紅林檎と懐かしい料理 第17話
果樹区画は朝から賑やかだった。
枝が揺れる音、籠が擦れる音、足元の草を踏む音。
甘い香りが風に乗って、鼻の奥に届く。
赤い実が枝に並び、光を受けて艶めいている。
熟れ具合の違いで、色は微妙に変わる。
深い紅色、黄が差した赤、まだ硬そうな淡い赤。
木の下には籠が並べられ、底には麦藁と布が敷かれていた。
アレンは木の幹に手を当て、枝ぶりを見上げる。
「よし、まずは上のいいやつからだ。落としたら終わりだぞ」
ガルドが頷き、木に掛けた簡易の足場を確認する。
足元が滑らないよう、土を踏み固めた跡がある。
安全と効率、どちらも手を抜けない作業だ。
「枝を引っ張るな。実を握ったら、上に持ち上げて……ひねる」
アレンは手本を見せる。
実を掴み、くいっと軽くひねるだけ。
「ぽん」と小さな感触で、りんごが枝から外れた。
茎はきれいに残り、皮に傷ひとつない。
「アレンさん上手いなぁ~茎が残ってると傷みにくいんだ。」
ゴリムが感心したように言い、次の木へ移る。
彼は豪快に見えて、籠の扱いは丁寧だった。
取ったりんごを“置く”ように入れ
籠の中で転がらないよう位置を整える。
ゴリムはちょくちょく魔獣園の農場に忍び込んでは
盗み食いをしていた。
りんごの収穫はお手のものだ。
まぁ〜やり過ぎて捕まったようだが…..
「見た目がいいのはこっち、香りが立ってるのはこの辺だな」
ガルドが実を軽く持ち上げ、鼻先に寄せる。
甘い匂いが強いものは熟れている。
反対に青い匂いが残っているものは、まだ待つ。
木のそばには、選別用の籠もあった。
傷があるもの、小さすぎるものは別。
それらは加工用――煮詰めて保存したり
干して甘味を引き出したりする。
ガルドが聞く
「落ちたやつはどうする?」
「落果はすぐ分ける。傷が早いからな。
食うなら今日中だ」
「おーい、コルナ! 落ちたりんご担当してくれ。」
「はい、わかりました。」
アレンは、少しの時間なら立って
歩けるようになったコルナに命じた。
続けてシルヴァにも指示をする。
「シルヴァは上空でサビハシに注意しておいてくれ。
くちばしには十分注意しろ。
あいつらのくちばしは刀みたいだからな。
深追いはするなよー。」
「わかりました。」
アレンの指示で、シルヴァは上空へと飛び立った。
東牢魔獣は
シャーマンゴブリンの号令のもと
ホブゴブリンたちが動いていた。
無駄な声はない。
合図は短く、動きは正確だ。
シャーマンが指示を出すと、
ホブゴブリンたちは即座に散開し、
統率の取れた動きで手際よく収穫を進めていく。
それは獣の作業というより、
よく訓練された一隊の働きに近かった。
一方その少し離れた場所では、
グレイグが作業をしていた。
肩には、ワイズコボルトが一体。
小さな体で周囲を見渡しながら、
適切な場所や順序を、低い声で助言している。
クレイグはそれを聞き、
指示された場所に移動する
二人は自然に役割を分け
協力して収穫を進めていた。
同じ作業。
だが、統率の形はまったく違う。
りんごは一つ一つが重い。
数を取れば腕に疲れが溜まり、集中が切れる。
だからこそ、皆で声を掛け合い、動きを合わせる。
籠が一つ満ちるたび、布をかける。
直射日光で温まらないようにするためだ。
そして満ちた籠は、木陰に寄せて並べられていく。
「……ニコ、遅いな」
ゴリムがふと顔を上げ、区画の入り口を見た。
ガルドは肩をすくめる。
「園長に呼ばれてたって言ってた。何かあったんだろ」
心配しながら作業している。
枝をひねる手は、ぎこちなく見えた。
風が吹いて、葉がざわりと鳴る。
甘い香りの中に、土と木の匂いが混じった。
しばらくしてニコが到着した。
ゴリムが嬉しそうに出迎える。
元気のない姿に気づき声をかけた
「ニコ大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。」
これ以上ゴリムは何も聞かず
ニコの手を引きりんごの木に
連れて行く。
ニコを気遣いながら丁寧に
りんごの収穫を教えていた。
ニコも一生懸命聞いている。
「ニコ上手い上手い!ニコはいつも器用だなぁ~。」
ゴリムが納得したように言う
季節の仕事は待ってくれない。
止まっている事は出来ないのです。
りんごの収穫は、静かに続く。
