九月三十日之事_____二十五話目
今日は月末、嬉し恥ずかし給料日だ。
この仕事では良くある手渡しの現金払い。
昨夜の出来事のお陰でテンション高め。
女の子からの手編みの帽子……くれるのが妹枠や娘枠からでも十二分に幸せなのだ!
「いやあ、ひさびさにひと月丸々働くと やっぱしんどいなあ。だがしかし!その分給料はそれなりのはず!」
後輩の串カツが適当な相槌ついでに誘いを掛けて来る。
「先輩ご機嫌っすねえ。今日は仕事上がりに居酒屋でも行きます?」
「アホ言え。俺は早いところ家に帰って妹に給料袋を渡さねばならんのだ。」
ついでに次の日曜日 みんなで水族館に行こうと提案するつもりなのだから邪魔しないで貰いたい。
「ちぇっ、フられた。良いっすよ、一人で立飲みにでも行くっすから。」
「ははっ、悪いな。」
「別に良いっすよ。今度妹ちゃんを紹介しt「だが断る。」…おぅ。瞬殺っすねえ。とほほほ。」
こいつは分かってて言ってるのでクドく無くて助かる。
うちの会社は社長が元々俺の親の知り合いの教団信者だったので必然 従業員にも信者が多い。
まあ、宗教が絡んでなければ推定無害な連中なので付き合いはそれなり。
仲が良いのは串カツくらいだ。
今 会社に、調子に乗った中途入社のバカが一人いる。
この調子に乗った馬鹿な同僚がやたら執念いのだ。
教団を辞めた俺に若い妹がいると知って以来、執拗に絡んでくる。
いくら妹が未成年だと言っても恋愛は自由だとほざいて聞きゃあしない。
「未成年者相手の一方通行な自由恋愛があってたまるか、馬鹿。」
この台詞が通用しない時点でどんな奴か分かるだろう。
調子こいてる馬鹿は蝮木冬彦という通院レベルの埒外信者。こいつは教団活動が絡むと不法行為も平気で行うタイプだ。
俺に絡むのも稚日を落とせば 妹経由で退転した俺まで信者に戻って来るとか言う埒外理論と 隠れ真性ロリコン野郎の合わせ技なのだ。
給料の受け渡しで会社に戻ると案の定絡まれる。
「よう、加東ちゃん。元気〜? 妹ちゃんを紹介、何時してくれるんや〜?俺 仲良くなりたいんやけど〜。」
何時もこの調子だ。
「言ってるだろ。お前ら教団の人間には紹介なんぞしねえ。」
「チッ! 偉っそうに この退転者が! 地獄に堕ちろ!」
こういう時は正面から叩くに限る。
「おい、文句あるなら俺を相手に法論で調伏すれば良いだろうが。負けたら教化されてやるぞ、ん? 勝てたなら妹もちゃんと紹介してやる、勝てるならな? どうだ?ほれ。」
と挑発すると いつも通り 顔を真っ赤にして去っていった。
以前 こいつを教団の教義で以って けちょんけちょん にしてからずっとこんな調子で絡んでくる。
教団の理屈に収まって一般常識蔑ろにしてる奴じゃ俺に勝てないって事をそろそろ学習して欲しい。
カルトの教義なんて穴だらけだから、教義以前に辛抱強く常識を積み上げたら負ける訳がないのだ。
「相変わらず、蝮木さん相手には容赦なしっすね、先輩。」
「まあな。俺は教団信者相手って言う前提でのやりとりは微塵も手加減しねえって決めてるからな。」
公私の区別つける程度の常識くらいあれば良いんだが、まあ言っても無駄だろう。
「じゃあ、俺帰るわ。」「おつかれっしたー。」
◆
「ただいま〜。」
しーん………
誰も居ないなんて珍しいな。………………買い物かな?
