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漆黒の盾 第29話

一時間ほどすると、再び道が二つに分かれる場所に着いた。


「俺たちはこっちだ。お前らが街へ行くつもりなら、そっちの道だ」


「じゃあ――ここでお別れだ。気をつけていけよ」


「はい、本当にありがとうございました」


「気にするな」


「街に寄られる事があれば、うちの店にお越し下さい

できれば何かお礼をさせて下さい」


「今はこれだけしかございませんが、お受け取り下さい」


金貨数枚を渡された。

「ありがとう、遠慮なく貰っておく」


「園長、また森ですか?」


「ああ――そうだ。この先に荷車を隠す場所がある。

俺と一部の者しか知らない場所だから安全だ」


「……」


「この森の魔獣は俺たちがそこにいるのを

知ってるから、あの辺りにはまず近づかない」


(そりゃ、そうでしょう……死にに行くようなものです……)


荷車を隠し終えて先に進む。

「行くぞ。遅れると面倒だ」

 

裏道から森へと入って行った

薄暗い森の中を、園長は音もなく進んでいく。


ニコは必死について行くのがやっとだった

一時間ほど歩いた頃だろうか。


古びた小屋が見えてきた

小屋の周りには、数人の男たちが立っている。


どの男も、見るからに柄が悪そうだ。

園長が姿を現すと、男たちの一人がニヤリと笑った。


「よう、待ってたぜ。“漆黒の盾”」


その呼び名に、ニコはぎょっとする。

(漆黒の盾……?)


「無駄口はいらん。ブツは見せてくれるんだろうな」

園長の声は、いつもよりずっと低く、威圧感があった。


「へっ、相変わらず愛想がねえな。こっちだ」

男に案内され、小屋の裏手へと回る。


そこには、頑丈な檻がいくつも並べられていた。

檻の中には、傷ついた魔獣たちが押し込められている。

どの魔獣も痩せ細り、怯えた目をしていた。


「今回はこいつらだ。どうだ、いい商品だろ?」


男が得意げに言うが、園長は無視して檻の中を覗き込む。

「……ひどい扱いだな」


「売り物だが……餌代も馬鹿にならねえんだよ」

園長は何も言わず、ただ静かに魔獣たちを見つめた。


その目は、値踏みをしているようにも、憐れんでいるようにも見えた。

「それで、いくらだ?」


「4体いる……1体金貨10枚……

全部で金貨40枚ってとこか」


「ふざけるな。この状態でか? 10枚だ」


「おいおい、足元見んじゃねえよ。30枚!」


「20枚。それ以上は出さん」

園長の言葉には、有無を言わせない迫力があった。


男は舌打ちをすると、渋々頷いた。

「チッ……わかったよ。20枚でいい」


「それと、例の“水”はあるんだろうな?」

園長が低い声で付け加える。


「ああ、そっちも上物だぜ」


男が木箱を蹴って開ける。

中には国章の入ったポーションの瓶がずらりと並んでいた。


「冒険者ギルドへの支給品だ。俺たちは定価の二割で買えるが……

アンタには特別に、定価の半額で譲ってやるよ」


「話が違う。四割だ」


「……チッ、強欲だな……」


商談が成立すると、園長は懐から革袋を取り出し、男に放り投げた。


中身を確かめた男は、満足そうに笑う。

「毎度あり。またいいのが入ったら連絡するよ」


「ああ」

園長は短く答え、ニコに目配せをした。


ニコは慌てて檻の鍵を受け取り、魔獣たちを解放していく。

外に出た魔獣たちは、まだ警戒心を解いていない。


しかし、園長が静かに手をかざすと、不思議と落ち着きを取り戻した。


「園長、なんで魔獣たちはおとなしいのですか?」


「知能が高い証拠だ。強い者に従う、それがあいつらの本能だ」


「強い者に従う……確かに……」

納得したニコ。


「……行くぞ」

園長は短く言い、魔獣たちを引き連れて森へと戻って行った。


帰り道、ニコはずっと気になっていたことを尋ねた。

「園長……さっきの“漆黒の盾”って……」


「……昔の通り名だ。忘れてくれ」

園長はぶっきらぼうに答えるだけだった。


(漆黒の盾……かっこいい……)

ニコは心の中で密かに憧れを抱いた。


「園長、もう一つ聞いてもいいですか?」


「なんだ、言ってみろ」


「ポーションなんですが、冒険者は2割で買えるって

言ってましたけど、どういう意味ですか?」


「ああ……そんな事か。そのままの意味だ……と言ってもわからんか……」


「……」


「ここから話さんとわからんか。この国にはダンジョンがあるが

管理されてるダンジョンはラビリオス領ダンジョンだけだ」


「おそらくこの国には、それ以外にも発見されてない

ダンジョンが複数あると言われている。

おそらくフェルナ領にもあるだろう……そこから魔獣が出て来る」


(フェルナにダンジョンが……)


