幕間『二人の旅立ち』 第26話
「なんで私が、あんたの通訳なのよ!」
サンが詰め寄ると、カイは困ったように両手を上げた。
「いやっ、私に言われても……」
サンは肩で息をして、すぐに目を逸らす。
「……わかってるわよ。
ただの八つ当たりだから……」
「……」
カイは何も言わなかった。
言い返さないのは優しさなのか
諦めなのか――サンには判断がつかない。
サンは気持ちを切り替えるように、短く息を吐いた。
「で、あんたはどうするつもり?」
「えっ……どうするって?」
「どこに行くつもりかってこと。」
カイは少しだけ視線を落とし、ぽつりと答えた。
「……私に行くところなんて、ないですよ。」
「それもそうか。」
サンは鼻で笑うように言いながら、次の言葉を続けた。
「仕方ないなぁ〜。私は冒険者登録して、ラビリオス領の
ダンジョンで稼ぐつもりだけど……ついて来るかい?」
カイは間髪入れずに頷いた。
「はい!行きます。」
返事が早すぎて、サンのほうが拍子抜けしたように目を瞬かせる。
「……じゃぁ、まずは登録だな。」
サンは歩き出しながら、指を一本立てた。
「ギルド本部はグラディオス領だけど、ここ王都にも支部がある。
そこに行くからね」
「はい。」」
二人は通りへ出る。
王都の朝は早い。石畳を踏む音、荷車の軋み
焼きたてのパンの匂い。
どれも“これから”を感じさせるのに
カイの足取りだけはどこか頼りなかった。
そんな二人を、店先から声が呼び止めた。
「サン〜」
ビストロの表を掃除していた店員が
ほうきを止めて手を上げる。
「はい、なんですか?」
「今日はおつとめはいいのかい?」
サンは一瞬だけ間を置いて、いつもの調子で笑った。
「あぁ〜そのこと。首になりました」
「首? なんでまた、そんなことに……」
店員が目を丸くする。
サンはすぐに肩を揺らして、冗談だと示すように言った。
「冗談だよ。こいつの護衛みたいなもんかな。
上からの命令だよ」
「命令ねぇ〜」
店員は半信半疑の顔のまま、カイをじろりと見た。
「それにしても、そちらの方……変わった格好だね?」
カイは反射的に自分の服を見下ろし、袖口を握った。
確かにこの街の人間の服装とは、どこか違う。
“浮いている”と自覚した瞬間、肩が小さく縮こまる。
サンは店員に向き直り、わざと軽い声で言った。
「旅装束ってことで許してよ。
こいつ、いろいろ事情があってさ。」
カイは小さく頭を下げる。
「……すみません」
店員はしばらくカイを観察してから、ふっと笑った。
「まぁ、サンが連れてるなら大丈夫か。
気をつけて行きなよ。」
「ありがと。行ってくる」
サンは手を振り、カイの背中をぽんと軽く叩いた。
カイは少しだけ息を吐き、歩き出す。
「ここだよ。」
サンが指差した先に、ひときわ大きな建物がそびえていた。
周りの商館や宿屋が霞んで見えるほど、堂々とした石造り。
入口の紋章が朝日に光っている。
「……」
カイは無言のまま、その建物を見上げた。
視線が上へ上へと吸い上げられていく。
「大きいだろー? 冒険者ギルドは儲かってるからなぁ〜」
サンは軽い口調で言いながら、先に扉を押して中へ入る。
中も、すごく広かった。
掲示板、依頼書、装備屋の広告、立ち話の声。
酒と汗と革の匂いが混じり
ここが“生きるための場所”だと告げてくる。
サンは受付へ向かい、ギルド職員に尋ねた。
「冒険者登録したいんだけど、お願いできますか。」
職員は慣れた動きで視線を流し、頷く。
「あちらが登録窓口ですので、聞いてみてください。」
「ありがとう。」
サンはカイを促し、登録窓口へ向かう。
その途中――受付職員と目が合った。
「サンじゃないかー。どうしたんだい、こんな所に?」
懐かしさの混じった声。
サンは足を止め、顔を上げた。
