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魔法学校(7)

 マルーダ親善大使によるオルラトル七番塔、時計塔図書館見学当日。

 町外れの大きな広場の中央にそびえる巨大な時計塔。石で出来た外壁の周りには高層まで草花が絡みついて伸びている。塔の周りの広場にも北の地では季節外れの花が色とりどりに咲き乱れている。


「――塔全体にかけられた時間魔法の影響です」

 塔入口で親善大使一行にヴァーユが説明をしている。

「館内の資料には数千年前のものも少なくなく、それらを長期保存するために、時間が遅行する魔法がかけられています。それが漏れ出て周りの草花にも影響が出てしまっているようですねえ」

 隣のプリトヴィが補足解説をし、二人は一行からの質問に答えていた。


 マルーダの親善大使四人に、ロカとダァトはヴァーユとプリトヴィの案内で館内を見回る手はずだ。


「油断しちゃだめよ。いつ仕掛けてくるかわからない」

「館内には魔法禁止の結界も張られています。特別に許可されている私達には敵わないでしょう」

 一行の後からテジャスとアパスが続く。

「……思い出してきた。そうだ九年前、ここから俺達は逃げ出してきたんだ――」

「……」

 二人と共にナユタとトワも続く。


 昨晩のアリーチェの酒場での作戦会議の結果、塔の中のどこにデューイが囚われているかを確認するのが第一目標で、あわよくばその奪取、逃走が第二目標となる。

 そして塔の外には既にバステトが身を潜めていて、その逃走を手伝う手はずだ。

 当然アヌビス側もその事態は想定済みと思われ、こうしてタットヴァの魔女四人投入で警護に当たっている。


「トワ?」

 ナユタは隣を歩くトワの顔を窺う。さっきから様子がおかしい。

「……すごい……すごすぎる。そうか……時間を遅らせれば……古い紙でも……ああ、一体どれだけの記憶がこの一冊一冊に込められているのか……解本したい……」

 トワは館内に入った途端、立ち並ぶ本棚と本の山に魅了されていた。


 塔は大きく分けて人地の間、竜空の間、星天の間の三つの層になっていて、上にいくほど古い資料が置かれている。これは塔全体にかけられた時間魔法が最上層の星天の座にて発動、維持されており、その影響は階下にいくにしたがって弱まるためだ。


 最下層の人地の間の資料は比較的新しく、世界中から集められた魔法書が並んでいる。これだけでも大変貴重で、閲覧希望の来館者が世界中から絶えない。


 中層の竜空の間には、国内の研究者のみ閲覧可能な貴重書が並ぶ。魔法学校の生徒もここまでなら予約の上利用が可能だ。下層の資料と比べ数百年、数千年は古い資料が並び、今日のオルラトルの魔法技術の基礎を築いた知識の宝庫となる。


 そして最上層の星天の間には、さらに古い神代級の資料が並んでいると言われ、オルラトルでも極一部の魔女、高位魔術師のみが閲覧可能ということだが、ケイやバステトすらその実物を拝んだことはほとんどない。聖典が封印されていたのもこの層だ。

 アヌビスはこの星天の間最上階の星天の座にて、この層の資料の管理を一任されている。


「――はあ、行ってみたい! 星天の座!」

 トワは昨晩バステトから塔の内情を聞いてから興奮を抑えることができなかった。

「だいじょうかよ……」

 そんなトワを見てナユタは呆れ、心配になる。

「古いだけで使えないものばかりよ」

「そうですね。記録としての価値はありますが、実用的とは――」

 テジャスとアパスも冷めた目で見つめる。彼女らからすれば見飽きた資料ばかりだ。



「本日は、中層、竜空の間の資料までご覧いただきます」

 ヴァーユの先導の下、見学は順調に進み、既に人地の間の階層をいくつか経た後、竜空の間に続く塔の外壁――にも本棚が詰まっている――に沿う形で伸びる螺旋階段を登っている途中――


