ブゼル『薄幸令嬢と豪運王子 ラスト』
(ロゼット……、ロゼット……!)
アリスティアが城の外へと小走りに踏み出すと、果たしてそこにその姿はあった。あったのだが。
「殿下! 何をやっていらっしゃるんですか!」
「倒したって……、一人で魔王軍を相手にしたということですよね……!?」
「それもドラゴン!? 何故我々を呼ばないのですか!」
「だ、だってよぉ……」
外で待っていたであろう三人の護衛に、散々に叱られているロゼットがそこにいた。
まるで先程の自身を見ているようで可笑しく、ついついアリスティアは笑ってしまった。
「──ふふ」
「──っ!? アリスティア!?」
気付いたロゼットが大きな声を上げれば、全員の視線がアリスティアへと向かう。気恥ずかしい思いに頬を赤らめるアリスティアであったが、ここまで来た以上は尻込み出来ないと勇気を振り絞って口を開いた。
「あ、あのっ! や、やっぱり私も連れていって!」
「アリス……」
その言葉が嬉しかったのか頬を弛めるロゼットであったが、すぐにハッとすると小さく首を横に振った。
「な、何を言ってるんだ。さっきの言葉を聞いていなかったのか? ベアトルファは決して安全じゃないんだ。君にもしものことがあったら──」
「それよりも、貴方と会えない方が嫌なの!」
「──え?」
再度説明をしようとするロゼットに、アリスティアは真っ向から想いの丈をぶつけていた。流石のロゼットもこれには面食らい、目をぱちぱちとさせている。
「戦いが終わるのはいつ? 何年後? 私がおばあちゃんになってしまうかもしれないでしょう? 私、そんなの耐えきれない。今連れていって貰えないのなら、一人で勝手に行きますからね!」
「────」
その啖呵にはロゼットも、彼の護衛も絶句していた。互いに見つめ合い、ややあって耐えきれずに吹き出したのはロゼットであった。
「ぷっ、だははははは! なんつー脅迫だよ!」
「な、なによ」
「──ったく。んなこと言われたら連れてくしかねぇだろうが」
わざとらしい仕草で頭を掻くロゼットに、彼の護衛たちが尋ねる。
「あの殿下、こちらの方がもしや……?」
「おお。話してたアリスティアだ。……な? つえーだろ?」
「確かにお強いですね」
「これは尻に敷かれますよ殿下」
「ちょ、ちょっと!」
何やら自身の話題で盛り上がる一団に、不満の声を上げるのはアリスティアである。
「ロゼット、貴方私のことをどんな風に伝えているのよ!?」
「だはは、嘘は言ってねえぞ」
軽口を叩き合う二人を見てか、護衛三人は「我々は馬の方に行っていますね。殿下とアリスティア様もお早めに」と口にしてその場から立ち去っていった。気を利かせてくれたのだろう。後には、ロゼットとアリスティアの二人だけが残されている。
少し気まずそうにしていた二人であったが、ややあって、アリスティアから口を開いた。
「……口調」
「ん?」
「その口調。王太子然としていた時もかっこよかったけれど、やっぱり今みたいな粗野な方が貴方らしいわね」
「褒めてんのかそりゃ?」
「褒めてるのよ」
「ほー」
そう口にして互いに見つめ合うと、二人はまた笑い合う。今度はロゼットが口を開いた。
「そっちも、我慢してお淑やかにしてるより、今みたいに突っ走ってる方がいいぜ」
「まあ! 人を野性動物みたいに。褒めてるの? それ」
「褒めてんだよ」
先程の意趣返しか。似たようなやり取りを繰り返して笑う二人の距離は、自然と近付いていく。ロゼットは腕を広げると、アリスティアを抱き寄せた。
「っ、ロゼット……?」
「ありがとう。アリス……。本当は君のこと、すぐにでもベアトルファに連れて帰りたかったんだ」
「え?」
驚くアリスティアに、ロゼットがぽつり、と溢す。
「だってそうだろ。初恋の女と再会して、そいつがクソ野郎にいたぶられ、殺されかけてるのを知って穏やかでいられる訳がねえんだよ! 許されるなら、すぐにでもかっ拐ってやりたかった」
「王子様が誘拐なんて駄目よ」
「分かってる……。我慢したさ。だから今、君がこの腕の中にいることが心から嬉しい」
「私もよ、ロゼット」
抱かれている状態から少しだけ距離を開けると、二人は互いの顔を見つめる。
「貴方になら、拐われてもいいわ。だから……」
耳の先まで紅潮し、早鐘を打つ心臓は、今すぐにでも飛び出しそうな程に震えている。
互いの姿を瞳に閉じ込めて、再び二人の距離が近付いていく。アリスティアは目を閉じて、ロゼットを受け入れ──、
「お待ちなさい!」
「うぇっ!?」
「ぐぇっ!」
突如響き渡ったクソデカボイスに、アリスティアは思わずロゼットを突き飛ばしてしまった。驚いて振り返ると、そこにいたのはとんでもない人物で……。
「ディ、ディクシア!? ──様!?」
なんと大きい方のディクシアが肩を怒らせながらそこにいるではないか。これには俺も仰天した。
「え!? な、何で!?」
「なんでもかんでもありませんわよ! 聞いていませんわキスシーンがあるなんて! ダンスは百歩譲って許しましたが、それは見過ごせませんわ!」
「そうだそうだ! ずりーぞ! アタシなんかただのやられ役だってのに!」
ジュエルベアーまで出てきた! というかまだ着てたんかそれ!?
