状況 ‐セイキ‐ 弐
階段を上って、二階。供助のクラスがあり、二年生の教室が並ぶ廊下。
やはりそこにも、一階の一年生と同様……悲惨な光景が広がっていた。
「ここも変わらず、だの」
「ちっ」
何度目の舌打ちか。薄らと眉間に皺を作り、供助はさらに足を早める。
供助のクラスは三組。自身の教室へと真っ直ぐ向かう……と、思いきや。
一つ手前の、四組の教室の中に入っていく。
「祥太郎……!」
教室に入ってすぐ。供助は見付けた友人の名を呼んだ。
されど返事は無く。そして、例外で無く。友人である祥太郎も周りの生徒と同じく、意識を失い床に倒れ込んでいた。
「……クソッ」
供助は祥太郎の所へと駆け寄り、身体を揺らすも反応は無い。倒れた際に落としたのか、祥太郎の特徴である眼鏡は無く、グッタリとしていた。
猫又も祥太郎の事は知っていて、前に供助の家に遊びに来ていた時に顔を見ている。
「やはり、供助の友人も残っておったか……だが、他の生徒と同様、顔には生気が見える。症状はまだ軽いようだの」
「無事……って訳じゃねぇが、生きてんなら十分だ。あとは俺達が踏ん張りゃいいだけの話だからな」
命に別状が無い事を確認し、供助の顔からは少しだけ不安の色は消えた。しかし、あくまで少しだけ。供助の友達は祥太郎一人だけではない。
もう一人……小学校からの幼馴染で、クラスメートがいる。祥太郎と同じく、掛け替えのない友人が。
「供助の友人はもう一人いた記憶があるが、確か太一……と言ったか、もしやあの金髪の友人も……」
「あぁ……残念な事にな」
再び眉間に皺を作り、供助は祥太郎の教室から廊下に出る。そして、自分のクラスである隣の教室に入っていく。
もう一人の友人、太一の無事を確かめる為に。
だが、しかし。
「む? どうした、供助?」
祥太郎の教室に危険な点が無い事を確認してから、供助の後ろを付いて行った猫又は声を掛ける。
教室の入り口で、立ち止まっていた供助に。
「……いねぇ」
「いない?」
「教室に太一の姿が見当たらねぇ」
言われ、猫又は教室内をぐるりと見渡すと。供助が言った通り、太一の姿が何処にもなかった。
供助のクラスもやはり、十数人と多くの生徒が気絶して倒れている。椅子、机、鞄、様々な物が散らばった床に。生徒が気絶した際に倒したり落としたりしたのだろう。
しかし、その中に太一は居なかった。金髪という目立つ髪色をしているのに、何処にも該当する生徒は居なかったのだ。
「もしや、帰宅して運良く難を回避出来たかの?」
「……いや、さっき昇降口を通った時に下駄箱で太一の靴があったのを見た。校内に居るのは間違い無ぇ」
「では、何処か別の場所に居るという事か……」
「探すぞ」
供助は足早に教室を出て行く。
人の命が関わっていれば、誰でも焦り急ぐ。それが友人の事となれば、尚更。
「友人が命に関わる危険な状態に陥っているかも知れんと焦るのは解る。だが、少し落ち着け」
「あぁん?」
「横田から聞いたろう? 不巫怨口女は生気と体力を吸い切ってから身を喰らうと。生徒の様態を見た感じでは、まだ吸われ始めで症状は軽い」
「……なら、まだ喰い殺される心配は無いってか」
「そうなるの。だが、危険な状況と状態であるのは変わらん。だからこそ落ち着き、すべき事を誤るな」
「だけどよ、ダチの命が関わってんだ。それに……!」
「うん?」
「……いや」
供助は出かけた言葉を飲み込み、一度口を閉じる。
そして、大きく息を吐いた。自身を落ち着かせる為に。
「お前の言う通りだ。確かに自分の事ばかり優先してんのは認める……けどよ、やる事ぁやってる。そんで、今からもやるつもりだ」
振り向き、後ろの猫又へと向き合う供助。
「横田さんに言われた通り、不巫怨口女を見付けて時間を稼ぐ。俺等が奴に手を出して気を引き付ければ、生徒の生気を吸い取る力が弱くなるかもしれねぇ」
「確証は無いが、試す価値はあるの」
「って事は、不巫怨口女を見付ける為に校内を探さなきゃならねぇ。だったら、ついでに友達を探す位ぇいいだろ」
「公私混同しているの」
「悪いか?」
「いいや、公私混同で結構。仕事もをこなして私的事情も蔑ろにしない。出来る男と言うのはそういうものだの」
「見えるか? 俺が出来る男によ」
「見えん……が、出来る女がここにおる」
「はっ」
「ふっ」
口端を僅かに吊り上げるだけの短い微笑。
「当てにしてるぜ、出来る女さんよ」
「うむ、期待しておれ。女は度胸と器用さが重要だからの」
教室や廊下。明かりは点いているものの、一切の物音や声はしない。
異様な空間の異常事態。何十何百の生徒は気絶し倒れ、濁りくすんだ空気が充満する。
瘴気が漂う校舎内を、廊下に足音を響かせて二人が駆ける。




