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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第18話「許されざる存在」

 鏡 鳴落と思われる悲鳴に即座に反応した望 結愛は、手早く着替えると女性用水場を駆け抜ける。

 追従するのは情島 朱莉とシオンの二人だ。何故、敵であるシオンが彼の救援に向かっているのか、朱莉は怪訝な表情を浮かべたが追及する暇などありはしない。

 一方、シオンはというと険しい表情を浮かべていた。彼女の脳裏に浮かぶのはマリアの姿だったことだろう。あの死神マリアが「人間(ゴミ)が定めた記念日など守る理由がない」からである。


 シオンにしてみれば「今日だけは」マリアにおとなしくしていて欲しいのだろう。情が移ったというわけではない。ただ今日だけは彼ら転生者と争いたくはなかった。敵である鏡の救援に向かっているのが何よりの証拠といえる。


 男女が入り乱れる板張りの広い室内に三人は駆け込んだ。

 その瞬間、ほぼ同時に薄着姿の鏡 鳴落と鉢合わせになる。彼はその少女のような美しい顔を蒼白とさせ、結愛を見つめた。


「鏡先輩? どうしたんですか!?」


「いや……あの急に変な人が水場に入ってきて……」


 鏡の言葉を耳にしてシオンの顔が徐々に苦笑へと変わっていく。彼女には「その変な人」に心当たりがあるようだ。


「どんな人です?」


「筋骨隆々の大男で素っ裸に頭だけアーメット被ってて……いきなりボクに近づいてきて、『いつぞやの転生者ぁぁぁぁ!』って叫んでくるから驚いて思わず……」


 鏡が言い終わらぬうちに突如、頭を下げるシオン。「え?」と鏡は硬直した。

 あの「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」の副官と思われる人物が結愛達と共に行動している不可解さもある。しかしそれ以前に何故、彼女が頭を下げるのか。鏡は不思議に思ったのだろう。小首を傾げてみせた。


「あの……その変な人。うちのチェアーマンです。お騒がせしました……」


「あなたのとこの騎士さんでしたか……」


「ところでそのチェアーマン。どこにいます? まだ水場ですか?」


「いや。突然、『むぅ? あの方の気配がするぞ!』とか言って急いで飛び出していきました」


 鏡の言葉にシオンの黄玉がみるみるうちに見開いていく。

 チェアーマンが「あの方」と呼ぶ人物。その名の由来を考えれば急いで飛び出す理由も彼女には容易に想像がつくに違いない。

 シオンは突如、水場の出口へ視線を移す。「まさか……」と短く呟き、急いで歩き始めた。



 強烈な日差しが和らぎ、夕陽が空を赤く染める。

 水の都「キュール」のある場所で奇妙な光景が広がっていた。シオンには見慣れたものだった。しかし三人の転生者にしてみたら、それはあまりにも現実に見ることがない光景だ。「人を椅子代わりにするなど」。

 熱した空気が揺らぐ中、そこに浮かび上がるものは上半身裸の大男の背に座り、足を組むマリアの姿だった。


「……あれ? 隊長。なんでこんなとこに?」


 シオンが語り掛けたと同時に、これが返事と言わんばかりにトマトが弾丸のごとく彼女の頭部を直撃する。「ふぎゃ」という情けない声と共にトマトが地面へ転がった。


「なに転生者どもと仲良く水浴びしてるのよ」


「いや……成り行きというか。でも隊長。今日、記念日ですよ?」


「そう。建国記念日ね。でもシオン。私がゴミどもが作った記念日を守る理由なんてあるのかしら?」


 急激に周囲の温度が下がる。まるで空からの暑い日差しが氷槍と化したかのように。

 濃密で湿った殺意が転生者達を包み込む。針で刺すかのような鋭さを秘めたそれに体を震わせ、朱莉を含む三人の転生者は唇をきゅっと締めた。

 突如、マリアの唇が歪む。まるで嘲笑うかのように口角を上げると死の気配が霞のように消え去った。そのあまりの豹変ぶりに鏡は驚いたかのように目を見開く中、マリアはチェアーマンの背からゆっくりと地面へ降り立つ。


