農園長ローデリック 第18話
「今は植える時期ではない。
だが仕事はまだまだあるぞ。気を引き締めていけ!」
農園長の檄が飛ぶ。
「今日の春に向けての仕込みは、種イモの芽出しと天地返しだ」
「はい、園長。木箱の用意はできています。
すぐ作業に取りかかれます」
ミナが言う。
セリオも種イモを運びながら続けた。
「園長、種イモも準備できてます」
「よし。じゃあ始めるぞ」
園長の合図で、全員が動き出した。
木箱に種イモを並べさせる。
「芽のある側を上に。重ねるな、ぶつけるな。間隔を空けて並べろ」
ローデリックは箱を指で叩き、続ける。
「置き場所は、少し光が入って風の通る所だ。
白くひょろい芽はダメだ。短く太い芽を出せ」
「はい、わかりました!」
若い作業員が元気よく返事をする。
次に堆肥の山へ移った。
鍬で外側を崩し、中と入れ替える。
ローデリックが指示をする。
「外は冷え、中は熱い。偏ると腐る。返して“均す”んだ」
「セリオを記録はしっかり取らせろ!
来年同じ失敗をせん為に必要だからな。」
「はい、わかりました。」
セリオは返事をしすぐに若い作業員へ指示を飛ばす。
「二人は外側を内へ。二人は内側を外へ!」
「ミナは温度と匂いの変化を記録してくれ。」
「はい」
ローデリックは最後に、畝の前で土を見下ろしながら言葉を落とす。
「天地返しは、春に向けて土を“呼吸”させるための作業だ。
上下をひっくり返すだけでいい。砕きすぎるな」
鍬が霜の土を起こし、黒い土が顔を出す。
「冬に凍って割れる。それが春の根の道になる。
――覚えておけ」
「はい!」
――――
ちょうどその頃、アレンたち収穫班が通りかかる。
「ローデリック園長ー!」
アレンが呼びかけ、小走りで近づいた。
「おぉ、アレンか。何か用か」
「園長、シナモンをもらって来いってサンさんに頼まれました」
「あぁ。なら付いて来い。シナモンのハウスだ」
少し歩くと、奥だけ屋根が黒いハウスに着いた。
「ここだ。乾燥室は奥だ」
扉の向こうへ入ると、アレンが言う。
「あっ、屋根が黒い。ここが乾燥室なんですね」
「温度を上げすぎると香りが飛ぶ。光を落としてる」
パキッ。
乾いた音にアレンが肩を跳ねた。
ローデリックが樹皮を折ると、香りがふわりと立つ。
「驚かせて悪かったな。乾き具合は折るのが確実だ」
ローデリックは鼻先で香りを確かめ、頷く。
「……よし。香りもいい。合格だ」
「いい香りですねぇ……」
奥にもう一枚、扉があるのに気づき、アレンが聞いた。
「園長、この奥は何があるんですか?」
「あぁ〜、その奥か。あそこはフルーツを乾燥させるとこだ」
「フルーツの乾燥ですか……」
「そうだ。ドライフルーツだな」
アレンは「ふーん……」と頷いて見せる。
「園長! それじゃあ、もらっていきますね。ありがとうございました」
「おぉ〜」
――――
「オスロ、任せて悪かったなぁ〜」
「大丈夫ですよ」
嬉しそうに答えるオスロ。任されたのがよほど嬉しいらしい。
「それで、大根の収穫はどうだ?」
「昨日少し雨が降ったので、抜きやすかったですよ。
アレンさんが言った通り、今日で正解でしたね」
「だろ〜」
嬉しそうに返すアレン。
収穫した大根を見て、アレンが言う。
「しっぽも折れてないし
葉もいい感じに落としてくれたんだなぁ〜」
「はい! 大根は傷つくと傷みやすいんで
注意して作業してもらいました」
オスロが自慢げに言う。
「葉っぱも食べられるので、取ってありますよ」
「おぉっ、気が利くな」
感心するアレン。
「じゃあ、帰ろうか!」
「はい!」
「みんな、帰る準備お願いしまーす」
「はぁ〜い!」
――――
魔獣園に着くと、アレンは早足で食堂へ向かった。
「サンさん、シナモンもらって来ました」
「アレン、ありがとうね」
アレンは続けて尋ねる。
「それで、大根はどうしましょうか?」
「十本ほどもらえるかい?」
「わかりました。あとはいつものように
野菜庫の土に埋めておいてちょうだい」
「はい」
後からぞろぞろ、腹を空かせた面々が食堂に集まって来る。
「あぁ〜、お腹すいたぁ〜」
ゴリムが言う。
「俺もだ……」
ガルドも腹に手を当てて同意した。
みんな席につき、食べ始める。
アレンが食べながらニコに言った。
「最近の鍋はほんと美味しいなぁ〜」
「アレンさんにもわかりますか?」
ニコが意地悪そうに返す。
「な、なんだよ……俺は味に敏感な男だぞ!」
「そうですね……」
アレン
「…………」
サンの声が厨房に響く。
「みんな、今日はデザート付きだから
食べ終わったら席で待っていてちょうだい」
「ワァ〜イ!」
大歓声が上がった。
