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誇り高き角と、月の交渉 第38話

朝日が昇りきった頃。


正門前では、出発の準備が進められていた。

荷車には、ツルハシやスコップ、杭を打つための大槌

そして数日分の縄などが山のように積まれている。


そこへ、サンが大きな木箱を抱えてやってきた。

「おーい、これも忘れずに積んでくれよ!

特製弁当だ」


「サンさん! ありがとうございます!」

アレンが駆け寄り、木箱を受け取る。


ずしりとした重さが、昼の楽しみを予感させた。

「今日はルーナも手伝ってくれたからな。

味は保証するよ」


サンの言葉に、見送りのニコが目を丸くする。

「えっ、ルーナさんがお弁当を?」


ルーナは道具の確認をするふりをして、そっぽを向いた。

「……ただの手伝いだ」


「ふふ、ありがとうルーナさん」

ニコが微笑むと、ルーナの耳が少しだけ動いた。


その仕草に、サンだけがニヤリと笑う。


今日のニコは、午後から農園派遣組である。


今回はルーナが通訳兼お目付け役として

同行する。


「よし、それじゃあ出発しようか」

クルツが合図をし、カイチの背中に合わせた

特製のハーネスを持って近づいた。


「カイチ、すまないがこの荷車を引いてくれないか

村まで少し距離があるし、道具も食料も重いからな」


だが――。

カイチはクルツを一瞥すると、

興味なさそうにプイッと顔を背けた。


「えっ?」

クルツが回り込んで、もう一度ハーネスを見せる。

「頼むよ、これがないと仕事にならないんだ」


カイチは露骨に嫌な顔をした。

太い前脚で地面をドンと叩き、低い声で唸る。

「グルルッ……!」


そして、ドカッとその場に座り込んでしまった。

テコでも動かないという意思表示だ。


その巨体は岩のように重く、

クルツとアレンが二人掛かりで押しても

びくともしなかった。


「困ったな……」

クルツが汗をぬぐう。


「嫌がってるのは分かりますけど……

なんて言ってるんでしょう」


「ニコなら分かるんだろうけど……」

出発前から暗雲が立ち込め、


正門前に微妙な空気が流れる。

ニコもおろおろとして、助け舟を出そうと口を開きかけた。


その時だった。


それまで黙って見ていたルーナが、

ふ、とため息をついて前に出た。

「……貸して」

クルツの手からハーネスを受け取る。


「お、おいルーナ。無理強いは危ないぞ」

クルツの制止も聞かず、

ルーナは座り込んだカイチの目の前に立った。


身長差は倍以上。

だが、ルーナの狼の瞳は、

カイチの鋭い視線を真っ向から受け止めていた。


「グルウッ……」

カイチが鼻先で威嚇する。


ルーナは表情一つ変えず、

クルツたちの方を振り向かずに言った。

「……『我は誇り高き角を持つ者だ。

ヒッポスのように、荷車になど繋がれん』

……そう言ってる」


「えっ、そんなことを!?」

アレンが驚く。


ルーナはカイチに向き直り、静かに言葉を続けた。

「……引かなくていい」

カイチの耳がピクリと動く。


「これはただの荷車運びじゃない。

お前は勘違いをしている」


ルーナは、積み上げられた道具類――

ツルハシ、ハンマー、そしてサンが持ってきた弁当箱を指差した。

「あれは、村と森を分かつ『境界』を作るための武具だ。

正しき領域と、混沌の領域を分けるための『剣』と『盾』、

そして戦士たちの『糧』だ」


カイチが、怪訝そうにルーナを見る。

ルーナは続ける。

「この道具がなければ、柵は作れない。

柵がなければ、正しき者は守れない」


そこで一度言葉を切り、

ルーナはカイチの目を覗き込んだ。

「ヒッポスではダメなんだ。

あいつらは、重さに負けてふらつく。

道が悪ければ足を取られ、到着が遅れる。

そうなれば、境界の完成が遅れ、悪が入り込む隙ができる」


ルーナの声は、低く、しかし熱を含んで

カイチの自尊心をくすぐるように響く。

「この重量を、揺らさず、誰よりも速く。

王が歩くように堂々と運び、

一番最初に現場へ『正義の礎』を届けるのは……

ここに誰がいる?」


カイチが、ちらりと横目でフェルドを見た。

フェルドは自分の甲羅に小さな荷物を載せ、

一生懸命運ぶ準備をしているが、この荷車の量は無理だ。


そして、遠くの厩舎にいるヒッポスたちを見る。

彼らは従順だが、これだけの鉄器と杭を引けば

必死の形相になるだろう。


「ブフッ……」

カイチが鼻を鳴らす。


その響きには、先ほどまでの拒絶とは違う色が混じっていた。

ルーナはすかさず通訳した。

「……『我しか、おらぬか』と」


そして、畳みかける。

「これは『労働』じゃない。

正しき境界を作るための『行進』だ。

先頭を行く者が、一番強くなくてどうする」


その言葉が決まり手だった。


カイチは大きく鼻息を吐くと、

よっこらせ、と巨体を起こした。


そして自ら首を下げ、ハーネスの方へ差し出したのだ。

「グルルッ、オンッ!」

「……『よかろう。

道具が届かぬのは我慢ならん。

我が、正しい道筋をつけてやる』……だそうだ」


クルツとアレンは、あんぐりと口を開けていた。

「す、すげぇ……」

アレンが小声で漏らす。


サンも腕を組み、「ほう」と感心している。


カイチは装着されたハーネスを気にする様子もなく、

山積みの道具が載った荷車を

まるで羽毛布団でも引くかのように

軽々と動かし始めた。


「ヴォォン!!」

誰に言うでもなく吠え、


悠然と歩き出すその姿は、

確かに荷運びではなく、凱旋パレードのようだった。


ルーナは、その背中を見て小さく肩をすくめた。

「……男ってのは、どいつもこいつも

『特別』って言葉に弱い」


一行は、呆気にとられるニコとサンに手を振り、

リム村へと向かって行った。


フェルドも、カイチの堂々とした働きぶりを見て

自分も負けじと背中の荷物を運び続けている。

「……僕も、頑張る」


誰に言われるでもなく、

フェルドは黙々と、硬い背中で村人たちを守るように

小さな一歩を踏み出した。


ーーーー


リム村、防御柵の設置現場。

到着するなり、現場は熱気に包まれていた。


前回ベアに破壊された箇所を中心に、

村人たちが総出で復旧と強化にあたっている。


「クルツさん、アレン! 待ってたぞ!」

声をかけてきたのは、現場の指揮を執るラルフだった。


その後ろでは、数人の村人たちが太い丸太を抱え、

難儀していた。

「せーのっ、うぐぐ……重い……!」

「もっと腰を入れろ! 上がらんぞ!」


そこへ、カイチがのっしのっしと近づく。

ラルフたちがギョッとして道を空ける。

「グルァッ!」


カイチは村人たちが四人がかりで持っていた丸太を、

角を使って軽々と持ち上げると

指定された穴へ「ドン!」と突き立てた。


「お、おい……一人でやったぞ」

「すげぇ……」

ラルフが目を見開く。


カイチは「フン」と鼻を鳴らし、

ルーナの方を見た。


ルーナが通訳する。

「……『これしきの木、小枝同然だ。

もっと持ってこい』と言ってる」


ラルフの顔がパッと輝いた。

「おおっ! 頼もしいな!

