第四話 王者の配信ですわ〜
「おお、チャンネル登録者が一気に増えて10000人超えてる……」
僕がふと翠恋のチャンネルを覗いてみると、チャンネル登録者数が爆増しているのを見つけた。ついこの間まで3000人程度だったのに、三倍以上増えていた。麻雀動画のバズりが大きかったのだろうか?
お祝いコメントでもしておこうかなと思い、Xを開いてみると翠恋のポストを見つけた。
“チャンネル登録者10000人を超えてしまいましたので、今夜21時に記念配信をしたいと思います。是非いらしてください!”
とりあえず僕はそのポストを引用リポストして“チャンネル登録10000人おめでとう!”と打っておいた。今夜の記念配信も楽しみだ。
『登録者一気に増えてたね! 麻雀配信、僕も見たかったな〜』
「あの配信は伝説だよ。僕があの場に立ち会えたのは僥倖だった……」
「麻雀よくわかってない僕も凄いと思いましたからね。おかげで僕も麻雀始めちゃいましたよ!」
翠恋が配信を始める少し前に、僕は栗リソさんとけんGさんとの三人でボイチャアプリを繋いでワイワイと雑談をしていた。ふと思いついて僕は三人で同時視聴することを提案したのだ。
「それにしても、二人ともいつの間にか翠恋のファンになっちゃいましたね」
「そりゃあ、あんな配信見せられたら、配信者として頭をぶん殴られたような衝撃を受けるよ。もう一発殴って欲しくなるに決まってるじゃないか……フフフ」
『そうそう。いつか自分の作った歌を翠恋ちゃんに喘いで……歌ってもらいたいなあ〜』
なんかこの二人を同じチャットに呼んではいけなかったような気がするぞ……僕は少し後悔しだした。
そんなこんなで21時になり、時間ぴったりに翠恋の配信が始まった。画面が切り替わって翠恋の麗しい姿が現れた。
記念配信だからだろうか? 同時接続数も500人を越えていた。今日は良い配信になるといいな。
「皆様こんばんは! 今日もよろしくお願い致しますね。そして、わたくしのチャンネル登録者数が5000人を飛び越えて10000人になってしまいました。今夜はその記念配信になります。本当は5000人でも記念配信したかったのですが、仕方ありませんわ。皆様一緒に盛り上がりましょう!」
うおおおおお! とコメント欄は大盛り上がりだった。VTuberのこういう配信の時のコメント欄はちょっと宗教じみてて怖いと思っていたが、自分が一員になってみると悪くないなと思ってしまう。郷に入っては郷に従うのだ。
配信は初回配信や今までやってきた配信の振り返りをしながらつつがなく進んでいった。配信も中盤といったところだろうか? コメント欄が少しざわついているのに気づいた。
「ん? なんかコメント欄が騒がしいですね」
「ああ、これはまずいな……」
どうやら翠恋に対する否定的なコメント、いわゆるアンチコメントが多く流れているようだった。
『うわー、これ荒らしだよ』
同時接続数が増えれば、それだけ変な奴も紛れ込んでしまうのが配信というものだ。荒らしが来てしまうのも必然であるのかもしれない。しかし、このめでたい記念配信に来なくても……。どうにかできないのか? 僕は忸怩たる思いでコメントの流れを追っていた。
「なんだかコメント欄の様子が変ですわね……あら、これはアレではないですか? あんちこめんと、というやつではないですの?」
アンチコメに気づいた翠恋はなぜか少し嬉しそうだった。
「え? どうしましたの? ……え? コメントを消す? どうしてですの? せっかくのコメントを消すなんて」
どうやら妖精さんと翠恋が話しているようだ。妖精さんがコメ欄の自治してくれるようだが、翠恋がなんだか抵抗しているみたいだ。
「こういうコメントをしたい人もいるでしょう。それくらい受け止めてこそ王者というものですよ?」
なんかまた器のデカいことを言い出したな。だが、配信者本人は良くても、視聴者はこういうコメントを嫌う人もいる。だから荒らしコメントは消してしまった方が良いのだ。なんとか堪えてコメントを消してくれ翠恋! 僕は祈るように配信を見つめた。
「うーん、そうですわ! 皆様! どうせなので、今から5分間だけ、コメントに好きなことを書き殴ってくださいまし! 日頃の鬱憤をここにぶちまけて、みんなでストレスを発散してくださいな。わたくしが全て受け止めて差し上げますわ」
ざわ……
突然の翠恋の提案にコメント欄は戸惑い、アンチコメが来た時以上にざわつき始めた。これは一体どうなってしまうんです?
「お嬢様! そんなことしたら収拾がつかなくなってしまいます!」
「大丈夫ですわ! たかがコメントです。それくらいどうとでもなりますわ!」
「それはそうですが……」
翠恋の暴挙に妖精さんもヒートアップしてしまっているようで、遠くから妖精さんの声が配信に入ってきてしまっていた。なんか想像よりもかわいい声だな。
「こ、これどうなっちゃうんですかね?」
「フフ、面白いじゃないか! さすが王者! 予想外の展開に背筋がゾクゾクしてきちゃうよ!」
けんGさんの方から何かコメントを打っている音が聞こえる。一体何を打ったんだ?
