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      切掛 ‐アコガレタユメ‐ 陸






     ◇     ◇     ◇






「おおぅ!」


 素っ頓狂で間の抜けた声。それが目を覚まして最初に聞こえてきたものだった。

 聞き慣れた声で、誰のものかはすぐに解ったが無視し、ゆっくりと身体を起こす。


「起こそうと思ったらいきなり目を開けよって、ビックリしたではないかっ!」


 首を曲げて右方向を見ると、猫又がまるでシェーみたいなポーズで固まっていた。

 これで両手の親指と人差し指、小指を立てていたら、シェーではなくどっかの1/2だったろう。


「俺ぁ……寝てたのか」

「そうだの。昼間はまだ暑いとは言え、もう九月半ば過ぎ。さすがに夜は冷えてくる。風邪を引いては大変だと思い、そろそろ起こそうと思っての」

「……そうか」

「なんだ、ボーッとして。寝惚けとるのか? それとも寝冷えして風邪でも引いたかの?」

「あ? あぁ、いや……なんでもねぇ。大丈夫だ」

「まぁ、馬鹿は風邪を引かんと言うからの」

「うっせ」


 猫又の馬鹿にする冗談に一言で返し、供助は頭を掻く。

 そして、今見ていた夢を思い出す。思い出して、父親に撫でられていた頭の感触をなぞる様に……髪の毛をくしゃりと掻き上げた。

 昔の夢。子供の頃の夢。自分が払い屋を目指す切っ掛けになった時の、記憶。

 あの頃は純粋で、希望を持っていて、綺麗事を言っていた。霊や妖怪に困っている人を守りたい、なんて言っていたのだから。

 夢を思い返して供助は、自嘲するように鼻で笑った。


「急に笑いおって、面白い夢でも見ていたのかの?」

「……いや」


 子供の頃みたいな真っ直ぐで綺麗な理由は消えてしまって。今じゃ払い屋をやっている理由は声を大にして言えるようなものではない。

 困っている人を助けたいと言っていた子供の影はどこに行ったか。今の供助を子供の頃の供助が見たら何と言うだろうか。

 なんせ供助が今を生き、払い屋として行動している理由が――――仇討ちなのだから。


「悪い夢だ。信じたくねぇような、悪い夢」


 そう、まるで悪い夢。昔思い描いていた未来とは全く違って、幸せだった日常が変わって、大好きだった両親が居なくなっている。

 さっき夢の中で見た、まだ夢見ていた子供の頃からすれば……今のこの現実は、夢見てた夢からかけ離れたこの現状は。

 泣いて否定したくなるものだろう――――きっとこれは悪い夢なんだ、と。


「信じたくないような悪い夢? ふぅむ、最後まで残しておいた好きなおかずを誰かに食べられてしまった夢とかかのぅ?」

「それぐれぇの夢で悪夢になるお前が羨ましいわ」


 供助は深く大きい溜め息を一つ。

 悩みがなさそうで、あったとしても小さそうな猫又に脱力して肩を落とした。


「供助、明日も学校なのだろう? 風呂に入って早う寝直した方がいいんじゃないかの?」

「あー、今ほど学校が面倒臭いと思った事ねぇ」


 げんなりとして、また頭をかく供助。

 夕飯の弁当を食べ終え、予備が切れた商売道具の霊印入り軍手を用意したまでは覚えている。

 その後、寝っ転がってテレビを眺めていた辺りから記憶が無い。文化祭準備で疲れが溜まっていたのか、知らぬ間に寝てしまったようだ。


「風呂入って部屋で寝る――――」


 供助が膝を曲げ、立ち上がろうとした……その時。

 今までにない程はっきりと、まるで耳元で鳴らしたみたいに大きく。あの音が鳴り響いた。


「――――ッ!」


 チリン。


「初めてだ……こんなに強くはっきりと聞こえたのは」


 片耳を押さえ、供助は聞こえてきた異音に表情を曇らせる。

 物心付く前から聞こえていた、鈴の音。普段は弱々しく、小さく聞こえる程度なのに……今のは頭に響く程に強く鳴った。

 いつもとは違う出来事に、供助は立ったまま固まり考え込む――――が、それはすぐに終わった。


「……ッ!? 供助っ!」

「なん、だ……こりゃあ!?」


 供助の思考が、一瞬にして鈴の音から別のモノへと向けられる。

 背中に悪寒が走り、全身に鳥肌が立つ。とてつもなく強い不快感。反射的に警戒態勢を取り、額には冷や汗が浮かぶ。

 コールタールのようなドロドロした妖気。供助が払い屋を始めてから感じた事も無い、異様過ぎる気配。

 警戒信号は青から黄色を吹っ飛ばし、一気に赤信号。真っ赤に点滅して警報まで鳴っている。

 猫又も同様に感じ取ったようで、突然の事に戸惑いながらも妖気を纏って危険に備えていた。


「なんつう妖力だ、相当デカいぞ……!」

「確かに妖力も強い。だが、妖力よりも危惧すべきは……激しく渦巻く怨念の方だの」


 あまりに禍々しいその怨念に、猫又は眉間に皺を作る。

 供助や猫又に直接向けられたモノでは無いというのに、あまりの強さに手の平がじっとり湿る。

 突風のような無差別の放出。誰に向けられた訳でもなく、ただただ広がり流される妖気――――怨念。

 だが、全身の毛が逆立つ激しい妖気は、次第に弱まっていく。全開だった蛇口を閉めていくように。

 その間は僅か一分足らず。決して長い時間ではなかった。だと言うのに、二人の緊張感と疲労感はとてつもない。


「なんだったんだ、今のぁよ」

「解らん……しかし、悍しいものだったのは確かだの」


 あの強大で巨大な妖気が嘘だったように、今は何も感じない。

 だが、決して嘘ではない。額に浮かんだ冷や汗が、まだ残る鳥肌が、未だ解けない警戒が。それを物語っている。

 シン、と静かな部屋。台風一過の如く、通り過ぎれば何事も無かったように平常に戻る。

 何も感じなくなった妖気の原因が本当に、“何事も無く過ぎ去ったか”は別の話だが。


「ッ、と」

「ぬ……!?」


 固まっていた二人の緊張を解いたのは、供助の携帯電話だった。

 テーブルの上に置かれていた携帯電話が、着信音を鳴らしながら震えている。

 一瞬、何事かと驚いて身構えたが、その必要はないとすぐに解いた。


「……供助、鳴っておるぞ」

「わあってるよ」

「何と言うか、このタイミングだと……」

「あぁ、悪ぃ予感しかしねぇな」


 流れる着信音。震える携帯電話。光る画面――――表示される『横田』という名。

 供助は僅かに眉を中央に寄せ、険しい顔で電話に出た。

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