切掛 ‐アコガレタユメ‐ 伍
『我が子を心配して叱るのはいいけど、今日はこの辺でよしとしよう』
『あのね、こういうのはしっかり教えないといけないのよ。理解してやれる人がちゃんと! じゃないと、今度は本当にどうなるか解らな……』
『解ってるよ。誰も見えない聞こえない、誰も助けてくれない。だから、自分で自分を守るか、危険な事は避けるように教えるのは大切だ』
『そうよ。だから、こうして……!』
『供助はちゃんと理解してるよ。理解しているから、今回の件が起きた』
『どういう事よ?』
『供助も男の子だって事さ』
父親は小さく笑い、供助の頭にポンっと手を当てた。
『供助、肝試しに行ってあの霊を連れてきたって聞いたけど……お前から行こうって言ったのか?』
『……ううん。ぼくはやめようっていった』
『じゃあなんで一緒に行ったんだ?』
『ぼくはかえるつもりだったんだよ。でも、おてらのまえまでいったらいやなかんじがして……』
『それで供助も肝試しをしたのか』
『……うん。みんながしんぱいで、もしなにかあったらぼくがなんとかできるとおもって……』
『うん』
『おもったんだけ、ど……にげるのにせいいっぱいで……』
『そうか』
父親は少年の言葉を聞き、少年の頭をくしゃくしゃと撫で回す。
そして、ひと呼吸の間を空けて。父親は屈み、少年の視線に合わせて口を開いた。
『供助、和歌ちゃんからの伝言だ。“きょうくんはみえていなかったかもしれないけど、たすけてくれてうれしかったよ。ありがとう”だってさ』
『――――ッ!』
それを聞いて、少年は両手を強く握る。握って、堪えていた涙がぽろぽろ溢れ落ちた。
『くやし、かったんだ……! のどかちゃんがないていて、こわがっているのになにもできなかったじぶんが!』
自分の腑甲斐無さ、無力さ、歯痒さ。現実と理想の差。少年は感情のままに言葉を吐き出し、悔し涙を降らせる。
何も出来なくて悔しかった。辛かった。悲しかった。自分にもっと力が、霊を祓える方法を持っていたら。
『おとうさん! ぼくもおとうさんやおかあさんみたいになりたい! こまっているひとを、おばけからまもってあげたい!』
『供助、本気で言ってるの?』
『ほんきだよ! ずっとまえから、そうおもってた!』
少年の告白。両親の様になりたいと、自分も強くなりたいと。
それに母親は真面目な表情で聞き返す。
『供助は霊が見えるし、触れる事が出来るわ。それで昔から悩まされて困っていたでしょう? そうした心霊現象で危険な事に巻き込まれないように、私達は供助に霊を見ないで済むよう霊視の制御方法を教えたわよね?』
『……うん』
『私達は供助が普通の人間として、周りと変わらない人として生きられるように、って……思ってたわ』
母親は長い黒髪を耳に掛け、父親と同じくしゃがんで供助を真っ直ぐ見つめる。
『皆と一緒に、皆と一緒の景色を見て、皆と一緒の世界で生きる事も出来るのよ? 霊が見えるから、霊感があるからって必ずこっちの世界に入る事は無いの。それでも――』
『それでも! それでもぼくはなりたい! おかあさんとおとうさんみたいに!』
『霊を相手しなきゃいけなくなって、前みたいに嫌な思いをするかもしれないのよ? それでもいいの?』
『いいよっ! みんなにはできなくて、ぼくしかできないんでしょ!?』
真っ直ぐ見つめてくる母親に、少年も真っ直ぐ見つめ返す。その目には確かな決意と、強い意志。
母親は少年の目を見て、何を言っても変わらぬ断固たる強意であると受け取り理解した。
『……解ったわ。明日から除霊方法を教えてあげる』
『ほんとうっ!?』
『だから、今日はもう遅いから寝なさい。明日もラジオ体操あるでしょ』
しゃがむのを止め、足を伸ばした母親は腕を組む。少年の意を汲み、自分達と同じ道を歩く事を……認めた。
出来るならば普通の人として。自分が送れなかった生活を、我が子には送らせてあげる可能性を見せていた。与えていた。
だが、少年はその道を選ばず。両親と同様の道を、一般の道から外れた別路を歩くと決めた。ならば、その道の歩き方を教えてやる。出来る事、教えてやる事、その全てを。
技術。知識。方法。基礎。応用。自分達が知る限りの事、全部を叩き込んでやる。
それが我が子にしてやれる事で、生き延びる為に必要な事。道を先に歩く者として、何より少年の親として。
少年が選んだ道の歩き方を、教えてやるだけ。
『良かったな、供助。けど、香織の指導はきっついぞー?』
『だいじょうぶだよ! ぼくがんばるから!』
『そうか。じゃあ明日に備えて寝ないとな』
『うんっ』
『けど、その前に……風呂だ。一緒に入るか!』
『うんっ!』
そう言って、父親は少年の頭を撫で回した。
大きな手で、くしゃくしゃと、ぶっきらぼうに。動かすと右手首に付けられた銀色の腕輪が鈍く光る。
そして、少年は笑って首を縦に振った――――。




