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魂のことわり 第24話

食事を終えた魔獣たちは、静かに整列していた。


先頭に立つのはオスロ。

列が崩れないように揃えさせる。


「それでは行きましょう、列は崩さないで下さいね。」

ゴリムが小さく頷く。


その後ろには、モールモンスがちょこちょこと付いてくる。

土の匂いに落ち着かないのか

大きな爪のある指先が時おり床を探るように動くが

オスロの視線に気づくと、ハッとしたように手を止めて列に戻る。


ボーンラビットのコルナも列にいた。

軽い跳ね足。その動きは極めて静かで

余計な音を立てず歩きは軽やかである。


養鶏場が近づくにつれて、匂いが変わる。

乾いた藁、穀物の粉、命が発する温い羽の匂い。


扉の前には養鶏担当職員のヘルムートが待っていた。

現場ではヘルムと呼ばれる、衛生管理に厳しい男だ。


「みなさん今日はよろしくお願いします。

私から注意点をお話ししますので、しっかり聞いて下さい。」


ヘルムは扉を開ける前に全員を止め、話し始めた。

「いいですか、鶏舎は掃除が大切ですが

それ以上に“侵入を許さない”のが大事です

野鳥が一羽でも入れば、菌を持ち込みます

羽や糞だけで病気は一気に広がります

そうなれば、ここの卵も肉もすべて終わりますので

扉を開けたらすぐに閉めて下さい。」


オスロがシルヴァに言う

「シルヴァさん空の見張りお願いしますね。」

その言葉に応えるように

屋根の方でバサリと羽音が一つ鳴った。


上空を守るために欠かせない戦力だ。

侵入しようとする野鳥を追い払う役目を担う。


シルヴァは首をすっと伸ばし

外の空気を嗅ぐように翼をわずかに広げた。

その瞬間、周囲の空気が変わる。

“ここから先は入るな”と、無言で告げる圧があった。


ヘルムが短く言う。

「シルヴァがいる限り、野鳥は近づきにくいだろうな。」


外では別の足音が増えた。

大掛かりな作業の時だけ呼ぶ臨時の手――日雇いの作業員が二人。

桶と藁束、縄、板切れを抱えてやって来る。


さらに養鶏場の裏手から、ザッザッと統率の取れた足音が流れ込む。

ホブゴブリンの小隊だ。

前に立つシャーマンゴブリンが杖を掲げ

短く号令を飛ばす。

「ホブ! 三列! 外周! 網を張れ! 隙間を塞げ!」

その一声で、ホブゴブリンたちが一斉に動き出した。

彼らは器用な手先を使い

冬の間に雪の重みで歪んだ防鳥ネットを張り直し

わずかな綻びも縄で結んで修復していく。


オスロが中の掃除班へ指示を出した。

「我々は中を担当しましょう

ゴリムさんは古い藁を運び出して下さい

モールさんは床材の攪拌お願いします

コルナは高所の掃除を、お願いします。」


オスロの指示は的確だ。


鶏舎の中に入ると

ムッとした熱気と独特の臭気が満ちていた。

「ふんっ!」

ゴリムはその怪力を活かし

糞で固まり重くなった古い藁束を軽々と担ぎ上げる。

彼が往復するたびに、汚れた床が剥がされ

更地になっていく。


その跡地には、モールモンスが入った。

「キュウ、キュウ」

彼らは新しいおが屑と土が撒かれると

待ってましたとばかりに短い手足を動かし始めた。

本来は地中を掘り進むための強靭な爪が

ここでは最高の農具となる。


モールモンスが潜るように土を掘り返し

混ぜ合わせることで、空気が含まれ、

鶏たちが快適に過ごせるふかふかの地面が

あっという間に出来上がっていく。


頭上では、ボーンラビットのコルナが

無言のまま梁や棚の上に飛び乗っていた。

普通の者では届かない天井の隅にある蜘蛛の巣や、積もった埃。

コルナはその身軽さで次々とそれらを払い落としていく。

驚くべきことに、その足音は下にいる鶏たちをまったく驚かせない。


日雇いの二人はヘルムの指示で水場と餌箱の周りへ散っていく。

こぼれた餌や水垢を丁寧に拭き取り、病気の温床を断っていく。


作業が軌道に乗った頃、ふらりと農園長が様子を見に現れた。

ヘルムを見つけると、声をかける。


「ヘルム、順調か?」


「はい園長。今日は日雇いも入れてますので

大丈夫ですよ」


「おお、そうか」

農園長はそう言って、鋭い視線で辺りを見回した。

そして、藁束を抱えて歩くゴリムを見つけると

つかつかと近づいていく。

「――!」


ゴリムが体を強張らせる。農園長はそんなゴリムの肩を

パンと叩いた。

