村長の決断 カイの思い 第20話
食事も終わりに近づき
村長が切り出す。
「そろそろ良いかな?」
クルツが返事をする。
「はい大丈夫です。」
「私は今回の件で、開拓地を増やすのは
“ここまで”で終わりにしたいと思う。」
続けて言う。
「これ以上森に踏み込めば魔獣の
すみかを壊してしまう」
建物に沈黙が走る
「カイさんが教えてくれた事に
従って魔獣と共存する事を選びたい。」
クルツが同意する。
「私も同じ意見です。」
静まり返った建物の中で
ニコはおにぎりの余韻を口の端に残したまま
場の空気が一段重くなったのを感じ取っていた。
――さっきまで、笑っていたのに。
村長ハロルド・リムウェルは、机に置いた手をゆっくりと握り直す。
視線は一点、窓の外――森の方向に向けられている。
「……反対意見がある者は、言ってくれて構わない」
言葉は穏やかだが、決意だけは揺れない。
その声に応えるように
部屋の端にいた数人の大人が小さく身じろぎした。
年配の男が、咳払いをして口を開く。
「村長……わかる。わかるが……畑が足りんのだ。
子どもも増えた。冬を越すなら備えが要る」
「備えは、森を削ることだけじゃない」
村長は即答した。
そして、そこで一瞬だけ言葉を止める。
「……私は今まで、森を敵だと思っていた。
開拓とは、切り拓いて勝ち取るものだと。だが――」
ハロルドはちらりとアレンへ視線を投げ
続けてニコの方も見る。
ニコは視線が合うのが怖くて
思わずおにぎりを持つ手に力が入った。
「カイさんが教えてくれた。森は奪い合いじゃなく
折り合いを付ける相手だと」
「理想論だ」
先ほどの男が低く言った。
男は続けて言う
「魔獣が出れば人は死が。畑を広げねば腹が減る
腹が減れば、別の意味で人が死ぬ」
空気がぴり、と尖る。
そのとき、クルツが一歩前へ出た。
いつもは控えめな彼が、珍しく声に芯を通す。
「理想論だけなら、ここまで言いません。
村長が言いたいのは“終わりにする”ではなく、“やり方を変える”と
考えておられると思います。
クルツは机の上の簡単な地図――木炭で描かれた線を指でなぞる。
「今まで森側に伸ばしてきた開拓線を、ここで下げる。
今日開拓した所は放棄する、その代わりに
既存の畑の収穫量を上げる努力をしよう。」
「収穫量だぁ?」
男が鼻で笑う。
「肥料も畜力も足りん。
鍬で掘って、手で撒いて、祈るしかないのが現実だ」
アレンが発言する
「祈る以外の手段はあります」
クルツの視線が、アレンへ向いた。
アレンは肩をすくめる。
軽い仕草なのに、その目だけは真面目だった。
「……俺が言うのも変だけどさ。
フェルナ園の方で“土を休ませる”方法とか
作物の回し方とか、いろいろやってる」
「園のやり方が村で通じるとは限らん」
「限らない。だから、試してみませんか。」
アレンは机の上のパン――フィンがさっき
「美味しい」と言っていたそれ――を軽く持ち上げて示す。
「これもさ、前は村じゃ焼けなかっただろ?
けど今は焼ける。小麦の扱い方が増えたからだ」
「カイさんが教えてくれた物はこの村の宝だと思う
この宝はお米にもお金にも変わる。」
「変わる?」
「行商です。」
「昔とは違う今は贅沢をしなければ
生きていけるだけの食糧はあると思う。」
そこで、村長が頷く。
「そうだな、カイさんこうも言った。」
『増やすより、整えろ』と言った」
「整える……」
誰かが小さく復唱した。
ニコは胸の奥で、その言葉が何かに触れるのを感じる。
日本で聞いたことがある。
増やすより、無駄を減らす。量より、質。
ただ――この世界で、その“質”を上げる事が出来るのか?
いや出来てるじゃないか。
このおにぎりだ!
村長は椅子から立ち上がり、全員を見回す。
「私は森へこれ以上踏み込まない。
森の境界を“ここまで”と決める。
理由はひとつだ」
男が言う
「……魔獣か」
「そうだ」
村長ははっきりと答えた。
「踏み込めば踏み込むほど、魔獣の巣が近くなる。
巣を壊せば、追い出された魔獣はどこへ来る?」
「村へ……」
「そうだ。結果として、村が危険になる」
「私は森に入るなとは言わない
私達が森の物を取り尽くしてはダメだ
森の魔獣が生きていく為に必要な分
に手をつけてはダメなんだ。」
沈黙の中で、ニコの指先が少し震えた。
――魔獣の側の痛みを、ここにいる誰も実感としては知らない。
でも、村長は“想像”している。
想像できる人は、強い。
村長は息を吸い、言葉を選ぶようにして続けた。
人々の顔に、戸惑いと、わずかな納得が混じる。
クルツが、最後に一言を添える。
「そこで、森に入るときのルールを作ろう。
勝手に奥へ行かない。見張りを置く。
万が一魔獣が出たときの
連絡を方法を確保する。」
“仕組み”の話になると、反対の声は少し弱くなった。
恐れは、形が見えると小さくなる。
ニコは思わず、アレンの方を見る。
アレンは、ニコの視線に気づいて
ほんの少しだけ口角を上げた。
(……カイさんの影響、でかいな)
ニコは心の中でつぶやく。
そして、ふと気づく。
――自分も、その輪の中にいる。
おにぎりひとつで、ここまで気持ちが揺れるとは思わなかった。
“米”は味だけじゃない。
自分がここにいる理由を、否応なく思い出させる。
村長が、ゆっくりと議題を締める。
「反対があるなら、今夜までに言ってくれ。
準備が出来次第境界に対魔獣用の柵を作る。」
一人の男が尋ねる
「柵他だけで大丈夫ですか?」
違う男が提案する。
「昔みたいに穴を掘って見てはどうですか?」
アレンが叫ぶ
「ダメだ!」
「それは魔獣を殺す事になる。」
しばらく集会所は音を失った。
村長の言葉が音戻す
「クルツさん準備を頼んでも良いか?」
「承知しました。」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
クルツに頭を下げる。
「アレン、園の人間にも伝えてくれ。協力が必要になる」
「承知しました。」
そして、村長は最後に、ニコへ目を向けた。
「ニコさん……お君は、どう思う?」
突然、心臓が跳ねた。
(え、私!?)
