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懐かしい香り 第15話

ニコ!

ニコ!


聞き慣れた声に、ニコはうっすらと目を開けた。


「……むにゅむにゅ……」


半分夢の中のまま、寝返りを打つ。


「もう朝ですか……?」


そう呟きながら、小さな窓を見る。


――暗い。


光は差していない。

夜明け前の、深い色だ。


「まだ真っ暗じゃないですか……」


そう言って、再び目を閉じる。


その瞬間。


「起きろ!」

「寝るな!」


二方向から、容赦ない声が飛んできた。


「ちょ、ちょっと……」


ニコは布を被ったまま言う。


「あまり大きな声を出すと、みんなの迷惑ですよ……」


「迷惑なのはお前だ」

「もう、みんな起きてる」


ガルドとゴリムが、ほぼ同時に言った。


「今日は早く起きろって、言われてただろ」


「……あっ」


ニコは、ようやく思い出す。


「そういえば……そんなこと、言ってたような……」


「言ってたような、じゃない」


ぴしゃりと、ゴリム。


「早く起きて支度しろ」

「もう、みんな整列してる」


「えっ!?」


ニコは飛び起きた。


―――


外に出ると、確かに全員が揃っていた。


「みんないるか?」


アレンが、前に立って確認する。


「それじゃ、行こうか!」


合図とともに、一団は歩き出した。


ニコも列の中に加わり、

まだ少し重たい頭のまま、足を運ぶ。


いつもの道。

水路に沿って、静かに進む。


野菜栽培場が見えてきて、

そして、それをそのまま通り過ぎた。


「……あれ?」


ニコは、思わず声を出す。


「どこまで行くんですか?」


アレンが、前を向いたまま答える。


「隣だよ。ハウス栽培場」


「えっ……?」


その時だった。


ふわり、と。


ニコの鼻先を、甘酸っぱい香りがかすめた。


(……?)