「しっかりやれよ」


ゴリムは苦虫を潰したような顔になり

消え入りそうな声で答えた。

「……はい……」


農園長はそれだけ言うと

満足げにまた別の場所へと歩き去っていった。


夕暮れ前、すべての作業が完了した。


清潔な空気に満ち、新しい藁の香りがする鶏舎を見て

ヘルムが満足げに頷く。

「悪くない。これでしばらくは安心だ」


掃除が終わり、魔獣たちが整列して帰路につこうとした時だった。

ヘルムがオスロを呼び止めた。

「オスロ!」


ヘルムは足元に置いてあった麻袋をオスロに差し出した。

中には、今日の間引きで絞め

血抜きを済ませた鶏が数羽入っている。

まだ温かさが残るほどの新鮮な肉だ。


「サンさんに渡してくれ」

オスロは黙って受け取り、軽く頭を下げた。

掃除という地味な作業だが

それは鶏たちの命を守る重要な

園の食卓を支える仕事でもあった。

魔獣たちは心地よい疲労と

今夜の夕食への期待を胸に

整列して帰路につくのだった。


――――


魔獣園に着いた魔獣達は夕食にはまだ時間があるので

各々が休憩をとっている。


「サンさん、ヘルムさんからこれを預かって来ました。」

オスロが麻袋をサンに渡して言った。


「オスロありがとう、鶏だね。」


「はいそうです。……あっ、それと

野菜庫にごぼうを入れて置きました。

土には埋めてないので、今日使うのでしたら

取りに行ってくださいね。


「あぁ~、すまないねぇ。それならロルフに行かせよう。

オスロは休んでておくれ。夕食は楽しみにしてな!」


サンは近くにいたロルフを呼んだ。


「ロルフ、ごぼうを5本ほど取って来て

残りは埋めといておくれ。」


「はい、分かりました。」


ロルフが用事を済ませ食堂に戻ろうと歩き出した時

魔獣園に向かって来る一団が目に入る。


ロルフは少しの間、眺めていた。

一団が魔獣園の門まで近づいて来て

空気が違うことに気づく

いつもなら、帰還はざわめきと笑いが混じる。

だが今日は違う。


異変に気づきロルフはアレンに尋ねた。


「どうしたんだ!アレン。」


歩幅は揃わず、息は荒く、布には赤黒い染み。

担がれるニコは眠ったまま――呼吸だけが、かすかに続いていた。


ロルフは黒い根を強く握り、目を見開いて聞いた。


「……おい、何があった!?」


アレンが息を整えながら、途切れ途切れに状況を伝える。


「ボスベアだ……いきなり突進してきて……

丸太も効かなくて……フィンもクーモンも……。

それで……ニコが前に出て、みんなを守る為に……

戦って……倒したが……」


ニコが大怪我を負った。

その事実だけが重くのしかかる。


「わかった。」と言って


ロルフは建物に走って行った。


その時ゴリムはニコ達がそろそろ戻って来ないかと

外に出て来て、ロルフの姿にただならない雰囲気を

感じ慌てて門の前に来た。


ゴリムは担架に乗せられ横たわるニコを見て

「ニコー、ニコー」と泣きそうな声で呼びかけた。


ロルフは医務室に駆け込みベルモットに

状況を短く説明し門まで行くように

お願いした。


今度は食堂に駆け込みサンに

伝える。


園の中が一気に動き出す。

ゴリムに少し遅れてベルモットが現れた。


ベルモットはニコの顔を一目見て、すぐに理解した。

これは“傷”だけじゃない。


「……魂が摩耗している」


ベルモットの声は小さかった。

回復の知識はある。応急もできる。

だが――これは自分の領分ではない、と悟った。


その時、サンが駆けてきた。

エプロンの紐がほどけ、髪が乱れ、顔色が青い。


「ニコ……!」


サンが担架の横に膝をつき、額に手を当てる。

体温はある。脈もある。

でも――何かが、深いところで絡まっている。


ベルモットは一歩だけ近づき

誰にも聞こえない距離でサンの耳元へ囁いた。


「……頼む。私には治せない。

肉体は戻せても、今の彼は“魂”が混線している」


サンの瞳が揺れた。

一瞬だけ、逡巡が走る。けれどすぐに決意に変わる。


「……わかりました」


ただし、とサンは続けた。


「条件があります。ここじゃできません。

病室へ運んで。扉を閉めて、灯りも落として。人払いを」


ベルモットは頷いた。

そして声を張る。


「運ぶぞ。布と湯、清潔な寝床を用意してくれ。」


――――


病室。

扉が閉まる音が、外界を切り離した。


ニコは寝台に寝かされ


