第28話「死中に生を求む」
シングラーレ大戦にて勝利した王都解放軍はさらに侵攻を開始。
ついにコンフィアンス領と王都アフトクラトラスの境目に存在する「ミゼリコルド魔法騎士団駐屯地」に差し掛かる。
ここを抜ければ王都まで一直線だが、その駐屯地は名が示す通りコンフィアンス当主の許可を得てミゼリコルド騎士団が常駐する場所だ。当然、一時的とはいえミゼリコルドの支配下にあり、通過するには許可が必要となる。
迂回して別ルートから王都を目指す方法もあった。しかし周囲は山に囲まれた山岳地帯だ。登山は騎士に負担がかかり兵糧の確保も大変になる。
また何も敵は王国騎士団だけとは限らない。山岳地帯は魔物も多く、食物を狙って侵攻中に襲撃される恐れもある。王国騎士団がそういった事態を予想し、作戦に組み込む可能性すらあった。魔物との戦闘で疲弊したところを突かれると壊滅しかねない。
王都解放軍総大将ヴェルデは、ミゼリコルドの許可を得て「魔法騎士団駐屯地」をくぐり抜けるのが得策だと考えた。
そこで使者としてミゼリコルドとも交友が深い「純白の騎士」の騎士階級を持つフィロスに兵を与え向かわせた。
彼らの護衛を担当するのが「紫の薔薇騎士団」だ。フィロスと同等の騎士階級「純白の騎士」に昇格したマリア率いる部隊である。副官を務めるシオン・イティネルは「騎士」へと昇格していた。
マリアはヴェルデより「荒事は避けろ」と念を押されていた。シオンには「殺されるつもりで止めにかかれ」と鋭い口調でいうほどである。
何せ相手は倒すべき敵ではない、中立を保っているミゼリコルドなのだ。マリアの暴虐たる刃は王国騎士団、そして転生者を屠る為にあるもので、ミゼリコルドを敵対させるものではないというのがヴェルデの意思だろう。
それを察したのかマリアは珍しく首を縦に振った。そして今回はただの護衛として暇そうにトマトをかじっている。
山岳地帯の中央にそびえ立つ白い石材で建築された建物がミゼリコルド魔法騎士団駐屯地だ。その扉がゆっくりと開かれた。
先行するのは使者であるフィロスである。彼を迎え入れたのはミゼリコルド領に多い茶髪を揺らす大騎士「アヴァメント」だった。
フィロスは通された室内でアヴァメントに書状を渡す。これはヴェルデが直筆で書いたもので、書面には「王都解放軍の通過を許可されたい」という内容だった。
またもしそれが叶うならば万が一、王国騎士団がミゼリコルドを侵略するようならば支援に向かう事。そしてあくまで通過するのみでそれ以外はミゼリコルドは一切、関与していないことが記されていた。
アヴァメントはそれを目に通すと頷き、奥からとある書状をフィロスへ見せる。
書面には王都解放軍の通過を許可する旨が記されていた。どうやら王都解放軍が近づいていることを事前に察知した彼が、当主へ話を通していたようだった。
そして再び駐屯地の扉が開かれる。
中央で青髪を揺らしフィロスが手招きをしていた。それに誘われ彼の残りの部隊と「紫の薔薇騎士団」が足を踏み入れる。
シオンはマリアと共に敷地内を移動しながら左右へ視線を移した。青い鎧に身を包む騎士団が鋭い視線を浴びせる。
あくまで通過を許可したのみである。もし刃を抜くような素振りを見せようものなら即座に切り捨てる。彼らの瞳にはそんな意思が垣間見えた。
何事もなく素通りし「ミゼリコルド魔法騎士団駐屯地」を抜けたマリア達には次の仕事が待っている。
それは王都側の状況を偵察し、周辺の調査をすることである。マリアは薔薇騎士団の中でも足の速い騎士達を早馬として偵察に走らせた。彼らが見聞きした情報は素早くシオンへ念話として伝えられる。
程なくしてフィロスが従える部隊も王都側へ集結した。彼は大役を無事、終わらせ王都解放軍本陣へ早馬に吉報を携え走らせたばかりだ。
「マリア殿。無事終わりました。あとは資材を運びながら本陣が通過し、王都側に駐屯地を建設します」
「そう」
達成感に満ちた彼の顔とは対照的にマリアの表情は鋭く冷たい。フィロスは怪訝な表情を浮かべた。
