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ニコの決意 第27話

今日はフェルナ園の開園日だ。


魔獣たちは、いつもと違ってのんびりしている。

ゴリムとガルドはニコのことが気になって

昨夜あまり眠れなかった。だから今朝は

まだ起きるつもりがないらしい。


東牢も――ある者を除いて――

まだ起きている者はいないようだった。


「いち、に、さん、し!」

「鼻から吸って〜、口から吐いて〜」

「ふ〜〜〜っ!」


朝早くから起きているのは、シャーマンゴブリンだけだった。

やけに大きな声で運動をしている。


ホブゴブリンたちは、耳を塞いで寝ている者までいる……。


「爺さん、うるさいなぁ〜」


そして、目が覚めたらしいクレイグの愚痴も聞こえた。


しばらくして、オスロが起こしにやって来る。


「みなさん、そろそろ起きてくださーい!」


大きな声が廊下に響いた。


「ん〜〜〜っ!」

「ふわぁ〜……」


周囲の喧騒をよそに

幸せそうに眠っていた者たちも

ようやく目を覚ましたようだ。

牢の中から、寝起きの声が漏れてくる。


「みなさん、展示用区画へ移動してください。」


オスロの指示が飛ぶ。


オスロは指示を出すと

そのまま展示区画へ向かって歩いて行った。


魔獣たちもそれぞれ、ばらばらに集合場所

――展示区画へ向かう。


オスロが展示区画に着くと、すでに来ている者がいた。


「ニコさん、もう体は大丈夫なんですか?

アレンさんから、今日は免除だと聞いてますよ。」


「あっ! オスロさん、この通り大丈夫ですよ〜」


ニコは両腕をぐっと天井に向けて突き上げ

大きく背伸びをして見せた。

強張った様子もなく、しなやかに体を反らすと――


「ん〜っ!」


気合の入った声を漏らし、オスロへ向き直る。


「ほら、すっかり元気になりました!」


「それでも……免除って言われているので……」


オスロは困ったように眉を寄せる。


「あっ、そうだ。それじゃぁ〜ニコさん。

ひとつお願いしてもいいですか?」


「えっ、お願いって何ですか?」


「ワイズさんとシャーマンさんに、

名前――つけてもらえませんか。」


「名前ですか……」


オスロは俯きながら言った。


「……ダメですか……」


名前をこのまま付け続けていいのか。

不安が残るニコは、すぐに返事ができなかった。


少し間を置いて、ニコは小さく息を吐く。


「……わかりました。考えますね。」


オスロの顔が、ほんの少しだけ明るくなった。


揃いはじめた魔獣たちはニコの姿が目に入ると

早歩きで近づいて来た。


「ニコ〜!もういいのか?」

クレイグが嬉しそうに声をかける。


「クレイグさんもう大丈夫ですよ。」


「そうか…..無理はするなよ……」

ほんとうに大丈夫なのか不安なクレイグは

気遣うように声をかけた。


「ニコー!」

「ニコー!」


一段と大きな声が響いた

ゴリムとガルドが到着したようだ。


二体は何も言わず嬉しそうに

微笑みかけた。


「ゴリムさんガルドさん

ご心配おかけしました。」


「ニコの元気な姿が見れて

ほんとうによかったよ。」


ニコの周りで魔獣たちの

笑顔がはじけていた。


みんながやっと揃ったのを確認して

オスロが言った。

「ワイズさんシャーマンさん

前に出て来てもらっていいですか。」


ゆっくりと前に移動する二体


「ニコさんにお二方に名前を

つけてもらえるようお願いしたので

よろしいでしょうか?」


「えっ、名前つけてもらえるんですか?」

ワイズが声を弾ませて言った。


「ほ〜名前ですか……この歳で名持ちに

なれるとは長生きはするもんじゃな。」

シャーマンは感慨深そうに呟いた。


「ニコさんお願いします。」


ニコは前世から名前をつけるのが好きで

ストックは常に頭の中にあった。

「どれが良いかな〜」


もしかしたらニコにこの能力が開花したのも

その影響によるものかもしれない……


(よっし!決めた。)