“王者翠恋! もっと僕たちを殴ってくれ!”
「何をコメントしてんですかあんたは!」
「僕の正直な思いをぶちまけたのさ!」
「正直すぎるでしょ!」
『僕もコメントしよー』
“会社行かずにずっとネットで曲作っときてーよー!”
「栗リソさん、色々ストレス溜まってるんですね……」
『あはー、ちょっとスッキリした』
二人に倣ってコメント欄に視聴者の心の内がぶちまけられ出して、なんだかとんでもないことになっている。
“働きたくないでござる!”
“テストの点が悪かったからなんだっつーの!”
“あー、かわいい妹が空から降ってこないかなー”
“彼女欲しい彼女欲しい彼女欲しい彼女欲しい”
「あはー♪ なんだかこの世の欲望と負の感情を煮詰めたような地獄になってますわー!」
この惨状を見て翠恋は大喜びしていた。これを楽しめるとは、月の精霊じゃなくて地獄の門番なんじゃないだろうか?
「あ、5分経ちましたわね。はい皆様! これで終わりですわ〜」
“はーい”
翠恋の号令と共にぴたりとコメント欄が止まった。なんという統率力だ……これが配信界の王者になる者の力なのか!?
「皆様、スッキリしましたか? たまにはこういう配信があっても良いですわね!」
こんな配信あって良いんだろうか? 良いのかもしれない。配信とは自由なものだし、人を傷つけなければ問題ないだろう。でも妖精さんはげっそりとしてそうだけど。
「この配信には色々な人が来て良いと思っています。わたくしは全てを受け入れますわ! でも人に迷惑をかけるのはダメですよ? 良いですね?」
“はーい”
“イエス! マム!”
“御心のままに”
相変わらずのデカい器を見せつけられてしまった。僕が感心してぼーっとしていると、一つのコメントを見つけた。
“あの、最初に変なコメしてすみませんでした! これからは翠恋様を崇め奉って生きていきます!”
どうやら最初にアンチコメを連投していた荒らしのようだ。荒らしを反転信者にしてしまったのか? 翠恋の圧倒的な配信者パワーに驚かされてばかりだ……。
「うおおお! 王者! 王者翠恋! 翠恋最強! 翠恋最強!」
『翠恋ちゃん最高だよ〜僕逝っちゃいそうだよ〜』
けんGさんと栗リソさんは翠恋の王者の威光にすっかりメロメロになってしまっていた。まあ気持ちは分かるけどもう少し落ち着いて欲しいな。
こうして、翠恋の王者の配信は大盛況のまま終わりを迎えた。
でもこの配信、どうやって動画にすればいいんだろう……? 今、僕の切り抜き師としての手腕が問われていた。
興奮する二人と別れてから、僕は動画作成ソフトとずっと睨めっこをしていた。どういう構成にすればいいのか? どこを切り抜けばいいのか? 僕は悩みに悩んだ。
「10000人記念でもあるから、気合いを入れたいな」
やっぱり荒らしを捌いたところをメインにすべきだろう。王者の器の大きさを見せつけたあの瞬間を僕が完璧に切り抜いてみせよう。
「コメント欄を解放する瞬間を大げさに……それでいて王者の風格を表すようなエフェクトを……」
動画の大枠ができたところで見直してみると、面白く切り抜いたつもりじゃなかったのに妙に面白かった。これが王者たる所以なのだろうか。
「お、そういえば妖精さんの声が入ってたな。そこはピックアップしておこう」
そんな動画が完成したのは、朝を越えて昼に差し掛かっていた頃だった。
「できた……」
僕は完成した動画をYouTubeにアップしてXのポストを済ませると、そのまま泥のように眠りについた。
次に僕が起きたのは次の日の朝だった。18時間くらい寝ていた計算になる。
「寝過ぎて頭痛いな……そうだ、動画はどうなった?」
僕はPCを立ち上げて動画の様子を確かめた。
「お、いいじゃん! がんばってよかった。それにしても妖精さんに関するコメント多いな……」
次に僕はスマホでXを開いた。そして翠恋のいつもの引用リポストを見つけた。
「なんか妖精さんの人気がやたら高くないです? わたくしの配信なのにー!」
そこには悲しき王者の慟哭があった。
通知を見ていると、一件だけリプライがついていた。これは……翠恋から? いつもは引用リポストだけなのに今回はリプライも? なんだろうと思ってその通知をタップした。
“いつも素敵な動画ありがとうございますわ! またよろしくお願いしますわ〜”
「……ははっ」
僕はXを閉じると、動画作成ソフトを立ち上げた。なんだか動画を作りたい気分になった。僕は鼻歌で第九を歌いながら、今日も動画作りに勤しむのだった。




