魔法学校(6)
テジャスとロカが校庭で力比べをしてから数日。
その間ロカ達マルーダの親善大使は、授業や施設の見学等を行い、トワ達と会うことはもうなくなっていた。
そしていよいよ時計塔図書館の見学の前日、トワは学長室に呼び出しを受けていた。
「――失礼します」
戸を開け部屋に入ると、そこには学長――アヌビスの姿はなく、テジャス達タットヴァの四人と、ナユタが大きな机の前に並んでいた。
「学長は忙しくてね。オレ達から呼び出させてもらった」
机にもたれかかったヴァーユが腕を組んだままの姿で呼びかける。
「明日の準備があってねえ」
プリトヴィが紅茶の準備を始めながら付け足す。
「……」
テジャスは机の上に座り足をぶらぶらさせ、アパスはその横で黙って立っていた。二人共どことなく不機嫌そうだった。
「ナユタも呼ばれたんだ」
「ああ、俺も今来たばかりでまだ話は聞いてない」
「明日、マルーダの親善大使達が時計塔の見学をするのは知ってるな?」
「はい」
ヴァーユが説明を続ける。やはりどこか不満げな口調だった。
「ロカ姫ちゃんがあなた達をお供に連れたいって言い出してねえ」
そして続きをプリトヴィが告げた。
「えっ?」
「ロカ姫?」
驚くトワと、聞き返すナユタ。ナユタは先日の力比べの話は聞いていたが、ロカを見たことはなかった。
「……学長も許可を出したので、明日の朝、時計塔まで来るように――」
「あいつはやばい!」
ヴァーユの指示を遮るようにテジャスが叫び、机の上から飛び降りる。
「同感です。彼女は私達しか知り得ないはずのタットヴァの秘密を知っていました。何か良からぬ狙いがあるに違いありません」
アパスも珍しく声を荒らげて主張する。
「とはいえ、他国のお姫様直々の命令ですからねえ。逆らえませえん」
プリトヴィがカップからこぼれた紅茶を拭きながら、困った顔をする。
「どんな奴なんだ?」
イツカが尋ねる。テジャスと渡り合ったと聞いて、只者ではないのは間違いなかった。
「私達が使うエーテル魔法は、世界に遍在するエーテルを変化させ事象を発生させますが、マルーダの魔法はエーテルを一度体内に取り込み、それを様々な形で放出すると聞きます」
アパスが基本的な説明をする。これは授業でも教えていることだ。
「だから人によって出来ることの差が大きく、まだまだ技術体系が確立していない途上の魔法だ」
ヴァーユが続ける。だからこその親善大使による技術交流というわけだ。
「そして一部の皇族だけが使える力を神の御業と呼んでいるようですが、それが何なのかはわからないですねえ」
プリトヴィが先日トワに言ったことを繰り返す。
「あたしの火球を消したんだ! あれは分解とか吸収とかそんなんじゃない」
「ええ、エーテライズとは明らかに違う何かでした。生徒の多くは幻術だったと思ったようですが」
テジャスとアパスが不満げに証言する。不機嫌なのはそれが何だったのか未だにわからないからだった。
「――トワはどう思った?」
四人の話を聞いてナユタが尋ねる。
「えっと……ふしぎな子だと、思った……かな」
トワは思い出しながら、率直な感想を述べた。
「は?」
ロカの脅威について論じていた四人は、トワの答えにぽかんとする。
「うーん、やっぱり王族? 皇族? 偉い人、お姫様は迫力が違うなーっと……」
トワは言いながら、それが場違いな感想だったことに気付き、だんだん声を小さくしていく。
「あんたねえ。そんなの当たり前でしょ。あれはぜったい人をたくさん殺してきた目だわ!」
テジャスがその時のことを思い出して身震いし、それをごまかすためにトワを指でつんつん突いて追い立てる。
「そうです。油断はできないということです」
そしてアパスも所感を述べると、同じく無言でトワをつんつんするのに加わる。
「ちょ、やめっ、やめてって!」
トワは逃げ回るが、二人は絶妙のコンビネーションで追い詰める。
「でも、ちょっとナユタに似てるかなって、思った」
「俺に?」
トワは仕返しに二人を突こうとするが、二人は互いに離れて逃げていく。
「青い綺麗な瞳が似てたかもしれないですねえ」
プリトヴィが走り回る二人のケープを摘んで捕まえながら思い出す。
「とにかく! 明日はオレ達も同行する。お前達も変な考えは起こさないことだな」
呆れるヴァーユが釘を刺すと、トワとナユタの顔を見回し、話を締めた。
その日の放課後、トワとナユタは時計塔に入れるこの好機を生かすべく、明日の作戦を立てるためにアリーチェの酒場にバステトと集まることになり、先に酒場に向かったトワを見送ったナユタは、外泊許可を取りに寮に戻っていた。
寮の入口で許可をもらったナユタが外に出ると、何やら門の前に人だかりができていた。
「なんだ?」
「マルーダのお姫様が来てるらしいぜ」
ナユタの問いに寮生の先輩が答える。
見ればマルーダの民族衣装を身にまとった少女が、お付きと思われる長身の男一人だけ連れて、門の入口で誰かを待っているようだった。
「ナユタ様――ですね?」
今は酒場に急ぐべく門を通り過ぎたナユタを、ロカは呼び止めた。
「少し――お話、よろしいでしょうか?」
ナユタは振り返って息を呑む。
確かに噂通りの美しい少女だった。その青い深い瞳から強い意志を感じた。
「……わかった」
周りを取り囲む生徒達からどよめきの声が上がる中、ナユタは静かに頷いた。