空気が、違う。

ここだけ、はっきりと。


「ここだ」


アレンの声が、そう告げる。


ニコは、目を見開いた。

そして、思わず叫ぶ。


「いちごだ!!」


透明な壁の向こう。

地面いっぱいに広がる緑の葉。

その隙間から、赤い実が無数に顔を出している。


朝露をまとった、鮮やかな赤。


ニコの視界いっぱいに、

懐かしい色が広がっていた。


「よし! みんな、今日はイチゴの収穫だ」


「こっちのハウスは地植えだから、つまみ食いするんじゃないぞ!」


アレンが声を張る。


「小さい実は、少し間引いてくれ。

あまり小さいのが多いと、甘くならないからな」


「いいなぁ〜」


ニコは、思わず声を漏らす。


「だから早朝なんだ」


アレンが続けた。


「イチゴは、朝イチが一番うまい」


「……なるほど」


ニコは、ようやく理解した。


―――


黙々と、イチゴを摘み取るニコ。


赤く熟した実を、ひとつ、またひとつ。


その横に、そっとゴリムが近づいてくる。


「なあ、ちょっと食べてみないか?」


「ダメだよ」


ニコは即答した。


「これ、地植えだから、洗わないとお腹壊すよ」


「大丈夫、大丈夫」


そう言って――


「パクリ」


「……おいしい〜」


ゴリムが、目を細める。


「ほら、見つかると怒られるよ」


次の瞬間。


「ゴリム! 食べるんじゃない!」


「ごっつん!」


「いった!」


頭を押さえるゴリム。


「ほら、言わんこっちゃない……」


ニコは、呆れたようにため息をついた。


―――


「よーし!」


アレンが、手を叩く。


「今日はこのくらいにしとこう」


「アレンさん、隣のハウスもいちごですよね?」


「いちごだけど、向こうは高設栽培だ」


「高設栽培? ああ、いちご狩り用ですか」


「そうだ。よくわかったな」


「次は野菜の収穫だぞ。みんな、集合しろ!」


―――


野菜の収穫も終え、一行は獣舎へ戻った。


昼食の時間だ。


いつものように、

ニコとアレン、ゴリム、ガルドが向かい合って食事をする。


ニコが、ふと疑問を口にした。


「私たち、職員の人と同じ食事になりましたけど……」


「ああ」


アレンが頷く。


「ベルモット先生のおかげだな」


「健康的に働くには、食が大事だって、

園長にお願いしたらしいぞ」


「じゃあ……」


ニコは、首を傾げる。


「前に私たちが食べていたものは、誰が作ってたんですか?」


「あれか」


アレンは、少し黙り込む。


言いにくそうに、ぽつりと言った。


「……俺だな」


「やっぱり、サンさんじゃないんですね」


ニコは、どこか納得したように言う。


「そうじゃないかと思ってました」


「まあ俺はな」


アレンは、胸を張る。


「食材の本来の味を、活かすタイプだからな」


「活かすも何も」


ニコは、冷静に返す。


「アレンさん、調味料とか計量してませんでしたよね。

いつも味が違いました。」


「俺は、自分の舌で見極める!」


アレンが、即答する。


「計量はせん!」


「理解しました」


ニコは、深く頷いた。


「おお」


「だから、美味しくなかったんですね」


「……」


アレンは、何も言い返せなかった。


―――


昼食休憩が終わり、

午後の仕事へ向かう時間になった。


号令がかかる。


「よし、みんな整列しろ」


クルツの声が飛ぶ。


ニコはアレンの姿を目で追い、

すぐに見つけた。


後方だ。


「よし、行くぞ」


隊列は動き出し、

いつものように野菜栽培場へ向かう。


「止まれ。ここだ」


足が止まる。


「これから人参の収穫だ。

いいな。付け根をしっかり持って、まっすぐ抜けよ。

折ったらダメだぞ!」


人参の収穫が始まった。


ニコは黙々と、

一本一本、土から引き抜いていく。


途中、アレンが近づいてきた。


「上手いなぁ、ニコ」


「そうですか〜」


少し照れたように、

それでも嬉しそうに返す。


今日の分の収穫が終わり、

一行は帰路についた。


―――


まだ夕食までには時間がある。


ニコは食堂に向かい、

読書に耽ることにした。


最近は自由にさせてもらえる時間が増え、

それぞれが思い思いに過ごしている。


ニコはたいてい、

ベルモット先生に借りた本を読んでいた。


この国のことを、知らなすぎる。


そう思い、

まずは歴史書から読むことにしたのだ。


読んでいると、

たいていアレンがちょっかいをかけてくる。


「今日は何を読んでるんだ?」


「この国の王制についての本だよ」


ニコは顔を上げて、

少し考えてから聞いた。


「アレン、聞いてもいい?」


「ん?」


「この国の本って、

必ず『神様がしてくださった』とか

『神様のおかげ』とか、

そういう表現が多いよね。

この国は、神様を信仰してるの?」


アレンは、少し考えるように視線を上げた。


「そうだなぁ……

神様がいるって思ってる人は多いぞ」


そして、続ける。


「今の王様もな。

神様が降臨して、王にしたって言われてるからな」


「……降臨?」


「ああ。

今の王様は第三王子だったんだ。

本当なら、王になれないはずだった」


アレンは声を落とす。


「神様が降臨したことで、

二人の兄は、そろって辞退したんだ」


一呼吸入れて、話し始める。


「俺は今の王は、あまり好きではないなぁ。

覇気がなくて、操り人形にしか見えない」


ニコは、その言葉に何も返さなかった。


―――


そうこうしているうちに、

食堂にサンの声が響いた。


「ご飯できたよー!

みんな並んだ並んだ!」


ニコも本を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。


全員に食事が行き渡ったところで、

再びサンの声が飛んだ。


「みんな、今日はデザート付きだからね。

食べ終わったら席で待ってて」


「おおお!」


一斉に歓声が上がる。


早く食べ終えた者たちが、

落ち着かない様子で席に座って待っていると――


厨房から、女性従業員のマレナが現れた。


ワゴンの上には、

白い皿に乗せられたケーキらしきもの。


順番に配りながら、

ゆっくりと食堂を進んでいく。


ニコの前を通り過ぎた瞬間だった。


「……いちごショートケーキだぁ~!」


思わず、声が漏れる。


アレンが、驚いたように振り向いた。


「俺も久しぶりだ」


少し懐かしむような声で、続ける。


「旦那さんが生きてた頃はな、

毎年この季節になると、必ず食べてた」


ベルモット先生から話を聞いた時から、

薄々、勘付いてはいた。


だが――

これを目の前にしては、もう疑いようがない。


(……日本人だったんだ)


ニコは、静かにケーキを見つめていた。


真っ白な生クリーム。

その上に、赤いいちごが主役だと言わんばかりに陣取っている。


アレンが思わず言う。


「これ……すごいな」


ニコは返事もせず、フォークをそっとスポンジに入れた。

抵抗がほとんどない。刃先が沈むだけで、

ケーキは気持ちよく切れた。


切り口からは瑞々しい果汁が光って見えた。

中にもふんだんに、いちごが使われているようだ。


ふわっと立つ香りは、牛乳の甘さに、

いちごの甘酸っぱさが混ざり、心地よいコントラストを生み出している。


ふわっ。


持ち上げた瞬間、スポンジが少し戻る。

間に挟まったクリームが、糸みたいに伸びて、

すぐに切れた。


ニコは一度だけ深呼吸をして、口に運ぶ。


舌に触れた瞬間、まずクリームの冷たさが広がる。

重い甘さではない。しゅわっと溶けて、

口の中をなめらかに埋めた。


空気を含んだ生地が、噛む前からほどけて、

ほとんど“消える”みたいに崩れる。


「……っ」


ニコの目がまん丸になる。


「いちご……生きてる……」


「表現が変だぞ」


アレンが笑うが、ニコはもう二口目を口に入れた。


いちごを一緒にすくう。

歯が触れた瞬間、ぷつん、と小さく弾ける。

果汁が広がって、クリームの甘さを一瞬で軽くしてしまう。


ケーキの上のいちごは、飾りじゃない。

ちゃんと主役で、ちゃんと香りが残る。


「これ……何個でもいける……」


口の端に少しだけクリームを付けたまま、

幸せそうに頬をゆるめていた。

第15話「懐かしい香り」お読みいただき、ありがとうございます。

本日はいちごショートケーキの日です!


今回は、ニコが“匂い”で過去に引き戻される回でした。

イチゴの甘酸っぱさ、そして食堂に流れ込むいちごショートケーキの香り。言葉より先に身体が反応してしまう懐かしさを、描きました。


同時に、この世界には本来ないはずの「日本の味」が、確かな形で存在していることが浮き彫りになります。

サンの旦那さんが日本人だった事はニコにとって

嬉しい反面、一層この世界の謎を深める甘酸っぱい記憶となりました。

次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。

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