リム村とお弁当 第19話
昨日の夕食時。
アレンから、明日の仕事についてみんなへ説明があった。
「みんな〜。食べながらでいいから、ちょっと聞いてくれ」
「はい?」
ニコは返事をして、姿勢を正す。
アレンは木の匙を置き、周囲を見回した。
「明日は――リム村の開拓作業と
近くの採掘場の調査に行くことになった」
食卓の空気が一瞬、止まる。
「俺たちが行かなくなってから
あっちで魔獣がちょこちょこ
現れるようになったらしい。
作業中は油断するな。
見張りを立てて、単独行動はなしだ」
ざわ……と、魔獣たちが小さくざわめいた。
皿を置く音が、いつもより硬く響く。
アレンは続ける。
「人選はいつも通り、力のある者に頼む。」
そして、少し表情を引き締めて言った。
「明日は、俺とクルツ先輩が引率する。よろしく頼む」
アレンは軽く頭を下げる。
クルツも無言で頷いた。
「……収穫班は、オスロに頼む」
「はい、分かりました」
オスロが短く答える。
アレンは続けた。
「指導は農園長に頼んだから、しっかりやるようにしてくれ」
「えっ……」
ゴリムが思わず、苦い顔をして声を漏らした。
ニコはそれに気づき、無言でゴリムを見る。
視線に気づいたゴリムが、気まずそうに言う。
「俺、あの爺さん苦手なんだ……」
ゴリムは以前、農園長に捕まって以来、どうにも怖いらしい。
思い出しただけで肩がこわばっている。
その後、アレンの視線がまっすぐニコに向く。
「……ニコ」
「はっ、はい!」
ニコは料理に気を取られていて
呼ばれるまでその視線に気づかなかった。
慌てて背筋を伸ばし、返事をする。
「ニコには、通訳と……それとは別に、俺のお願いも聞いてほしい」
「はい、分かりました。お願いって何ですか?」
「うっ……うーん。悪いけど、それは――明日、着いてからにする……」
ニコは首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。
――――
翌朝。
一行は荷車に荷物を積み込み、出発の準備をしていた。
すると、アレンが大きな木箱を抱えてやって来る。
「アレンさん、それ何ですか?」
ニコが気になって聞いた。
アレンは自慢げに答える。
「これかぁ〜? これはな――弁当だ!!」
「お・べ・ん・とー?」
アレンは、ニコが分からないと思って説明を始めた。
「この包みの中に、サンさんが作ってくれた
サンドウィッチが入ってるんだ」
ニコは黙って、箱をじっと見つめる。
アレンはさらに続けようとした。
「サンドウィッチはなぁ〜――」
だが、その言葉をニコが遮った。
「それ、いいです」
「えっ……」
その時、別の職員が声をかけた。
「アレン!準備できたようだぞ。」
「あっあ、はい……」
アレンは一度咳払いして、皆に向けて声を張る。
「みんな、いいか! 出発するぞ!」
そしてクルツに軽く頭を下げた。
「先輩、後ろお願いします」
「おー、了解だ」
一行はリム村へ向けて歩き始めた。
荷車を引いて最後尾についたのは
クレイグだった。
途中、ガルドが口を開く。
「グレイグ、代わろうか?」
「おー、頼む」
ガルドが荷車の綱を受け取り、代わりに引き始めた。
グレイグは肩を回し、固まった筋肉をほぐす。
しばらくして、一行はリム村に到着した。
「おーい、アレン! よく来たなぁ〜!」
「……あっ、兄さん。お久しぶりです」
「元気そうだな」
ニコは不思議そうにアレンを見ていた。
その視線に気づいたアレンが、小声で言う。
「さっきのは、俺の兄さんなんだ」
「そうなんですか」
「俺、ここの出身なんだよ」
ニコが納得したように小さく頷く。
アレンは皆に向き直った。
