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幕間『カイ突然のログイン』 第33話

「おいおい、ここ何処だよ?」


「俺、寝てんのか……夢?」


カイの前に眩しい光と共に姿を現した人影。


「えっ! かぁーちゃん? 何やってんだよー!」

「新しいお仕置きか?」


「……」


「俺もう大学生だぜ、

そんなんじゃぁ~おどろきゃしないよ」


「この世界に呼んだのは私だ。君には母親に見えるようだな。

私は決まった姿は無い。見る者の一番近しい人物に見えるだけだ」


「ゲーム……神様ってこと?」


「私は神などという空想ではない。

私は『フェノメノン(現象)』。

実際に存在する、この星のことわりだ」


「ことわり? またまた大袈裟な。イベントが始まったってことだろ」


「ここがスタート地点ってことか。」


「ちょっと調べさせてもらうぞ」

フェノメノンがカイに魔法をかけた。


カイの頭から足先へと光の輪が回りながら落ちていく。


「おまえ何の能力もないのか?」


声が聞こえた。

だがカイは、目の前の何もない空間に視線を走らせるのに忙しい。


「えっ? 始めたばかりだし、ステータスも

振り分けてないし、そりゃそうだろ」


「メニュー画面どこだよ。不親切なUIだな~」


キョロキョロと、あるはずのないウィンドウを探して

空間を指で突くカイ。


「おかしいなぁ~」


カイが首を傾げて視線を戻した時――

そこにはもう、母親の姿をした『ことわり』は消えていた。


光が収まり、薄暗い部屋の輪郭が浮かび上がる。


代わりに目の前に立っていたのは、

豪奢な祭服を纏った、見るからに王様らしき男だった。


男は手元の水晶のようなものを確認し、深く溜息をついた。

そこには明らかな“失望”があった。


「……ハズレか」


男は興味を失ったように、冷たく言った。


「おまえは必要ない。通訳だけはつけてやるから

好きな所へ行け」



「こいつを放り出せ。通訳は一人付けてやれ」


「はい。了承致しました」


「おい! 来い、こっちだ」


――――


「なんで私が、あんたの通訳なのよ!」


サンが詰め寄ると、カイは困ったように両手を上げた。

(こいつがオトモか……偉そうなキャラだなぁ〜)


「いやっ、私に言われても……」


サンは肩で息をして、すぐに目を逸らす。


「……わかってるわよ。

ただの八つ当たりだから……」


「……」

(八つ当たりなんかすんなよ、こっちだって

もっとかわいいオトモにしたいよ)


カイは何も言わなかった。口では。


言い返さないのは優しさなのか

諦めなのか――サンには判断がつかない。


サンは気持ちを切り替えるように、短く息を吐いた。


「で、あんたはどうするつもり?」


「えっ……どうするって?」


「どこに行くつもりかってこと」


カイは少しだけ視線を落とし、ぽつりと答えた。

(どこ行くつもりって言われても、地図もないし、何のゲームかも

わからないのにどうすりゃいいんだよ……)


「……私に行くところなんて、ないですよ」


「それもそうか」

(なら聞くなよ……)


サンは鼻で笑うように言いながら、次の言葉を続けた。


「仕方ないなぁ〜。私は冒険者登録して、ラビリオス領の

ダンジョンで稼ぐつもりだけど……ついて来るかい?」


カイは間髪入れずに頷いた。


「はい! 行きます」

(今はオトモに任せるか。どうせチュートリアルだろ)


