冬寒の恩恵 第22話
フェルナ領の冬は厳しい
魔獣達の集まりもいつもより
遅れ気味だった。
アレンは魔獣達に声をかけていく。
「みんなに朝だ集合してくれー!」
「ニコ!」
「ニコー!」
「朝だ起きろ!」
ガルドとゴリムがいつものように
ニコを起こしている。
ニコは寝床から出られずにいたが
しょうがなさそうに起き上がって来た。
「おはよございます。」
ガルド、ゴリムと一緒に集合場所に
歩き始めた。
「おぉーやっと起きて来たか……」
アレンがほっとして呟く
「今日もいつものように二手に分かれてくれ。」
アレンの指示が飛ぶ。
指示を受けゆっくりと分かれ始めた。
整列が完了するとアレンが説明を始めた。
「今日はこちらはリム村の防御柵を築く
手伝いをしてもらう。」
クレイグとガルドの並ぶ方を指して言う。
「そちらはいつも通り農園で収穫作業に
あたってもらう。」
「リム村へは俺とクルツ先輩が引率する。よろしく頼む」
アレンは深々と頭を下げる。
「よろしく頼む。」
クルツも深々と頭を下げる。
二人とも困難な作業である事を感じとっていた。
「収穫班は今回もオスロに頼む」
「はい、分かりました」
オスロが短く答える。
アレンは続けた。
「指導は農園長にお願いしているから
しっかりやるようにしてくれ。」
「また……」
ゴリムが思わず、苦い顔をして声を漏らした。
一向は二手に分かれてゆっくりと歩き始めた。
オスロ達が到着すると
農園長ローデリックと農園職員が出迎えてくれた。
「園長遅くなってすみません。」
オスロが頭を下げて言うと
「おぉー構わん構わん、さぁ〜始めようか!」
「今日は寒ごぼうの収穫だ。」
ごぼうの収穫は冬の土との格闘だった。
夜の間に凍てついた畑の表面は、石のように硬い。
しかしその下で、ごぼうは一尺、二尺と深く
大地にその根を突き立てている。
作業にあたる者たちは
園長の指示に従って
白い息を吐きながら
まずはスコップでごぼうの脇の土を
深く掘り下げていく
土が動くたびに、冬の眠りから覚めたような
濃密な土の香りが立ち昇った。
「よし、いくぞ。せーの!」
園長の掛け声で
男たちが太い茎の付け根をしっかりと掴み
腰を入れて真上に引き抜く。
ズズッ、という地鳴りのような鈍い音とともに
真っ黒な土を纏った巨大な槍が地上へと姿を現した。
園長が嬉しそうに言う
「……長いな。今年も立派なもんだ」
抜き放たれたごぼうは、冬の寒さに耐えるために
その身に糖分をぎゅっと凝縮させている。
表面はゴツゴツと荒々しいがその内側には
驚くほどの甘みと香りが秘められていた。
収穫されたばかりのごぼうが次々と地面に並べられていく。
土にまみれたその姿は、華やかさとは無縁だが
厳しい冬を生き抜いた生命力に満ちていた。
――――
一方強い魔獣達は
到着して早々に村人達に混じり
仕事に取りかかった。
「クルツさんご迷惑おかけしますが
よろしくお願いします。」
ラルフが頭を下げて言った。
「アレンの故郷の為だから魔獣達も」
頑張ってくれますよ。」
「ありがとうございます。」
再び頭を下げた。
アレンが近づいて来て
ラルフに話し始めた。
「兄さん、午後の作業はクーモンもみんなの
護衛に連れていきたいんだけど
良いかなぁ~」
「あぁ~頼む、クーがいればそうそう
アルクトス・ベアも近づいては来れないだろう。」
アレンが現場に着くと。
村人たちは臨時市の熱狂が冷めやらぬうちに
村を囲む防御柵の強化に乗り出したいた。
「もっと深く掘れ!根元が甘ければ、
一ひねりでなぎ倒されるぞ」
指揮を執る者の鋭い声が、凍てつく空気の中に響く。
ベアの力は想像を絶する。