「ちょっと親父に挨拶してくる。
だから――クルツ先輩の指示に従ってくれ」
そしてクルツの方へ歩み寄り、頭を下げる。
「先輩、村長に挨拶してきます。後よろしくお願いします」
「おお、分かった。任せとけ」
その直後、クルツの声が村に響いた。
「みんな、整列してくれ!」
ラルフも村人を整列させて
整列を確認した二人は開拓地へと出発した。
しばらく歩くと
ラルフとクルツは村の外れ、
開拓地へ続く獣道の入口に立った。
朝靄の中、まだ整っていない道が
草と泥に飲まれている。
「ここから先が、今いちばん手を入れたい場所です」
ラルフが奥を指差しながら、クルツに言う。
村育ちの足取りは迷いがない。
地面の硬さや、水の溜まりやすい窪みまで
一目で分かっているようだった。
クルツは周囲を見回し、声を張った。
「まず準備だ。刃物と綱、杭、鍬。
持ってきたものをここで分ける」
魔獣達が集まり、道具を手にする。
村人たちも道具を地面に降ろす。
木槌が鳴り、縄が擦れ、鉄の刃がきらりと光った。
「作業は三班に分ける。
一班、伐採。
二班、根の掘り起こし。
三班、整地と排水溝。
水の逃げ道を作る」
クルツの指示は短く、迷いがない。
ラルフが続けてクルツに言う。
「森は見た目よりも近いので、油断すると突然魔獣が
現れるかもしれない。見張りをお願いしたい」
「クレイグ、ガルド、こっちに来てくれ!」
クルツが呼び寄せる。
「二人は森の近くで作業してくれ。
見張りは危険だ。お前達にしか頼めない。
悪いが、よろしく頼む」
頭を下げて言う。
魔獣のひとりが喉を鳴らした。
「……魔獣、ほんとに出るんですか」
「“出るかもしれない”から見張るんだ」
クルツが淡々と言い切る。
その声の低さに、魔獣たちは背筋を伸ばした。
双方の準備が整った時、
アレンの声がした。
「兄さん、お待たせしました」
「いや、これからだ。持ち場につきなさい。
クルツさんに迷惑かけないようにな」
「はい!」
ラルフが先頭に立ち、
開拓地へ踏み込んだ。
草は腰の高さまで伸び、足を取る。
踏むたびに湿った音がして、
土の匂いが濃い。
「まず、ここを通れるようにする」
ラルフが斧を受け取り、村人に指示する。
低い枝を払い落とす。
ばさり、と葉が落ち、
光が一本差し込んだ。
「先輩、お待たせして申し訳ありません」
「おお〜来たか。
大丈夫だ。これから始める所だ」
クルツは伐採班に指示し、
伐採が開始された。
太い木に取りつき、斧の音が森に響き始める。
コン、コン、コン――乾いた音が一定のリズムを刻む。
倒れる瞬間は、誰かが「引け!」と叫び、綱が一斉に張った。
木がきしみ、呻くような音を立てて、ゆっくりと倒れる。
「よし、次だ。切り株は残すな。根が残ると
畑にできない」
クルツが鍬を持つ者へ視線を送ると、
掘り起こし班が一斉に土へ刃を入れた。
根は思った以上にしぶとく、
泥と絡まって簡単には抜けない。
汗が額を伝い、息が荒くなる。
それでも、魔獣たちは手を止めなかった。
ラルフが魔獣達に声をかける。
「ここが畑になって、
来年の冬に“食える”土地にしたい。
よろしく頼みます」
整地班は、倒れた木を短く切り分けて運び、
杭を打ち、通り道の幅を決めた。
クルツは足元にしゃがみこみ、
指で土をすくって確かめる。
「水が溜まる。ここに溝を一本通せ」
言われた通りに溝を掘ると、湿った土の下から冷たい水がじわりと滲んできた。
その流れが溝へ落ち、ゆっくりと逃げていく。
作業が進むにつれ、森の輪郭が少しずつ後退していく。
草は刈られ、木は倒れ、土が顔を出す。
“人が手を入れた場所”の匂いが
確かに生まれ始めていた。
