第三十二話 失念 ‐ウカツ‐ 壱
放つ妖気。放たれる妖気。互いに反発し合い、混ざる事の無い不可視の力。
同じ妖気と言えど、放つモノの意思次第では水と油になる。
「んひっひ! 住処に困っていた所にようやく見付けた獲物じゃ。貴様ら払い屋に邪魔させん!」
友恵の父親が持つゴルフクラブ。
それを一度大きく振って、風切り音を鳴らす。
「ひっひっひひひ、その小娘を渡せぇぇぇぇぇぇ!」
取り憑かれた友恵の父親は児亡き爺の思い通りに動き、ゴルフクラブを振り回しながら走り出す。
向かう先は当然、猫又。邪魔をする存在を消し去ろうと突っ走る。
「友恵、また飛ぶ。しっかり掴まっておるんだの」
「う、うん」
猫又は友恵を抱き、友恵は猫又の腕にしがみ付く。
「子供をぉぉぉぉぉぉ返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
児亡き爺に完全に取り憑かれた友恵の父親は、もう正気など無くなって。錯乱したように奇声を上げ、ゴルフクラブを思い切り振りかぶる。
この程度の攻撃を回避するのは猫又には他愛ない事である。だが、一人で避ければ後ろにいる友恵に危険が及ぶ上に、奴等の狙いは友恵。
友恵を残して避けてしまえば、児亡き爺と真っ暗返しに奪われてしまう。
「ふっ!」
両足に力を込め、猫又は地を蹴って大きく宙に飛ぶ。
友恵の父親が振るったゴルフクラブは空振りし、地面にヘッドがめり込んだ。
「ほっ、とな」
難なく攻撃を回避した猫又は着地し、友恵も地面に降ろす。
――のを見計らい。着地の瞬間を狙って飛んできたのは、ハサミ。
「ギィギィギィギィ!」
凶器を投げ飛ばした犯人は、真っ暗返し。正しくは真っ暗返しに取り憑かれた友恵の母親。
またもやトートバックから取り出した刃物を、猫又を目掛けての投擲する。
これで三つ目の凶器。一体バックにはいくつの刃物が入っているのか。
「ふんっ!」
妖力を込めた事で伸び、硬化する猫又の爪。
飛来してきたハサミを弾くと、キンッという金属音が響いた。
「この程度の攻撃など効かんの」
猫又は掌を大きく開き、爪を強調させて見せる。
妖力を纏い込められた猫又の爪は鉄並の強度を持ち、鋭さを増す。
その気になれば、目前に居る二匹の妖怪など一撃で殺める事が可能である。
「ひっひひ。じゃろうなぁ、儂もそう簡単にいくとは思っておらん」
「ギィッ、ギィギィギィ! コンナ物ジャ、ヤッパリ無理カ」
「じゃが、貴様に勝ち目など微塵も無いわ。小娘を奪い返し、貴様の前で小娘を嬲り泣かせるのも一興じゃのう……いっひ、んひっひっひっひっひゃ!」
実力差、妖力差。明らかに猫又と児亡き爺、真っ暗返しの間には大きな差がある。それはもう、猫又が元凶である二匹の妖怪を倒しても優におつりが出る程に。
しかし、相手の妖怪共は焦燥を見せず、慄きもしない。それどころか、落ち着き余裕綽綽といった様子。
そして、児亡き爺の舐めきった口調に煽り言葉。それが猫又の腹の虫を暴れさせる。