ベルモットはニコの体を診察して言った。

「体の傷の手当ては大丈夫そうだ

血は止まり、腫れも引き

顔色も少し戻ってきている。」


なのに――目が開かない。


眠りが深いのではない。

“戻れない”のだ。


サンは布を絞り、ニコの額を拭く。

呼吸は整っている。体は、確かに生きている。


けれど、サンの指先には分かる。

体の奥の、もっと奥。

そこに、濁った波が渦巻いている。


(……罪悪感。自己否定。混乱。これは普通のヒールじゃ触れない)


サンは深く息を吸い、窓の方を見た。

外には誰もいない。ベルモットが廊下に立ち、見張っている。


「……今だけ、許して」

サンは小さく呟く。

声は誰にも届かないほど低い。


サンは魔法は使わないと決めていた。


そして、両手をそっとニコの胸の上

――心臓の少し上へ重ねた。


「マインド・セレニティ」


音なかった。派手な光もない。

ただ、ニコの頭の先から光のリングが

足先に流れ空気が一段やわらかくなる。


まるで、荒れた水面に布をかけたように。

さざ波が静まり、輪郭が整い始める。


――ニコの内側で。


白い閃光。

ボスベアの倒れる音。

“殺した”という事実。

仲間を守ったはずなのに

自分の信念に背いた感覚が胸を裂く。


(僕は……守りたかったのに……)

(なのに、僕が奪った……)


その渦へ、静かな手が差し込まれる。

否定しない。責めない。

ただ、“混ざった糸”を一本ずつほどいていく。


――それは、魂の治癒だった。


サンの魔法は、罪を消さない。

現実をなかったことにもしない。

ただ、折れかけた心を“落ち着ける場所”へ戻す。


「……大丈夫。あなたは、ここにいる」


誰に言うでもなく、サンはそう囁いた。


ニコの眉間の皺が、少しずつほどける。

指先の震えが止まり、喉が小さく動いた。


深い呼吸が、ひとつ。


――そしてもうひとつ。


魂が、絡まったまま沈んでいた場所から

ゆっくり浮上してくる。


サンは力を抜き、手を離した。

顔色は少し疲れている。だが表情は揺れない。


扉の外で待っていたベルモットが、静かに入ってくる。

サンは目だけで「大丈夫」だと合図した。


「……落ち着きました。あとは眠らせてください」


ベルモットは短く頷いた。


「ありがとう。……君が居てくれて助かった」


サンは微笑まず、ただ淡く息を吐く。


「これは“魂の治療”です。誰にも言わないで下さい。」


「分かっている。園長には、私から伝える」


その時、寝台の上でニコの胸が、ゆっくり上下した。

まるで嵐が去った後の海のように、静かで、深い呼吸。


目はまだ閉じたまま。

けれど――もう“戻れない眠り”ではなかった。


サンは布団を整え、最後に小さく呟く。


「……おかえり、ニコ」


扉の外では、ゴリムの声が震えていた。


「……生きてるんだよな……ニコ……」


ベルモットは廊下へ出て、短く答える。


「ああ。今は眠らせろ。……それが一番の薬だ」


そしてサンは、何事もなかった顔で

静かに厨房へ戻っていく…….


第24話「魂のことわり」

お読みいただきありがとうございます。


今回は、前半は“地味だけど命を守る仕事”を

後半は“派手じゃないけど心を救う行為”を描きました。


養鶏場の掃除は、ただの片づけではなく

侵入を防ぎ、病を断ち、園の食卓を守るための戦いです。

ヘルムの言葉が少し厳しいのは

過去に「一度入った菌が全部を終わらせる」現場を知っているから

そういう“経験の重さ”を、空気として置きたかった。


そして後半。ニコの傷は、血や腫れだけでは説明がつかない。

守るために前に出たのに、守る行為が自分の信念をえぐってしまう

この矛盾が、魂を絡めて沈ませます。

サンの「マインド・セレニティ」は、罪を消す魔法ではありません。

現実を白紙にするものでもない。ただ、混線した糸をほどいて

“帰ってこれる場所”を作る。だからこそ、サンは人払いを求めた

便利な奇跡ではなく、覚悟と代償のある“治療”として置いています。


ゴリムの震える声、廊下のベルモットの短い返答

そして何事もなかった顔で厨房へ戻るサン。

派手な勝利より、日常へ戻るための静かな一歩の方が

時に重い――そんな回になったと思います。


次は、ニコが目を覚ました時に何が起きるのか。



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