返事が早すぎて、サンのほうが拍子抜けしたように目を瞬かせる。


「……じゃぁ、まずは登録だな」


サンは歩き出しながら、指を一本立てた。


「ギルド本部はグラディオス領だけど、ここ王都にも支部がある。

そこに行くからね」


「はい」


二人は通りへ出る。

王都の朝は早い。石畳を踏む音、荷車の軋み

焼きたてのパンの匂い。

どれも“これから”を感じさせるのに

カイの足取りだけはどこか頼りなかった。


そんな二人を、店先から声が呼び止めた。


「サン〜」


ビストロの表を掃除していた店員が

ほうきを止めて手を上げる。


「はい、なんですか?」


「今日はお勤めはいいのかい?」


サンは一瞬だけ間を置いて、いつもの調子で笑った。


「あぁ〜そのこと。クビになりました」


「クビ? なんでまた、そんなことに……」


店員が目を丸くする。


サンはすぐに肩を揺らして、冗談だと示すように言った。


「冗談だよ。こいつの護衛みたいなもんかな。

上からの命令だよ」


「命令ねぇ〜」


店員は半信半疑の顔のまま、カイをじろりと見た。

(かわいいキャラだなぁ〜ほうきが似合うし

魔女っ子キャラにしたいなぁ~)


「それにしても、そちらの方……変わった格好だね?」


カイは反射的に自分の服を見下ろし、袖口を握った。

確かにこの街の人間の服装とは、どこか違う。

“浮いている”と自覚した瞬間、肩が小さく縮こまる。

(そりゃそうだろ、アバターすら設定出来てないからなぁ〜)


サンは店員に向き直り、わざと軽い声で言った。


「旅装束ってことで許してよ。

こいつ、いろいろ事情があってさ」


カイは小さく頭を下げる。


「……すみません」

(かわいいNPCだし、とりあえず謝っとくか……)



店員はしばらくカイを観察してから、ふっと笑った。


「まぁ、サンが連れてるなら大丈夫か。

気をつけて行きなよ」


「ありがと。行ってくる」


サンは手を振り、カイの背中をぽんと軽く叩いた。


カイは少しだけ息を吐き、歩き出す。


「ここだよ」


サンが指差した先に、ひときわ大きな建物がそびえていた。

周りの商館や宿屋が霞んで見えるほど、堂々とした石造り。

入口の紋章が朝日に光っている。


「……」

(リアルだなぁ~まるで本物だよ)


カイは無言のまま、その建物を見上げた。

視線が上へ上へと吸い上げられていく。


「大きいだろー? 冒険者ギルドは儲かってるからなぁ〜」


サンは軽い口調で言いながら、先に扉を押して中へ入る。


中も、すごく広かった。

掲示板、依頼書、装備屋の広告、立ち話の声。

酒と汗と革の匂いが混じり

ここが“生きるための場所”だと告げてくる。


サンは受付へ向かい、ギルド職員に尋ねた。


「冒険者登録したいんだけど、お願いできますか」


職員は慣れた動きで視線を流し、頷く。


「あちらが登録窓口ですので、聞いてみてください」

(あれ、こっちのNPCもかわいい系だな)


「ありがとう」


(もう少し見てたかったのに……)

サンはカイを促し、登録窓口へ向かう。


その途中――受付職員と目が合った。


「サンじゃないかー。どうしたんだい、こんな所に?」


懐かしさの混じった声。

サンは足を止め、顔を上げた。


「先輩こそ、どうしたんですか? 冒険者になったのでは……」


「パーティでいろいろあってな……」


先輩は肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。


「ギルマスに頼まれて、次のパーティが

決まるまでの臨時職員ってやつだよ」

(俺のパーティに欲しいなぁ〜)


「そうなんですか。それは大変ですね……」


「サン、ここに来たってことは冒険者登録だよね?」


「はい! そうです」


職員――サンの“先輩”は、書類を持ったまま口元を緩める。

そのまま、声の調子をぐっと落として、耳元へ囁くように聞いてきた。


「で、後ろの男は……彼氏かい?」

(やめてくれよ……偉そうなオトモの主人だよ!)


