切掛 ‐アコガレタユメ‐ 肆
※ ※ ※
――バチンッ。
そんな物が弾けたような音。痛々しい音。頬をビンタされた、音。
『供助っ! お母さん、いつも言ってたよね!? 遊びでそういう事をするんじゃないって!』
『ごめん、なさい』
少女を家に送り、少年も自身の家に着いて、茶の間。
普段は感情を激しく表に出さない彼女が、珍しく怒りを見せたいた。
『恨みに縛られた霊はどれだけ危険か、昔から知っているでしょ!? それに供助は霊感が強い分、いけないモノを引き寄せてしまうって教えたでしょう!』
『……うん』
『さっきみたいな怨霊に目を付けられて、自分だけじゃなく友達まで危険な目に合わせてしまう。口を酸っぱくして言ってたのに!』
『……ごめんさい』
少年はジンジンと痛み、熱くなった頬を押さえて俯く。
ずっと前から両親に言われていた。霊が集まりやすい場所には行ってはいけない。遊びでそんな所に言っては駄目だと。
理由は今、少年の母親が言った通り。遊びでは済まされなくなるからだ。
『一体どこであんなモノを憑れてきたの?』
『こうえんちかくにあるおてらの、はかば』
『あそこ、か……はぁ、花火に行くって言うから出掛けるの許したのに』
『ごめんなさい』
少年の母親は腰に手をやり、顰めっ面で溜め息を吐いた。
何が良い事で、何が悪い事か。良い事した時はちゃんと褒めて、悪い事をした時は理由を教えてしっかり叱る。怒るのではなく、叱る。
しかも、今回の件は一般常識からは外れ、霊感を持ち、怪異や怪奇と接する事が多い少年だからこそ真剣に叱り、教える。
同じ霊能力者として、周りには居ない数少ない理解者として。そして、少年の親としての勤め――――愛情の表れ。
『ままま、香織、とりあえずそこまでにしといてやろう』
『少し遅かったわね、生護』
『ちょいと鈴木さん家に寄り道してきてね。あの悪霊は話し合いどころか会話も成り立たなかったんで祓ってきた。天国行きか地獄行きかは知らん』
少年の父親である生護が、遅れて家に帰ってきた。
今までの会話、そして、たった今少年の父親が言った言葉。
そう、あの場に本当は幽霊が居たのだ。少年も少年の両親も、はっきり見えて認識し、その存在の危うさも気付き警戒していた。
必死に幽霊の存在を訴える少女に見えない、居ないと嘘を吐いたのか。それには理由がある。
子供の頃は多感で、知らず知らずの内に幽霊や妖怪を見ている場合が多くある。しかし、それは幽霊と認識していなかったり、接触する事が無いから危険に及ばずに済む。
だが、人が幽霊を幽霊と気付いて、幽霊が人に気付かれた事に気付けば……危険は一気に増す。霊は自分に気付いてくれた人間に取り憑く場合が多い。
特に地縛霊や浮遊霊は、自分が見えている人間に助けを求め言い寄り、憑きまとってくる。
一人で居る時に何か空耳が聞こえた時、返事や過度な反応をしてはならない。霊に対してやってはいけない行動の一つに、そういうのがある。
それは霊が自分に気付いて欲しくて近くの人に話し掛けているからで、それに返事をしたり何度も反応して相手してしまうと、霊が自分の存在に気付いてくれたと人間を連れて行こうとする。
先程の悪霊も、自分を見えていた少女を憑き殺して生気を奪うか、身体を乗っ取ろうとしたいた。霊の中には、生きた人間を憑き殺して自身の力を強めれば生き返れるを思っているモノも少なくない。
事実そんな事は無いのだが、人間を憑き殺して力を蓄えた霊は、次第に苦しみ、悩み、死んでいく人間の様を見るのが楽しく、そして喜びへとなり、目的も生き返る為からただ楽しむだけに変わる。よくある霊が悪霊になる過程の一つ。
そして、一度霊を見て霊の存在を確かなモノとして認識してしまうと、そのまま意識して見るようになってしまい、霊を引き寄せてしまう原因になってしまう。
霊が見えるから霊を祓える訳では無く、霊感があっても必ず霊を祓える力があるとは限らない。無防備で対抗手段を持たない子供が抑制無く霊を見てしまう事がどれだけ危険なのか、昔から少年は身を持って知っている。
だから、嘘を吐いた。幽霊なんて居ないと。自分が霊の存在を肯定して、少女が幽霊の存在を強く意識しないように。