みんな、次だ! 次の丸太を持ってきてくれ!」


作業は一気に加速した。


カイチが重機のように角で背に丸太を乗せて運び

穴に落とし込む。その横で、村人たちが土を埋め戻し

石を詰める。


「釘だ! 釘が足りない!」

柵の上で作業していた若者が叫ぶ。


すると、フェルドがトコトコと梯子の下まで行き、

甲羅に載せた木箱を差し出した。

「おっ、ありがとな!」


若者が釘を掴むと、フェルドは嬉しそうに体を揺すり、

また次の資材置き場へと走っていく。


現場を見回っていた村長のハロルドも、

その様子を見て深く頷いた。

「カイさんが繋いでくれた縁が

こうして形になっている……ありがたいことだ」


「おい、そこもっと右だ!」

「カイチさん、もう一押し頼めますか!」

「グルルッ(任せろ)」


いつの間にか、村人と魔獣の間にあった垣根は消えていた。

共通の「守り」という目的のために

汗を流し、声を掛け合い、一つの形を作っていく。


カイチは、ただ荷物を運ぶだけではなかった。

その巨体で「重し」となり、杭を打つた後の

地面を突き固める役割まで自ら買って出た。

ドスン、ドスン。

「フン、ここが緩いぞ。

我が踏んでやる」


ルーナの通訳を聞くまでもなく

ラルフたちはその意図を理解し

「そこお願いします!」と声を張り上げた。


「みんなー!そろそろ昼食にしよう。」

クルツが昼食のあいずをする。


「おーおー!」と

待ってましたと言わんばかりの歓声が上がる。


ーーーー


「皆さん!ここに並んで下さい。」

ルーナが場所を指示して並んでもらう。


ルーナが「お疲れ様」と声をかけ

一人一人に渡していく。


カイチとフェルドが嬉しそうにその光景を

眺めている。


するとルーナが駆け足で近づいて来た。

「はいこれ、カイチとフェルドの分ね!」


カイチの前には三つの弁当が置かれ

フェルドには二つの弁当が手渡された。


二体は美味しそうに食べ始めた。


ルーナはカイチの横に座り

もたれかかって食べている。


それを見てアレンが呟いた……

「まるで家族のようだなぁ~」


クルツが頷き答える

「そうだな。」


「それにしても美味いなこの弁当!」

ガルドの声が響いた。

彼の手には、一気に半分ほど頬張られた

特大のガロ菜包みおにぎりが握られている。


隣に座るクレイグも、目を丸くして頷いた。

「ああ、この唐揚げ……衣がザクザクでたまらん。

冷めてるのに肉汁が溢れてくるぞ」


クレイグが次々と口に放り込む横で、

ガルドも負けじと甘い卵焼きにかぶりつく。


それに呼応して

あちらこちらから声が漏れた……

「美味いなぁ〜」


ーーーー


「みんなー! そろそろ作業開始するぞー!」


アレンの指示が区画に響いた。


「あぁ〜ぁ〜……」

ガルドが大きく背伸びをする。


クレイグは無言で膝を曲げ伸ばしし、身体を温めていた。


うとうとしていた者たちも重い腰を上げ、

それぞれ持ち場へ戻っていく。


遅れていた作業区画の整備は、ようやく形になってきた。

新しくなった柵が、黒々とした影を地面に落としている。


以前のものより遥かに太く、強固だ。


「アレン!」


クルツが声をかけた。


「はい、先輩。何ですか?」


「仕事中悪いな……実は園長から、

ルミナイト鉱山の調査を頼まれている。

作業も順調そうだから、これから行ってこようと思う」


「そうなんですか。問題ありません、行ってきてください」


「人選なんだが、ガルドとクレイグ、それに俺で行こうと思う。

ここは……カイチがいれば問題ないだろう」


「ですね……この辺りでカイチに勝てそうな魔獣はいませんから……」

(……ひと突きで終わりそうだし……)