クルツが最後に、見張り役へ低く告げる。
「ガルド、クレイグ!周囲の音を聞き逃すなよ!鳥が黙ったら合図だ。
何か来る。その時は速やかに大声で
撤収の合図してくれ。」
「はい!」
ラルフは道の先――開け始めた土地を見て、短く頷いた。
「……いいな。これなら、村は広がる」
その時だった
大声が現場に轟く
『撤収だぁ~!』––地鳴りのような
咆哮が耳を突き刺すように
響き渡った。
「クルツさん、アルクトス・ベアの親子です。
茂みからこっちを見ています」
クレイグが言う。
「親子は危険です」
ガルドが続けて言う。
クルツが全体に指示を出す。
「整列しろ!」
村人、魔獣、
両方が整列したら
クルツの指示が飛ぶ。
「前後確認しろ。ちゃんと揃ってるか?」
村人、魔獣がキョロキョロ周りを見回し、言う。
「大丈夫です!」
「大丈夫です!」
「よし!撤収する。慌てるなよ!」
無事村に到着た。
「クルツさんありがとうございます。」
ラルフが頭を下げて言う。
「みんなが無事でよかった。」
クルツが緊張から解き放たれた顔で
ぼそりと言った。
「みなさん昼食にしましょう。」
アレンが言って魔獣を
村の集会所に案内する。
集会所の扉を開けると
村長ハロルド・リムウェルが待っていた。
作業で汚れた靴、汗の匂い、肩で息をする者
――その顔を見て、村長は労いの声をかける。
「……無事で何よりだ。どうぞ中へ。冷えるでしょう。」
村の中心にある木造の建物に入ると
まだ新しい板壁。柱は太いが荒削りで
所々に樹皮の名残がある。
入口には簡素な看板が掛かっていた。
――集会所(兼・客舎)。
中に入ると薪の匂いと
湯気が鼻をくすぐった。
中央の炉には鉄鍋が掛かり
ふつふつと静かな音を立てている。
外の冷たい空気を忘れさせる
熱が満ちていた。
「弁当は……持ち帰りになったと聞いた」
村長が言うと、村の者たちが頷き合い
手早く椀を並べ始める。
木の卓に、粗末だが清潔な器がずらりと置かれる。
陶器はまだ数が足りず、木椀も混じっている。
それでも、手に取れば温もりが伝わってくる
村長が鍋の蓋を持ち上げた瞬間
湯気がふわりと広がった。
川魚の脂の匂い。骨から出た旨味
刻んだ野菜の甘さ。
湯気の向こうで、白くほぐれた身が
揺れている。
「レイクトラウト汁だ。
今日は、これで身体を温めてください。」
お玉で掬われた汁が、椀へ注がれる。
澄んだ琥珀色の出汁に
脂が細かく光を散らし、湯気の中で揺らめいた。
大ぶりの身は崩れすぎず、骨際の旨味が残っている。
葱の代わりの香草、根菜
少しだけ刻んだ野菜が浮かび
素朴なのに力のある香りがした。
「ほら、手を出して」
村の者が声をかけ
列に沿って次々と椀が渡されていく。
クルツは黙って椀を受け取り
湯気に指先をかざしてから一口すする。
熱と一緒に、鱒の出汁が喉を通っていく。
肩の力がわずかに落ちた。
ラルフは村人に礼を言いながら、
同じように椀を受け取る。
村人たちも、いつもの食事より少し丁寧な顔で客を見ていた。
“助けてもらった側”が、“迎える側”になろうとしている表情だ。
ニコの前にも椀が差し出される。
湯気が頬に触れ、ふっと目が細くなる。
鱒の身を箸で少し崩すと、白い繊維がほどけ
脂が出汁に溶けて香りが強まった。
外では風が鳴っているのに、室内は火と湯気で柔らかい。
器が触れ合う小さな音。息が落ち着いていく気配。
誰かが「生き返るな」と呟き、別の誰かが短く笑った。
村長ハロルドは
皆の椀が行き渡ったのを見届けてから
ようやく自分の分を手に取った。
「……今日は、ご苦労様でした。
食べて、温まってください、話はその後にしましょう。」
湯気の立つ鱒汁を囲んで
