報酬 ‐ニマンエン‐ 参
そう言って、供助はデニムの尻ポケットにポチ袋を入れる。
――――寸前。
「っと」
その手を、止めた。
傷が痛んで固まったでも、屁をこきそうになったでも、誰かに邪魔されたでもない。自らの意思で、自身の手を止めたのだった。
「俺とした事がうっかりしてた」
供助は空いた左手で髪を掻き上げ、どこか演技っぽく言う。
「そいや前払い分があったな」
「……え?」
「報酬はそれで十分だ。これは要らねぇ」
そして、供助は報酬であった筈の二万円が入ったポチ袋を、友恵へと返すべく差し出した。
この行動、意外な展開、予想外の言葉。友恵はよく解らず固まり、猫又も同様、思考が追いつかず呆然と見ているだけ。
「え、っと……え? 報酬は二万円……だよね?」
「だから、前払いの分で十分だっつったろ。俺は依頼に応じた分しか受け取れねぇよ」
「でも、前払いって……私、前に供助お兄ちゃんにお金を払ってないよ?」
「何言ってんだ、前に貰っただろうが。金じゃねぇけどよ」
「え? お金じゃない?」
「あぁ。初めて会った時くれただろ」
友恵は供助を見上げ、少し困惑した様子で話す。いくら思い返しても、供助に前払いとしてお金を払った記憶が無かったから。
しかし、違った。供助が言う前払いは、お金ではない別の物。
そして、友恵は思い出す。供助の『初めて会った時』という言葉を聞いて、思い出した。
その時、自分があげた物を。供助が言う前払いが何か、解った。
「もしかして、クッキーの事?」
それしかなかった。
その時を思い出して、あの時思い返して。思い当たるのは、自分が学校の授業で作ったクッキーしかなかった。
少しぼそぼそで、甘さが足りなくて、でも形だけは綺麗だったクッキー。
「でも、あれだけじゃ……」
「言ったろ、十分だ。両親にあげるつもりだったクッキーだったんだろ? 俺にゃ勿体無ぇくれぇ高価なモンだ」
「それでも、クッキーだけじゃ悪いよ……二万円は供助お兄ちゃんにあげる。それだけの事をしてくれたんだもん」
「要らねぇ。依頼を受けた俺がいいって言ってんだ」
供助は半ば無理矢理に、友恵の手にポチ袋を握らせる。
友恵は多少抵抗しようとするも、力で供助に勝てる訳もなく。
「でも……」
「だったら、この二万円で材料を買って、今度こそ両親にクッキーを渡してやれ」
「……本当にいいの? 供助お兄ちゃん」
「俺は報酬に見合う仕事をした。お前は仕事に見合う報酬を払った。いいも何も、当然の事だろ」
友恵にポチ袋を無理矢理に握らせていた手を離し、供助は髪を掻き上げた。
何も報酬は金銭だけではない。現物支給の場合もあれば、義理や人情から生まれる信頼の時もある。
人それぞれ。各々の価値観で変わり、見返りに見合う物は違う。人によってはただのクッキーでも、供助にとっては高価な物だった。ただそれだけ。
今回の依頼に対し、友恵のクッキーは報酬として十分見合う物だった。それだけの話。
「供助っ!」
「なんだよ、まだなにか……うわっ!」
「まったくお前は素直でないのぅ!」
後ろから供助の背中に飛び付き、頭をぐりぐりと掻き乱す猫又。
折角さっき髪を掻き上げて整えたのに、もっと酷くされてしまう。
「離れろ、そして止めろ! 何すんだてめぇ!」
「うむ、遠慮するでない!」
「してねぇっつの! さっさと降りろ駄猫が!」




