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ブゼル『薄幸令嬢と豪運王子 その2』

「待っていたよアリスティア嬢」


 中庭を抜けた先、グリンバーナ城の別塔三階にその男はいた。

 短く整えられたダークブラウンの髪と豊かに蓄えられた口髭。恰幅の良い身体は派手ではないが上品なウェストコートに包まれている。はしばみ色の瞳に穏やかで理知的な微笑みを浮かべて、男はアリスティアに向き合った。

 知略に長ける鳩派にして、今や大陸に名を馳せる領主でもある男。その名を、オーゼル・グ・ディラストと言う。


「ディラスト公爵閣下、御機嫌麗しゅうございます」


 ふわり、と優雅にアリスティアが礼をする。流れるようなカーテシーにオーゼルは目を細めた。


「はは、畏まらないで頂きたい。貴女との対話を望んだのはこちらなのでね。オーゼルと呼んでくれ」

「ありがとうございます、オーゼル様。私もアリスティアとお呼び下さい」


 オーゼルに促され、アリスティアは椅子に腰掛けた。

 公爵閣下がおわす場所にしては少々手狭な印象を受ける室内には、申し訳程度に観葉植物が置かれている他は様々な実験に使われるであろう器具が並んでいる。殺風景、という訳ではないがどことなく陰気な印象を受ける。


「ああ、気になるかい? ここは私の趣味部屋のようなものでね。好きに使わせて貰っているんだ」


 アリスティアがそれとなく周囲を窺っていることを察して、オーゼルはそう口にした。

 羞恥に頬を染めるアリスティアに、彼は言葉を続けていく。


「ところで、お父上──ミスティ伯爵は壮健かい?」

「父をご存じなのですか?」

「ご存じも何も、昔はよくチェスをした仲さ」


 朗らかに笑うオーゼルに、アリスティアは目を丸くした。公爵である彼が伯爵家を認識しているとは思ってもいなかった。


「それは違うぞアリスティア嬢。公爵家が伯爵や子爵から婚姻相手を選ぶことはそう珍しいことじゃない」


 そんなアリスティアを嗜めるように、オーゼルは口を尖らせた。


「それに、優秀な人材は爵位に拘らず忘れはしないよ。少なくとも、この私はね」

 そう言って、茶目っ気たっぷりにウィンクをしてみせる。高貴な身分でありながらこう言った寛容で親しみやすい人柄が、オーゼルが社交界でも慕われている所以だった。

「たっ、大変失礼を致しました……!」

 それでも、アリスティアにとっては雲の上のようなお方だ。恐縮して詫びるアリスティアに、オーゼルは鷹揚に微笑んだ。

「なに、謝る程のことではないよ。それに、アリスティア嬢。私の言う優秀な人材には君も含まれているんだよ」


 次いで出たオーゼルの言葉に、アリスティアは首を傾げた。優秀? 誰が……?


「おや? 違ったかな。ブゼルの農作物を豊かにしたのは君の手腕だと聞いていたんだが」

「農作物……ぁ」


 どうやら心当たりがあったらしい。口元を押さえるアリスティアに、オーゼルは「そうだろう」と頷いた。


「ブゼルの作物は、味も大きさも他とは比べ物にならない程に出来がよくてね。ミスティ伯爵に尋ねたところ、優秀な娘の手腕だと実に得意げに微笑んでいたよ。仲の良い親子で羨ましいばかりだ」

「お父様ったら……!」


 火が出そうな程に頬を紅潮させるアリスティアであったが、オーゼルは至って真面目な様子でアリスティアへと目を向けた。


「さて。本題はそこだアリスティア嬢。いったい如何なる方法であれほどのものを作り出したんだい?」


 じゃがいももキャベツも、ブゼルのそれはセタンタの農家が作る倍にもなる大きさをしていた。葉も立派に繁っており、セタンタのそれが貧民ならば、ブゼルのは何不自由なく育った王公貴族、といったレベルだ。その如何を問われ、アリスティアは逡巡した後口を開いた。


「え、ええと……、あまり人様に話すようなことではないのですが……。水と栄養をふんだんに与えました。他との違いと言えば、そこかと」

「水と栄養? 具体的に聞きたいな。遠慮はいらんとも」


 言葉を選んでいるアリスティアに、その必要はないとオーゼルは告げた。うーん……、と考え込むアリスティアであったが、ややあって覚悟を決めると頷いた。


「水については──魔石を使いました」

「魔石? 確か、死んだ生き物が落とすとかいうあの?」

「……はい。私は死んだスライムから取れた魔石を使っておりました」


 アリスティアはオーゼルに魔石の解説をした。スライムから取れる水の魔石は、手で触れている間だけだが一つにつき約百リットル分の水を放出する。魔石を溜め込んでおけば、好きなタイミングで作物に水をあげることが出来るのだ。