柵の材料となるのは
近隣の森から切り出されたばかりの逞しい丸太だ。
皮を剥ぎ、先端を鋭く尖らせたそれは
まるで巨大な杭の列のように村の境界に並べられていく。
地面を掘り返す作業は困難を極めた。
表層の土はカチカチに凍りついており
ガルドがツルハシを振るうたびに火花が散る。
ようやく掘り進めた穴に
魔獣二体が丸太を叩き込み
村人が周囲を大きな石と突き固めた土で
強固に固定していく。
「次は横木だ! 隙間を空けるな、
ベアの子供でも通り抜けられないようにしろ」
垂直に立てられた杭に、太い横木を幾重にも渡し
丈夫な麻縄と鉄の鋲で固定していく。
さらに、ベアの鋭い爪が掛からないよう
外側には滑り止めの泥を塗るか
あるいはわざと棘を残す細工が施された。
作業にあたる魔獣たちと村人の額からは
寒風の中でも湯気のような汗が立ち昇っている。
その視線は、時折、背後にそびえる深い山へと向けられた。
いつ雪の中から黒い影が現れてもおかしくない
その緊張感が、柵の一本一本に込められる
執念をより強いものにしていた。
ラルフの声が飛ぶ
「みなさんー!昼食にしましょう。」
「はぁーい…..」
さすがの魔獣達も疲れたのか昼食の
合図に元気なく返事をした。」
みんなが揃ったのを確認し
村の集会場に戻る。
――――
集会場の扉をラルフが開けると
冷え切った外気を押し返すような熱気と共に
独特の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
薪が爆ぜる燻煙の香りと
高温で熱せられた油の匂いが混じり合った
特別な香りだった。
ニコは懐かしい香りに
どことなく昔を思い出していた。
囲炉裏の広間には、爆ぜる薪の匂いと
期待に満ちた熱気が満ちていた。
鍋を預かるのは、ラルフの妻だった。
この村の冬を何度も越してきた彼女の手は
驚くほど無駄がない。
「みなさん、おかえりなさい。」
彼女はそう言って笑うと、火箸で熾火の配置を鮮やかに整えた。
薪を寄せ、あるいは灰を被せ
炭の放つ熱量を指先の感覚だけで測っていく。
五徳に据えられた鉄鍋の中で
油が静かに揺らぎ始めた。
彼女は手元で、冷えた水と粉をざっくりと合わせた
それは迷いのない「感覚」の調合だった。
「さあ、揚げるわよ。フィン、見てなさい。
これが冬のご馳走だよ」
フィンが目を輝かせて身を乗り出す。
ニコもフィンの横で見入っていた。
ニコは集会場に入ってから一言も発していない
言葉を失うほどの驚きと好奇心が彼の頭に
溢れていたからだ。
彼女が衣を落とすと
一拍置いてからシュワリと白い花が咲いた。
「今だわ」
下処理されたワカサギが、次々と油の海へ滑り込む。
『シュワァァァッ!』と、湿り気を帯びた激しい音が
囲炉裏の空間に響き渡った。
彼女は鍋の位置を微妙にずらし
熾火の最も熱い場所を避けて
じっくりと中まで火を通していく。
卵を抱えた腹を破裂させないための
村の女性たちが受け継いできた知恵だ。
やがて、音が高く、乾いたものに変わっていく。
彼女は最後の一瞬だけ、囲炉裏の端に避けていた
真っ赤な薪を一本足して火力を強めた。
「最後は強火で、油を切る。これがコツなんだ」
彼女は白金色の天ぷらを金網へと引き上げた。
パチパチと、衣の表面で微細な油が弾けている。
囲炉裏の煤けた香りと、揚げたての香ばしさ。
村長が満足そうに目を細めて頷き言った。
「さあ、みなさん、まずは何もつけずに食べてみて下さい。」
「うまい‼︎」
ニコの第一声が集会場全体に響く。
「これ子持ちじゃないか!」
ニコがさらに驚く。
アレンが言う。
「ニコどうだ、美味しいだろ!