「――質問、よろしいでしょうか?」

 ロカが手を挙げて一行を呼び止める。

「はい。どうぞ」

 ヴァーユは応えながらロカの後ろに控えるプリトヴィに一瞬目配せをする。おかしな行動をしないか警戒するためだ。プリトヴィもその意図を汲んで無言で首肯する。


「ありがとうございます。では――この国では竜を飼っているようですが、危険はないのですか?」

 ロカはこの国に初めて訪れた者なら誰もが最初に驚き、そして疑問に思う問いを発した。

「えっ?」

 ヴァーユはその問いに一瞬面食らう。

 そんな初歩的な質問が親善大使、ましてやマルーダ公女の口から発せられるとは思っていなかったためだ。他の大使達も意外そうな表情を浮かべている。


 魔女と竜の歴史は古く、オルラトルが出来るよりもずっと前まで遡る。

 竜は死んだ後もその身体に強い呪いを残すと言われ、たとえ倒してもその死体まで焼き尽くして初めて討伐完了とするのが、どこの国でも慣例となっている。

 そこから竜の血を浴び、肉を食らった者は呪いにかかると信じられていた。

 呪いを受けた者の瞳は竜のように赤く煌めくとされていることから、同じく赤い瞳を持つ魔女は竜の呪いを受けた者と誤解と迫害を受けることが少なくない。

 現在の魔女達がかつて竜の呪いを受けた者の末裔なのか、その因果関係は明らかになっていないが、今でもそれを信じる者は多い。


 かつてオルラトルの地に集まってきた魔女達はそれを逆手に取り、自ら竜を使役することで自分達を守る力とした。

 当然そこまで到達するのに魔女と竜の間には長い長い戦いの歴史が存在する。

 しかし今ではこの国の九つの塔を守護する九匹の竜を使役するまでに至っている。


「――竜の呪いと魔女誕生の関係性にご興味がおありで?」

 そんな魔女と竜の歴史は今更語るべくもないことなので、ヴァーユはその先を推察した。

「いえ。そこは疑っておりません。魔女ザーンが王竜フェルディッハと契約したのが原因です」

「?」

 一行はロカの口にした名に絶句、困惑し、やがて冗談だと気が付き笑い始める。

「そういうおとぎ話もありますね。竜を怖がる子供達に真っ先に教えるお話です。古の盟約に基づきこの国の竜は守護していると。よくお知りで」

 ヴァーユも笑いながら応える。


「そうなの?」

 後ろから話を聞いていたトワがテジャスに尋ねる。

「くだらないおとぎ話ね。竜は力で倒したのよ」

「初代魔女王ザーンが王竜フェルディッハを倒し、オルラトルを守らせた。そういうお話です。魔法も竜からその使い方を学んだとか」

 アパスがそのあらすじを説明する。


「さすがにこれは神も予想外だったようです。竜を殺すためだけに作った人間達が竜と交わり、神を殺す力を得るとは」

 しかしそんな和やかな空気を破るように、ロカは淡々と独り言のように呟いた。

「何を――」

 訝しんだヴァーユが問いかけようとした瞬間、突然塔の中を激震が走る。


「な、なに? 地震?」

 思わず階段から転げ落ちそうになったトワが問う。

「いや、上からだ」

 トワの肩を両手で抱えたナユタが、螺旋階段の先を見上げながら答える。

「ネフティスだな。暴れてんなー」

「珍しいですね。普段はおとなしいのに」

 テジャスとアパスも上を見上げて呟く。塔の外壁の砂埃が落ちてくる。


 揺れは続いたままで、一行はその場から動けなかった。

「ヴァーユ!」

 身を屈め、老齢の親善大使の肩を支えていたプリトヴィが、厳しい顔をしてヴァーユを見上げる。

「わかった」

 ヴァーユはそれだけで全て察して首を縦に振る。

「――ご心配なく。上でこの塔の守護竜ネフティスが少し暴れているようです。私が見て来ますので、皆様はしばらくここから動かないように」

 そして動揺する親善大使達に平静を装い説明すると、まだ揺れる階段を登り始めた。


「上には先生がいるから大丈夫でしょ」

「ですね。あれを調伏したのは先生ですから」

 テジャスとアパスはさほど慌てる様子もなく平然としていた。

 トワはそれを聞いて前世で竜の肩に乗るアヌビスの姿を思い出す。あれは本物を再現したエーテルキャットと言っていたが、強大な力を持っていた。二人のアヌビスへの信頼の程が見てとれた。


「大変です!」

 一行がまだ揺れる螺旋階段の途中で立ち往生している最中、階下から一人の司書が慌てて登ってくる。

「何事です?」

 プリトヴィが応える。どうやら顔馴染みの司書のようだった。

「塔の――守護竜達が――一斉に――暴れ出したとのことです!」

「! どういうことです?」

 息も絶え絶えに言葉を続ける司書の報告に、プリトヴィは驚きを隠せなかった。その司書も図書館に駆け込んできた魔警団の報告を聞いて、こうして急いで塔を登って来たようだった。

「ここだけじゃないってことか」

「不穏ですね」

 事態の深刻さにテジャスとアパスも危機感を顕にする。


「でも、各塔の魔女達が抑えているのでしょう?」

 プリトヴィは司書の背中を優しく撫でながら、状況を整理せんとする。


「そ、それが――すべての竜が、この塔に向かって飛び立ったというのです!」

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