「先輩こそ、どうしたんですか? 冒険者になったのでは……」
「パーティでいろいろあってな……」
先輩は肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。
「ギルマスに頼まれて、次のパーティが
決まるまでの臨時職員ってやつだよ。」
「そうなんですか。それは大変ですね……」
「サン、ここに来たってことは冒険者登録だよね?」
「はい! そうです」
職員――サンの“先輩”は、書類を持ったまま口元を緩める。
そのまま、声の調子をぐっと落として、耳元へ囁くように聞いてきた。
「で、後ろの男は……彼氏かい?」
「えっ、違いますよー!」
サンは慌てて両手を振った。
「聖統教の神官に、押し付けられただけですよ」
「押し付けられたって……何者なんだい?」
「……なんの能力もない召喚者だよ」
先輩の眉が跳ね上がる。
「能力ない召喚者って、いるのか?」
サンは横目でカイを見て、肩をすくめた。
「目の前のこいつが、そうだね」
「……道理で変な服なわけだ」
カイは苦笑いすら浮かべられず、居心地悪そうに視線を泳がせた。
先輩は顎に手を当て、噂話の顔になる。
「聖統教は頻繁に召喚してるって噂だったからなぁ〜。
そりゃハズレもいるだろうね」
「ハズレって言うなよ」
サンは小声で突っ込みつつも、否定はしない。
すると先輩が、ふと思い出したように声をさらに落とした。
「……最近、“当たり”が出たんじゃないか?」
「当たり?」
「すごい召喚者がいるって聞いたからな」
サンの目が少しだけ細くなる。
「すごい召喚者?」
先輩は周囲をちらりと見てから、確信めいた声で言った。
「“すべての加護を授けた”らしいぞ。
これは私の先輩情報だから確かだよ」
サンの表情が固まった。
「……加護は、一人一つでは。
それで体に異常はないの?」
先輩は肩をすくめる。
「あぁ〜普通はそうだな。
でも剣の修行に出たって聞いてるから……大丈夫なんだろうな」
サンの背筋に、冷たいものが走った。
「……そんな……化け物が」
言ってから、サンは自分の言葉に僅かに眉を寄せる。
でも、別の呼び方が見つからなかった。
先輩は苦笑して、半分同意するように頷いた。
「化け物……まぁ〜そうなるわな」
その会話を、カイは黙って聞いていた。
最初は気まずそうに、途中からは――真顔で。
“すべての加護”。
その言葉が、カイの胸の奥を静かに叩く。
(……チートキャラだ)
ーーーー
先輩は職員の顔に戻って、淡々と確認を始めた。
「武闘ランキングプレートか、聖統師ブレスレットをお願いします」
サンは一瞬だけ表情を引き締めた。
これは決まりだ。言わないわけにはいかない。
「……一応これ、言わないといけないので。
サンの場合はブレスレットだよな、見せてもらえる?」
「はい」
サンは手首のブレスレットを差し出した。
職員は番号を確認し、机上の書類へすらすらと書き込んでいく。
インクの音が短く、規則正しく響く。
「……よし」
職員は書類をずらし、ペン先で一箇所を示した。
「じゃあサン、ここに名前書いてくれる?」
「はい」
サンは迷いなくペンを取り、名前を書く。
書き終えると、紙を丁寧に揃えて職員へ返した。
職員は目で追い、確認し――ふっと笑った。
「これでサンも冒険者だな!」
その一言が、やけに重く響いた。
――――
王都ギルドを出ると、サンが空を見上げて言った。
「とりあえず……服を買わないとな」
「はい」
カイは素直に頷く。
けれど歩き出した足取りが、少しだけ軽い。
「この先の服屋に行こうか。あそこなら大抵の物は揃うからな」
「わかりました」
サンは先導するように歩き、角を曲がった先で立ち止まる。
「あぁ〜ここ、ここだよ」
そう言ってサンは服屋へ入っていった。