「いかがされました?」
「妙に上手くいきすぎてるわね。それに感じるのよ。薄汚い腐った臭いがね。反吐が出るようなどす黒い策略の臭いだわ」
マリアの奇妙な言葉を耳にして理解できないと言わんばかりに首を傾げるフィロス。だがその時、彼女の言葉は現実となった。
突如、音を立てて動き出す駐屯地の扉。それに気が付いたフィロスが振り向いたその瞬間、彼の目に映ったのは、嘲笑とも受け取れるほど口角を吊り上げたアヴァメントの姿だった。
彼の姿は扉が閉まると共に視界から消える。その瞬間、偵察に向かわせた騎士からシオンへ念話が届く。
「王国騎士団!?」
『はい。まだ離れていますが着実にこちらに向かって進攻中。数は不明』
さらに別な二人の騎士からも「同様の情報」がもたらされる。
シオンの顔が蒼白となった。推測から王国騎士団は三方向から彼女達を包囲していると思われた。
後ろは固く閉ざされた扉。左右、前からはタイミングを計ったかのように攻め込む王国騎士団の軍勢。アヴァメントの不敵な笑み。
シオンはその時、理解した。フィロスの部隊も薔薇騎士団も罠にはめられ袋の鼠だと。
「アヴァメントぉぉぉ!」
怒りに震えた声音でフィロスが叫ぶ。だがそれは無常にも閉ざされた扉に反射するのみだ。
状況を知った兵達の間に動揺が走る。シオンは状況を打破する策を思案するかのように茫然と立ち尽くしていた。
そんな中、至って冷静で変わることなく腕を組み、男の背中に座る存在がいた。彼女は血のように真っ赤に熟れたトマトを頬張り、緑色のヘタを地面へと放り投げる。
主君の動揺は兵にも伝わる。まさにフィロスの隊がその状況だ。逆に主君が冷静であれば兵も同様だ。それを裏付けるかのように普段通りのマリアを見て、薔薇騎士団に動揺の色は一切見えない。
氷のように冷たいマリアとは真逆に、蒸気を上げるがごとく怒り心頭のフィロスが、彼女へと近づいた。
「マリア殿。この事態は私の失策です。せめてあなたの隊だけでも逃がしたい。我らの隊が死んでも殿を務めさせていただく!」
その瞬間、薔薇の棘のごとく鋭さを秘めた紅玉がフィロスを貫いた。
「あんた馬鹿? 自分だけならいざ知らず部下にまで自分の失策の責任を取らせようというの? 兵はあんたの利己主義のための傀儡ではない。死ぬなら一人で死になさい」
冷酷に響くマリアの言葉にフィロスは、絶句して黙り込んだ。怒りで我を失っているフィロスとは違い、彼女は冷静に事態を注視している。そして自らと兵がこの状況を打破する糸口を探しているのだ。
うつむくように地面を見つめ茫然とするフィロスを一瞥し、マリアはシオンへ視線を移した。
「さて。副官。今の状況は把握できた?」
「はい。ようやく索敵の目の網にかかりました。敵総数約五千。こちらの兵力の二倍です。それが三方向から進攻しています」
「ふむ。では私達が奴らを皆殺しにする作戦は?」
逃げるのはでなく殺す算段。それが死神と怖れられ、狂気の騎士団と言われた「紫の薔薇騎士団」たる所以。
まるで試すかのように問いを投げかけるマリアに、気丈にもうろたえる素振りすら見せないシオンは口を開く。
「総数は倍ですが片方ずつで見ると私達、薔薇騎士団の方が数は上です。そこで数がもっとも少ない右翼から攻め込み、各個撃破するのが最良だと思われます」
「攻め込む!? この状況で!? どうやってそんな考えが生まれるのか!?」
突如、顔を上げたフィロスが驚愕の表情を浮かべシオンへ問い詰めた。
慌てふためく様子の彼とは対照的に、彼女は穏やかで冷静だ。この死地が迫る状況で笑顔を浮かべ、シオンはフィロスへ視線を移した。
「当然ですよ! だってマリア隊長に逃げるなんて似合いませんもん!」
死中に活を求めるかのようなその笑顔は、あるいは狂気にも映るかもしれない。だが時にそれは死という泥沼から這いずり出る力強さでもあるのだ。
マリアは、シオンの言葉に微笑みを形作るとチェアーマンの背中から地面へと舞い降りる。
「馬を起こせ。死棘で貫くそのために」