「帰るわよ。シオン」


「隊長?」


「何度も言わせない。気が向かないわ。帰る」


 その言葉に寂しげな表情を浮かべていたシオンの顔がぱっと明るくなった。「はい!」と張り切った声で返すとマリアの元へと駆け寄っていく。

 その光景を目の当たりにして鏡は険しい表情を消し去り、穏やかな瞳でシオンの後ろ姿を見つめた。彼は気が付いていたのかもしれない。マリアがシオンの心情を察して、獲物を前にして牙を剥くことなく「帰る」という選択肢を選んだという事実に。


 鏡の体が前に出た。

 相手は死神だ。自らを殺そうとする死の狩人だ。すでに何人も彼女の刃に切り裂かれ死んだ。

 しかし鏡は唇を震わせ声をかけた。何故、自分がそんな行動に出たのかおそらく彼自身も理解していないことだろう。


「……すみません。少しだけ話をしませんか?」


 マリアの体がぴたりと止まる。ゆっくり振り向いた彼女の紅玉が鏡を貫いた。




 青く澄んだ水が流れる水路を二つの瞳が見つめていた。

 それは紫紺の輝きを持つアメジストの瞳と魅惑的に輝くルビーの瞳。水路を見渡せる場所に設置された木製の長椅子に、マリアと鏡が腰を下ろしていた。


 奇妙な光景だった。戦場で剣戟を交わした二人が武器を捨て隣同士座っているのだ。鏡はそっとマリアへ視線を移す。

 彼女からは一切、殺気が放たれてはいない。その姿は可憐でまるで人形のようだ。薔薇のように可愛らしい顔に艶やかなセミロングの髪。白く透き通るような肌。この容姿を見て誰がこの少女を死神だと認識するのだろうか。


 視線を感じたのか突如、マリアは懐から何かを取り出す。「ん」と短い声と共に鏡に渡されたそれは血のように赤いトマトだ。

 彼は艶やかな赤い果実のようなトマトを口にすると、予想外の甘さに目を輝かせた。


「それで。話って何かしら?」


「……何故、転生者を狙うんですか?」


 それは鏡の本心だったに違いない。

 彼は戦が嫌いだ。仲間が傷つくのが嫌いだ。例え回避不可能である戦闘に身を投じなければならないとしても、だからこそ彼は「理由」だけでも知りたいと思ったのだ。


 しばらく静寂が訪れた後、「いいわ。話してあげる」というマリアの言葉に鏡は驚いたのか目を見開いた。てっきりマリアに突き放されるとばかり思っていたのだろう。

 彼女の整った唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。


「理由は二つ。一つは監視者(オブザーバー)からの指示。もう一つは私個人が不愉快だからよ」


「不愉快って……何がですか?」


「あんた達の存在そのものがよ。あんた達は人間としてこの世界に存在してはならない(・・・・・・・・)。あんた達の存在そのものは女神の意思に反する。さらに私にとっても転生者という存在は私の真理に反する。だから不愉快でしかたがない」


「ボク達は望んでこの世界にきたわけではないんです」


「でしょうねぇ。だけどそれは関係ないのよ。あんたの意思があるないは問題にならない。たとえあんたという意思がその体に宿っていようがいまいが、あんたという存在はこの世界には許されない。女神の意思として私の意思として、人間としてのあんたの存在を容認できない」


 ゆっくりとマリアの紅玉が紫紺の輝きと重なった。

 殺意は見て取れない。しかし鋭さを秘めたルビーの輝きは鏡の体を貫いていた。

 何の感情も感じられない、本当に人形と会話しているかのような錯覚を覚える無機質な声音で、マリアは言葉を紡ぐ。


「だから私は転生者を鏖殺する。一匹残さず……ね」


 彼女はそこまで口にすると立ち上がりその場を立ち去った。

 鏡は手のひらに乗ったトマトを見つめながら、身動き一つしなかった。人間としてこの世界に存在してはならない。その言葉が脳裏を駆け巡っていたのかもしれない。


 だが彼は後に後悔することになる。

 記念日など「守る必要なんてなかった」。後に「卑怯者」と蔑まれようとも刺し違えてでもマリアを斬るべきだったと。

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