十月朔日之事_____二十六話目
くれ縁の外とを区切るガラス戸の向こうが明るくなった。
「もう朝か……。」
結局、酒を飲んで寝ようとしたが一睡も出来なかった。
身体は鉛の様だが足腰は立つ、今はそれで良い。
今、俺ができる事はーーーー
孝蔵さんに連絡、
なづなさんに連絡、
綿津見社の大日孁さんに連絡、
警察……………は無理だな。
先ず戸籍がはっきりしない…はずだ。
はっきりしたところで血縁でも無い。顔写真も無い。行く先の心当たりも無い。
特徴は身長1mの少女2名、ケモ耳尻尾があってたぬきにきつねです、ってか?
恐らく相談をして終わりだろう。
下手すりゃ病院行けとか言われる。俺なら言う。
ともかく先ずは電話だ。
◆
ともかくも何も出来る事 電話だけやっちゅーねん!
何が「先ずは電話だー」だよ。馬鹿か?俺は。
マジで電話だけやもんなー、そら直ぐよなー。
応接間の畳の上で胡座かいたままごろっと転がって考える。
掛け始めて五分で終わった………。
繋がったのは綿津見社の社務所だけ……。
大日孁さんの名前を出して事情説明して電話代わってと言ったら いたずら扱いでけんもほろろの対応であった。
どうすんねん、仕事休んだのにもうする事無いやんけ。
さっき 串カツに電話したら「あれ?先輩妹さんいましたっけ?」とか言うし。
あんなに会いたがってたクセに。
………あれ? 前にそう言うような『記憶から消えるみたいな話』した事あるよな、俺。
話の内容を思い出しながら三人の行き先の手掛かりを探そうと考えた。
しかし、落ち着いてから改めて部屋を見渡すと あの三人に関するものが何も無い事に今更気がつく。
ぽことすずの箱に入ってたお絵描き道具やおもちゃの刀、まりりんのお面も入ってはいない。
覗いて見たがラメのスーパーボールすら残ってはいない。在るのは箱だけだ。
箱に書いていた[すず+ぽこの箱]と言う太マジックの文字も消えている。
おい! 居なくなりそうって 俺の誤解だったんと違うんかよ。
毛糸の帽子を被って考える………。
何か手掛かりとか無いか?
部屋の中を歩いて歩いて歩いて歩いて………俺、なんだか熊みてえ。
ああ、水族館じゃ無くて動物園も良かったのかもなあ。
でもぽこもすずも嫌がるかなあ。
二人ともケモノだもんなあ。
何とは無しにくれ縁から庭を見る。
「ぽことすず遊んで無えかなー。」
静かなもんだ。
ふと見た 手元に立つ縁側の間柱にあったはずの傷が無い。
夏の終わりに気まぐれでみんなの身長を測った時の傷。
すずとぽこがこの辺で、稚日がこの辺で……。
なんで無くなってるんだろうなー………。
…………別に、これまで消えんでも良えやんけ。
稚日の言葉が思い出される。
【………仮に人が神と 人同士の繋がり程度に浅く触れ合った場合、その繋がりが切れてしまえば 朧おぼろの夢の様に記憶からも消えてしまう事が多いのです………】
ーーーーー俺は覚えてるぞ。
【その覚えている者と 消えた者の間にはしっかりとした縁が結ばれていたのでしょう】
ーーーーー当たり前だ。家族なんだぞ。
【……… 『昔よく遊んだ幼馴染みを 自分以外の誰も覚えて居ない』とか、『行方不明になった友人が最初から居なかった事になっている』とか………】
ーーーーー他人なんてどうだって良い、俺が覚えてる。
急に全身の力が抜け、そのまま くれ縁でへたり込んで 動けなくなってしまった。
◆
何となく家に居たくなくて外へぽことすずを探しに出てみた。
一緒に行ったのはスーパー、コンビニ、梅田屋、川のお社の所とか……。
そう言や すずは庭のプールばっかりで 海水浴は行ってないんだなあ。来年は行けたら良いなあ。
抱きついて「ちちうえ〜しょっぱい〜」とか言いそうだな、ははは…
そんな事を考えもって探しに回るがスーパーにもコンビニにも二人は居なかった…。
スーパーではいなり寿司が売ってたので買ってしまった。
「帰ったらこれお茶請けにみんなでお茶飲めるかな…。」
と、一人一個で四つ。
梅田屋の扉を開けると梅婆が声を掛けてくる。
「あれ、加東さんところの坊主やないか、久しぶりやなあ。」
「夏に何回かきたやろ。」
梅婆も忘れてるんか………。
「そういやあ、可愛らしい子連れて来とったなあ。あの子は今日はおらんのんか?」
「!! 婆さん、あの子の事おぼえとるんか!?」
思わず声が大きくなる。
「いや、顔が思い出せんが可愛らしい子連れてきとったんは覚えてる。」
「頭の上にたぬきの耳付けた! シュミーズドレスの子や。」
梅婆は必死で記憶を探ってくれていたようだが、申し訳なさそうに言う。
「思い出せんなあ……。うちは子が居らんから、店に来る子ら みんな我が子や思うて この商売しとったのになあ。子の顔が思い出せんとか………もう潮時やろかなあ。」
「婆さん、そんなんで商売辞めたらその子が悲しむから…そんな事言わんと、もう少し頑張ってや……。」
梅婆の話を聞いて、精一杯慰めたつもりだがそれほど気の利いた事など言えなかった。
申し訳ない気分になる。
「せやなあ、もうちょい頑張らんとなあ。あんたも、またあの子連れて来ぃや。」
「おう、また来るわ。次はあの子ともう一人…いやもう二人連れて来るわ。」
果たせるか分からない約束をして店を出た。
そのまま ふらふらと川沿いの社まで来たが 誰かが出て来る訳でも無く、何も変わらない。
しばらく川を見ていたが居た堪れなくなって帰宅する事にした。
ひょっとしたらもう帰ってるかも知れないしな。
◆
帰宅してから何と無く思い立ち、道具箱から巻尺を出して来て 縁側の間柱に鉛筆で罫書き《けがき》を入れる。
◀︎135cmわかひ
◀︎1mぽこ
◀︎98cmすず
お茶とお茶請けの用意をして待っていたが 結局その日も誰も帰って来なかった。
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