エピローグⅢ
真っ暗な闇の中を灰色の猫が一匹歩いていた。
頭上では流星が流れるようにエーテルの波が脈打っている。
ここは世界と世界の境界線。魂が洗い流され新たな世界に行き着く道すがら。
『わるいことしちゃったかな?』
猫は頭の中で自問する。
『なにが?』
同じく頭の中で自答する。
『だって、たぶんツイはわたしのこと忘れてないよ。思い出してくやしくなってると思う』
『別に自分のことなんだから悔しがる必要ないだろ』
『えー? ナユタは旅の間ずっと悔しがってたよ?』
『うっ……』
『でもあの二人ならだいじょうぶだよね』
『まあな。きっとまた魔法司書でも目指すんじゃないか? 母さんも猫のままだし』
『あっ! そうだね。それがいいね!』
『それよりお前はいいのかよ?』
『なにが?』
『その……ナユタに……惚れてたんじゃないのか?』
『は? え? ええっ!』
『ばればれだぞ。ナユタもそれで悩んでたみたいだし?』
『えっ? ふーん? そうなんだ?』
『なんだよ。俺のことじゃないぞ!』
『うーん。どうなんだろう。男の子とあんなにいっしょにいたことなかったし』
『(……やはり男の方がいいのか……?)』
『あはは。冗談だよ。でも好きだったよ。お兄ちゃんって感じで』
『それはそれで複雑だな……』
『それよりこのまま進んでだいじょうぶなのかな?』
『母さんが言ってたろ。デューイの中にいれば魂も記憶も消されずに世界を渡れるって』
『うん。これでわたしが出発した世界、アヌビスさんが聖典を手にした世界に帰れるのかな』
『……それなんだけど』
『うん?』
『ナユタがロカに消されそうになった時、見えたんだよ。俺が母さん――相馬ケイに初めて出会った時のことが。それでナユタも記憶を取り戻せたんだけど』
『うん』
『もしあの時ロカが止めずにナユタを飛ばしていたら、多分ツイも死んでいた』
『……死の呪い……』
『そして母さんに拾われた俺は相馬イツカになり、同じく呪いで産まれる前に死ぬはずだった彩咲トワを神の目録で助けることになる』
『でも、それは起こらなかった?』
『そう。この運命が回避されたことが、アヌビスが聖典を手にするきっかけになったと思う』
『うーん。よくわかんないけど。わたしがその世界から出発してツイの世界に行ったから、そうなったんじゃないの?』
『ああ、思い出したくはないが、多分ツイが死ぬ運命はかなり強く、数えきれないくらい繰り返し起こっていた。ナユタもその既視感に苦しんでいた』
『その運命を変えられたんだから、よかったんじゃないの?』
『そう、なんだけど、気になることがあって……』
『なに?』
『母さんだよ。魔女ケイじゃなくて、相馬ケイの方』
『どういうこと?』
『魔女ケイはデューイを相馬ケイのいる世界に送り込み、記憶を共有して聖典の写本を作ってもらったって言ってた。それは死ぬはずだったツイの運命を変えるためだ』
『うん』
『ツイの死が回避されるということは、相馬ケイがナユタと――俺と出会う運命もなくなるということだ』
『うん。そうなるね』
『その世界の相馬ケイがどうなったのか、わかんないんだよ』
『えっ?』
『ツイを助けられなかったことによって、相馬ケイが聖典を手にした世界、つまり俺達が九年間一緒に過ごした世界にいた白猫のデューイ。あいつが相馬ケイだったと俺は思ってる』
『……みんなケイさんだと思ってたよね』
『ノルウェーのオルラトルの時計塔の神の目録で会った母さん、あれは魔女ケイだった』
『えっ! そうなの?』
『記憶を共有しているなら同じことではあるけど、デューイを見て驚いたのはきっとそういうことだったんだと思う』
『そっか……』
『それでお前がアヌビスの世界で記憶を取り戻すきっかけをくれたのも、デューイだったんだろ?』
『うん。記憶自体は九重先生のタクトが持っててくれたんだけどね』
『そのデューイは誰なんだ?』
『え? だからケイさんなんじゃ……』
『それは俺達が一緒に過ごした世界のデューイだろ? アヌビスの世界じゃ俺と母さんは出会っていない。神の目録は開かれてないはずなんだ』
『むむむ?』
『アヌビスが魔法司書を広めた世界で、相馬ケイの名は聞いたことあるか? クオンさんは何か話してたことあったか?』
『ううん。お母さんからもまったく聞いたことない』
『そう。誰も相馬ケイのことを覚えてないんだ』
『じゃあやっぱりデューイが……あっ』
『俺達がツイの世界で救ったのは魔女ケイの黒猫デューイ。一緒に世界を渡ったはずの相馬ケイの白猫デューイはいなかった』
『今私たちが入ってるこの灰色デューイは、アカーシャ達に作ってもらったものだしね』
『世界を渡るのに必要だったからな』
『それで、どうするの?』
『相馬ケイを、母さんを探しに行く』
『どうやって?』
『このまま因果を辿っていく。ツイの世界、アヌビスの世界、俺達の世界、全ては繋がっている』
『わかった。いこうっ!』
『なんだか、大変なことになってきちゃったにゃ』
『……にゃ?』
『うっ……なんだろ。何かが引っ張られる感じがする……にゃ』
『……まずいな。難しい話をしすぎて猫の頭がオーバーヒートしてるのかもしれない。ただでさえ二人乗りして大丈夫なのかわからん……にゃ』
『……にゃ?』
『意識を強く保てにゃ! このままじゃ因果を辿れにゃく――』
『にゃー』
真っ暗な闇の中を灰色の猫が一匹歩いていく。
その道行く先は何処の世界か。因果の果てか。
神をも知りえぬ運命の迷い猫は、本能の赴くまま黒い海を渡るのだった。
第四部追憶編は2024年度内公開を目標に執筆中です。