何故明日トワと自分をお供に連れることにしたのか、その理由を聞いておきたかった。そして何よりタットヴァの魔女達が警戒するほどの力、如何ばかりか見極めておきたかった。
興味本位で群がる生徒達から離れ、寮の前に流れる川沿いまで二人は歩いて行った。お付きの男――ダァトもロカが制して離れた場所で見守っている。
「すごいですね。半分以上凍ってます」
ロカは鉄の柵に両手をかけて身を乗り出して川を見下ろす。まるで子供のように目を輝かせていた。
「――この川は北の湖に繋がってて、そこでは冬でも魚が釣れるらしい」
ナユタはやれやれとため息をつきながら話を合わせた。
「そうなんですか! それは是非とも見ておきたいですね!」
ロカは無邪気に笑いながら振り返る。
ナユタはその瞳を見て、不思議な感覚に襲われた。確かにトワの言う通りだ。
「あなたはこの世界をどう思いますか?」
不意にロカが問いかける。その顔は真剣だった。
「……どう、とは?」
「私はこの世界が好きです。神に作られし大地に根ざした人々が助け合い、発展し、進歩していく様は美しく、きっと神々すらも驚き、感動することでしょう」
質問の意図を図りかねたナユタに、ロカは構わず続ける。
「しかし、悲しいことに人は時に互いの思想、理想がすれ違い、争いになることも少なくありません」
「そう、かもな」
人は寄り添い、集まり、町を作り、国を作り、広がっていく。
ナユタもバステトとの旅で様々な国を巡り、それは実感していた。国が大きくなればなるほど、そこから零れ落ちる人は増え、そして国同士の衝突も激しくなっていく。
「三年前、マルーダは魔人族の襲撃を受けました」
ロカは凍った川の上に留まる鳥を見つめながら話す。
「魔人族……」
魔人族とはずっと南にある国の種族で、青白い肌に魔女のような赤い瞳をしていることで知られ、かつて神の呪いを受けたとも、竜の血を飲んだとも言われ、恐れられている。
各国への軍事侵攻を憚らず、幾つもの国が彼らによって滅ぼされている。その際に竜を使役し、侵攻の道具にしている。
マルーダも彼らの襲撃に遭い、甚大なる被害を出しつつも撃退した過去がある。
「その時に私も家族を失いました。今こうして立っていられるのも、私を庇って死んでいった者達のおかげです」
ロカは淡々と話すが、その瞳はわずかに震えていた。
「……そうか」
ナユタはどう応えればいいかわからなかった。ただ、この少女がただお飾りの公女を演じているのではなく、明確な使命を持って生きてきたのだけはわかった。
「こうして他の国を見て回るのも、そんな無益な争いを少しでも減らすためでもあるのです」
ロカはそう言うと、飛び立つ鳥を追って空を見上げる。もう夕刻だがまだ明るい。
すると突然辺りが暗い影に覆われる。
「あれは――」
ナユタも見上げると、そこには巨大な竜が翼をはためかせて悠々と飛んでいた。時計塔の守護竜ネフティスだ。毎日この時間になると七番塔街上空を巡回する。
いつもの光景なので驚く者はいない。
「そして人が本来成すべき責務を思い出させるために――」
竜を見上げるロカは小さく、しかし確かな声でそう呟いた。その瞳はまるで氷のように冷たく、澄んでいた。
「変な話をしてしまってごめんなさい。何故明日あなた達を連れていくのか聞きたいのでしょ?」
一転ロカはまた無邪気な子供のような表情で、ナユタに問いかける。
「えっ? ああ。そう、だったな」
ナユタはころころと表情を変えるロカに動揺し、思わず声を上ずらせてしまう。
「あの本好きの子はずっと時計塔図書館に行きたがっていたようですからね。私もあの子ともっとお話ししてみたいですし」
「そうか……」
思ったよりも単純な理由でナユタは拍子抜けした。お姫様の気まぐれということか。
「あなたとも、ですよ? ナユタ様?」
そしてロカはナユタの元へと一歩、二歩と近づき、手を伸ばせば抱き合えるほどの距離でじっと見上げる。
「なに……を?」
ナユタはその青い深い瞳に射すくめられ、身動きが取れなかった。
「ああ、もっと早くあなたと出会えていればよかったのに」
ロカはナユタの青い瞳を潤んだ瞳で見つめながら、その手をナユタの頬に伸ばす。
「よせっ!」
だがナユタはその手を跳ね除け、後ろに下がった。
「あらら、振られちゃいました。人はみんなこれで落ちるんですが。さすがですね」
ロカは悪戯を咎められた子供のように舌を出してみせる。
遠くにいるダァトがやれやれと頭を抱えているのが見えた。
「では、明日はよろしくお願いしますね。色々と忙しくなるでしょうし」
そろそろ切り上げないと生徒達が集まってきてしまうため、ロカは名残惜しそうにしながらダァトの元へと小走りで向かっていった。
ナユタはその後ろ姿を指先一つ動かせないまま、じっと見送った。
底知れぬ力を持っているとは感じた。それが高貴な者の持つ威厳なのか、魔術師としての力なのか、それはわかりかねたが、テジャス達が恐れるのも無理からぬことだった。
だが不思議と恐怖はなかった。
むしろ懐かしい安心感すらあった。
まるで古い旧友と出会ったかのような――
胸の中をざわめく予感めいた高揚感を抑えるために、ナユタは大きく息を吸った。冷たい北の地の空気が肺に突き刺さる痛みも、今はありがたかった。