「みんな集まってくれ。」
頃合いを見たアレンの号令で
みんな集合する。
「そろそろ昼食にしようと思う
帰り支度してくれ。」
「はいわかりました!」
「さぁ〜帰ろうー!」
――――
みんなが帰ってくる少し前の厨房では、
サンとアレンが忙しく準備をしていた。
サンは手早かった。
切り分けた肉を薄く伸ばし、
塩胡椒をしてから溶き卵にくぐらせる。
熱した鉄板に筋脂を引き、
肉を並べると、じゅっと軽い音が立った。
裏表に焼き色のみつけて、
バットに取り出していた。
オーブンで焼いて焼きたてを
提供するつもりのようだ。
横ではロルフがソースを仕込んでいる。
刻んだにんにくと玉ねぎを炒め、
甘みが出たところへトマトを加える。
木べらで軽く潰し、
先日作って凍らせて置いた
アルクトス・ベアのだしを加える。
酸味が落ち着くまで、少しだけ火にかける。
最後に隠し味に香蜜蜂の蜜を
少量加えたら完成だ。
サンが言う。
「こっちは準備できたよ。ロルフ、そっちはどうだい。」
「はい! こちらも完成です。」
「よし、帰ってくるのを待つとするか。」
――――
ガヤガヤと声がして、
みんなが食堂に入って来る。
「さぁ~始まるよ、気を引き締めていこう!」
サンの声が厨房に響く。
「はい!」
「みんな、並んでちょうだい。」
サンの声に従い、おとなしく並ぶ魔獣達。
鼻先をひくひくさせて、鉄板の匂いを追っている者もいる。
次々と料理を受け取り、テーブルに座り始める。
皿が置かれるたびに、ソースの香りがふわっと立った。
少し遅れて、ニコも席に着く。
ニコはすぐに食べず、料理をずっと見ていた。
焼き色、卵の膜、肉の厚み。
その上に、赤い照りのあるソースが
たらりと流れている。
それに気づいたアレンが声をかける。
「どうしたんだ、ニコ?」
「いや……」
この料理に――と言いかけてやめた。
言葉にしたら、何かが決定してしまう気がした。
「ニコ、すごく美味しいぞ、これ。早く食べてみな。」
今までなら恐る恐る食べるのだろうが、
確信のあるニコは大きな一口で食べはじめた。
衣の表面が、さくっと軽く歯に当たり、
その下から肉の旨みがじゅわっと出てくる。
ソースの酸味と甘みが追いかけてきて、
最後に蜜の香りがふっと残った。
ニコの目が、少しだけ見開く。
「……やっぱりそうだ。ピカタだ!」
確信して言った。
アレンはニコの声に、びっくりしたようである。
「え、ピカタ? それがこの料理の名前か?」
ニコは口に頬張ったまま、こくこくと頷いた。
「美味しい〜!」
「だろ〜。俺もこんな美味しいの初めてだよ。」
「このソース、絶品だぜ。」
ガルドが皿の端についたソースまで、きっちり拭うように食べる。
ゴリムは嬉しそうに肉を追加で口に運び、満足そうに息を吐いた。
食堂の空気が、少し柔らかくなった。
アレンが食事を終え、食器を返しに行くと
サンが声をかけた。
「アレン、ちょっと頼まれてくれないか」
「なんですか?」
「午後の作業に行ったら
農園長にシナモンをもらって来てくれない?」
「いいですよ。どれくらいですか?」
「一週間前に干したのがあるの。
農園長に状態を確認してもらって
問題なければ全部もらって来てちょうだい」
「はい、わかりました」
紅林檎の収穫は、ただ「取る」だけの作業じゃなくて
茎を残す、籠に“置く”ように入れる日差しを避けて布をかける。
そういう細かな作業が食卓にちゃんと繋がっていく事
その“繋がり”を最初から最後まで意識して
果樹区画の空気を表現したつもりです。
同じ収穫でも、東牢のホブゴブリンの統率と
グレイグ+ワイズコボルトの連携は
形が違う魔獣が同じ方向を向いて作業する姿を描きました。
助け合う空気の柔らかい雰囲気が出ていれば嬉しいです。
そして昼食のピカタ。ニコが“懐かしい”と口にしそうでしない
でも飲み込めない、あの瞬間を書きたかった。
異世界の料理なのに、名前を呼べば一気に現実になってしまうような怖さがある。
けれど一口食べた瞬間、心が先に答えてしまう
ニコのもどかしさがそこにあります。
隠し味の香蜜蜂の蜜、アルクトス・ベアのだし、干しておいたシナモン
――この世界の食材で“地球の懐かしさ”を再現していくほど
ニコの中の何かが少しずつ揺れていくはずです。
ここまで読んでくださって、ありがとうございまし