「なるほど。川から田畑まで水を引こうにも、大部分は土に染み込んでしまうし、そこから飲み水を得ている市民も納得しないからな。恩恵があまりなかったが、その方法ならばそのどちらも問題はないということか」

「はい。私も飲みましたが、問題ありませんでしたよ。何なら川の水よりも澄んでいました」

「なんとも危ないことをする」


 得体の知れない水を飲んで、下手をすれば即死しても不思議ではないというのに。アリスティアの無謀を苦笑しながらも、オーゼルは、


(しかしこういう常人とは違う発想、チャレンジをする者が世を発展させていくのだろうな)


 そんなことを考えていた。


「しかし何故、それを発見して使おうと思ったんだい?」

「それは……」


 オーゼルからの当然の疑問に言い淀むアリスティアであったが、小さく息を吐き出すと言葉を続けた。


「父の仕事を手伝っていて、日照りや嵐による農作物の不作はとても大きな課題でした。様々な方法を試しては失敗していく中で、ある日偶然それを目にしたんです」

「……それ、とは?」

「はい。乾いて枯れていた牧草地の一角だけ、青々とした葉が繁っていたんです。調べてみるとそこはスライムの群生地になっておりました」


 そうしてスライムにヒントがあると直感したアリスティアは、それを持ち帰って飼育、研究することにしたのである。父は大層驚いたが、日頃から領地の為に奮闘するアリスティアの姿を見知っていた為余計な口出しなどはせず、自由にさせてくれたのだとか。


「そうして研究を続けるうちに、死んだスライムから取れる石が特定の条件下で水を発生させることが分かったんです。強い日差しを当てる、人の手で五分程触れる、など状況は様々でしたが、中でも最も効果的だったのが、魔法使いが魔力を流す場合です。この場合は一瞬で水を生み出しました。


「水を生み出す。それはつまり、雨天を待たずして水を好きな時に与えられるということか」

「はい。つまりですね公爵閣下。有り体に言ってしまえば、天候を怖れず窓を付けた木屋の中で栽培が出来るということなのです!────あ、す、すみません……」


 一気に口にした後で、興奮して早口になっていた自身を気恥ずかしく思ったのかアリスティアは俯いておし黙った。

 魔石が魔力に反応して効果を発揮することは今でこそ当たり前の事実だが、アリスティアの時代にはそうではなかったのだ。

 ちなみに彼女の口ぶりからすればあっさりと成功させたかのようだが、度重なる不運に見回れ何度も挫折し掛けた彼女がそれでも血の滲むような努力と執念でこれを為し遂げたということはここに報告しておこう。


「うむ。聞きしに勝るとはこのことか。やはり君は大した令嬢だよ」


 話を聞き終えて、オーゼルはその場に立ち上がると、静かに──しかし確かな興奮を隠さずにそう口にした。


「君の発見はこの世界の常識を覆すものかもしれないぞ? 少なくとも私は大いに興味を惹かれた。早速領内で試してみたいものだよ」

「お、大袈裟ではありませんか?」

「それほどのことさ。安全性が確認できれば、何なら乾季の飲み水に出来るのかもしれないな」


 そこまで誉めちぎった後で、「ふう」と息を吐き出すとオーゼルは改めて席に着いた。


「それほどに魅力的な話ではあるが……。まあ、それでも問題があるとするならば、やはり悪印象は避けられんということか」

「はい、死んだ生き物から精製される石ですからね……。市民からの信頼を得るのには時間が必要かと……」


 オーゼルの言葉を受けてアリスティアが続けた。そう。先程も述べた通り、彼女の生きるこの時代において、魔石は世の中に出回っていない。生物が死んだら生み出される得体の知れない石ということで気味悪がられ、避けられてすらいたのだ。