「あら、バレナさんにはお似合いでしてよ?」
「んだコラ魔王軍やんのか?」
仲良く登場したと思いきやいきなりバチバチに睨み合う二人。そしてそこに、次なる人物が。
「もー! バレっちもリューさんもだめだよぉ」
ノーマルディクシア来ちゃった……。
何やら顔を赤くしてやって来たディクシア(小)は片手にエールの瓶を持っていた。なんだコイツ出番終わったからって速攻で酒盛りしてやがる!! おいこの後歌うんだぞ!? 衣装はどうしたんだおいこら。
あまりにも突発的に発生したカオスな状況のオンパレードに、俺は顔を覆っていた。ジュエルベアーにディクシア軍団って、ボスラッシュかよ。
「本番中だよー戻らないとー。うぃー」
「いーえ本番だろうと何だろうと許せないものは許せませんのよ!」
「酒くせッ!! なんだァてめェ! 熊拳法食らいてーのか?」
「あーもうー。ヒック」
既に収拾のつかなくなった感がある舞台上に、更に登場するのはもう一人。
「みんな落ち着いて~!」
エマが走ってきちゃった。もうやだ。
さっきの感動的な別れはなんだったんだという勢いで普通に現れたエマは、ディクシアズと熊に説明を始める。
「私だって納得はしていないけれど、でもこの物語にはキスシーンは絶対に必要なのっ!! 外しちゃ駄目なの!! 安心して、私の魔法でいい感じに上手くやるから……!」
いや、そういうの舞台裏でやってくんねーかなぁー……。
深いため息と共に、俺は空──天井を見上げた。ああ、まずい、泣きそうだ。
ここまでおかしな状況になってしまっては、立て直すことなど出来ないだろう。ウィズが何をしようとしたところで、キスシーン自体こんな空気じゃ不可能だっての。
こんなに頑張ったのに…、なぁ。
あーあ。最後の最後で、終わった。終わっちまった。もうこのまま幕を──、
《アリスティアは思い返していた。幼き頃、ジュエルベアーから助けられた思い出。大変だったセタンタ城での日々、そしてダンスバトル……!》
──!
流れてきたものは、団長であるクローノの声だった。そして同時に、ゴーバン王やノーブル、オーゼルたちが遠巻きに顔を見せ、そして捌けていく。これは……。と息を飲む俺。
天才か。このあり得ない登場人物たちを、回想シーンにしやがった……!
「殿下、今だ……! 追っ払え……!」
隣にいるレオンを小突くと、小声でそう伝える。憮然と成り行きを見守っていたレオンは、おお。と納得した表情を見せるとジュエルベアーその他を追い出しに掛かった。
「おら捌けろ、熊とドラゴン……!」
「あいて! てめ、まだ話は──」
「んまぁ、勇者様ったら強引ですわ~!」
「ひっく、うぃ~」
追い立てられた二人は、ウィズとスルーズに連れられて消えていく。そうしてやっと、アリスティアとロゼットは二人きりになれたのである。
「色々なことがあったわね」
ふふ。と微笑むとアリスティアはロゼットに背を向けた。
シーンは立て直せたが、これ以上の余計なトラブルを回避する為にもキスシーンはやらない方がいいだろうという判断である。残念だが仕方ない。
元男の癖に抵抗ないのかって? ないな。劇のクオリティの為なら大抵のことは飲み込める。──大人だからな。
「でも、これからもきっとドキドキや、ワクワクすることが沢山待っているのね。──楽しみだわ」
「アリス」
不意に、背中からそう呼び掛けられた。「ぇ?」と小さく声を上げてアリスティアが振り返ると、その体が強引に抱き寄せられた。
「っ────」
何か反応を返す暇すらなく。次の瞬間その口は、ロゼットの唇によって塞がれている。
「ん……む、ぁ……」
まるで自身の全てを奪われているかのような、深い口付け。驚いた後で、しかしアリスティアはそれを受け入れた。目を閉じて、ロゼットの体を抱き返す。そして二人ともが、互いを求める様にその体を寄せ合った。
「ん…………」
いつまでそうしていたのか、二人はそっと互いの体を離す。再度見つめ合うと、どちらともなく微笑んでいた。
ロゼットが、悪戯っぽく笑う。
「ドキドキ、したか?」
「──! も、もう! その為にやったの!?」
「そんな訳あるか。我慢出来なかったんだよ。……嫌、だったか?」