「えっ、違いますよー!」


サンは慌てて両手を振った。


「聖統教の神官に、押し付けられただけですよ」


「押し付けられたって……何者なんだい?」


「……なんの能力もない召喚者だよ」


先輩の眉が跳ね上がる。


「能力ない召喚者って、いるのか?」


サンは横目でカイを見て、肩をすくめた。


「目の前のこいつが、そうだね」


「……道理で変な服なわけだ」


カイは苦笑いすら浮かべられず、居心地悪そうに視線を泳がせた。

(なんの能力もないって、そう何度も言われると

流石の俺も落ち込むぞ……)


先輩は顎に手を当て、噂話の顔になる。


「聖統教は頻繁に召喚してるって噂だったからなぁ〜。

そりゃハズレもいるだろうね」


「ハズレって言うなよ」

(そうだ、そうだ、もっと言ってやれ!)


サンは小声で突っ込みつつも、否定はしない。


すると先輩が、ふと思い出したように声をさらに落とした。


「……最近、“当たり”が出たんじゃないか?」


「当たり?」

(ガチャありゲーム?)


「すごい召喚者がいるって聞いたからな」


サンの目が少しだけ細くなる。


「すごい召喚者?」


先輩は周囲をちらりと見てから、確信めいた声で言った。


「“すべての加護を授けた”らしいぞ。

これは私の先輩情報だから確かだよ」


サンの表情が固まった。


「……加護は、一人一つでは。

それで体に異常はないの?」

(どんだけ課金したんだよ〜)


先輩は肩をすくめる。


「あぁ〜普通はそうだな。

でも剣の修行に出たって聞いてるから……大丈夫なんだろうな」

(おっ、修行イベント)


サンの背筋に、冷たいものが走った。


「……そんな……化け物が」


言ってから、サンは自分の言葉に僅かに眉を寄せる。

でも、別の呼び方が見つからなかった。


先輩は苦笑して、半分同意するように頷いた。


「化け物……まぁ〜そうなるわな」


その会話を、カイは黙って聞いていた。

最初は気まずそうに、途中からは――真顔で。


“すべての加護”。

その言葉が、カイの胸の奥を静かに叩く。


(……チートキャラだ)


――――


先輩は職員の顔に戻って、淡々と確認を始めた。


「武闘ランキングプレートか、聖統師ブレスレットをお願いします」


サンは一瞬だけ表情を引き締めた。


これは決まりだ。言わないわけにはいかない。


「……一応これ、言わないといけないので。

サンの場合はブレスレットだよな、見せてもらえる?」


「はい」


サンは手首のブレスレットを差し出した。


職員は番号を確認し、机上の書類へすらすらと書き込んでいく。

インクの音が短く、規則正しく響く。


「……よし」


職員は書類をずらし、ペン先で一箇所を示した。


「じゃあサン、ここに名前書いてくれる?」


「はい」


サンは迷いなくペンを取り、名前を書く。

書き終えると、紙を丁寧に揃えて職員へ返した。


職員は目で追い、確認し――ふっと笑った。


「これでサンも冒険者だな!」


その一言が、やけに重く響いた。


――――


王都ギルドを出ると、サンが空を見上げて言った。


「とりあえず……服を買わないとな」

(キター! やっと装備イベントだ)


「はい」


カイは素直に頷く。

けれど歩き出した足取りが、少しだけ軽い。


「この先の服屋に行こうか。あそこなら大抵の物は揃うからな」


「わかりました」


サンは先導するように歩き、角を曲がった先で立ち止まる。


「あぁ〜ここ、ここだよ」


そう言ってサンは服屋へ入っていった。

カイも――なぜか嬉しそうに、その後ろに付いて行った。


店内には布の匂いと、新しい革の匂いが混ざっている。

吊るされた外套、並ぶ靴、色とりどりの紐。

王都の店らしく品揃えがよく、見ているだけで目が忙しい。


サンは店の奥へ進みながら、肩越しに言った。


「私は自分の服探すから、そっちはそっちで探しな」


「はい」


サンは“いかにも魔法使い”という衣装が嫌だった。

裾が長くて、飾りが多くて、動きにくい。

だから彼女が探すのは、動きやすくて――それでいて可愛らしい服だ。


布の端を指でつまみ、鏡の前で当ててみる。


「……これっ。かわいい! これに決めようかなぁ〜」


一方その頃、カイは別の棚の前で立ち尽くしていた。

視線の先にあるのは、英雄譚に出てくるような

胸当てのある上衣。青と白の配色

……勇者が着そうな服。


カイは何度も手を伸ばしかけて、引っ込めて、また見つめる。

まるで“自分がそれを選んでいいのか”迷っているようだった。

(どれにしようかなぁ〜この前、観たアニメの勇者がいいなぁ~)