「真実はどうあれ、大衆に根付いた意識を変えることは実に難しい。この私も、先に方法だけ聞いていたら難色を示していたのかもしれないな」

「そう──ですよね……」

「しかし。しかしだアリスティア嬢。人間とは実に貪欲な生き物でね。ブゼルのあの美味い作物を頂いてしまった後では、大抵のことは些事にしか思えないのだよ」


 くく。と笑いを含ませた後で、オーゼルはハッと目を見開いてアリスティアに尋ねた。


「そういえば、先程口にしていた栄養とはなんだい?」


 水と栄養。アリスティアが挙げた二つの要素のもう一方である。問われたアリスティアは、「ええと……」と前置いてから解説を始めた。


「作物に、というよりは、土に食べ残しや野菜くずなどを埋めておくというもので……」


 そうしてそれからも話の止まらぬ二人であったが、一時間ほど話し込んだ後で、オーゼルは時計に目を向けると「おっと」と立ち上がった。


「すまない。もうこんな時間か。アリスティア嬢、君と話せて良かったよ。今日聞かせて貰った話は、大至急検討させてもらうとも」


 そこまで口にして、ふと、オーゼルは眉根を寄せてアリスティアへと目を向けた。


「聞かせてほしいと言った私がこんなことを言うのもなんだが、そこまで話してしまって良かったのかい? その内容はフィックス領の秘蔵だろうに」


 別格に美味く立派な野菜たちはそれだけで他国と取引出来る交渉材料だ。独占していればジョーダンやアリスティアたちの地位も名誉も盤石になっただろうに。オーゼルは確かに秘密について尋ねたが、当然アリスティアが肝心なところは秘匿するものと思ってのことであった。まさか洗いざらいを打ち明けられるなどとは考えてもいなかったのである。


「あら。別に父も私も、秘匿しようなんて考えていませんよ。オーゼル公爵閣下」


 問われたアリスティアは、口元に手を当てると小さく微笑んだ。


「この世界がよりよいものになるなら、それに勝る喜びはないでしょう?」


 翡翠の瞳で悪戯っぽく笑ったアリスティアが、当たり前のように言ってのける。

 目の前の可憐な少女は、王妃の器に相違なかった。


◆◆◆◆◆


 アリスティアは尽力の甲斐あって、着々と人望を増やしつつあった。エマを筆頭に侍女たちもアリスティアに全幅の信頼を寄せている他、オーゼルが彼女を認めたことで、他の大臣たちもそれに倣うようになったのである。今のアリスティアは王宮内にかなりの味方を作っており、王妃への道のりは順調そのものだと言えるだろう。


「女風情が。何度も言わせるな」


 ただ一人。肝心の王太子殿下が彼女の言うことにまるで耳を傾けない、ということを除けば、だが。

 アリスティアが王城に来てもう半年になるが、その間ノーブルは一度たりとて彼女に心を開いたりはしていなかった。無駄に長い銀色の睫毛に囲まれた冷たい瞳には、いつものように不機嫌な光が浮かんでいる。


「……殿下、それではどうすれば私の言葉に耳を傾けて頂けますか?女だから無理だというのは、その、あまりにも……」


 これには我慢強いと自負しているアリスティアもいい加減に根負けするというもの。女だからという理由で拒絶されるのならば、アリスティアが何をしようが無意味であり、生まれながらにチャンスがないということになってしまう。


「条件? 随分と図々し──いや待て。……そうか、条件か……」


 アリスティアの発言を条件反射で拒絶しようとしたノーブルであったが、言葉の意味を理解すると口の端をつり上げた。


「ならば条件を出そう」

「え?」


 ノーブルが自身の発言に乗ってくれたことに驚くアリスティア。そんな彼女にノーブルは「くく」と笑いを滲ませながらこう告げた。


「俺はな、話に聞くジュエルベアーが死んだ後に落とすという宝石が見たいのだ。だが、今まで俺にそれを持ってきた者はいない」

「……殿下」


 珍しく上機嫌で語るノーブルが何を言っているのか理解して、アリスティアが青ざめる。しかし、アリスティアの制止も聞かず興が乗ったノーブルは嘲笑うかのように宣言した。 


「お前がそれを取って来たなら、全面的にお前の話を聞いてやろうじゃないか。ただしお前一人で、だ」

「殿下、御冗談が過ぎます」


 思わずアリスティアの言葉にも熱が乗る。ノーブルの言葉の意味を正しく理解しているからこそ、およそ許容出来るものではなかったのだ。


「ジュエルベアーは、エルムの森の奥にいるのでしょう? ならば宝石が落ちているのもその辺り。魔物が出るという森に、私一人で行けというのですか」


 エルムの森は、王都セタンタの北東に位置する鬱蒼とした深い森だ。ジュエルベアーをはじめ獰猛な獣が生息しており、近年では魔物も出るようになったと言う。とても剣も持てない令嬢が一人で行って生きて帰れる場所ではない。冗談にしたって度を超した発言だ。

 つまりそれはーーアリスティアに死ねと言っていることと変わらない。確かに好かれてはいなくとも、そこまで言われる覚えはないと憤るアリスティアに、しかしノーブルは涼しい顔をしたまましれっと言ってのけた。