強引にしたくせに、不安になったのかしおらしくそんなことを聞いてくる。全く可愛いんだから。とアリスティアも微笑んだ。
「ううん。嫌じゃないわ。──ロゼットだから」
「────」
その言葉を受けてロゼットも顔を赤らめると、「じゃ、じゃあ行こうぜ。護衛を待たせてるからな」と口にしてアリスティアへと背を向けた。
「──ええ。行きましょう」
その後ろについて歩きながら、アリスティアはふと思う。
(ずっと、自身の不運が嫌いだった。へこたれないけれど、それでも、運に見放されているとは思ってた)
襲い来る不運には、すぐに慣れた。いや、慣れるしかなかったのだ。嘆いたところで変わらないのならば、不運に負けぬほどに強く生きるしか道がなかったのである。
(でも、そうじゃなかったのね。私は不運なんかじゃなかった)
本当に彼女が不運だというのなら、疫病で早々に命を落としていただろう。それを、今日まで大病もなく来られたのだ。
(そして、初恋の人に再会して、今こうして彼と結ばれようとしている)
一体この世の中で、どれだけの人間がそれほどの幸運と出会えるだろうか。アリスティアは、こう結論付けた。
(幸運、だったのね。だって私はずっと、一人じゃなかったもの)
父に、エマに、ロゼットに。いつだってアリスティアの側には彼女の味方がいてくれた。信頼出来る人間が、彼女の在り方を肯定してくれていた。
「アリスティア」
歩きながら考え込んでいるアリスティアを心配したのだろう。足を止めて振り返るとロゼットはアリスティアの顔を覗き込む。
その仕草がなんだかおかしくて、アリスティアはふふ。と微笑むとゆっくり口を開いた。
「ロゼット、私ね? 今とっても幸せよ」
「そっか。奇遇だな。俺もだよ」
そうして二人でまた、顔を見合わせると笑い合う。
小鳥が歌い、木々が眠りから目を覚ます春の景色の中で、二人は今、幸せに包まれていた。
「ベアトルファ王国、気に入ってくれると嬉しいんだがな」
「きっと気に入るわ。だって貴方が育った国なんですもの」
そうして自然に手を取り合った二人は、景色に溶け込むように消えていくのだった。
アリスティア・ミスティ。彼女の道行きには、これからも波乱があることだろう。しかし今は、この希望に満ちた幸せな二人の姿をもって、幕とさせて頂きたい。
二人の未来に、幸あらんことを。
幕が降りた壇上に、桃色の髪の女吟遊詩人がひょいっと姿を見せた。
酔っているかのように陽気な足取りで、くるりと一回転してみせると恭しくお辞儀をする吟遊詩人。
「演目、『薄幸令嬢と豪運王子』お楽しみいただけましたでしょうか。どうぞ壮大な物語の締めくくりは、わたくしめの歌で務めさせて頂きます。どうぞ皆々様にも、幸あらんことを」
そうして客席をくるりと見渡して微笑むと、彼女は胸に手を当てて、ゆっくりと息を吸うように口を開いた。
『Happiest Waltz』
今日 こんないいことがあったの
そう お父さまに笑う
ちょっとつまづいたくらいでへこたれないわ
明日も 楽しいことがいっぱいあるから
雨の日もあるけれど
きっと 明日は花が咲く
咲き誇るように笑う
私は今日も歩き続ける
ころんでも 前を向いて立ち上がるの
不幸な気分に ばいばい
昨日 こんな悲しいことがあったの
そう ひとりで呟いた
涙が止まらなくても日は昇る
今日は 大切なひとに会いに行こう
昏い夜もあるけれど
きっと 明日は光射す
咲き誇るように笑う
貴方を今日も追いかけてる
また会えたら 胸を張って笑いかけるの
不幸な昨日に ばいばい
あの日 君に出会えたこと忘れない
夢みたいな冒険 抱いて眠るの
名前を教えて
きっと 何度でも思い出すから
(幸せはいつだって 自分で決めるの)
咲き誇るように踊る
貴方と今も手を繋いでる
ころんでも 貴方となら笑い合えるの
不幸な自分に ばいばい
貴方の手をとって
くるくるとまわる
世界一幸せな物語の終わり
いつかの冒険の続き
明日も 貴方と醒めない夢をみる
「ありがとうございました。どうぞ皆さま、気を付けてお帰りを。当劇場はいつでも皆さまをお待ちしております。――ヒック」




