エピローグ「百一回目のための、今日」
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それから、季節が変わった。
エルナは相変わらず、笑わなかった。
セドリックへの愛は、戻らなかった。
戻る気配も、なかった。
でも——
「今日の昼食は、何がよい」
「……どちらでも」
「どちらでもは困る。お前が選べ」
「……では、スープを」
「わかった」
そういう、小さなやりとりが、続いた。
セドリックは毎朝、相変わらず自分で食事を確認してから持ってきた。
異常な行動だと、エルナにはわかっていた。
でも、やめろとは言えなかった。
それが彼の「生きている証拠」だったから。
百回分の罪悪感を、スプーン一杯ずつ飲み込んで、それでも毎朝来る男の——生きている証拠だったから。
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ある朝、エルナは窓を自分で開けた。
冷たい朝の空気が、部屋に流れ込んできた。
「……寒い」
エルナは小さく言った。
独り言だった。
誰に言うでもなく。
でもそれは——百回目の人生で、初めて、エルナが感じた感覚の言葉だった。
寒い。
寒いと思う。
それはまだ、生きているということだった。
庭に、白い花が咲いていた。
枕元に置かれていたものと、同じ花。
きれいだと——
ほんの少しだけ、思った。
その瞬間。
背後に、人の気配がした。
セドリックだった。
食事を持って来ようとして、扉の前で——止まっていた。
エルナが窓を開けたのを見て、足が止まったのだろう。
エルナは振り返らなかった。
振り返れなかった。
背後でセドリックが、安堵と恐怖の入り混じったような息を吐いた。
気配だけで、わかった。
あの男はまた——エルナの影を目で追っている。
逃げないかと。
消えないかと。
今日も、死なないかと。
「……来てください」
エルナは、窓を向いたまま言った。
「寒いので、扉を閉めてください」
背後で、足音が動いた。
扉が閉まった。
足音が近づいてくる。
「エルナ」
「……はい」
「寒いか」
「少し」
セドリックは何も言わなかった。
ただ——エルナの隣に、立った。
二人で、白い花の咲く庭を見た。
言葉はなかった。
愛も、許しも、なかった。
ただ、同じ朝の空気を吸って、同じ庭を見ていた。
それだけだった。
それだけが——今日の、全部だった。
エルナはまだ、笑わない。
セドリックはまだ、赦されない。
でも。
今日、エルナは窓を開けた。
今日、セドリックは隣に立った。
百一回目の朝は——ただ、静かに続いていく。
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【完】
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作者より
エルナの瞳に光が戻るかどうか、誰にもわかりません。
でも彼女は今日、窓を開けました。
そしてセドリックは——今日も、隣に立っています。
それがこの二人の、百一回目の始まりです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
エルナの瞳に光が戻る日は、まだ遠いかもしれません。
それでも、彼女が自ら窓を開け、「寒い」という感覚を言葉にした。
それだけが、この101回目に起きた唯一の、そして最大の奇跡だと思って執筆しました。
セドリックの「重すぎる償い」は、これからも一生続いていきます。
【読者の皆様へ】
もし、この二人の「救いのない救い」に何かを感じていただけましたら、下の**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価**をいただけますと、執筆の大きな励みになります!
また、セドリック視点の後悔全開エピソードなど、番外編のご要望も感想欄にてお待ちしております。