「女だからと差別するなと言ったのはお前だろうが。まあいい。元々お前に出来るとも思っていないからな。ただし諦めるのならば、俺がお前の言葉を聞くことは絶対にないと思え」

「っ。失礼します」


 憤慨して、ドレスの裾を翻し退室するアリスティア。そんな彼女の背を、ノーブルは愉快そうに見送っていた。

 いつも偉そうで口煩い婚約者が、挫折して自分に頭を垂れる様を想像するだけでぞくぞくする。暗い愉悦がノーブルの自尊心をくすぐったのだった。


◆◆◆◆◆


 三日後。エルムの森の入り口に、冒険者装備を整えたアリスティアの姿があった。


(なによ。出来ないなんて決めつけて……!)


 不運を負けん気で乗り越える程には気の強いアリスティアである。王子の挑発にまんまと掛かってしまい、宝石を得るべく魔境の森に乗り込んだのだ。


 エルムの森は、レオンたちの生きる今でこそ、道が切り開かれたお陰でファティス─セタンタ間の往来が可能となっている。しかし当然ながらアリスティアの時代には未だ未開の森である。森から抜け出せず死ぬ者も大勢いたのだ。

 アリスティアは、このことを誰にも告げていない。一人で危険な森に踏み込む等という愚行、告げれば当然止められるだろうことは分かっていたからだ。

 しかしそれでも。ノーブルが彼女の言葉を聞く可能性があるというのなら、アリスティアは動かずにはいられなかった。


「…………」


 入り口こそ、木漏れ日の差す幻想的な雰囲気に心踊らせていたアリスティアであったが、次第に薄暗くなっていく森の中で、彼女の強気も段々と沈んでいった。


ガサガサガサガサッ


「うひぃっ?」


 茂みが揺れる音に驚き、咄嗟に頭を抱えてうずくまるアリスティア。しかし次の瞬間強風が彼女の頬を叩き、それが風のいたずらであることを理解する。


やっぱり、もう帰ろうかな……。


 この程度で怯えている人間が魔物の巣窟と言われる深域に踏み込む等、どだい不可能な話であろう。

 撤退を決意して踵を反すアリスティアであったが、それを判断するには些か遅すぎたと言えるだろうか。

 同じ景色が続く森の中で正確な方位を見付けることが困難であるように、引き返しているつもりのアリスティアは、逆に深域へと近付いていたのである。


(おかしいな……。入り口付近はもっと明るかった筈なのに……)


 いつまでも続く狭く薄暗い景色に、不安を煽られるアリスティア。やがて視界が開けて明かりが差す場所へと到達すると安堵し掛ける彼女であったが、


(よかっ…………え? どこ、ここ…………?)


 入り口からこっち、ずっと一本道だった筈なのに、開けたその場所にはいくつもの道が繋がっているようだった。

 そう。そここそが、エルムの森深域と呼ばれる場所。撤退を選んだ筈のアリスティアは、逆に深域へと足を踏み入れてしまったのである。


「…………」


 極力声を上げないように口元を押さえながら、アリスティアはキョロキョロと周囲を見渡す。木々に囲まれたその場所は、倒木を中心に開けており、第一印象は居心地の良さそうな空間、といった感じであった。

 木の実や落ち葉を踏みながら歩いていくと、ふとアリスティアは遠くに何かキラリと光るものを見付けて目を細めた。


(あれは……)


 近付いて確かめると、それはアリスティアの手のひら程の大きさの宝石であった。これ程のもの、買えばいくらの値になるか想像もつかない。こんな森の中で富豪が宝石を落としたという訳もないだろう。ということは、それは恐らくアリスティアの求めていたもので間違いない筈だ。


(ジュエルベアーの、宝石……!)


 これでノーブルに話を聞いてもらえる。そう喜んだアリスティアは、失念していた。

 宝石があるならば、本体が近くにいてもおかしくないということを。


「ブゴォォォォッ!!」


 至近距離から聴こえた叫びに、アリスティアは驚きのあまりに飛び上がっていた。慌てて振り返った先にいたのは、


「ブォォォォォ!!」


 アリスティアの二倍はあろうかという黒く巨大な体躯。両肩から伸びた輝く宝石。話に聞いたジュエルベアー(中の人:バレナ)であった。


「あ、あぁぁ……」


 大きい。怖い。獰猛な咆哮に、本能的に身が竦んだ。

 本当の恐怖に苛まれた時、人間は動けなくなるものらしい。アリスティアはその場にぺたんと尻餅をつくと、全く身動きが取れなくなってしまった。どうやら腰が抜けたようだ。


「ブゴォォォォォォ!!」


 縄張りに入られた怒りか、ジュエルベアーは二本足で立ち上がると、あらん限りの吠え声を周囲に響かせた。そんな威嚇なぞせずともアリスティアは動けないのだから無意味なのだが。