「ワイズさん。……あなたは、フィグ」

「それと、シャーマンさん。……あなたは、モルダ」


名を告げた瞬間、空気がわずかに張る。

まるで“何か”が、その音を聞き取ったみたいに。


オスロは目を見開き、次いで、ほっと息を吐いた。


「……ありがとうございます、ニコさん」


「ニコさんありがとうございます。」

深々と頭を下げるフィグ。


「これでわしも、もう少し現役で頑張らんと

いけなくなったなぁ~」と

モルダがニコに手を差し伸べる。


ニコと握手して列に戻るモルダ


「それでは、みなさん展示部屋で待機して下さい。

もうすぐ開園ですよ〜」

ロルフが指示をしてからすぐに、事務所に駆け込み

魔獣の個体紹介板に名前の追加を依頼した。


魔獣たちは慣れたもので、体を休めながらも、

必要最小限の動きでお客に楽しんでもらえるように

それぞれが工夫しているようだ。


午前中の展示時間が終わり

魔獣たちは食堂に移動していた。


ーーーー


厨房に戻ったサンは

昨日オスロから受け取った艶やかな鶏肉を

眺めていた。


サンは嬉しそうに呟く。

「これだけ良い鶏なら、あれしかないな」


サンは腕まくりをすると、早速準備に取り掛かった。

まずは、冬の間に土の中で甘みを蓄えたごぼう。


たわしで泥を洗い落とし、包丁の背で皮をこそげる。

ふわりと、力強い土の香りが厨房に広がった。


「ロルフ、これ薄く削っといてくれ」

サンが指示する。


「はい。」

まな板の上で、サッ、サッ、サッ、と小気味よい音が響く。

薄く、細かくロルフが削っていく。


削られたごぼうは、すぐに水にさらされ

アクが抜けて白くなっていく。


次は主役の鶏肉。

弾力のある皮と、引き締まった桃色の身。


サンはそれを一口大よりも少し小さめに切り分ける。

炊き込んだ時に、米粒と馴染む絶妙な大きさだ。


「ここが大事なんだよ、よく見てな」


「はい。」


サンは熱した鍋に少量の油を敷き

水気を切ったごぼうと鶏肉を放り込んだ。

ジュワアァッ!


脂の弾ける音と共に、香ばしい煙が立ち上る。


「炊く前に一度炒めて、鶏の脂をごぼうに吸わせ

コクを閉じ込めるんだ。」


ロルフの真剣な視線が向けられる。


肉の色が変わり、ごぼうがしんなりと

艶を帯びたところで火を止める。


「加熱し過ぎはダメだからな、

このくらいで大丈夫だ。」


研いでおいた米を大釜に入れ

炒めた具材をその上にたっぷりと広げる。


味付けはシンプルだ。

酒、茸醤、そして隠し味に少しの砂糖。


重たい木の蓋を閉め、かまどに薪をくべる。

パチパチと薪が爆ぜる音。


はじめは強く、湯気が吹き出したら弱火でじっくりと。

やがて、厨房から食堂へ、食堂から廊下へと

たまらない匂いが漏れ出し始めた。


茸醤の焦げたような香ばしさと、鶏の脂の甘い匂い。

それが蒸気となって部屋中を満たしていく。



「……うわぁ、いい匂い……」

匂いに釣られたマレナが、厨房の入り口から顔を覗かせた。


その後ろには、食堂にいた魔獣達も、鼻をひくひくさせ集まって来る。


サンが落ち着くように伝える。

「もうすぐだから席でまってな。」


サンは火から釜を下ろし、少しだけ蒸らす時間を置いた。

この数分が、米の芯まで旨味を染み込ませる。


「さあ、開けますよ」

サンが木の蓋に手をかけ、一気に持ち上げる。


ボワッ!