「国の部隊だけでは手が回らないのが現状だ。冒険者がそれを補っているから

国は冒険者のポーション購入に補助をしている」


「だからどこで買っても定価の二割で買える

売った店は国に請求すればお金は返金される

そういう仕組みだ」


(魔獣退治のためなのか……)


ニコは、園長の背中を見つめた。

魔獣を殺すための制度を利用して、魔獣を生かすために薬を買う。

それは、この国の方針への密かな反逆のようにも思えた。

(……カイさんと園長は、そうやってずっと戦ってきたんだ)

殺すためのルールで守る。

その強さと覚悟を、少しだけ理解できた気がした。


園に戻ると、すでに他の職員たちが待機していた。

連れ帰った魔獣たちは、すぐに医療室へと運ばれていく。


担架代わりの板が軋み、毛布の端から覗く四肢が小さく震えた。

ベルモットは次々に運び込まれる個体へ手早く目を走らせ

――そこで、動きを止めた。


「……ん?」


毛布の隙間から見えたのは、獣の耳と――人の輪郭

鼻筋は短く整い、口元は明らかに“獣”のそれではない。

けれど、毛並みと匂いは狼に近い。


「……嘘だろ。これ……獣人系?」


ベルモットの声が、僅かに掠れた。


この国に、そんな個体は存在しない。


「また無茶をして……」


呆れたように言いながらも、ベルモットの手は止まらない

傷の具合を確かめ、脈を取り、布をめくって呼吸の深さを見る。


だが、視線は何度もその個体へ戻る。


(リュカント……? オオカミを原型にした獣人系の……)


