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転生大樹の楽園づくり  作者: 笛音狗
シカモアの友達づくり
60/63

53葉 好奇心の対価

「全くユメはたまにとんでもないことをするでありますね」


 猫獣人の少女の前には赤と限りなく白に近い緑の風変わりな装いの美少女がいた。

 濃密な魔素(マナ)を漂わせ、儚げな表情のその美少女は非常に神秘的だ。

 その背中からは翅が生えており、ただのヒトでないことは明らかだ。

 おとぎ話の妖精や緑の大地にいるピクシーに近いが、服装やサイズがまるで違う。

 夢婦屯にため池に連れ戻されて待っていると、やってきたのがこの大きな妖精だ。

 おそらくこの妖精がマヤだろう。

 夢婦屯と話し合っているが、何やら話の雲行きが怪しく感じられる。

 妖精はどんどん表情を曇らせていく。


「どこぞの捨て猫を拾ってきたと思えば、まさか世間から見捨てられた獣人族を拾ってくるなんて」

「マヤちゃん。本人を前にそういう言い方はどうかと思う」

「ただでさえ花壇の運営が軌道に乗り切ってない状態なのに、ここで厄介事を持ち込まれるのは勘弁なのでありますよ」

「マヤちゃん、シカモアちゃんに例の作戦を教えてあげて。私じゃうまく説明できない」


 はぁ、と大げさな動作でため息をつく妖精。

 ここまでのマヤの態度で、シカモアが抱いていた妖精の純粋で無邪気なイメージは砕け散っていた。


「どうしてですか? この作戦には精霊しか知り得ない世界の秘密も含まれるのでありますよ。なぜ、この獣人の子供にそこまで教えねばならないのでありますか?」

「シカモアちゃんは私の友達」

「理由になってないであります」 

「シカモアちゃんは目標の里から来てる。あんなに遠くから一人で来た。もっとやさしくしてあげて」


 妖精はほんの一瞬止まると、猫獣人の少女の方を向く。


「ほほう、あれだけの道のりを一人で。それに、むっ・・・その杖は。・・・なるほど、なるほど。うまくいけば期間短縮できますね。ええと、シカモアでしたっけ? イマイチ状況は掴めてませんが、貴方は何か目的が合ってここに来たということでありますかね?」


 急に話を振られてシカモアはびくりと体を震わせた。

 感情で動く神獣とは違い、妖精は妙に計算高い。

 夢婦屯を含む彼女たちの行動の主導権はこの妖精が握っていることは間違いなさそうだ。

 彼女との敵対は避けなければとシカモアは思った。

 それと同時に、利害が一致すれば協力関係が結べるかもしれないという希望も見出していた。


「はい、妖精さん。私はここ最近の砂漠の異変を調査していました。綿幕楽やそれに釣られた猛獣たちが現れて、里は混乱しています。ここには異変の痕跡を辿ってたどり着きました」


 正直に質問に答えたシカモアは妖精の出方を窺う。

 利害を一致させるにはまず相手が興味を持っていることを見極めないと。

 猫獣人の少女は心の中で気を引き締め直した。


「そうでありますか。これは腰を据えてお話した方がいいかもしれないであります。ユメちゃん。ちょっとこの子と二人で話したいので席を外せますか?」

「イヤ。今日のマヤちゃんなんだかイジワル」

「そういえば、タイジュさまがお昼寝の相手を探していましたよ。早く行かないとナマケグマに相手をとられてしまうかもしれないですねー」

「ホント!? タイジュちゃんのお昼寝は貴重。早く行かなきゃ。シカモアちゃん、ちょっと外すけどまた戻ってくるから待ってて」


 神獣の友は飛び去ってしまい、妖精と二人きり。

 正直に言って心細い。


「先に言っておきます。私自身は作戦のことを貴方に教えたくありません」


 予想外の言葉に戸惑うシカモア。


「勘違いしないでほしいのですが、これは私なりの優しさなのでありますよ。この計画に係わるとヒト社会が秘匿し続けている世界の秘密に触れる可能性があります。知ってしまえば、貴方は大陸の4色の国々とユートピアから命を狙われる羽目になります。・・・って、今と状況が変わりませんか。獣人は世間では滅びたことになっていますから、既に貴方も世界の秘密の一部でありますね。ただこの秘密を知ってしまえば、貴方の里がユートピアに見つかる可能性はぐっと上がるでしょう。たとえ貴方が聞いた内容を黙っていしても、であります」


