表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/457

      報酬 ‐ニマンエン‐ 参

 そう言って、供助はデニムの尻ポケットにポチ袋を入れる。

 ――――寸前。


「っと」


 その手を、止めた。

 傷が痛んで固まったでも、屁をこきそうになったでも、誰かに邪魔されたでもない。自らの意思で、自身の手を止めたのだった。


「俺とした事がうっかりしてた」


 供助は空いた左手で髪を掻き上げ、どこか演技っぽく言う。


「そいや前払い分があったな」

「……え?」

「報酬はそれで十分だ。これは要らねぇ」


 そして、供助は報酬であった筈の二万円が入ったポチ袋を、友恵へと返すべく差し出した。

 この行動、意外な展開、予想外の言葉。友恵はよく解らず固まり、猫又も同様、思考が追いつかず呆然と見ているだけ。


「え、っと……え? 報酬は二万円……だよね?」

「だから、前払いの分で十分だっつったろ。俺は依頼に応じた分しか受け取れねぇよ」

「でも、前払いって……私、前に供助お兄ちゃんにお金を払ってないよ?」

「何言ってんだ、前に貰っただろうが。金じゃねぇけどよ」

「え? お金じゃない?」

「あぁ。初めて会った時くれただろ」


 友恵は供助を見上げ、少し困惑した様子で話す。いくら思い返しても、供助に前払いとしてお金を払った記憶が無かったから。

 しかし、違った。供助が言う前払いは、お金ではない別の物。

 そして、友恵は思い出す。供助の『初めて会った時』という言葉を聞いて、思い出した。

 その時、自分があげた物を。供助が言う前払いが何か、解った。


「もしかして、クッキーの事?」


 それしかなかった。

 その時を思い出して、あの時思い返して。思い当たるのは、自分が学校の授業で作ったクッキーしかなかった。

 少しぼそぼそで、甘さが足りなくて、でも形だけは綺麗だったクッキー。


「でも、あれだけじゃ……」

「言ったろ、十分だ。両親にあげるつもりだったクッキーだったんだろ? 俺にゃ勿体(もったい)無ぇくれぇ高価なモンだ」

「それでも、クッキーだけじゃ悪いよ……二万円は供助お兄ちゃんにあげる。それだけの事をしてくれたんだもん」

「要らねぇ。依頼を受けた俺がいいって言ってんだ」


 供助は半ば無理矢理に、友恵の手にポチ袋を握らせる。

 友恵は多少抵抗しようとするも、力で供助に勝てる訳もなく。


「でも……」

「だったら、この二万円で材料を買って、今度こそ両親にクッキーを渡してやれ」

「……本当にいいの? 供助お兄ちゃん」

「俺は報酬に見合う仕事をした。お前は仕事に見合う報酬を払った。いいも何も、当然の事だろ」


 友恵にポチ袋を無理矢理に握らせていた手を離し、供助は髪を掻き上げた。

 何も報酬は金銭だけではない。現物支給の場合もあれば、義理や人情から生まれる信頼の時もある。

 人それぞれ。各々の価値観で変わり、見返りに見合う物は違う。人によってはただのクッキーでも、供助にとっては高価な物だった。ただそれだけ。

 今回の依頼に対し、友恵のクッキーは報酬として十分見合う物だった。それだけの話。


「供助っ!」

「なんだよ、まだなにか……うわっ!」

「まったくお前は素直でないのぅ!」


 後ろから供助の背中に飛び付き、頭をぐりぐりと掻き乱す猫又。

 折角さっき髪を掻き上げて整えたのに、もっと酷くされてしまう。


「離れろ、そして止めろ! 何すんだてめぇ!」

「うむ、遠慮するでない!」

「してねぇっつの! さっさと降りろ駄猫が!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