そこへ、サンが自分の選んだ服を抱えて近づいてくる。

そして、カイが見ている服を一瞥し、ばっさりと言った。


「その服は、あんたには似合わないと思うよ」

(その言葉そっくりそのまま、お前に返してやる!

おまえに、そんなかわいい服は似合わん)


「……」


カイの口が、わずかに開く。

珍しく反論が出そうな顔だった。


サンは悪びれずに棚を探り、別の服を引っ張り出す。


「これこれ! これがいいんじゃないか」


赤いシャツ。

そして――デニムのツナギ。


カイの顔が固まった。


ここで、カイは初めてサンに抵抗した。


「えっ……赤シャツにデニムのツナギ?」

(まるで冒険する配管工じゃないか!)


サンは楽しそうに笑って、カイの胸にツナギを当ててみせる。


「そうだよ! あんたにぴったりだよ」


「ぴったりって、何がですか……!」

(おまえが着ろ!)


カイは必死に抵抗しようとするのに、サンは押しが強い。

店員が遠巻きに微笑んでいるのが、余計に恥ずかしい。


――結局。


サンが折れた。


そしてカイは、まさに“勇者”の服を選び、着替えを済ませた。


鏡の前に立ったカイは、驚いたように自分を見つめる。

次に、照れくさそうに笑った。


その笑顔は、今まで見たどの表情よりも“少年”だった。


サンは腕を組んで、深いため息を吐く。


「……嬉しそうに歩くなよ」

サンはぶつぶつと愚痴をこぼす。


「おまえなぁ〜。その服、私のより高いんだぞ。

ラビリオス領についたら働いて返してくれよ……」


「はい……がんばります」

(倍にして返してやるよー!)


そう答えながらも、カイは胸の奥がくすぐったいまま

足取りだけは軽かった。


サンはそれを見て、また小さくため息をついた。

でもその口元は、ほんの少しだけ――笑っていた。


二人は王都西河港に向けて出発した。


カイはまだ、この世界を「ゲーム」だと思っている。

メニュー画面を探し、UIの不親切さに文句を言い

NPCの可愛さに目を奪われる。


でも――その軽さは、本人が強いからじゃない。

「本当に怖いもの」を、まだ見ていないだけだ。


最初に現れた“母親の姿”をした存在は、優しさでも救いでもなく

ただのことわり

そして次に出てきた王の失望は、もっと現実的で、冷たい。

能力がないなら「いらない」。通訳だけつけて放り出す。

カイが笑いに変えようとしても、世界は笑ってくれない。


サンとのやり取りは、カイにとってはチュートリアルの

延長みたいなものだ。

けれどサンにとっては、命令で押しつけられた“重荷”でしかない。

同じ場面を見ているのに、温度差がある。

そのズレが、これからじわじわ効いてくる気がします。


そして最後の「すべての加護を授けた召喚者」の噂。

カイが「チートキャラだ」と言った瞬間、物語の線が一本繋がる。

知らないまま近づいていく――それがいちばん危ない。


港へ向かう二人の背中は、軽い。

まだ荷物も少ない。まだ傷もない。

だからこそ、この“旅立ち前”の空気を、幕間として残しました。


次はきっと、カイの「ゲームじゃない」が始まります。


第33話 幕間『カイ突然のログイン』を、お読み頂きありがとうございます。

次回も楽しみ下さい。

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