カイも――なぜか嬉しそうに、その後ろに付いて行った。
店内には布の匂いと、新しい革の匂いが混ざっている。
吊るされた外套、並ぶ靴、色とりどりの紐。
王都の店らしく品揃えがよく、見ているだけで目が忙しい。
サンは店の奥へ進みながら、肩越しに言った。
「私は自分の服探すから、そっちはそっちで探しな」
「はい」
サンは“いかにも魔法使い”という衣装が嫌だった。
裾が長くて、飾りが多くて、動きにくい。
だから彼女が探すのは、動きやすくて――それでいて可愛らしい服だ。
布の端を指でつまみ、鏡の前で当ててみる。
「……これっ。かわいい! これに決めようかなぁ〜」
一方その頃、カイは別の棚の前で立ち尽くしていた。
視線の先にあるのは、英雄譚に出てくるような
胸当てのある上衣。青と白の配色
……勇者が着そうな服。
カイは何度も手を伸ばしかけて、引っ込めて、また見つめる。
まるで“自分がそれを選んでいいのか”迷っているようだった。
そこへ、サンが自分の選んだ服を抱えて近づいてくる。
そして、カイが見ている服を一瞥し、ばっさりと言った。
「その服は、あんたには似合わないと思うよ」
「……」
カイの口が、わずかに開く。
珍しく反論が出そうな顔だった。
サンは悪びれずに棚を探り、別の服を引っ張り出す。
「これこれ! これがいいんじゃないか」
赤いシャツ。
そして――デニムのツナギ。
カイの顔が固まった。
ここで、カイは初めてサンに抵抗した。
「えっ……赤シャツにデニムのツナギ?」
サンは楽しそうに笑って、カイの胸にツナギを当ててみせる。
「そうだよ! あんたにぴったりだよ」
「ぴったりって、何がですか……!」
カイは必死に抵抗しようとするのに、サンは押しが強い。
店員が遠巻きに微笑んでいるのが、余計に恥ずかしい。
――結局。
サンが折れた。
そしてカイは、まさに“勇者”の服を選び、着替えを済ませた。
鏡の前に立ったカイは、驚いたように自分を見つめる。
次に、照れくさそうに笑った。
その笑顔は、今まで見たどの表情よりも“少年”だった。
サンは腕を組んで、深いため息を吐く。
「……嬉しそうに歩くなよ」
サンはぶつぶつと愚痴をこぼす。
「おまえなぁ〜。その服、私のより高いんだぞ。
ラビリオス領についたら働いて返してくれよ……」
「はい……がんばります」
そう答えながらも、カイは胸の奥がくすぐったいまま
足取りだけは軽かった。
サンはそれを見て、また小さくため息をついた。
でもその口元は、ほんの少しだけ――笑っていた。
二人は王都西河港に向けて出発した。
第26話
幕間『二人の旅立ち』
お読みいただきありがとうございました。
今回は“物語の大きなうねり”の手前で
サンとカイの関係がちゃんと形になる瞬間を書きました。
サンの口は悪いし、態度も荒っぽい。
でも、結局のところ彼女は「放っておけない」人なんですよね。
通訳だの護衛だのと理由を並べて誤魔化しながら
いつの間にか“相棒”として隣に置いてしまう。
そういう不器用さが、サンらしさだと思っています。
一方のカイは、ずっとゲーム感覚で手がかりを探している状態です。
そして、噂話として出した「すべての加護を授けた召喚者」。
この世界の常識から外れた“当たり”が存在する
“聞いただけで嫌な予感がする”ものにしたかった。
カイが心の中で言った「チートキャラだ」が的確な感じです。
服屋のくだりは、重くなりすぎる話の中で
二人の呼吸を整える“日常”として入れました。
サンが選ぶのは「動けて、可愛い」。
カイが惹かれるのは「なりたい自分」。
結局、サンは折れて、カイは笑ってしまう。
そこで初めて「旅が始まったな」と感じられるようにしています。
サンの愚痴が、最後に少しだけ柔らかくなるのも、そのためです。