これは冬の定番なんだ。」
「ほんと、カイトさんに感謝だよ。」
「これもカイトさんが?」
ニコは勘づいてはいたがアレンに聞いた。
「そうだ。」
村長は皆が食したのを確認し再び言った
「次は、この岩塩を少しだけつけて食べてみてください。
それと、この大根おろしも一緒に食してみて下さい」
差し出されたのは
行商団が南の地からはるばる運んできたであろう
混じりけのない結晶の塩だ。
そして、冬の寒さでたっぷりと蜜を蓄えた大根
しかもおろしたてのようだ、鼻にツンとくる匂いが強い。
ニコは熱い天ぷらを一つ手に取り
その白い腹に岩塩を数粒だけ乗せた。
そして、おもむろに口へ運ぶ。
――ガリッ。
強固な塩の結晶が砕け
その瞬間にワカサギの脂の甘みが爆発した。
塩気が、身の繊細さと卵の濃厚さを
暴力的なまでに際立たせる。
先ほどの「何もつけない」時よりも
ワカサギの輪郭がはっきりと脳裏に
浮かび上がるようだ。
ニコは唸った。
「……っ、味が、濃くなった……!」
ニコは興奮を抑えきれず、今度は
たっぷりの大根おろしを天ぷらに乗せた。
この世界に醤油はない。だが、大根おろしは
冬の土の力強い水分を湛えて勝るとも劣らない
味を示してくれる。
サクッとした衣と、瑞々しい大根おろしの共演。
揚げ物の重さを、大根の辛みと甘みが
一瞬でさらりとなぎ払っていく。
「これ、すごい……! お口の中がさっぱりして
またすぐに次のが食べたくなっちゃう」
アレンが言った。
「ニコに満足してもらえて嬉しいよ。」
「満足?」
「違うよアレンこれは満足では足りないです
まさに感動ですよ!」
ニコの笑顔がはじけた。
岩塩が旨味を尖らせ、大根おろしが後味を清める。
その無限のループに、魔獣達も
普段から食べて慣れている村人達も
魔法にかかったように箸を動かし続けた。
そこには完成された美食の世界があった。
囲炉裏の火が爆ぜる音と
大根おろしを噛み締めるシャリリという微かな音。
集会場の空気は、最高潮の幸福感で満たされていた。
あちこちから「うまい!」の声が上がり
昼食は大盛況でおわった。
第22話 あとがき
「冬寒の恩恵」をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、フェルナ領の“厳しい冬”がもたらす二つの顔を描きました。
ひとつは、凍てつく土と向き合う寒ごぼうの収穫。
石のように硬い地表を割り、深く根を張ったごぼうを引き抜く
あの「ズズッ」という音は、冬の畑と人の力比べそのものです。
寒さに耐えた分だけ糖を蓄え、甘みと香りが増す。厳しさが
そのまま“恵み”へ変わっていく季節だと感じてもらえたら嬉しいです。
もうひとつは、リム村の防御柵づくり。
雪と冷気の中、丸太を打ち込み、横木を渡し、縄で締める。
一本一本に「守る」という執念が込められていく様子を
村人と魔獣が同じ熱で動く形にしました。
そして昼食の場面では、冬のご馳走として
子持ちワカサギの天ぷらを登場させました。
囲炉裏の火、油の音、衣の香り。
そこに岩塩と大根おろしが加わることで
味が一段も二段も跳ね上がる――ニコの「感動」は
そのまま読者の皆さんと共有したい気持ちです。
“この世界に醤油はない”からこそ
素材と塩と大根おろしで完成する美味しさが際立つ。
冬の食卓の豊かさを、しっかり描けた回になったと思います。
次回、柵づくりは午後へ続きます。
冬の静けさの裏で、森は何を待っているのか……
引き続き、物語を楽しんでいただければ幸いです。
第22話 あとがき
「冬寒の恩恵」をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、フェルナ領の“厳しい冬”がもたらす二つの顔を描きました。
ひとつは、凍てつく土と向き合う寒ごぼうの収穫。
石のように硬い地表を割り、深く根を張ったごぼうを引き抜く
あの「ズズッ」という音は、冬の畑と人の力比べそのものです。
寒さに耐えた分だけ糖を蓄え、甘みと香りが増す。厳しさが
そのまま“恵み”へ変わっていく季節だと感じてもらえたら嬉しいです。
もうひとつは、リム村の防御柵づくり。
雪と冷気の中、丸太を打ち込み、横木を渡し、縄で締める。
一本一本に「守る」という執念が込められていく様子を
村人と魔獣が同じ熱で動く形にしました。
そして昼食の場面では、冬のご馳走として
子持ちワカサギの天ぷらを登場させました。
囲炉裏の火、油の音、衣の香り。
そこに岩塩と大根おろしが加わることで
味が一段も二段も跳ね上がる――ニコの「感動」は
そのまま読者の皆さんと共有したい気持ちです。
“この世界に醤油はない”からこそ
素材と塩と大根おろしで完成する美味しさが際立つ。
冬の食卓の豊かさを、しっかり描けた回になったと思います。
次回、柵づくりは午後へ続きます。
冬の静けさの裏で、森は何を待っているのか……
引き続き、物語を楽しんでいただければ幸いです。