「ぁ、ぅ、ぁぁぁ……」

「ブォォッ!!」


 ジュエルベアーが、アリスティア目掛けてその手を振るう。

 熊は常に両肩が脱臼した状態になっており、それによって遠心力を最大限発揮したパンチを放つことが出来るのだ。その威力は凄まじく、クリーンヒットすれば人間の首などは一撃でへし折れてしまうだろう。

 そんな必殺の攻撃が迫り、アリスティアはぎゅっと目をつぶった。一秒後に迫る己の死を予期するも、それは一向に訪れることはなかった。


「ブォッ!?」

「────ぇ?」


 驚いたような声を出すジュエルベアーに釣られて、アリスティアもうっすらと目を開ける。と、自身とジュエルベアーの間には、別の誰かが立っていた。全身を銀の鎧兜に包んだ何者か。それがジュエルベアーの攻撃を弾いたようだった。


「あなた、は……」

「ちょい、静かにしてな嬢ちゃん」


 声からして、男だろうか。騎士のような姿の何者かは、振り向かぬままにアリスティアへと声を掛けた。この場は彼に従う他ないだろう。そう判断して、言われた通りにアリスティアは押し黙る。


「よーしいい子だ」


 アリスティアへと目を向けてそう口にした後、男はジュエルベアーを見据えると気さくな態度を崩さずに声を掛けた。


「いやすまん。この娘も俺もアンタの縄張りを荒らすつもりなんてなくてな? うっかり迷い込んじまっただけなんだ。すぐ出てくから、見逃してくれねぇか? なっ?」


 どうやらその言葉はジュエルベアーに向かって発されているものらしい。ジュエルベアーと言葉を通わせられるのかと驚くアリスティアであったが、


「ブゴォォォォォォ!!」


 いきり立って襲ってきたその姿を見るに、どうやらその会話は一方通行であったようだ。


「あっ! 危ない!」


 男が騎士であったとしとも、怒れるジュエルベアーを至近距離で相手取るのは危険極まりない。先程同様に腕を振るって襲い来るジュエルベアーの姿を見ると男は、


「ダメかぁ」


 と呟いた。

 この状況下で、それはあまりにも呑気な態度であった。声を上げるアリスティア。憤るジュエルベアー。呑気な男。

 だがしかし、その三者の中で最も早く動いたのは、その呑気な男だった。

 次の瞬間、ジュエルベアーの頭が斬り飛ばされたのである。


「あいてッッ!?」


 驚いて声を出すジュエルベアー。……って、おい喋んな首なし熊!!


「てめレオン!練習よりいてぇじゃね──」

「わぁぁぁぁ!」

「うらっ! 活きのいい熊だぜ!」


 追撃の男のキックによって、首のないジュエルベアーは見えない所へと転がされていった。色々な意味でひと安心したアリスティアは、改めて男へと目を向けた。


「あの……、助けて頂いてありがとうございました……」


 フルフェイスに覆われた顔から、表情を読むことは出来ない。しかし男は、兜を着けていながら頭を掻くようなポーズを取ると、「なーに」と軽口を叩いてみせた。


「悪いが、アンタのことが気になって付けていたんだ。エルムの深域に軽装で来る女なんざ、普通じゃないからな」

「そう、だったのですか」

「そうしたら案の定ピンチに陥っていたんで、手を貸したって訳だ」


 強いが、どこか飄々としているかぶき者。アリスティアが男に抱いた第一印象はそれであった。

 鎧兜に覆われて顔はわからないが、その声は存外若々しい。アリスティアと同年代か少し年上くらいだろう。

 そんな彼の冷静な指摘は痛かったが、普通じゃないと思いつつも彼は命を助けてくれた。アリスティアは深々と感謝を述べる。


「お陰で命拾いしました。どう御礼をしたらいいか……」

「気にすんな。俺が勝手にやったことだしな」


 何にせよ、無事で良かったと彼は笑った。


「俺はロゼット。ロゼって呼んでもらって構わない。……アンタは?」


 あくまでフランクな態度を崩さずに、ロゼットと名乗った男は手を差し出してみせた。慌ててアリスティアもそれに倣う。


「ぁっ、アリスティア。アリスティア・ミスティです」


 アリスティアが畏まった態度で握手に応じると、兜の奥で彼が笑った気配がした。


「よろしくな、アリスティア」


 それが、アリスティアとロゼット。二人の出会いであった。

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