第19話「死地へ馳せる思い」
満天の星々が夜空に舞っていた。
アフトクラトラスの白い王宮を照らし出す光明は、宝石のように輝き、また消え去る命の灯火のように儚くその姿を暗闇に閉ざす。
月夜の光を浴びるのは空色の髪だった。鏡 鳴落は無言で夜空を見上げる。
彼の脳裏にはマリアの言葉が駆け巡っていた。「許されない存在」……ただその一言が。そしてそれが彼女の意思だけではなく女神の意思でもあると。
この世界における信仰の対象。それが創生の女神。自らを生み出した原初の神すらも殺し、唯一神としてとってかわった冷酷な存在だ。鏡が以前、読んだ本には瞳はサファイアのように青く輝き、髪はこの世に二つとない光り輝く銀色だと記されていた。
鏡を含む転生者はその創造主たる女神の意思に反する存在。しかし前世はこことは違う世界とはいえ同じ人間だ。それなのに何故、鏡達は許されないのか。女神の意思。マリアの意思。それらが何を差すのか鏡はどう考えてもわからなかった。
「ボク達は……何者なんだろう」
思わず声が漏れる。その時、ランプの光の下、誰かが立っていることに彼は気が付いた。
長身で少し長めの黒髪。眼鏡をかけた端正な顔立ち。闇夜の溶け込みそうな黒い軍服に身を包んだ男は鏡のよく知る高枝 陽樹だ。
「……少し前から入室していたんだが、何か考え事でもしていたか?」
「ちょっとね。ボク達って何者なんだろうって。そう思ったんだ」
「何者……か。まぁ確かに妙な異能力を持っているし身体能力も常人より高い。時より俺も自分が本当に人間なのかと疑いたくなる時もある。だがな。鏡。俺達は人間だ。人間だと認識している。それで十分だ」
「余計なことを考え過ぎってことかな?」
笑顔を浮かべた鏡の可愛らしい表情を見つめると高枝はおもむろに椅子に腰かけた。「少し話がある」と彼は突如、真剣な眼差しを彼に向ける。
「王都解放軍が動き出した。ゲハイムニスの近くにある駐屯地よりさらに王都へ進軍しようとする動きがある。王国騎士団もそれに応じるだろう。また戦争がはじまる」
「……嫌な世の中だ」
「まったくだ。あくまで予想の範疇だが激戦地はシングラーレ平原。王都解放軍に対する王国騎士団を率いるのは老将ポルヴェニク神聖騎士。そして……俺だ」
鏡の表情が固まる。
アメジストの瞳が見開き、高枝を貫いた。彼は真剣身を帯びた瞳で鏡を見つめたままだ。
「……なんで君なんだ?」
「今回の作戦案を立てたのは俺だからだ。シングラーレ平原の地形上、俺の能力が最大限の効果を発揮する」
「そういうことを聞いているんじゃない! なんで君だけが戦地へ行くんだ!?」
鏡にしては珍しい怒気を含んだ声音。高枝の前に置かれたテーブルへ身を乗り出し、鋭い瞳で彼を見つめる。
高枝は鏡の問いに対して口を閉ざしたままだ。
「……いくならボクも……」
「駄目だ。お前の能力と俺の能力は噛みあわない。そもそも俺の能力は相手の動きを封じ込めるものだ。あの死神マリアと真正面から戦って勝てるわけがない。徐々に戦力を削って丸裸にしなければ……」
「それは君だけがいく理由にはならない!」
高枝の言葉を切り裂くかのように鏡の鋭い声が響き渡る。「鏡……」とだけ短く呟くと高枝は黙り込んだ。
鏡は恐怖していた。
彼が戦場へ赴いたら最後、もう会えない予感がしていた。どす黒く渦を巻く不安が鏡を包み込む。しかし彼は理解していた。高枝を止めることなど自分にはできはしないと。
何故なら高枝は転生者達を……鏡や結愛を守るために死地へ旅立とうとしているのだから。俺達の仲間は俺達で守らなければならない。それが高枝の信念であり行動基準だ。
それを裏付けるかのように、高枝の口から何度も繰り返された言葉が紡ぎ出される。