 シカモアは驚いていた。

 この妖精、驚くほど世界情勢に精通している。

 ユメちゃんとは違い、ヒトの歴史を観察してきたのだろうか?

 もしこの妖精が傍観者でなくヒトの歴史に干渉していれば、なにかしらの伝承が残っているはず。

 それが思い出せれば、この妖精の目的もわかるかもしれない。

 そういえば、あの襲ってきたサソリの異形がなにか気になることを言っていたような・・・

 妖精が改まった声色で語り掛けてくる。


「こほん。捨て猫よ、ヒト社会に捨てられた哀れな猫獣人の少女よ。貴方には2つの道があります。一つはこのまま里に帰っていままで通り暮らす平穏の道。多少記憶をいじる必要はありますが、ユメが貴方を気に入っている以上、悪いようにはしません。今後、ちょっとヒトたちの動きが活発になるかもしれませんが、貴方の里くらいは守ってあげることはできるでしょう」


 妖精は続ける。


「もう一つは我々に協力する闘争の道。貴方は世界の秘密に近づき力を得ます。同時に、獣人を除くすべてのヒト種族と敵対します。さあ、貴方はどちらを選ぶでありますか?」

「協力させてください。私はユメちゃんに助けられて今この命があります。恩返しがしたいのです」


 既に答えは決まっていた。

 つい焦って食い気味に答えてしまう。

 いけない。世界の秘密という魅惑の響きについ興奮が隠せなくなる。


「シカモア。貴方はまだ子供です。もっと素直な気持ちを言っていいと思うでありますよ。ユメのこと以上に大きな動機があるのではないですか?」

「う・・・妖精さんには敵いませんね。もちろん、これらの発言もすべて本音です。でも、それ以上に、私は知りたいです。世界の秘密も、歴史の裏側も、奇跡の力も、ユメちゃんに聞いたタイジュさまがいるいう楽園のことも」


 シカモアは正直に胸を内を明かした。

 一瞬、楽園という言葉に妖精が反応したように思えた。

 しかしそれは気のせいだったのか、妖精は大げさな動きでため息をつく。


「全くこれだからヒトは・・・。無駄だと思いますが、最後の忠告でありますよ。以前世界の秘密を知った犬獣人の男がいました。その男は世界の秘密を求めてしまったために、ヒト社会の禁忌を犯し、ユートピアと決別し、そして敗れて滅びました。過ぎた好奇心は猫を殺すこともあります。その言葉に後悔はありませんね?」


 シカモアは大きく息を吸い込んだ。


「後悔はありません。ここで引いたら私は一生後悔し続けるでしょう。妖精さん、貴方達の奇跡の力は既にこのドゥアト砂漠に大きな影響を与えています。我らテト族の狩人は綿幕楽の力で魔力を失い、今アメミットの群れに襲われれば追い払えるかわかりません。ユートピアが来なくても既に里存続の危機なのです。この危機を脱するために私は原因を調べに来ました。そして原因を見つけた。さらに知識と力も手に入れるチャンスがある。ならば、どんな対価を払ってもそれをモノにして里に持ち帰る。それが族長としての私の責務です」


 妖精がにやりと笑う。


「そうでありますか。シカモア、ちょっと貴方のことが好きになったでありますよ。いいでしょう。貴方には奇跡の起こし方を教えて差し上げます。決まりに雁字搦めで窮屈な魔法なんかよりずっといい力ですよ。ただ、その対価として、貴方は自身の里の侵攻作戦を自らの手で実行してもらうであります。出来るでありますか?」