ベルモットは唾を飲み込み、園長へ低い声で言った。


「園長。こいつ……この国の個体じゃない。

……シンフォリア連邦側の血だ。

ナシュヘルト領――獣人国家の方に近い」


「……」


園長は答えない。だが、目だけが一瞬だけ鋭くなった。


ベルモットは、毛布の端をそっと戻しながら続ける。


「違法に連れてこられたんじゃないですか……?」


シンフォリア連邦は、魔獣の権利を認める側の国だ。

そんな場所から裏取引であっても“商品”として出回るのは

おかしい。――攫われた可能性が高い。


心配と怒りが混じった声だった。

ベルモットは深く息を吐き、職員に指示を飛ばす。


「まず止血。骨の状態も確認する

この個体は隔離――いや、個室、刺激を避けろ、起きたら混乱する」


運び手たちが頷き、医療室の奥へと担架が消えていく。


ベルモットは最後まで、その背を見送った。

そして、ぽつりと呟く。


「……嫌な匂いがする。これ、ただの“保護”で終わらないかもしれない。」


その言葉だけが、廊下の壁に静かに残った。


「……こいつらが生き残ってから考えよう……

――最善は尽くしてくれ。」

園長は装備を外し、いつもの穏やかな表情に戻っていた。


――――


園長はニコを連れて食堂に来ていた。

「サン、何か作ってくれないか?」


「はい。何か希望がありますか?」


「あったかい物なら何でもいい、二人前頼む」


「はい!」


「園長――酒、使わせてもらいますよ」


「……好きにしろ。

足りなくなるほど使わなければ大丈夫だ」


サンは腕まくりをしながら、ロルフの顔を見る。

「ロルフ。“親子丼”を教えるよ」


「ロルフ。見てな。丼は“速さ”の料理だ。

でも速くするには、先に静かな仕事をやる。

昨日作って置いた鶏の出汁を持って来な」


「はい」


サンは鶏の出汁を別鍋へ移した。


そこへ落とすのは、茸醤。黒い旨味が、底に沈むように混ざっていく。


さらに、甘口の酒を、ほんの少し。


香りが、深くなる。

茸の影が支えるような匂い。


「これが今日の味のかなめだ、茸醤は嘘をつかない。

――あとは火の入れ方だ」


サンは鶏肉を切り分けた。大きすぎない。小さすぎない。

「大きさは火の入り方にも関係して来るから大事だよ」


「はい」


割り下がふつり、と一度だけ沸いた瞬間、鶏肉を落とす。

湯が荒れ、肉の色が淡く変わり始めた

――その“一拍”で、サンは火を止めた。


ロルフが目を丸くする。

「えっ……もう止めるんですか?」


「止める。煮続けると硬くなる。

蓋して待て。鍋が持ってる熱で、肉は勝手にしっとりする」


サンは蓋をして、言葉を切る。

厨房に静けさが戻り、鍋の中でだけ時間が進んでいるのが分かった。


数分後、蓋を開けると、鶏肉は艶を保ったままふっくらしていた。


サンはそれを一度バットに上げ、次に玉ねぎを煮汁へ入れた。

玉ねぎがほどけ、透明になる。甘みが煮汁へ溶ける。

それが“完成の匂い”になっていく。


「玉ねぎが溶けたら、味がまとまる」


ロルフが頷くころには、鍋の中の香りが腹の底をくすぐるものになっていた。

「はい」


そして――ここからが速い。


サンは煮汁を強火にし、ぼこぼこと沸かした。

卵を割る。混ぜすぎない。白身を少し残す。


「一回目。七割」


卵が円を描くように落ち、ふわっと広がる。

縁から薄く固まり始める。


「今だ。肉、戻す」


バットの鶏が鍋へ帰る。

煮るのではない。温めるだけ。

余熱で完成している肉は、ここで無理をさせない。


最後の卵を回しかけた瞬間、サンは火を止めた。


「蓋。十秒数えろ」

ロルフが数える。


十を言い終えたころ、サンが蓋を開けると、卵は“とろり”と揺れていた。

黄金の出汁に、茸醤の黒い旨味が沈み、玉ねぎの甘みが浮かぶ。

鶏は艶のまま、柔らかさを失っていない。


サンは炊き立ての飯を丼によそい、鍋の中身を滑らせるように盛り付けた。


「――親子丼は、これでいい。

ロルフ、運んでくれ」


ロルフがそれを、食堂へ運ぶ。


園長の前に丼が置かれたとき、ニコは思わず顔を上げた。


「……親子丼……!」


ニコは自分の分がいつ来るのか気になり、厨房をキョロキョロと眺めていた。


今度はサンが親子丼を持ってやって来た。

「冷める前に食べな。今日は忙しかったんだろ。

栄養は逃げないけど、卵の旨さは逃げるよ」


サンはそう言って、厨房へ引っ込んだ。


二人だけの食堂。湯気がゆっくり消えていくのが見える。


「いただきます……」

ニコは丼を抱え、湯気に顔を近づけた。


鶏出汁の甘い香りの奥で、茸醤の深い匂いが静かに支えている。

“黒い旨味”が、底にある。


ひと口。


少し硬めの米が、汁を受け止めてほどける。

卵は二段のとろみで、舌の上にふわっと乗ってすぐに消える。

玉ねぎの甘みが遅れて広がり、最後に茸醤の余韻が喉の奥で静かに残った。


「……っ、やさしいのに……深い……」


ニコの目が自然に細くなる。

次に鶏を口に運んだ。噛んだ瞬間、驚いた。


硬くない。

煮込んだ肉の“締まりすぎた感じ”がない。

しっとりして、噛むほどに、出汁の味が内側から戻ってくる。


「鶏が……柔らかい……」


園長は黙って食べていたが、箸の動きが止まらない。

ひと口ごとに、無駄がない。


確認するように玉ねぎをすくい、卵の固まり具合を見て、最後に鶏を噛む。


そして、小さく息を吐いた。


「旨いなぁ〜」

それだけ言った。


けれど、その一言の“お墨付き”は食堂に響いた。

ニコの胸の奥に、ふっと安心が落ちる。


「……サンさん、すごい……」


園長は何も答えず、黙々と丼の底をさらう。

静かな食堂に響くのは、箸が器に当たる音と、

湯気が消えていく風景だけだった。


園長は食べ終わり食堂を後にした。


ニコはというと、いまだに余韻に浸っていた。


――――


魔獣たちがぞろぞろと食堂に集まり始める。


「ニコもう晩ごはんか?」

ゴリムが茶化すように言う。


「えっ、僕これが最初の食事ですよー!」


「おっお……そうか、大変だったんだなぁ~」


「わかってくれればいいんです」


「ゴリムさん今日の晩ごはんも美味しいですよ!」


「ほんとかぁ~」


「はい、自信を持っておすすめです。

園長のお墨付きもありますし」


言うまでもなく、食堂は歓喜の声と満面の笑みが広がって、

この日の食事提供は終了した……

第29話「漆黒の盾」

お読みいただき、ありがとうございました。


今回は、園長の“過去”に少しだけ触れる回になりました。

普段は淡々としていて、必要なことだけを口にする人が

闇の中では別の顔を持っている――。

「漆黒の盾」という呼び名は格好良さのためではなく

彼が背負ってきた現実の重さの象徴として置いています。


そして、物語の軸も少しだけ前へ進めました。

シンフォリア連邦とナシュヘルト領。

“共存”を掲げ、権利が認められる側の世界がある

一方で、この国では「魔獣は殺す」が常識として根付いている。

その断絶が、今回の「獣人系の個体」という形で

はっきりと園の中へ入り込んできました。


ベルモットの言葉は、ただの不安ではなく

これまで積み重ねてきた経験から出た警告です。

“魔獣を救う”という善意だけでは終わらない。

誰かの利得、誰かの思惑、誰かの都合が必ず混ざってくる。

ここから先は、それをどう扱うかの話になっていきます。


そんな重たい流れのあとに、食堂に親子丼を入れたのは

冷めた心も温めて、落ち着かせてくれるのが

サンの料理であり、園という場所であり

黙って箸を進める園長の「旨いなぁ〜」の一言でもあるからです。


(鶏肉を事前に予熱調理するのは、大量に提供するためでもあり

味を染みさせ、尚且つ柔らかく仕上げる裏技でもあります。)


運び込まれた個体たちが生き延びた“その後”どうなるのか。

獣人系の個体が目を覚ました時、何が起きるのか。

そして園長が、どこまで踏み込むのか。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


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