幼馴 前 ‐オサナナジミ ゼン‐ 参
供助が太一と一緒に手摺りの影から頭だけを出して覗き見ると、確かに居た。
茶色く長い髪を束ねたポニーテールと、縁無し眼鏡を掛けたのが特徴の女生徒。供助のクラスの委員長が三階の廊下を歩いている姿があった。
下の階になにか用事があるのか、階段を降りようとしていたところだった。
とりあえずサボっているのがバレる前に頭を引っ込め、何事も無く通り過ぎるのを待つ――――と。
「和歌ー、ちょっといい?」
同じクラスの別の女生徒が走り寄って来て、階段を降りる寸前に委員長を呼び止めた。
当然であるが、供助達が委員長と呼んでいるのはあだ名というか名称で、和歌というのが本名である。
「なぁに?」
「小道具で追加したい物があるんだけど、今からでも作ってもらえるかな?」
「小道具関係の管理や材料の購入は田辺君と古々乃木君に任せているから、二人に聞いてみて」
「あー、あの二人かぁ」
「なんか曇った返事ね」
「んー、ちょっとね」
委員長が二人の名前を出すと、女生徒は言葉を詰まらせ苦い顔をさせる。
その反応でいい印象を持っていない事は明確だ。
「太一君はいいんだけど、古々乃木君がねぇ……」
「古々乃木君がどうかしたの?」
「ほら、古々乃木君ってなんか取っ付きにくいって言うか……あまり自分から他人に接したりしないじゃない?」
「うーん、そうね」
「文化祭の準備も協力的じゃないしさ。気付いたら居なくなってる事も多いし、皆は残ってるのに一人だけ帰るし。和歌だって迷惑してるじゃない」
「私は別に迷惑なんて思っていないわよ。まぁ、少し協調性を持って欲しいとは思ってるけど」
「本当にぃ? いっつも怒って言い合ってるじゃん」
「言い合ってるって言うか、古々乃木君は聞き流してて私が一方的に喋ってる感じだけど」
答えて、委員長は苦笑いする。皮肉や嫌味を言っている訳じゃなく、聞き分けの悪い子供や弟を相手しているよう。
困り顔を作ってはいるが、嫌悪する様子は一切見えず。迷惑に思っていないというのは本音だというのが見て取れる。
「私はただ、古々乃木君にも楽しんで欲しいだけ。文化祭だって、来年は受験だから何も考えず本気で楽しめるのは今年が最後でしょ?」
「でも、体育祭や球技大会とかの学校行事、古々乃木君はいつもダルそうにしてやる気無いよね」
「昔はもっと明るく人当たりも良くて、あんな風じゃなかったんだけど……」
「昔? 和歌、古々乃木君と仲良かったの?」
「えっ? あ、いや、小学校の時にね、同じクラスだった頃があったのよ」
「ふーん、そうだったんだ」
「色々あって古々乃木君が引っ越して、中学校は別になっちゃったけどね」
両手を交互の肘に当てて腕を組み、小さく吐息する委員長。一瞬だけ、昔を懐かしむ表情を見せる。
それと同時に、いつかの悲しみを思い出していた。眼鏡の奥の瞳に、悲しくて可哀想な……過去の事を。
でもすぐにその悲しみの色は消して、普段の気強い雰囲気を纏わせた委員長に戻った。