食器を返し、席につき始めると――
ワゴンを押してマレナが現れた。
その瞬間、食堂に香りが流れ込み
シナモンの香りと、焼けたりんごの香りがふわりと広がった。
最初に鼻をくすぐるのはシナモンだ。
温かく、少しだけ刺激があって、ふっと緩む匂い。
その後を追いかけるように、りんごの香りが来る。
酸味を含んだ甘さ――蜜が煮詰まったような香りが
鼻の奥に残っる。
「おぉぉ〜!」
ひときわ大きな歓声が上がる。
マレナが順番に配るたび、皿が一枚増えるたび
香りが積み重なっていく。
焼き上げた生地の香ばしさ、溶けたりんごの甘い蒸気
そしてシナモンの誘惑。
食堂そのものが、ゆっくりと“お菓子の国“
に塗り替えられていくのが分かった。
ニコも例外ではなかった。
「アップルパイだぁぁ〜!」
ひときわ大きな声で叫んだのは、ニコだった。
その様子に、アレンも思わず口元をゆるめる。
自分の番を待ちながら、何度も鼻で香りを掴みに行く。
やがて皿が運ばれ、目の前に置かれる。
焼き色のついたパイ生地は、端が少し立ち上がり、
表面はつやつやとあざやかに光っている。
割れ目の隙間から、とろりとしたりんごが覗き
シナモンと主役を争っているかのように見えたが……
ニコが言う
「この組み合わせは完璧な
コラボレーションだ!」
「……熱いぞ」
アレンが言うより早く、ニコは身を乗り出した。
フォークが生地に触れる。
サクッ。
軽い音がして、層になったパイがほどける。
中から、甘酸っぱい香りが一段濃くなって立ち上がった。
「うわ……」
ニコは一口分をすくい、ふーふーと息を吹きかける。
それでも湯気は消えない。舌先に触れる熱が
すでに“できたて”を語っている。
――ぱくり。
最初に来るのは、バターの香ばしさ。
次に、煮たりんごのとろける甘さと
ふわっと戻ってくる酸味。
そして最後に、喉の奥でシナモンがふわりと残って
余韻になった。
ニコの目が、じわっと細くなる。
「……っ、これ……やばい……」
言い方にアレンが笑いながら突っ込む。
「やばいって。」
「いや……だって……」
ニコはもう一口を急いで切り取り、今度は少し慎重に頬張った。
甘さと香りが口いっぱいに広がって、思わずしっぽが揺れる。
周りでも、みんなが静かになっていく。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに
食堂にはサクッサクッと言う咀嚼の音と
時々漏れる「うまい……」だけが残った。
マレナがワゴンを押しながら、満足そうに一言。
「熱いうちに食べてね〜。冷めると香りが逃げるよ」
その言葉に、誰も返事をしない。
返事をする余裕がない――
真剣な顔でみんな黙々と
アップルパイに向き合っていた。
第18話「農場長ローデリック」をお読みいただき
ありがとうございました。
今回は“春の準備”の回です。
種イモの芽出し、堆肥の切り返し、天地返し――
どれも派手さはないけれど、春の収穫を決めるのは
こういう地味で確実な仕事だったりします。
ローデリックの言葉が厳しいのは
経験が積み上がっているからこそ。
特に「記録を取れ」という一言は
農の現場の現実そのものだと思っています。
失敗は“次に活かす”ために残す。
そこが、彼の農場長としての背骨です。
そして後半は、香りの回。
屋根を黒くして光を落とし、温度を上げすぎず
折って乾き具合を確かめる。
シナモンは“強い香り”の象徴ですが
扱いは意外と繊細です。
サンはパウダーではなく
シナモンそのものを使っています。
現代で言えば、スティックを使用するようなものです。
この場合は、りんごをスライスして一緒に煮て、香りを移します。
焼く直前に、とても目の細かいおろし金で
擦って直接振るのですが
今回は出来上がった時に振る感じです。
香りを最大限に立たせる、非常に贅沢な手法です。
私が作る時は、下にアーモンドクリームを敷き
その上にスライスしたりんごを並べて作ります。
仕上げにアプリコットジャムを塗り
シナモンパウダーを振ります。
今回は食堂へ流れ込む香りが
みんなの一日を「ご褒美」に塗り替えていく流れを書きたかったので
アップルパイは遠慮なく全力で描写しました。
ニコが叫ぶのも、黙り込むのも
全部“本能的に正しい反応”です。
アレンたちの収穫班、オスロの段取りの良さ
サンとマレナの連携――こうして見ると
フェルナ園は「強い誰か」一人で回っているのではなく、仕事の種類ごとに得意な人がいて
繋いで最後に食卓へ届く場所です。
次は、この“甘い余韻”のあとに何が来るのか。
ちゃんと物語にしていけたらと思います。