「俺達の仲間は俺達が守らなければならない。そのために俺は戦場にいくよ。だが今回は俺一人だ。そっちのほうがやりやすいんだよ」
「『俺達』といっていながら一人でいくんだね」
「勝率を考えての話だ。そもそも相手に近づけさせない作戦だ。結愛も大浴も朱莉もお前も必要ない」
突き放すように鋭く放たれた言葉に鏡は思わず視線を逸らした。
だがおそらく高枝が真にそう思っているわけではない。結愛はともかく仮に本陣へ攻め込まれた際の対策として、迎撃する鏡や障壁を張る守り手として朱莉は決して不要などではないはずだ。すべては「無駄な犠牲を生まないため」なのである。
それが彼の下した「仲間を守る」作戦だ。そんな考えを鏡は察したのか口を閉ざす。
しばらく静寂が流れた後、おもむろに鏡はアメジストの瞳を高枝に向けた。
「……もし君が。もしも君が帰ってこなかったらボクはどうしたらいい?」
「……お前が守ってやれ。大浴と二人で朱莉と……結愛を守ってやれ。大切な彼女さんなんだろ? お前なら守れる。俺はそう信じている」
「……」
「なに別に無策でいくわけじゃないんだ。死ぬつもりも全くない。いざとなったら大浴みたいに尻尾巻いて逃げるさ」
先程までの怒りに震えるような険しい表情ではなく、寂しさに沈んだ鏡の顔を見て高枝はそう微笑んでみせた。
無反応を示す鏡に椅子から立ち上がると、高枝はそっと肩に手を置く。
「なぁ鏡。これは俺が望んだ戦いだ。死んでも悔いはない……とは言わないが仮に帰らなくても、それは戦争によって殺されたということだ。お前が自分を責める必要はないし相手を恨む必要もない」
「だけどその戦争さえ起きなければこんなことにはならない」
「それは今、ここで論じても意味がないことくらいお前ならわかるだろう? 起こったことを論じても始まらない。問題はこれからどうするかだ。死神マリアが転生者を狙っているのは周知の事実だがそれ以前に、王都解放軍が王宮まで攻め込んできた時点で俺達は殺される可能性があるんだ」
高枝の言葉により鏡は黙り込んだ。
もちろん死神マリアは脅威である。あの女が舞台に舞い降りたその時から全ては狂い始めた。しかし仮に彼女を抑えたとしても王都解放軍が王都へ侵攻を開始した場合、結果は同じだ。戦火により死ぬ可能性もあり、生き残っても処刑されるかどうかはヴェルデの胸三寸次第だ。
鏡の考えは王都が安全だという前提の楽観視にすぎない。というより願望という表現のほうが正しいのかもしれない。鏡は戦の先に安寧を見ている。しかし高枝は現実を直視していた。今回の戦に「他の転生者を残して一人でいく」のが何よりの証拠である。
それは高枝が一人でいくことで戦力の消耗を抑え、仮に戦死しても王都を守る手段を用意していることだ。
「だからこそ今回は俺だけに行かせてくれ。お前を守るために。お前達を守るために」
鏡が落としていた視線を上げる。宝石のように輝く紫紺の瞳が高枝を見つめた。
ゆっくりとその整った唇が言葉を紡ぐ。
「……策士、策に溺れる。それを忘れないで」
「あぁ。お前の忠告だ。胸に刻んでおくよ」
真剣身を帯びた鋭い表情から一変して、鏡は可憐な笑顔を見せた。
「出発はいつだい?」
「明後日の朝だ。明日はゆっくりできる」
「それじゃ明日の夜はひさしぶりボク達とディナーでもどうかな? ボクと結愛で最高の料理を振る舞うよ」
「いただこう。楽しみにしているよ」
高枝はそう笑顔で答えた。
翌日。三人で晩餐を楽しもうと準備していた鏡と結愛の元にどこから話を聞いたのか朱莉と大浴が乱入し、結局、転生者全員揃っての宴会状態となった。
主役は高枝だ。彼は馬鹿騒ぎする大浴や朱莉、そして呆れてため息を吐き出す鏡に視線を移し、明るい笑顔を振りまく結愛を見つめ、常に笑っていた。
そして明朝。
転生者達に見送られることもなく、高枝 陽樹は姿を消した。




