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料理が冷めている 第3話

 檻の清掃が終わり、見回りが一段落した頃、

 通路の端に簡易的な配膳台が置かれた。


 木皿に盛られた煮込み。

 水桶。

 そして、無造作に置かれた固そうなパン


 それを見た瞬間、ニコは動きを止めた。


 「……冷めてます」


 飼育員が眉をひそめる。


 「は?」


 「料理が冷めています」


 もう一度、はっきり言った。


 飼育員は皿を見下ろし、肩をすくめる。


 「餌だぞ。温かさまで気にする必要あるか?」


 その言葉に、ニコは尻尾をぴんと立てた。


 「それは“料理”です」


 「いや、餌だ」


 即答だった。


 「魔獣用の」


 「違います」


 ニコは前足で皿を示す。


 「煮込みですよね。

 火を通して、味付けもしている。

 それを“餌”扱いするのは失礼です」


 「失礼って……」


 飼育員は呆れたように頭を掻いた。


 「魔獣だぞ? 食えりゃいいだろ」


 「良くありません」


 即座に否定する。


 「冷めると匂いが立ちません。

 匂いが弱いと食欲が落ちます。

 食べ残しが増えれば、管理が雑だと判断されます」


 「誰に?」


 「魔獣にです」


 飼育員は一瞬、言葉に詰まった。


 「……細かすぎだろ」


 「……命を預かる仕事で、“だいたい”は駄目だと思います」


 ニコは真顔だった。


 小さな体で、腕を組むような仕草をしている。

 その様子が、妙に説得力を持っていた。


 「そもそも」


 ニコは続ける。


 「この煮込み、塩分が強すぎます。

 昨日と同じ分量でしょう?」


 「……ああ」


 「種類が違います。

 同じ量を出せば、体調を崩します」


 飼育員は黙り込み、皿と鍋を交互に見た。


 「……面倒くさいな、お前」


 「正しいだけです」


 そのやり取りを、

 少し離れた通路の角から見ている人物がいた。


 重い足音が、通路の奥から近づいてくる。


 空気が、わずかに変わった。


 振り向いた先に立っていたのは、

 身長二メートルはあろうかという巨漢の男だった。


 分厚い肩幅。

 鍛え上げられた腕。

 園の制服を着ているにもかかわらず、

 隠しきれない威圧感がある。


 ただ大きいだけではない。

 その佇まいには、場数を踏んだ者特有の重みがあった。


 ——元冒険者。

 魔獣と正面から渡り合ってきた人間。


 フェルナ園の園長だ。


 「……園長だ」


 アレンが、ほとんど息だけでそう言った。


 ニコの耳元に顔を寄せ、

 周囲に聞こえないよう、怯えた声で囁く。


 「下手なこと言うなよ」


 巨漢の男は何も言わず、

 ただ静かに、その場を見渡していた。


 この園で園長に求められるのは、

 書類仕事の腕ではない。


 魔獣に、引けを取らない強さ。


 「何を揉めている」


 低い声が割って入る。


 飼育員が慌てて振り向いた。


 「え、園長。いや、ちょっと……」


 視線が、ニコに向く。


 「この魔獣が、餌に文句を……」


 「料理です」


 ニコは訂正した。


 園長は一瞬、視線を落とし、

 小さなレッサーパンダを見た。


 特別な感情は浮かべていない。

 ただ、状況確認の目だ。


 「……餌か、料理か」


 園長は皿を覗き込み、静かに言った。


 「どちらでもいい。

 問題は、管理に支障が出るかどうかだ」


 飼育員が頷く。


 「そうですよね」


 「冷めていることで、支障は出るのか」


 問いは、ニコに向けられた。


 ニコは一歩前に出る。


 「出ます。

 食欲低下、残飯増加、清掃負担増。

 結果、事故率が上がります」


 園長は少しだけ眉を動かした。


 「……ふむ」


 それ以上、深くは踏み込まない。


 「今回は温め直せ。

 次からは時間を考えて出せ」


 「了解です」


 飼育員は素直に答えた。


 園長はそれで終わりと判断し、踵を返す。


 去り際、ちらりとニコを見るが、

 そこに特別な興味はまだない。


 「……変わった魔獣だな」


 それだけ言い残して、歩き去った。


 ニコは皿を見下ろし、

 小さく息をつく。


 納得はいっていないが、

 今はこれでいい。


 ——正しいことは、いつか通る。


 そう信じて、ニコは配膳台の前に座り直した。


第3話は、

ニコがどんな性格が垣間見える

回になりました。


感情で反発するわけではなく、

相手を否定したいわけでもない。


ただ「正しいと思ったこと」を、

当たり前のように口にする。


それが場の空気を乱すことになっても、

引くという選択肢を取らない。


ニコは、

善人でも英雄でもありませんが、

妥協しない存在です。


そして、この回で

園長が初めて登場しました。


力と現実を理解した大人であり、

理屈が通れば受け入れる人物。


ニコに強い関心はまだありませんが、

確実に「違和感」として認識は始まっています。


第3話は、

この二人が同じ場所に存在する、

最初の一歩の回でした。


ここまで読んでいただき、

ありがとうございます。

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