事端 後 ‐ヒトノゴウ コウ‐ 参
『今日は週末で明日から土日、しかも今は深夜近い時間帯。人も居ないで広い場所、妖怪を止めるには丁度良いのと、妖怪の封印が解けたのが高校のすぐ近くだったのもあって供助君の高校になってしまった。けど、そこでまた予想外の事態になった』
「予想外?」
『学校に多くの生徒が残っていた事だ。明日が文化祭らしく、準備の為に学校に泊まっている生徒が多くいたんだ』
「なんと……では結界の中には妖怪と一緒に生徒も居るのか……!」
『完全にこちらの落ち度だが、部下達が負傷していたのもあって生徒が居ることの確認をする余裕が無かった』
「そういう、事であったか」
横田の話を聞き、猫又は一瞥する。少し先を走る、供助の後ろ姿を。
供助が切迫した様子で、事件が起きた現場へ急ぐ理由を知り、そして納得した。いや、察しがついた。
これだけ供助が急ぎ走る理由……恐らく、学校にはまだ友人が居るのであろう、と。
『だが、即席の結界なのと妖怪が強力なのもあって、いつ結界を破って街に出てしまうかも分からず時間が無い』
「それで、手が空いていた私達に藁にも縋る思いで依頼を頼むか」
『藁よりも信頼はしているけどね』
「藁よりマシと言っても泥船程度だろうがの」
先程、一瞬ではあるが感じ取った不巫怨口女の妖気、怨念。
あまりの強さ、凄まじさに、猫又も自身の頼り無さを自虐してしまう。
『そして、ついさっき……現状を知った依頼主が、ようやく事の重大さを理解したのか改めて依頼を申し出てきた』
過去、不巫怨口女は余りに深く強力な怨念により、祓う事は不可能だと封印された。
ここ数百年、御霊鎮めを行い怨念が静まる試みていたが……結果は先刻、供助と猫又が感じ取った通り。
御霊鎮めの効果が薄かったのか、はたまた数百年の御霊鎮めの効果があっても尚、供助達が警戒し狼狽する程に元の怨念が強大過ぎるのか。
『封印から目覚めた妖怪を、速やかに始末して欲しい……ってね』
溜め息混じりに、横田は言った。
妖力、怨念の大きさ。元は神に仕える渡り巫女と田の神と言われる野槌。最難関の依頼であるのは間違い無い。
それを簡単に始末しろと言ってくる辺り、依頼主の無知さが測り知れる。
「簡単に言ってくれる。あのような妖怪を祓うなど、どれだけ困難か……」
『全くだよ。既にうちの部下が傷ついているっていうのに、虚偽の情報を教えていた事への謝罪も無しに出て来た言葉がこれだ。怒りよりも呆れが来るよ、ホント』
事の重大さを知っても、現場の苦労や仕事の大変さを知らずに物を言うだけの依頼者に、横田が頭を抱えたくなるのも当然だ。溜め息の一つぐらい出てしまうだろう。
ミスがあれば上から怒られ、問題があれば下から文句を言われる。中間管理職の辛いところである。
『けど、依頼を成功させたのなら報酬として三百万を払うそうだ』
「さんびゃっ……!? 随分と太っ腹だの、その依頼主は」
『そうでもない。今回の件は難易度が非常に高く危険だ。最初に言ったが、本来なら君達には絶対に任せる事が無い位にね。報酬金額は妥当と言っていい』
「そうなのか。私は相場を知らんからの」
『もっとも、移送の依頼は失敗して報酬は当然貰えない。もし君達二人が妖怪を倒したのなら、報酬として相応の金額を出そう』
「相応の金額? 三百万ではないのかの?」
『うちも一応組織だから、今回の件で動いた費用あるからね』
「それでも十分な大金が出るわけか。腹いっぱい寿司が食えるのぅ! 寿司だけでない、酒もたらふく飲める」
『ま、逆に言えば妖怪を倒さなきゃ一銭も入らないって事だけどね』
払い屋稼業は結果が全て。過程がどうであってどんな大変であったとしても、依頼主から受けた内容通りに熟さなければならない。
今回の様に目標である妖怪がどれだけ強くても、依頼を受けてしまえば内容にそった形で依頼を成功するしかないのだ。
当然、依頼内容と報酬金額が割に合わなかったら断る事も可能である。しかし、今回は報酬云々よりも、周りに及ぶ被害拡大を防ぐ為に受けざるを得なかった。
しかも、封印が解かれた不巫怨口女が居るのは高校。下手をすれば百単位での被害者が出てしまう。それだけは絶対に避けなければならない。
『とは言え、君達が不巫怨口女を祓うのは難しい事は理解している。だから、祓うのではなく時間を稼いで欲しい』
「時間を、とな?」
『そうだ。他の払い屋が駆け付けるまでの時間をね。確かな腕を持つ払い屋へ手当たり次第に連絡をした。全員は無理だったが、複数名の払い屋が既にそっちに向かっている』
「相手が相手だ。数で攻めるしかないの」
『だが、さっきも言ったが即興の結界なのと、妖怪が強力なのもあっていつ結界を破って街に出てしまうか分からない。現場の近くで、すぐに向かい対処出来るのが供助君達しかいなかった』
申し訳なさそうに、バツが悪そうに。横田が苦肉の思いで出した案だというのが声で解る。
疾走する事、約十分。猫又の視界には石燕高校の頭が見えてきた。そして、今まで無口だった供助がようやく、口を開く。
「で、その時間とやらはどんだけ稼げばいいんだ?」
『……最低でも二時間』
間が空く。数秒の短い間が。
あの凄まじい怨念が渦巻く強力な妖力を持つ妖怪を相手に、二時間。それも、他の払い屋は負傷していて支援は期待出来ない。
どれだけ無理難題か。例えるなら生身で戦車を破壊しろと言うようなもの。最強の格闘家を目指すストリートファイターでもボーナスステージで壊すのはジープだと言うのに。
しかも、しかもだ。不巫怨口女は意識を失わせた人間の生気と体力を吸い取り、衰弱させてから喰らう。
そうなると、つまり……二時間の間、不巫怨口女の気を引き、大勢居る生徒を守りながら、増援が来るまで時間を稼がなければならない。
倒すのが困難な妖怪の相手をし、生徒の無事も守らなければならず、結界内という狭く限られた領域での交戦。
どれだけ難しい依頼か、言葉にせずとも理解出来るであろう。
「こりゃあ骨が折れそうだ」
「骨だけで済めばいいがの」
学校を覆う黒い瘴気の禍々しさ、漂う怨念の忌々しさ。
闇夜に飲まれている学校がさらに、黒々しく染まり闇霧が包む。
それを見上げ、一人と一匹は呟いた。
――――以上、回想終了。




