第三十八話 報酬 ‐ニマンエン‐ 壱
友恵の家に明かりが点き、一階の窓から光が漏れる。明かりが点いた家が並ぶ住宅街の中、孤立したように暗かった友恵の家。
だが、家内の惨状を知って叫ぶ両親の声と共に、友恵の家も住宅街の一軒に馴染んでいった。
一件落着、依頼完了。友恵の家族を苦しめていた妖怪は完全に祓い、これでいつもの日常がやってくる。
妖怪のせいで友恵の両親は喧嘩をして仲違いしていたが、元々は仲が良ければ修復に時間は掛からないだろう。
これで家に帰れる。供助は疲労を吐き出すように溜め息を一つ。
「しかし、供助」
「んあ?」
「良かったのかの? 友恵の両親に妖怪の事を話してしまって」
「あー、その事か。別に問題無ぇだろうよ。それに言っちまった方が面倒じゃねぇ」
「面倒でない?」
供助は視線を少し上げ、後頭部を数回掻いて答える。
その答えを聞き、猫又は片眉を下げた。
「人間てぇのは面倒臭い生きもんでよ。何か理由があった方が生きやすいんだよ」
「理由、とな?」
「喧嘩したのも友恵を悲しませたのも。全てを妖怪のせいにすりゃ、自分に否はねぇと突っ掛かり合う事も無ぇだろ。全部が妖怪が悪かった、で済むからよ」
「ふむ……まぁ、妖怪のせいにすると言うが、元々妖怪のせいなんだがの」
「原因や理由、ストレスや不満の捌け口が他にあれば、互いに言い合って衝突する事も無くなる。だから隠さねぇで妖怪の事を言った」
「なるほどの。確かに原因は自分達だったと言えば、両親は互いに互いへと罪を擦り付けていたかもしれん。最悪、それが原因で本当に仲違いをするかものぅ」
「けどそれも、何か理由がありゃ余計な事も起きねぇ。出来ていた溝も簡単に埋まっちまうもんだ」
本当に面倒臭ぇ生き物だ、と。
供助は自嘲するように小さく笑った。
「それに、ああ言ってはいても殆んど信じてねぇだろうよ」
「信じてはいない……が、信じた振りはするだろうの。妖怪のせいだと理由を作る為に」
「それでいいんだよ。妖怪のせいにしても言い訳でもなんでもねぇ。事実なんだからよ」
猫又は供助の話を聞き、確かに人間は面倒臭い生き物だと納得する。
理由を作る為に信じてもいないものを信じた振りをする。内心では馬鹿らしいと思いながらも。
しかし、今回は妖怪が原因という特殊なケース。それに供助が言った通り、妖怪が原因なのは事実。理由を作ると言ってもそれは本人達の主観である。
とにかく、せっかく依頼を終わらせて問題を無くしたのに、結局友恵の両親が仲が悪くなっては後味が悪い。妖怪の事を話したのは正しいかどうかは別として、供助はこれでいいと思った。
それにもし自分が友恵と同じ立場になったら、両親が喧嘩をする所も、仲違いする所も見たくなかったと思うから。
「仲が良い両親だったと友恵から聞いておる。なら、また自然と関係は修復するであろう。そう心配は要らんの」
「真っ暗返しが取り憑いたって事ぁ、それなりに幸せだったって証拠だ。この程度の不幸でへこたれやしねぇだろうよ」
「うむ。友恵の家族も家に入ったし、私達も帰ろうかの」
「あー、腹減った」
今は血が止まっているとは言え、供助の頭部には裂傷。加えて体中の痣。
児亡き爺によって負わされた生々しい傷が多くある。重傷ではないが、手当はした方がいいだろう。
しかし、供助にとっては多少痛みがあっても傷は問題ではなかった。それよりも空腹を早く何とかしたかった。
天性の打たれ強さのお陰で見た目よりもダメージは少なく、供助はこの程度の怪我は慣れている。
それよりも問題は、食い逃したカップ麺。今頃はテーブルの上で伸びきっているだろう。