喉におにぎりの名残が詰まる。
けれど、逃げるわけにはいかない。
ニコは恐る恐る、言葉にする。
「……森の奥には、きっと、
魔獣達の帰る場所があると思います。」
言葉は震えた。
でも、嘘は言っていない。
「それを壊したら……追い出された魔獣達は
――生きる為の行動をするだけです
そうしなければ死がまっているからです。」
部屋の中に、静かな波が広がる。
「だから……村長さんの言う“ここまで”は……
いいと思います」
「……そうか」
村長は深く頷いた。
「よし。決めよう。森と共存する。――この村の方針だ」
その宣言に、誰かが小さく息を吐き
誰かが頷き、誰かがまだ不満そうに眉をひそめた。
でも、流れは決まった。
会議が終わり、人々が立ち上がり始める。
床が鳴る。
ニコはその音の中で、ふとアレンの持っていたおにぎりを思い出した。
いくら――あれは、絶対また食べたい。
だけど今は、それよりも。
(……この村、変わるかもしれない)
外に出ると、冷たい風が頬を撫でた。
森は相変わらず静かで、心地よい気がした。
「ニコ〜」
アレンが追いかけて来た。
「…….」
「昨日言ったお願いの事なんだが
ちょっとついて来てくれないか。」
「はい。」
簡単な檻?のような建物に案内された。
「ここだ。」
アレンは扉を開けて中に入った。
扉の中を除きこんだニコは
固まって動けないでいた。
「ニコ!ニコ!」
アレンの声で意識がもっどてくる
ニコはジリジリと後退りする。
それを見たアレンが触りながら言う。
「ニコこいつは大丈夫だ。
俺の友達だ。」と言って抱きつく。
少し落ち着いたニコはそれを
見て呟く。
「なんて大きなアルクトス・ベアなんだ!」
「こいつは俺が子供の頃
村と森の境目にあった堀に落ちた
アルクトス・ベアの子供なんだ
こいつの母親だと思う
杭に刺さって死んだんだ……」
「死んだ?」
「あぁ〜俺たちが殺したんだ……」
「………..」
「その時こいつは堀に飛び込もうとしてたから
俺が引き戻したんだ。」
「みんなに反対されたが俺が説得して
ここまで育てたんだ。」
「今ではこいつがこの村の守り神だ!」
「こいつに何度もこの村を救ってもらったんだ。」
嬉しいそうに語るアレン。
「お願いってベア?」
「そうだ、願いって言うのはこいつのことなんだ。」
「ニコに名前をつけて欲しいんだ。」
「名前ってもうあるんじゃないんですか?」
「あぁ〜あるよ、それでもニコに名前を
つけて欲しいんだ……」
「なんでなの?」
「俺が…….俺がこいつと話がしたいからなんだ。」
「俺はこいつに謝りたいんだ……」
悲しそうに言うアレン
「わかったつけるよ。
今の名前はなんて言いうの?」
「名前はクーだ!いつも俺の後ろを
クークー言いながらついて来てたんだ。」
「クーですか…..」
しばらく考え込むニコ……
ハッと思いたったように言う。
「じゃあ〜『クーモン』って
どうですか?」
「クーモン、クーモン」
「おおー!」
「いいかお前は今日からクーモンだ。」
アルクトス・ベアに満面の笑みで
話しかけるアレン。
ニコも嬉しいそうに思いに馳せる
なんだか聞いたことありそうな
名前だけどわからないだろうし
喜んでくれてるから良いか……
第20話、ご覧いただきありがとうございます!
今回は、村の未来を決める重要な会議
そしてアレンの秘密が明かされる回となりました。
村長と村の変化
これまでは「森=敵」「開拓=戦い」だった村の意識が
カイの知識と村長の決断によって少しずつ変わり始めました。
「増やすより整える」「量より質」。
現代日本を知るニコだからこそ共感できる感覚ですが
それがファンタジー世界の食糧事情と噛み合った瞬間は
書いていて楽しかったです。
アレンの秘密と過去
いつも明るいアレンが、なぜあれほど強く「穴(罠)」に反対したのか。
その理由が、守り神であるアルクトス・ベア(クー)の悲しい過去にありました。
敵対する種族の子を育てるというのは相当な覚悟がいったはずですが
アレンの優しさがよく見えたシーンでしたね。
衝撃のネーミング「クーモン」
そしてラスト!
ニコさん、その名前は……!(笑)
日本人なら誰もが「学習塾かな?」
「熊本のあの有名なクマかな?」
と一瞬頭をよぎる名前ですが
異世界のアレンには新鮮に響いたようで何よりです。
「名前をつけてほしい」=「話がしたい」というアレンの願い。
名前を得たことで、クーモンにどのような変化が起きるのか
これからの展開にもご注目ください。
次回、クーモンを含めた村の新しい生活
そしてニコの冒険はどうなっていくのか。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。




