63.遭遇
シロが発動した【大鎌】によって切り裂かれた獣は、無残な姿だった。どうやら猪だったようだ。このように跳ねる猪など見たことは無いが、どうやら何かの魔法を人為的に施されたようだ。
幼い僕は、猪の切り刻まれた姿を見て嗚咽を漏らす。どうにか吐かないように抑えているようだが、それでも嗚咽は止まらないようだ。幼い僕にはまだ早かったようだ。
「アデル、大丈夫ですか。」
「気持ちが悪い……。」
「そうですか……ですが、この先このような光景を多く目にすることがあると思います。アデルが住むのは、街ではなく村なのですから。」
「……じゃあ、頑張る。」
口ではそう言うが、やはりすぐに慣れるものではない。それでも幼い僕は目を背けないようにしていた。シロは出来るだけ速く後始末をしようと、腐るのが最も速い内臓のみを切り取って魔法の火で焼き、残りの食べられる部分や何かの素材になる可能性のある皮などは、亜空間魔法に収納した。シロの亜空間魔法はいつ見ても素晴らしい。
「アデル、これを飲んで下さい。」
そう言って亜空間魔法を解除したシロは、【製造】の魔法を使用して、硝子のコップを作り出した。よく鍛冶師が使用する魔法である。勿論、現代の話だ。更に水魔法でコップに水を注ぎ、アデルに渡した。見事な魔法の腕前だ。コップは素早く作ったものとは思えない出来だ。流石、魔種と言ったところなのだろうか。
「ありがとう……。」
受け取ると一気に飲んだ。どうやら吐き気も止まったようだ。水を飲んだ後は、嗚咽を漏らさないようになった。これで次からは慣れるという訳ではないが、やはり積み重ねは大切である。このような状況に遭遇しないことが一番ではあるのだが。
ようやく歩けるだけの体力を回復させた僕を見て、シロは立ち上がった。僕も立ち上がる。
「では、行きましょう。出来るだけ獣を倒す瞬間は耳を塞いでおいて下さい。」
歩き始めて思い出したようにシロは言った。
「どうして?」
「獣によっては戦うときや死に際に高い声を発するものもいます。その声は時折、精神に苦痛を与える場合がありますのでなるべく聞かないようにした方が良いのです。流石にこればかりは慣れませんからね。」
幼い僕は頷いた。先ほどの戦闘を見て、充分に恐怖は伝わったのだろう。シロの言う事をしっかり守らなければならないという思いに駆られたのかもしれない。
「もうすぐ村が見えて来る筈です。」
シロがそう言った時だった。僕達が歩いている獣道の上辺りから声が聞こえてきた。
「誰だ。」
声は聞こえるが、どこにいるかは分からない。気配を完全に殺しているらしい。恐らく声は上から聞こえてきたが、上にいるわけではないのだろう。上から聞こえると錯覚させているのだ。
「……私です。」
「お前の事は知っている。だが、それが本物と証明する術は無い。」
「……証明する方法ぐらいあるでしょうに。」
シロは溜息をついた。知り合いなのだろうか。そして、ここに見張りがいることも知っていたのではないか?恐らくそうなのだろう。この村を知っていることから予測がつくことではあるが。
「……早く。」
「分かりました。……『真の忠誠心を』。」
シロが合言葉のようなものを言うと、突如幼い僕の後ろに人が現れた。
「だ、誰……?」
「こいつは誰だ?」
「あれですよ。」
「そうか……。」
シロと見張りは意味ありげな会話をすると、見張りは納得したらしい、案内すると言ってきた。
「頼みます。」
見張りと共に僕達は村へ行くことになったのだった。見張りの人は全身が黒い。それは髪の色であり、服の色である。肌の色は分からない。目以外の身体が隠れているからだ。どうやら暗闇に姿を潜める為らしい。先程見せた技術があれば、どのような恰好をしていても大概の人が見つけられないとは思う。
「村は変わりましたか。」
シロは見張りの人に村について幾つか質問をした。大抵は村の内容だったが、一つだけおかしな点があった。シロは見張りの人に「ナンバーはどうか?」と聞いたのだ。全くもって意味が分からない質問だ。だが、見張りの人には意味が分かったらしい。「元気だ。」と答えた。という事は何らかの生物なのだろう。尚更、村に興味が湧いてきた。
時折、幼い僕を見張りの人はチラリと見るが、その後は再び黙る。その行動が不思議だったのだろう。幼い僕は「どうしたの?」と聞いた。
「貴方は……いえ、何でもありません。」
一度何かを言い掛けたが、最後までは言わずに辞めてしまった。だが、幼い僕は加減を知らなかった。
「あなたは男の人?女の人?」
「女です。」
それを切っ掛けに質問の嵐を見張りの人にぶつける。少々面食らったようだが、律儀にも全ての質問に答えた。これが本来の性格なのか、それとも子供相手だからなのかは分からなかった。幼い僕がした質問は、黒ずくめの服装や珍しい黒髪など外見の質問ばかりだった。増せた質問をしなくて良かった。
質問などをしていたからだろうか。気付いた時には目の前に家々が見えていた。だが、村というには一つ一つの家がしっかりしている。明らかな魔法による建築だ。この村は何かある。どう思わずにはいられない村だった。
「ようこそ、この村へ。そして……お帰りなさい、〈#05〉。」
僕は見張りの人が呟いた最後の言葉を聞き逃さなかった。
村に着きました。幼い記憶のアデルはすくすくと成長していきます。