真っ白な湯気が柱のように立ち上り、視界を覆う。

湯気の向こうから現れたのは、黄金色に輝く炊き込みご飯だ。


鶏の脂をまとって艶めく米粒。

飴色に染まったごぼう。

そして、ふっくらと火の通った鶏肉。


サンが大きなしゃもじを入れ、底から豪快に混ぜ返す。

ザック、ザック。

釜の底からは、パリパリに焼けた「おこげ」が顔を出し

さらに濃厚な香りを撒き散らした。


お腹を空かせた魔獣たちが食堂に入って来る。


「さぁ〜、みんな!ならんだ、ならんだ!」


「ヘルムさんとみんなが頑張ったおかげで、今日はご馳走だよー!」


サンは熱々の湯気ごと、茶碗に山盛りに装っていく。

春の夜、労働の疲れを癒やす最高の一杯が完成した。


お休みがもらえたニコは食堂で本を読んでいた

匂いに釣られて早くからカウンター越しに厨房を覗いている。


クレイグが言った。

「ニコ早いなぁ~もうならんでるのか。」


「匂いに釣られてしまいました……」

ニコは気まずそうに言った。


みんながトレイを持ちテーブルについた頃に


「良い匂いだなぁ〜」

ここにも一人匂いに釣られてふらふらと

来た者がいた……


ロルフが頭を下げて言った。

「園長!お疲れ様です。」


魔獣たちも立って次々に頭を下げている。


「いい、いい、あいさつはいいから

しっかり食べてくれ。」


カウンターに向かいサンに言った。

「サン大盛りで頼む。」


料理を受け取ると園長はアレンの隣に座った

ニコの前である。


アレンは硬直し気まずそうである。


園長は無言で食べはじめた


園長が箸で、山盛りの飯を大きく掬う。

立ち上る湯気ごと、口へと運ばれた。

咀嚼する音だけが、静かに響く。


……ごくり。

喉が鳴る音がして、園長が深く、満足げな息を吐いた。


「……ふぅ。美味いな。」

その一言が、許可証のように響く。


「鶏の脂が米一粒一粒に回ってる。

ごぼうの香りも……たまらんな。」

その言葉を聞いて、アレンも恐る恐る口に運ぶ。


――美味い!

口に入れた瞬間、ごぼうの野趣あふれる土の香りと

茸醤の深いコクが鼻へ抜けた。


鶏皮から溶け出した黄金色の脂が

米をコーティングして、舌の上でパラリとほどける。

噛めば噛むほど、シャキッとしたごぼうの甘みと

鶏肉の弾力ある旨味が、じゅわりと溢れ出してくる。


「っ……!」

アレンの箸が止まらない。


時折混ざる「お焦げ」の香ばしさが

カリッとした食感と共にアクセントになり

次の一口を急かしてくるのだ。


気づけば、園長の隣だという緊張など吹き飛んでいた。


向かいの席では、ニコも夢中で頬張っている。


「ん〜っ! はふっ、はふっ……!」

熱々の鶏肉を口の中で転がしながら


幸せそうに目を細めて、とろんとした顔をしている。

「サンさん! このお焦げのところが最高です~!」


ニコが茶碗の底を見せて叫ぶと

周りの魔獣たちも、うんうんと頷きながら

ガツガツと茶碗をかき込んでいる。


「おかわりもあるからな! 遠慮すんなよ!」

厨房からサンの声が飛ぶと


食堂中から

「うおおぉー!」と野太い歓声が上がった。


園長も、黙々と、しかし猛烈な勢いで

大盛りだった茶碗を空にしていく。


美味しい食事の前では

種族も、立場も関係ない。


ただ「美味い」という幸せな空気だけが

食堂を満たしていた。


「園長に話があるのですが。」

ニコが真剣な顔で園長に告げた……


第27話は

「開園日のいつもの空気」と

その中でニコが一歩だけ前へ進む回です。

朝の東牢の騒がしさ、オスロの段取り

そして名前をもらう瞬間の張りつめた気配

――日常の中にある“世界のことわり”から

外れた能力『名づけ』…..

ニコの力が静かに動くところを書きました。

フィグとモルダの名づけで、みんなの暮らしが

積み上がっていきます。


後半は一転して厨房。

鶏とごぼう、茸醤の香りが広がる場面は

戦いや不穏さとは別の「生きている実感」を

入れたくて描きました。

園長の「美味いな」という一言が

空気をほどく“許可証”になるのも

この園の人間関係らしいところです。


そして最後の「園長に話があるのですが。」

ここでニコが何を選ぶのか、何を恐れて

それでも何を決めるのか。

次話への助走として、静かに扉が開きます。


読んでくださって、ありがとうございました。

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