頷く。
「わかった。それでも監視は必要だろう。
翼を持つ者は“境界の外”に近い」
ベルモットは胸に手を当て、ほっと息をつく。
「……みんな無事でよかった…..」
園長がやさしく呟いた。
「はい……カイチのおかげです……」
クルツがしみじみと言った。
ルーナが申し訳なさそうに訳す。
「……『我は礼を言われるような事はしとらん』
と言っています」
「いやいや、十分やってくれましたよ」
クルツがカイチに向かって言った。
緊張が、少しだけ緩む。
報告が終了するのを待って
サンがルーナに抱きつき、声をかける
「……無事で、よかった」
「サンさん…..」
ルーナがやさしく呟く
園長は静かに言った。
「中へ入れ。もう夕食の時間だ」
「はい」
クルツが返事をする。
「みんな、無事柵も完成の目処が立った。
怪我なく作業ができたのも、みんなのおかげだ。
ほんとにありがとう」
クルツが頭を下げて言った。
「ありがとう」
アレンも一緒に頭を下げる。
「夕食にしよう!」
「はい!」
魔獣たちがやっと緊張から解き放たれ、
わずかに微笑みながら返事をした。
ーーーー
翌朝。
クルツとアレンは園長室に呼ばれていた。
朝の光が差し込み、室内は静かだ。
園長――ヴァルド・フェルナが、机越しに二人を見ている。
「柵の補強はどうだった」
「順調です。完成も間近です。
ですが……工具の刃が欠けてしまいました。
大槌の柄も数本、割れています」
アレンが答えた。
園長はゆっくり頷く。
「そうか……」
「ヴォルンさんに頼んでもいいですか?」
アレンが尋ねる。
「わしの許可はいらん。
直してほしい物があれば、いくらでも持っていけ。
やつも喜ぶだろう」
「それでは、私の剣も刃こぼれしましたので
お願いしてみます」
クルツが言うと、園長はわずかに目を細めた。
「どうせなら、新しく打ってもらえ」
「……新しく?」
「ルミナイト鉱を使えば、
お前の火魔法をまとわせることもできる。
今回のような事態がまた起きた時、頼りになる」
クルツは一瞬、息を呑む。
「ルミナイト鉱を……使ってもいいんですか?」
「ああ、構わん。
ヴォルンの打つ剣を、わしも見てみたい」
アレンが小さく笑う。
「原種のドワーフが打つ剣ですか……
私も楽しみです」
園長は机に指を置き、話題を戻した。
「クルツ。鉱山の調査は済んだのか」
「はい。調査自体は無事完了しています。
翼の猛獣が現れたのは、その後です」
園長の表情が、ほんのわずかに曇る。
「……そうか。
危ない目に遭わせたな」
「いえ。皆、無事でした。
ご心配ありがとうございます」
クルツは真っ直ぐに答えた。
園長は小さく頷く。
「無事なら、それでいい」
「行っていいぞ。ヴォルンに話を通しておけ」
「はい」
二人は一礼し、園長室を後にした。
ーーーー
園長室を出たあと。
アレンがぽつりと呟いた。
「……そういえば」
クルツも同時に気づく。
「炉が、ないな」
魔獣園には鍛冶用の本格的な炉は存在しない。
包丁を研ぐ程度の簡易設備はあっても、
ルミナイト鉱を扱う炉となれば話は別だ。
二人はその足で工房へ向かった。
ヴォルンは、工具を整理していた。
クルツが、少し遠慮がちに口を開く。
「ヴォルンさん……鍛冶用の本格的な炉を
作ろうと思うんですが。
必要な物は集めます。……作れますか?」
ヴォルンは腕を組み、じっと二人を見た。
「炉は、生き物だ」
低く、重い声。
「材料集めにも……条件があるぞ」
その言葉に、アレンが苦笑する。
「……どんな条件ですか?」
ヴォルンの目がわずかに細くなる。
地面に棒で円を描き、断面図のような形を描いた。
「まず“土”だ。
ただの土じゃねぇ。焼いても割れねぇ土だ」
棒の先で印をつける。
「耐火土。粘土質の赤土がいい。
鉄分を含んだやつだ」
次に、円の周囲に点を打つ。
「次に川砂。
粒が揃ってないと割れる。
細かすぎず、粗すぎない砂を選べ」
棒が横へ動く。
「次に藁灰。
藁灰は耐火土の結合を強める。
強い火で焼かれた灰が良い」
そして、図の下に太い線を引いた。
「石材だ。
基礎は重要だ。
地面の湿気を遮る」
顔を上げる。
「炉は冷えたら死ぬからな」
その言葉に、二人は無言で頷いた。
ヴォルンは棒を放る。
「炉は、これだけ揃えてくれれば作ってやる」
一拍置き、付け足す。
「フェルドに相談してみな。
あいつは地の気配が読める。
良い素材を見極めてくれるはずだ」
「はい」
二人は同時に返事をした。
アレンが少しだけ身を縮める。
「それと……炉が出来たら、
工具の刃が欠けたのを直して欲しいんですが。
大槌の柄も数本、割れています。
出来れば、そちらも……」
ヴォルンは戻された工具を無言で受け取った。
欠けた刃を見つめ、
指で刃先をなぞる。
「……酷使しすぎだ」
「すみません
アレンが頭を下げる。
ヴォルンは短く首を振った。
「問題ない。直せる」
だが、顔を上げる。
「だが……材料が足りん」
「材料?」
「混鉱石だ。
今の備蓄では強度が足りん」
クルツとアレンが視線を交わす。
アレンが考え込む。
「……鉱山にあるのかな……」
クルツが思い出したように言う。
「確か、フェルドが言ってた。
補強して奥まで掘り進めれば、
いろんな鉱石が採れるかもしれないって」
ヴォルンはゆっくり頷く。
「ルミナイト鉱があるなら、
他の鉱脈も眠っているはずだ」
目が鋭くなる。
「行って来い」
「わかりました」
二人は工房を出た。
廊下の集合場所へ向かいながら、クルツが言う。
「アレン、園長に相談だな。
他の作業もある。
人員の調整が必要だ」
「そうですね……」
アレンが難しそうな顔で頷いた。
炉はまだ無い。
だが、火は確実に近づいている。
第40話 報告と生きた炉
お読みいただき、ありがとうございます!
今回は激戦を終え、園長、サンやベルモットの待つ園へ
無事に帰還するホッと一息つけるお話でした。
そして、ついにクルツの新しい剣の話題が!
ルミナイト鉱を使い、火魔法を纏える剣……
いかにもファンタジーらしくてワクワクする展開になってきましたね。
職人ヴォルンのこだわりが詰まった炉作りの条件も細かく
これからフェルドの力を借りて本格的な素材集めが始まりそうです。
新たな目的ができ、また少しずつ物語が動き出しました。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!




