失念 ‐ウカツ‐ 弐
「調子に乗るで無い――――雑魚がッ!」
妖気を感情のままに放出し、二匹に向ける。大きな妖気の塊は、突風が吹きすさぶが如く。
児亡き爺と真っ暗返しの妖気を飲み込み埋め尽くす妖力量。そこいらに居る犬畜生ならば、これ程の力量差を感じれば一目散に逃げ出すだろう。
「ひっひひ。強がっても無駄じゃ、獣娘が。貴様が攻めれん事は解ってるんじゃ。んひっひっひっひ!」
「……ッ!」
「儂等がその小娘の親に憑いている以上、貴様が攻撃してくればこの人間共を盾にされる訳じゃからなぁ。ひーっひっひっひ」
だが、猫又の妖気に驚かず戸惑わず。児亡き爺は余裕を消さない。
妖力差を埋める対策があり、それによって猫又が手を出せない事を知っていた。
なまじ知識と知恵がある分、吠えるだけの犬畜生よりも質が悪い。
「じゃが、儂や真っ暗返しが貴様に攻撃しても容易に躱される。このままでは鼬ごっこじゃ」
にたり、と。
子泣き爺は不敵に唇を吊り上げ。
「ここは一つ、手を打たせてもらうぞい。ひっひっひっひ」
児亡き爺は背を向け、歩いて真っ暗返しが居る所へと歩いていく。
隙をだらけの姿を見せられるも、猫又は攻める事は出来ない。
猫又と児亡き爺との間には二十メートル。この距離では猫又が児亡き爺を仕留めるよりも、子泣き爺が友恵の父親を盾にする方が早い。
好機を見逃さなくてはならない状況に、猫又は歯痒さから歯を噛み締める。
「ギギィ、ギィギィギィギィ!」
何をするのか察し、真っ暗返しも体を揺らせて笑っている。
そして、向かい合う友恵の父親と母親。笑い合う、児亡き爺と真っ暗返し。
「こちらからは攻撃が出来て、そちらからはこの取り憑かれた者共を気遣い手を出せん。んひっひ、愉快愉快。人間共の手助けをするのは大変じゃなぁ」
「貴様……っ!」
「じゃが、儂等がこの者達に手を出したらどうなるんじゃろうなぁ?」
「ギッ、ギギギィギィギィ!」
真っ暗返しが操り、友恵の母親がトートバックから取り出すは。刃の幅が広く、先の尖ったのが特徴の刃物……出刃包丁が姿を現した。
これでトートバックから出て来た刃物は四つ目。内、料理器具であるのは三つ。
友恵の家から持ち出した物ならば、友恵の母親は料理好きなのだろうか。
「貴様等が取り憑いている友恵の両親を傷付けようと言うのかのっ!?」
「なに、儂等は取り憑いた者が死ななければよいだけじゃ。血を流そうと怪我をしようと、片腕になろうと目が潰れようと。生きてさえいればなぁ」
「こ、の……腐れ外道がッ!」
「両親が暴力を振るい合い、傷付く瞬間を目の当たりにする小娘は……いーぃ声で泣き叫ぶじゃろうなぁぁぁぁぁ」
友恵の父親はゴルフクラブを天に掲げ、母親は出刃包丁を両手持ちし。
互いに向き合い、互いが持つ凶器を光らせる。
「や、やだ」
「んっひ」
「やめ、て……」
「ギィギィ」
小さく、掠れ、懇願する声。
大好きな人が凶器を持って向き合っている、大事な人が、傷付け合おうとしている。
目の前で、理不尽に、無慈悲に。だから、少女は叫ぶ。もしかしたらと、根拠の無い希望を抱いて泣き叫ぶ。
己の声で、愛娘である私の声ならと。両親が正気に戻ってくれるんじゃないかと。
そう願い、祈り、望んで。
「やめてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「いーっひっひっひっひっひゃ! 堪らん、堪らん堪らん堪らん! これだから子供を甚振るのは止められんのじゃぁぁあ!」