撤収の緊張が少しずつほどけていく。
フィンはニコが気になるのか
ニコの方を不思議そうに見ていた。
そしてニコのそばにいるアレンへ
無邪気に話しかける。
「アレンにいちゃん! その食べ物、僕の弁当と交換してよ〜」
ニコがアレンを見る。
アレンも気づいたのか、ニコに言った。
「今のは兄さんの子どもだ。名前はフィン」
フィンはにやっと笑って、胸を張る。
「フィン、いいぞ! 交換してやるよ!」
嬉しそうに、自分の弁当を抱えて持って来る。
アレンと交換すると、今度はニコの方へ向き直り
手に持っていたものを差し出した。
「お兄さんにも、これあげるよ」
ニコは受け取り、じっと見つめる。
するとアレンが声をかけた。
「ニコ、それはおにぎりだぞ。
美味いから、もらっとけ」
「おにぎり……?」
アレンはフィンに聞く。
「フィン、これ中身は何だ?」
「トラウトだよ」
「トラウト……?」
――鱒のおにぎりか、これ。
ニコはようやく理解した。
ニコは恐る恐るおにぎりを食べ始める。
「本物のお米だ!」
しかも美味しいご飯。
「美味しいだろ。」
「美味しいです。」
と言って二口目を口にする
すると舌が中の具材に到達する
鮭だ!まさに鮭のおにぎり。
しかもこれ燻製では……
「アレンさんこの中のトラウトは
燻製ですか?」
「そうだよ。おにぎりも燻製も
カイさんに教えてもらったんだ
ここの弁当はいつもおにぎり
なんだよ。」
やっぱり。
ニコは納得しておにぎりを食べる。
「アレンにいちゃんこのパン美味しいよ!」
アレンが答える
「一つはローストベアだと思うぞ
もう一つは黄色いから多分たまごだな。」
久しぶりのおにぎり満足したが
アレンのおにぎりが気になって
仕方ないニコは威をっけして
アレンにお願いする。
「アレンそのおにぎりの具材は
一種類だけですか?二種類だな
さっき食べたのはトラウトの卵の
塩漬けだったぞ。」
「トラウトの卵の塩漬け?」
「欲しいのかニコ?もう一個あるから
やるよ、食べてみな。」
「ありがとうアレンさん。」
今度は大きな一口でかぶりつくニコ
一口目で中身に到達、下で食感を楽しみ
ごくりと飲み込む。
いくらのおにぎりだ!
黙って小さくガッツポーズをするニコ。
第19話「リム村とお弁当」をお読みいただき
ありがとうございました。
今回は“開拓”と“食”の回です。
土を起こし、木を倒し、溝を掘る。
地味で体力のいる作業ですが
あの一つ一つが「村が広がる」という未来に直結している
そんな現場の手触りを書きたくて、ラルフとクルツの指示
村人と魔獣が同じ列に並ぶ光景を丁寧に描きました。
そして後半は、温かい汁物と弁当。
撤収して冷えた身体に、村長ハロルドが出してくれた
レイクトラウト汁。
開拓の地ので作った素朴な一杯が
緊張をほどいていく時間が好きです。
火と湯気があるだけで、人はちゃんと人に戻れる。
そんな感覚を入れました。
フィンの登場は、この話の小さな灯りです。
無邪気な「交換してよ〜」が
張り詰めた空気を一瞬で柔らかくする。
そこで出てくる“おにぎり”は
ニコにとってただの食べ物ではなく
地球の記憶そのものです。
本物の米、燻製トラウト、そして卵の塩漬け
懐かしさと驚きが同時に押し寄せるあの瞬間が
ニコの心を少しだけ救ってくれるように思います。
また、カイという存在が「技術」と「記憶」を
この世界へ橋渡ししていることも
さりげなく輪郭が見えてきました。
おにぎりと燻製――たったそれだけの話なのに
世界がつながっている実感が出る。
そういう“小さな確証”を積み重ねていけたらと思っています。
次回は、アレンの「お願い」が明かされます。