まあいいか。取り敢えずシャワー浴びて着替えよう。
シャワーで済ますのも久しぶりだなあ。みんなが居るとお湯張って入った方が楽しいからな。
そういえば同居し始めの頃、一度わかひが入って来ようとして大慌てで出たんだよな。
あの時も稚日が拗ねて大変だった。
今じゃ週一回は一緒に入る羽目になったが 慣れると変な意識をする事も無くなって、返って良かった様に思えるから不思議だ。
しかし、考えてみれば 帰宅時に一人って久し振りだな。
「うちってこんなに静かだったっけ? ……テレビでも点けとくか。」
テレビでは何やら芸人が楽しげに騒いでいる。
「遅いなあ……。」
余りの手持ち無沙汰に冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
酒を飲むなんて二カ月ぶりくらいか?
さして面白くもない耳障りなテレビも消してしまった。
冷蔵庫の駆動音だけが響く。
昨日貰った毛糸の帽子を弄って暇を潰す。
もうそろそろ帰ってきても良さげだが…。
………
……
…
『ボーン、ボーン、ボーン』
壁掛けの振り子時計が九時を指した。
「ん?」
久しぶりのビールでついうたた寝をしてしまった。
まだ人の気配は無い。
「……ひょっとして ぽこは今日は自分家に帰ってるのかな?」
ちょっと電話してみるか…。
『ただ今お掛けになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かm 』ガチャツーツーツー。
アレ?間違えた?もう一回……
『ただ今お掛けにn 』ガチャツーツーツー。
なんだこれ………。
何となくだが不安になり ぽこの様子を見て来ようと立ち上がる。
まさか……な…。
福里宅へ出向くが扉は閉まっており照明も点いていない。
と言うかこのぶら下がってるの、水道局の開栓依頼と電気の送電停止の説明書きか?
なら、ガスメーターは……レバー横向き…あっちも止まってる。
アレ? いつのまに引っ越したんだ?
昨日まで…いや、今朝までぽこはうちに居たんだぞ。
朝は「行ってらっしゃい」言うて ぽこはすずを真似て お辞儀しようとして転がってみんなで笑った。
泣きそうになったぽこもそれで笑ったんだ。
稚日はお弁当を手ずから渡してくれた。
何時もみたいにご飯にゆかりでハートマークだった。
アレ? なにこれ? …足が震え出した。
とりあえず家に帰らなきゃ………クソっ膝に力入らねえ。
この感覚…幼馴染が死んだ時もこんなだったか?……なんでこんなタイミングで思い出す!?
こんな時には嫌な事は忘れろ!思い出すな!
負の感情に捕まるな。
誤解だった!
そうだ!居なくなるかも、なんて俺の誤解だったんだから!
足を引き摺って 幾らもない距離をどうにか玄関までたどり着く。
中に入りたいが正直腰が持ちそうに無い。
これは完全に腰が抜けてる…。
解らん、なんでこんな事になってるんだ?
鍵は開いてる、でも引き戸を開ける余裕が無い。
今持たれて身体を預けてる壁から 身体を引き剥がせば立って居られないと言うのは間違いない。
堪えろ。
もう少しだけ、堪えろ。
脚に力が戻るまでで良いから。
今しゃがんだら終わる。立てなくなる。
堪えろ、堪えろ、堪えろ。
………………………。
良し!…………………戻ってきた。立つだけなら何とか。
産まれたての鹿の様に震える脚で無様に、立ち、歩き、玄関を潜り、帰宅する。
俺のうっかりで見落としてるだけかもそう思い立って、よろけながら家中の戸や襖を全て開けて回る。
隣の部屋の襖も納戸の扉も開けてみるが静かなものだ。
押入れ?トイレ?風呂?
なんか 吐き気がすごい事になってる。……戻しそう。
今何時だ?孝蔵さんに電話してみるか?
いや、今掛けて不在ならまだしもまた不通だったら?
おそらく直ぐには立ち直りが利かなくなる。
さっきの腰の抜けた感覚を思うと今すぐ電話を、と言う気にならない。
意外とヘタレだなあ、俺。
どうしようもない。今は何を考えても空転する。
こう言う時は食って寝る。 先ずはそれからだ。
でも吐き気が止まらない。こんなんで酒とか喉通るのか?
「あ、会社の留守電に明日休むって入れとかなきゃな…。」
どうか、どうか これこそが夢であります様に……。
きっと誤解だったんだから…………………。
読んでいただきありがとうございます。
楽しんで頂けたら幸いです。