アレンは苦笑した。


「ルーナ、ちょっといいか!」


「はい、何ですか?」


「鉱山の調査に行ってくる。

カイチに、皆を守るよう頼んでおいてくれないか」


「危険になれば、言わなくても守ります。

……ですが、伝えておきます」


「すまんな、頼む」


ルーナは一歩踏み出す。

「鉱山の調査なら、フェルドを連れて行ってください。

私も通訳として同行します。

フェルドは鉱山に詳しいので、助けになるはずです」


クルツは一瞬考え、頷いた。

「分かった。頼む」


「フェルド、こっちに来て」


「……なんだ」

少しおどおどしながら近づく。


「これから鉱山に行く。ついて来てくれ」


「……鉱山……」

フェルドの目に、かすかな光が宿った。


――――


クルツたちはルミナイト鉱山に到着した。


「クレイグとガルドは外を警戒してくれ。

またアルクトス・ベアが出るかもしれん」


「任せろ」

ガルドが低く答える。


二人は鉱山に背を向け、周囲へ視線を走らせた。


クルツはランプに火魔法で火を灯す。

揺れる橙の光が岩肌を照らす。


ルーナとフェルドを連れ、慎重に中へ入った。


フェルドは壁を見渡し、

拳で軽くコツ、コツと叩く。

(……崩落……)


しばらく進んだところで、ルーナが問う。

「クルツさん、ここ崩れましたか?」


「えっ……ああ、そうだ。よく分かったな」


「フェルドが言っています」


「あぁ、そうか……直せそうか聞いてくれ」


ルーナが短く通訳する。


フェルドは壁の継ぎ目を撫で、

低く唸った。


「……しっかり補強すれば、安全に採掘できるそうです」


クルツは安堵の息を吐いた。

「そうか……助かった」


フェルドに視線を向ける。

「お前のおかげで早く済んだな。ありがとう。

よし、戻るとするか」


三人は出口へ向かって歩き出す。


やがて、外の光が差し込む辺りまで来た――


その瞬間。


異変に気づく。


地面の振動。


荒い息遣い。


そして――


ガルドとクレイグが、血相を変えて中へ駆け込んできた。


「クルツさん 外に――!」

第38話

「誇り高き角と、月の交渉」をお読みいただき、ありがとうございます。


今回は“誇り”をどう扱うかという話になりました。

カイチは力で従わせる存在ではありません。

彼は「裁く者」であり、「誇りを持つ者」です。

だからこそ、ただ荷車を引けと言われれば拒む。

けれど――

それが「境界を作るための行進」であり、

「正しき領域を守るための礎を運ぶ行為」だと理解した瞬間、

彼の中で意味が変わる。ルーナはそこを突きました。

彼女は力ではなく、“誇りの言語”で交渉したのです。

これは戦闘ではありません。

月のように静かな、しかし確実な交渉でした。


そしてもう一つ。村での作業風景。

丸太を運び、杭を打ち、土を固める。

魔獣と人が肩を並べて同じ目的のために動く。

ここで描きたかったのは、「共闘」ではなく「共働」です。

戦場での連携よりも、汗を流して同じものを作る時間の方が、

関係を強く結びつけることがあります。

カイチの角は誇りの象徴。

フェルドの背は守りの象徴。

ルーナはその間を繋ぐ通訳であり、橋。


ニコがいなくても、

“名を得た者たち”が自分の役割を果たしていく姿を描きました。


そして最後。

鉱山の異変。

日常と緊張は、常に隣り合わせです。

守りを固めた直後に、試される。

これがこの世界の流れ。


次話では、再び空が動きます。

翼か、影か。

それとも――別の存在か。


引き続き、よろしくお願いいたします。

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