「やりますよ」

「即答でありますね」

「だって、この作戦では血が流れない。そうですよね。むしろ、妖精さん達の味方として、私たち獣人が必要なのではないですか?」

「つまらない反応であります。既にユメちゃんから聞いていたでありますか」

「それもありますが、妖精さんの発言から推察した結果です。これだけの力を持つ妖精さん達が私たちの里から欲しいものが思い当たりませんでした。ならば、欲しいものは私たち自身ではないかと思い至りました。味方に引き入れるのであれば内通者がいれば便利ですよね。その役目、私が喜んでやらせていただきます」

「ヒトはこれだから油断なりません」

「今のご時世、獣人をヒト扱いしてもらえるのは妖精さんくらいですよ。ありがとうございます」

「そこまで言われると担がれてる気分になりますが、こちらにとって好都合なのは事実。いいでしょう、約束であります。早速、マヤちゃんの講義、始めるでありますよー。講義内容は奇跡の起こし方、であります」


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「なるほど。つまり奇跡とは思いを具現化する現象であり、思いの強さと他者からの観測と信頼がその事象を起こすに足りると発現するということなのですね」

「恐ろしく理解が早くて助かるでありますよ。ただ、それ故に残念でもあります。シカモアは奇跡を起こす適正が低いのであります」

「にゃ? ど、どうしてでしょうか?」

「理屈屋の秀才は肯定の材料より否定の材料を集めるのが得意ですからね。奇跡を起こす前に深く考えすぎて自爆します。それに奇跡の起こし方を知ってしまった以上、どうしても打算が混じって信じる気持ちが弱くなります。私の経験上、貴方のようなタイプは他者の奇跡を引き出すのは得意であっても、自分で起すのは点でダメであります」

「なるほど、その説明はしっくりきます。でも、認めたくないものですね。・・・適性が低いなら、より効率的に奇跡を発現できる環境を整えれば、問題なく起こせるのではないですか?」

「効率的な環境でありますか」

「はい。例えば、奇跡の使い方を体系的にまとめ上げて、だれでもわかりやすいルールを整備すれば、認識の不一致は減らせますよね。お互いに相手のルールを観測するのではなく、共通のルールを作るのです。さらにそれをより多くのヒトたちと共有すれば観測者もたくさん増えて、少ない力で奇跡が起こせるのではないですか」


 妖精は真顔のまま黙って聞いている。

 

「例えば、応用の幅が利きすぎる奇跡は効果の強さや用途ごとに細分化させてそれぞれに名前をつけます。これによって奇跡の効果と必要な奇跡力のムラなんかも抑えられそうですね。あれ? これってまるで・・・」


 ハッとして少女は手に握るスカラベの杖を見つめる。


「ストップ! シカモア、アドバイスです。長生きしたければ物事をあまり深く考えてはいけない時もあるのであります」


ぐいっと妖精が顔を近づけてくる。冷や汗が止まらない。


「いいですか? 今貴方の気付いたことは絶対に口にしてはいけません。誰に言ってもいけません。いいですね? あちゃ~全く初回の講義でその発想まで普通いきますか? それはユートピアの秘匿事項の一つであります。たった今貴方は、ヒト社会を脅かす存在になりましたよ」


 少女は頷かざる負えなかった。

 妖精は厳しい表情を通り越して、呆れ顔になっていた。

 

「さて、報酬は渡しました。些か払いすぎたみたいですが。今度は貴方が対価を払う番であります。貴方が里でやるべきこと。しっかりと覚えてくださいね。使命を果たした暁には、さらなる世界の真実を教えて差し上げましょう」


 少女は期待と不安の入り混じった瞳で妖精を見つめる。

 一言一句逃すまいと集中している彼女の服からポトリと長細い何かが地面に落ちる。

 それはのたうち回るように態勢を整えると、その場から逃げるように這い始めた。

 やがて、霧の手前まで来たそれは地面へと潜りだす。

 それは貴金属のような美しい光沢を放つムカデだった。


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